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二百三十八話

(´・ω・`)雲行きが


 結界こそ張られているものの、厳重に守られている訳でもないため、魔車を停められる事もなくすんなりと街の中に入る事が出来た。

 けれども、通り際に門番の男性に『街道を進むのは早朝の方が良いですよ』と注意を受けてしまう。

 何か理由があるのかと尋ねた所、ここ数日で『おかしな影』の目撃例が多発しているとの事。

 魔物、でしょうかね。やはり七星が未だ解放されていない土地は、危険度が私の住んでいたセミフィナルとは段違いなのでしょうか……。


 街中を、速度を緩めて進んでいく。

どこか不思議な街。建物から飛び出したパイプが壁を這うように張りめぐされた、まるで鉄パイプが絡みついたような建物がそこかしこに聳え立つ、他では見たことのない光景が広がっていた。

 以前、発明家の研究所にお邪魔した事があるけれど、どことなくそれに似ているような、そんな街並み。

 もし、このような状況でなければじっくりと見て歩きたい、好奇心を刺激する場所。


「……美術品を持ち込む以上、一般的な商店ではないでしょうし……それに王家に関わる人間のようですし……」


 港町で見聞きした情報から、カイさんがどこに連れて行かれたのかを推理する。

 まず、どうしてカイさんを献上品からはぶいたのか。考えられるのは、出処が不確かな物を王の元に持っていく訳にはいかないから、という理由。

 けれども、あの船長の語った出自に、彼女は納得していたように私には見えた。

 ならば、何故? それに、美術品の鑑定ならば、王城に一人くらい専門家がいそうなものなのに。


「……横領、でしょうか。その方がしっくりきますが……」


 一先ず、聞き込みといきましょうか。




「失礼。少々尋ねたいのだけれど」

「あん? なんだい姉さん」

「先程、王家縁の魔車が通らなかったかしら」

「知らねぇなぁ」


 高圧的な口調を心がけながら、露天を開いていた商人に声をかける。

 私は、自分を偽るのが不本意ながら得意、ですからね。


「そう。近くにいた人間も、誰も見ていないと? 揃いも揃って?」

「……ああ、知らねぇな。商売の邪魔になっちまう、行ってくれ」

「そう、ありがとう。けれど――もう少し口の聞き方を弁えなさい。これから先も商人としてやっていきたいのなら」

「なんだ、随分と偉……」


 私が、商人ギルドから借り受けた魔車。

 即金で五◯◯万ルクスを支払い、強引に手に入れた最高級の魔車。

 そこにはしっかりと商人ギルドの紋章が刻まれています。もちろん、相応の装飾、そして魔物に牽引されている。

 奮発した甲斐がある事を祈りつつ、私は無言で強く目の前の商人を睨みつける。

 内心、謝りながら。


「も、申し訳ありませんでした。さぞや名のあるお方をお見受けします……王家ゆかり……ではありませんが、街道の警備を任されている私兵団の魔車なら、先程上層区へと……」

