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二百三十六話

(´・ω・`)これ以上触るのはやめてくれぇ?

『カースギフト』

対象者 カイヴォン [晶化]付与


『恐怖! 生きた彫像と化した男!』なんて、B級オカルト特集にでも出てきそうなタイトルを思いついたわけだが、それが今の自分の状態である。

 木の葉を隠すなら森へ、本を隠すなら本棚へ、ゴミはゴミ箱へ。

 そして、美術品の中に隠れるのならば、美術品になる。

 つまりそう、俺は全ての服を脱ぎ、自分自身に[晶化]を付与する事で、水晶製の彫像に化けたのだ。

 勿論、これは俺のこれから先待ち受けている長い人生において、トップ3に入る黒歴史になる事でしょう。

 いくらね、透き通って無機物と化していてもですね、感触はしっかりあるんです。

 どういう訳か、しっかり目も見えているんです。今浴びている日光の温かさも、そしてこの穴があくように熱心に見つめるこの視線も。


「早くなさい……制作者は誰で、どうやって手に入れたのか教えなさい」

「しょ、少々お待ちください」


 まさか、こんなに早くこの目で見る事になるとは思わなかったぞ、抹殺リスト筆頭シーリス。

 コンテナの外で待ち受けていたこいつは、どこかレイラに似た顔立ちの、濃い金髪と、深い緑の瞳を持った妙齢のエルフだった。

 どこか高飛車な、傲慢そうな面構えをしたこの女の顔を、今すぐ全力で殴りつけそのまま海に沈めることが出来たらどんなにスッキリするだろうか。

 そして……さっきからしきりに人の大事な部分を撫で回すこの指を、一本残らずへし折ってやったらどんなに心地良い叫びが聞こえるだろうか。

 ……っていうか触りすぎだろ。やめろ、さすがに色々と不味い。


「はぁ……この面差し……ヒューマンがモデルになっているのが気に入らないけれど……いい男ね。まるで今にも流れそうな長髪……どんな色を想像して作られたのかしらね……もしや、本当にモデルになった人間がどこかに!? ふふ、調べてみようかしらね」


 だからやめろ。手つきがやらしい。やめろ、色々とこちらにも我慢の限界というものがある。

 ふと、今感じている視線の他にもう一つ、こちらを熱線で溶かすかのような視線を感じる。

 身体は動かせないが、なんとか眼球を動かし、その視線の元を辿ってみる。

 その瞬間、一気に心臓が冷えていき、このやや熱暴走しかけた脳が急激に萎縮していくのを感じる。

 ……レイス、レイスだ! レイスがもう信じられないような表情でこっち見てる!

 ああ、リュエが必死にレイスの腕を掴んで引き止めている! ああ、もうお兄さん汚されてしまいました。もうお姉さんのお婿にいけない!


「お、お待たせしました! こちらの裸婦像ですが、セカンダリア大陸の芸術都市『スフィアガーデン』から渡ってきたもののようです。残念ですが、制作者までは……それとですが、こちらの対となっている水晶像は、どうやらこの納品書に名前がなく……恐らく、向こう側の商人が気を利かせて入れたものかと……」

「……そう。やはりセカンダリア大陸ね。しかし……納品書にない、か」


 その報告に、ようやくシーリスが身体を離す。

 そして二言三言船長と言葉を交わした後に――再びコンテナの壁が取り付けられていったのだった。

 視界が暗闇に染まっても、まだ安心出来ないと引き続き彫像の真似を続ける。

 そして、外へと耳を凝らす。


「輸送は私の隊が引き受けるわ。そうね、本来の行商人には私の隊の備品を運んでもらうとするわ。少々、嵩張ってしまっているのよ」

「さ、さようでございますか」


 文句を言いたくても言えない、そんな船長の戸惑いの声に満足したのか、鼻を鳴らし、彼女のものと思われる足音が遠ざかっていく。

 そしてしばらくして、ゆっくりと地面が揺れるような感覚が訪れた。

 なるほど、荷馬車に積まれた、か。

 となると、本当にここから直接王都まで行く事になってしまうのか。

 もう大丈夫だろうと[晶化]を解除し、アイテムボックスから衣類を取り出し着込んでいく。

 せっかくだ。以前手に入れたあのコートに着替えてみるか。

 船内で折を見ながら、ほつれた部分を修繕したあのコート。

 かつてぐ~にゃ♪が制作し、そして俺が選ばなかったもう一つのネタ装備。

 まぁ、今では取り付けられていた鎧が外れてしまい、ただの高性能なコートになってしまっているのだが。


「……熱帯地域でコートっていうのもあれだけどな」


 だが、このコートの能力は――


『法印の黒外套(修繕)』

『布地の裏に膨大な量の術式の刻まれた黒外套』

『上質な素材と卓越した術式付与技術により凄まじい防御性能を誇る』

『損傷、及び素人の修繕により本来の能力よりだいぶ劣っている』


【防御力】160

【精神力】90

【素早さ】135


【アビリティ】

[ダメージ耐性+20%]

[衝撃耐性]

[寒暖耐性]