「……そう。もう少し素直になりなさい。強かでいるのも必要だけれど、その時と場合をもっとしっかりと見極めるようになさい」

「は、はい!」


 少しだけ饒舌になった口から語られた情報を頼りに、私は街の奥へと魔車を進める。

 雑多で、けれども不思議なものがそこかしこに並ぶ通りから少し離れると、今度は物静かな通り、周囲の建物も一般的なお屋敷となった場所に差し掛かった。

 私兵団……ならば、ただの屋敷ではなく、詰め所のような場所があるはずだけれども。


「……この場所では、下手な態度はとらない方がいいです、ね」


 明らかに身分の低い人間にしか通じない、虚勢。

 権力を振りかざすような、下品な行為。私が、最も嫌う立場を利用した圧力。

 けれども、私は手段を選ばない。大切な物を取り戻すためならば、悪魔にだってなってみせる。

 そして私は再び、道を歩く人間の中の服装を観察し、次に声をかけるべき相手を吟味していくのだった。




「ここ、ですか」


 目の前にそびえる大きな屋敷。広大な敷地。

 そこには屋敷だけでなく、大きな倉庫や、やや無骨な建築物と、私が予想していた詰め所とほぼ一致する建物までも存在していた。

 仕入れた情報でも、魔車が入っていったのはこの屋敷だと言っていた。

 ならば、ここからが私の正念場だ。

 私は魔車を門に寄せ、門番に声をかけた。


「ここが、私兵団の詰め所で間違いないのかしら?」

「なんだお前は! 私兵団詰め所は反対側だ、こちらはシーリス様の別宅だぞ」

「そう、けれども関係ないわ。むしろ、そのシーリス様に用事があるのだから」


 当たりです。その名前は確かに私が港町で聞いた、あの憎い女の名前です。


「さっき、ここに『ある物』が運び込まれたはず。それを本来の主の元に届けなければならないのだけれど」

「っ、なんのことだ! これ以上騒ぎを起こすようなら――」

「今、息が詰まったわね。ねぇ……私、何に乗っているように見えるか言ってご覧なさい」


 少しでも、後ろめたい気持ちがある人間には、必ず隙が生まれる。

 その隙間を広げるように、尖った言葉を差し込み、グイグイと奥へと押し込んでいく。

 見たところ、外見だけでなく実年齢もまだ若そうなエルフの女性。

 門番を任せられるのは、熟練した騎士か、見習いかの二択である事が多いのだけれども、どうやら彼女は後者のようですね。

 ならば――


「もう一度言うわ。私は今、何に、乗って、この場所まで来ているのかしら?」

「魔……魔車……ええと、その」

「もういい。他の人間を呼びなさい。今すぐ!」

「は、はい!」


 想定外でした。どうやら、魔車に刻まれている紋章の意味も分からない方だったようです。

 参りましたね、これでハッタリの通用しない人間が現れたら……否応なく武力行使になってしまう。

 それはきっと、カイさんが望まない。けれども……私なら。カイさんの友人とも関係なく、そしてエルフでもなんでもない私なら――

 そう思い至ったその時、鎧のなる音と共に、二人の騎士が駆けつけてきた。

 一人は先程の門番の女性。そしてもう一人は、同じくエルフの女性だけれども、心なしか顔つきが凛々しく、どこか警戒の色を見せていた。


「……折剣白翼章(せつけんはくよくしょう)。ここは、シーリス様の別宅です。なんの御用でしょうか」


 現れた騎士が、魔車に刻まれている紋章を見て呟いた。

 これがどんな効力があるのかを、まずは知る必要がありますね。


「その前に……そこの子に教育してあげた方がよろしいのではなくて? 彼女、この紋章がなんなのか理解していないみたいなのだけれど」

「……お前、これが商人ギルドの紋章なのは知っているだろう?」

「は、はい。ですが、この剣や翼は一体……」


 門番の女性に説明する彼女の言葉を、一語一句逃すまいと神経を集中させる。

 そして得られた情報を纏めると――


 商人ギルドは通常、武力を持たず、代わりに全ての人間に対して平等に取引を行う。

 が、ギルドの運営上絶対に見逃せない行為が行われた場合のみ、向けられた剣を自らの手で圧し折り、自由に振る舞う事が許されている人間がいる。

 つまり、ギルドが唯一保有する武力。向けられる武力をへし折る事が出来る程の、枠にとらわれない存在がいる、と。

 ……この魔車は、そんな人間の為のものだったのですね。道理で破格の性能なはずです。これならば、どんな場所でも相手を追い詰める事が出来そうです。


「それで……この私が、シーリス様の屋敷だと知った上で、ここにやって来た。その意味、貴女なら理解してくれるのかしら」

「……さて、私にはわかりかねるが」

「……本当に? 今、私がここで引き返し、貴女の言葉をそのままギルドに伝えてもいいのかしら。第二、第三の私が来るだけでは済まないのだけれど。それに――リストにない品が、本来王家の品に紛れるはずが、ないでしょうに」


 引かない。ここに、なにか探られたくないものがあるのは確定している。

 それがたとえカイさんでなくとも、ここで引いては無用な争いが生まれてしまう。

 さぁ、考えろ。彼女はどこまで踏み込んでも大丈夫なのか。この虚勢で、どうすれば彼女を突き崩す事が出来るのか。

 私は今一度、彼女の顔を見つめながら口を開く。


「シーリス様は、知らないのでしょう。納品書に記載のない品が、一体誰の為のものなのか。そして、この私がここに住む人間を知ってなお派遣されたという事実から、考えてご覧なさい」

「……まさか」

「口にしない。これは公のものではないのだから。けれども……これ以上、大事になってはそれも叶わなくなる。だから、私が一人でここに来たの」

「っ……我らは、どうなるのですか」

「そうね、とりあえず今回の品だけは、これまでとは訳が違うの。それさえ取り戻すことが出来れば不問にしましょう。シーリス様へは、私の上の人間が話をつけてくださいます」


 乗り切りました。きっと、彼女の頭の中に思い浮かんだ、シーリスに強く出る事が出来る人間の指示で動いていると思い至ったのでしょうね。

 人は、自分でたどり着いた答えをそうそう捨てる事が出来ない生き物。

 それを少しだけ肯定し、後押しをすれば……なんとも、人の心を弄ぶようであまりいい気分ではありませんけれど、ね。

 気持ちを入れ替え姿勢を正す。

そして門を開いた彼女に続き、私は敷地内の大きな倉庫へと向かうのでした。




 倉庫の中には、布の掛けられたなにかが大量に鎮座していた。

 先導する彼女に続き、その奥へと向かう。すると、そこには魔車の客車部分がコンテナに換装されたものが停まっていた。


「あの中、かしら?」

「はい。その、これを貴女の魔車の客車に積めば……?」

「そうね。丁重に、傷一つ付けずに乗せてちょうだい。そうね……一度何かにぶつける度に、貴方達のうち誰かが悲しい結末を迎える……そのくらいの気持ちで、丁重にね」

「ひっ……すぐに手の空いている者を連れてきます!」


 駆け足で去っていく私兵を見送り、辺りに誰もいなくなったのを確認してすぐさまコンテナに駆け寄る。

 閂を外し、その重い扉を一息に開く。するとそこには、未だ透明な身体のままの、完全に彫像と化したカイさんの姿があった。

 ……本当に、近くで見ると細部までしっかり……あ、本人なんですよね、当然ですか。

 ……う、ダメです。下に目を向けては……ダメなのに。


「カイさん、聞こえていますか? 今、私の魔車に載せ替えます。その後は街を出ますので、それまでどうか我慢してくださいね」

「…………分かったよ」


 何故か、酷く疲れた声を出すカイさん。

 大丈夫でしょうか……。

 その後、すぐさま過剰と思われる人数の兵士が現れ、カイさんを布でぐるぐる巻きにした後、台車に乗せて運ばれていくのでした。






「いや助かった。まさか、この街に来ていたなんて」


 コンテナの中に聞こえてきたのは、紛れもないレイスの声だった。

 どこか普段と違う、こちらの背筋が伸びてしまうような高圧的な声に、一瞬別人かと勘違いしてしまう程だった。

 けれども、ようやく差した眩しい光に目が慣れた時、こちらの目に映ったのは、心の底から安堵したかのような表情を浮かべた彼女だった。

 そして彼女の魔車に乗せられた俺は、すぐさま[晶化]を解除して布の拘束を解いたのだった。


「リュエが、別れ道でこちらの街に向かった一団がいるからと、イチかバチかでこっちの道を選んだんです。さすがリュエですね」

「なるほど……痕跡でも残っていたのか。で、そのリュエ本人はどこに?」

「それが――」


 聞けば、やはりこの街にも厳重な結界が施されており、それを解析したリュエ自身が街に入る事を諦めたという。

 ……やはりダリアか。それとも、ソレに匹敵する術者でもいたか。

 今、彼女は一人だ。この大陸で、この状況で一人にさせてしまった自分を呪いながら、レイスにリュエの様子を尋ねる。

 ちゃんと笑えているだろうか。俺が離れてしまい、悲しんでいないだろうか、と。

 そして帰ってきた答えは――


「……少し、弱っています。やはり、不安なんだと思います。すぐに戻って、彼女を安心させなければなりませんね」

「……そうか。すまん、俺がもっと上手い考えを思いついていたら、レイスにもリュエにもこんな手間を取らせなかったのに」

「仕方、ないんです。カイさんだって、本当は不安なんですよね。ここには、カイさんの目的が沢山詰まっている。だから、リュエも、カイさんも、私を頼って下さい。私はセミフィナルで、これでもかと言うくらい貴方達二人に助けられてきました。ですから――」


 客車の外、御者席の彼女と言葉を交わす。

 その力強い声に、勇気を貰う。


「今度は、私が二人を助ける番です。任せて下さい」

「……ああ、本当に頼もしいよ」


 その言葉に、救われる。不安が少しだけ、晴れていく。

 この先もなんとかなると、思えてくる。

 だがその時、こちらの決意を揺るがすように魔車が急激に揺れ、体勢を崩してしまう。


「レイス、大丈夫か」

「わ、私は平気です。けれど、突然人が大勢――」


 小窓から御者席に顔を出す。そして道の先を見てみると、確かに大勢の人間が何かから逃げるようにこちらに駆け込んでくる姿が見えた。

 そして、耳に聞こえたその言葉は――


「魔物だ! 厄災を運んできたぞ!」

「忌み子が災いを運んできた! 逃げるんだ!」


 その言葉に――凄く、嫌な予感がした。


(´・ω・`)あやしくなる

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