そう、寒暖の差にも対応してくれているスグレモノなのだ。

鎧が外れた部分や余計な金具を全て外し、毛羽立った部分を織り込んでチクチク裁縫して修繕したんですよ、俺自らが。

そして現れた本来の装備名を見て俺は一人、船上で絶叫してしまった。

『お前さああああああ! これレア度14の最強クラスの装備じゃん! なんでこれ素材にして作ったんだよおおお! あんなゴミ性能にしてんじゃねえよおお!』と。

 これさ、全防具中もっとも素早さに補正が入る上に、精神力の値もリュエ用の防具に次ぐ超性能だったんですよ。

 なのに、改造されて性能がズタボロになって、それで鎧が外れて元の状態に近づいて、それを俺がさらに修繕してやっとこの性能。

 これ、本来なら今の倍以上のステータス誇ってるんですよ?


「……考えるのはやめよう。頭が痛くなる」


 コンテナに伝わる揺れに、恐らく馬車か魔車が動き出したのだろうと、ひとまずこの積荷の中に含まれていたソファーに腰かけ、これからどうするか考えを巡らせるのであった。


「……リュエとレイス、大丈夫かな」






「はい。どんな道でも踏破出来る魔車を。御者は必要ありません。最高のものを用意して頂きたいのです」

「そ、そんな事いきなり言われても、困る、困ります、奥様……」

「お願い致します。お金に糸目はつけません。今、この港に集まっている行商人から直接交渉を行っても構わないと思っています。ですが、それでは商会を纏めるこちらの皆さんのメンツにも関わってしまうと思いまして……」


 目の前で、レイスが商会ギルトと呼ばれる施設の一番偉い人相手にグイグイと詰め寄りながら話を進めている。

 カイくんが、行ってしまった。すぐに追いかけようとしても、私達では追いつけないその速度に、つい、私は取り乱しそうになってしまった。

 けれども、レイスがすぐに私の手を取り、そしてここにやってきたんだ。

『リュエ、安心してください。私がついていますからね』そう笑いかけてくれた彼女が、とても頼もしくて、私の『心』も落ち着きを取り戻してくれた。

 けれども――凄い行動力だね? さっきまであのエルフの子を叩きのめすと言わんばかりの様子だったのに。

 ……私も、嫌な気分だったんだけれどね。なんであの子はあんなにカイくんの……大事なとこを触っていたんだろう。

 きっと変態さんなんだ。恐いなぁ。


「リュエ、話がつきましたよ。すぐに追いかけましょう!」

「わ、わかった!」




 用意された魔車の御者席に二人で乗り込み、レイスが手綱を握る。

 行き先はブライトネスアーチ、この大陸の半分を収める国の王都。

 そして、シュンとダリアがいる場所。

 港町から伸びる街道は私が思っていたよりも遥かに広く、きっと港から多くの人と物が行き来しているのだろうな、と思わせてくれた。

 ……そんな道を、カイくんが物と一緒に運ばれていく。寂しいとか、焦りとか、そういう感情も勿論あるんだけれど……なんだかちょっとマヌケだよ、カイくん。

 ぱぱっと抜け出してくれたらいいのに、やっぱりそうもいかないんだろうな、とため息をつく。

 周囲の景色を見れば、私の見たことのない木が沢山生えている。

 見上げれば、今まで見たことがないくらい、青い色の濃い空が広がっている。

 むっとした、まるでアギダルの火山地帯にも似た纏わりつくような空気も新鮮だ。

 初めてきた場所。旅の醍醐味である初めて見る景色。けれど――

 隣にカイくんがいない。それだけで、酷く味気なく感じてしまうよ。

『まるで、昔に戻ったような。一人で森を彷徨っていた時のような』

 ……うん、この感じ、久しぶりだ。


「リュエ。カイさんを乗せた魔車はこの街道の先、で合っていますよね」

「うん、間違いないよ。さっき魔力の波を飛ばしたら、魔車と人の集団の反応があったからね。たぶん、私達の方が速いからすぐに追いつけると思う」

「分かりました。……リュエ、安心してください。カイさんはすぐに戻ってきますよ」

「勿論。戻ってきたら、今度は私達の前であの姿になってもらわないとね」

「……そ、そうですね。ちょっと、その、興味があります」

「ね。どんな風になっているのかなぁ」

「ど、どんな風!? そ、そうですね、きっと身長も高いですし、お、大き――」

「レイスも気になるよね。あの状態の魔力がどうなっているのか」

「……ええ、もちろん魔力の話ですよ。気になりますね」


 少しだけレイスの声が上擦る。やっぱり、本当は心配でたまらないのかな?

 私も人の事が言えないけれど、きっとだいじょうぶだよね。

 カイくん、先に一人で行ったとしても、戻ってきてくれるよね?


 ……大丈夫だよ。私達の所に、戻ってきてくれるよ……。


「私を、置いて行かないでくれ……行かないでよ……カイ君」

「……リュエ?」

「うん? どうしたんだい?」

「……いえ、なんでもありません」






 耳を澄ましてみても、聞こえてくるのは車輪の音ばかり。

 念のためいつでも[晶化]を発動出来るように付与したままだったのだが……仕方ない[五感強化]に切り替えるか。

 と、思い至ったところで気がついた。誰も見ていないんだし、剣を取り出せばいい、と。

 早速、剣にアビリティを組み込んで辺りを探る。

 車輪の音。魔車の軋む音。そして魔物の息遣い。

 さらに範囲を広げると、他の魔車の音や騎士の息遣いや鎧の音、小さな話し声も聞こえてくる。

 それらを取捨選択し、目的の音を探り、どんどん意識をうちへうちへと入り込ませながら、感覚を外へ外へと広げていく。

 我ながら、すっかり能力の扱いに慣れたものだな、と思ったところで、ようやく拾うことが出来たその声。


『副長。この先の分岐路で一度止まれ』

『は! しかし、先程出立してからまだあまり時間が……』

『休憩ではない。少々気になる事がある。私の私兵が待ち合わせている。そこで落ち合う予定だ』

『……了解致しました』


 そのやり取りの後に、たしかに拾う副長と呼ばれた男のぼやき。

 それは『またか』という、どこか諦めと、呆れの混じったものだった。

 ……なんだ。何をする気なんだ。

 その疑問を、魔車の速度が緩みだしたと同時に一度脳から追い出す。

 件の私兵とやらが現れたのだろう。


『お待ちしておりましたシーリス様。どうでしたか、今回の検分は』

『そうね、少々怪しい品が紛れていたわ。納品書にない品、一度じっくり改める必要があると判断したの』

『左様でございますか! では、すぐに我々の魔車に――』


 ……なるほど。つまりこの女は常習犯だ、と。

 大方、度々この積荷からめぼしいものをくすねているのだろう。そして、王国の騎士もそれを黙認している、と。

 それほどまでに、この女の権力は強いというのだろうか。

 随分と、腐っているな。シュン、ダリア、お前のところの人間は。

 それとも、この女に流れている血が汚れきっている影響かね。


「…………って、その積荷って俺じゃん!」


 急ぎ再び、あの姿になるのだった。

 もうやだ。お婿に行けない。




「お、おお……シーリス様、その、私も触れてみてもよろしいでしょうか」

「ふふ、貴女、意中の人間がいたのではなくて?」

「そ、それとこれは……はぁ……なんと立派な……はぁ……」

「わ、私も近くで見ても……」

「ええ、いらっしゃい」


 助けてリュエ、レイス。

 集団痴女に襲われています! 私兵が全部女騎士とかやめて下さい!

 見るな、見るなよ! 触んな! お前らどんだけ持て余してるんだよ!


「では、こちらの彫像を『マギアス』の別宅まで輸送すればよろしいのですね?」

「ええ、お願いするわ。私はこのまま、残りの品を王都まで護送しなければならないの。ふふ、あまり触って壊したりしないでね、久しぶりに私のコレクションに相応しい一品を見つけたのだから」

「は、はい! では、私達はこれで!」


 ……マズいな。王都に直行出来ると思っていたのに予定が狂ってしまった。

 恐らく後を追いかけているはずの二人と完全に別れてしまうぞ、このままだと。

 ……なにか、残すことが出来ないだろうか。道標や俺の痕跡だと分かるなにかを。

 騎士達が俺の身体を持ち上げ、自分達の魔車のコンテナへと運び入れようとする。

 ……今、ここで全員……殺すか? ここにいるのは全員あの国に属する騎士。

 ならば――そういうわけにもいかねぇか、クソ。

 シュンとダリアの国でもある以上、無闇に殺すわけにもいかない、か。

 俺が明確に殺意を抱いているのは、あの女だけ。この私兵の騎士達は……。


「凄いね、シーリス様が見つけてきたこの像!」

「コンテナの中で倒れてしまうと大変だ。一人は見張っていないといけない。私が一緒にコンテナに入るとしよう」

「ちょっとずるいよ! 私だって……その」


 ……この娘さん達を殺せと申すか。

 全員、色の濃さは違えど金髪のエルフ。そしてどうやら、瞳の色が深緑なのが『ブライト』の血を引く人間の特徴のようだ。

 彼女達の瞳は、そこまで深い色をしていなかった。黄緑や薄い緑、もしくは青の混じったような色が多い。

 となると、ブライトの名を持っていたあの二人は……なにか、理由があってこの大陸を出たのだろうか。

 俺は、かつて出会った二人のエルフの顔を思い出す。

 レイス無き後、プロミスメイデンのオーナーを引き継いだ、彼女の義理の娘である『エルス』こと『エルスペル』さん。

 そしてその姉で、アーカム亡き後、あの街の代表を勤めている『イクス』こと『イクスペル』さん。

 あの二人の瞳も、確か濃い緑色だったはずだ。

 ……お家騒動、だろうか。幼い姉妹が二人で大陸を出るなんて。

 国の上層、王家に連なる人間達はやはり内部で揉めているのだろうか。

 魔車に揺られながら、どうにかリュエ達にこちらの痕跡を残す方法、そしてこの国の上層にあろう確執について思いをはせるのだった。


(´・ω・`)水晶になれば金になるんか!?

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