二百三十四話
(´・ω・`)船の旅の終わり
「じゃじゃーん! どうだいカイくん、綺麗に染まっているだろう?」
「おー! なんだか印象がガラっと変わったなぁ。前よりも濃い目だね」
「ええ。今回は、簡易的なものでなく、本格的に魔法薬を使用したものになっています。以前、私が任意で髪の色を変えていたように、自分自身の魔力に呼応するんです」
「なんでも、体内の魔力が活性化すると一時的に髪の色が元に戻ってしまうんだってさ。で、本当に色を元に戻す時は、専用の術式と薬品を使うって訳さ」
暫くすると、部屋の扉が開かれ、彼女達が現れた。
まばゆい輝きを放つ、金色の長髪を靡かせるリュエ。
その姿を美しいと思う反面、微かな胸の痛みを感じる。だが、当の本人はオシャレを楽しんでいる感覚なのだろうか、しきりに自分の髪を手で弄びながら、サラサラとその輝きが流れる様を楽しんでいるようだった。
そんな時だった。船が少しだけ揺れ出したのは。
先程まで、なにやら手続き踏むために沖合に船を一時停めていたようだったが、それが済んだのだろうか?
ふむ。髪を染めた以上、無理にコンテナに隠れる必要もないかもしれないのだが……どうするべきだろうか?
思案していたところに、丁度船員がやってきた。
何故か片足を引きずりながら。
「ああ、ここにいたのかあんたら。全員、船長室まできてくれとよ」
「知らせてくれてありがとう。今すぐ向かうよ」
「……なんだ、髪染めたのかそっちのやつ」
「私にはちゃんと名前があるよ? リュエだよ、リュエ」
「ふん」
どうやら、未だ彼女に思う所のある人物だったようだ。
まぁ、もう船を降りるのだ。どうこう言う必要もないだろうさ。
足早に彼の横を通り過ぎ、そこを去ろうとした時だった。微かな呟きが俺の耳に届く。
『忌み子なんてとっとと海に放り投げちまえばよかったのに』と。
……よかったな。船長の下で働いている以上、手は出さんよ。
代わりに、これから先の人生で苦労するように加護を与えてやる。
俺は足を止め、去りゆく船員の背中を強く見つめる。
そして殆ど使ってこなかった[フォースドコレクション]を発動させる為に、なにかいらないアビリティをヤツに反転付与させようと試みる。
なにか、生きるのに必要なスキルを一つ、永遠この男から奪い取る為に。
そう思った矢先の事だった。こちらの手を、小さな手が強く握りしめたのは。
「黒いにーちゃん、羽のねーちゃんと白いねーちゃんが呼んでたはむ」
「……ああ、今行くよ」
「黒いにーちゃん。今、悪いことしようとしてたはむ。はむには分かるはむ」
手の主は、あの太陽少女だった。
彼女の黒いくりくりした瞳が、少しだけ細められる。
まるでこちらの心を言い当てるような物言いに、ドキリとする。
……子供に分かるくらい、危うい空気を出していたのだろうか。
「安心するはむ。いじわるするやつははむが成敗しておいたはむ。白いねーちゃん転ばせたやつも、同じモップで足ぶっ叩いてやったはむ」
「……モップ? まさか」
「食べられないものばっかり入れたスープも、はむが代わりに食べたはむ。はむはなんでも食べるいい子だから、なんともねーはむ。だから、安心するはむ」
そこまで言われて、ようやく気がつく。
……そういうことかよ。
この子はリュエと器を交換していた。つまり、この子が食べていた大量の殻は本来……リュエに出されるはずだったものだと。
そして先程の船員が足を引きずっていたのも……。
「……君が、怒られたら大変だろう」
「そんなヘマしねーはむ。安心するはむー」
「あっ、待て」
それだけ言い残し、またしてもすばしこく駆け出した彼女を見失う。
……借りが出来てしまったな、あの子には。本当に何者なのだろうか。
船長室に向かうと、丁度リュエとレイス、そして船長が出てくるところだった。
なんでも、これからそのコンテナに案内してくれるのだとか。
髪を染めたから大丈夫だとは思うのだが、念には念を入れた方が良いだろう、とのこと。
曰く、髪を染める白髪エルフというのは後を絶たないらしく、当然のようにそれを調べる技術も発達しているのだそうだ。
簡易的な検査ならまだしも、本格的な魔導具を使われると危険かもしれないとレイスも同意し、船長の提案を飲んだ、というわけだ。
「カイくん遅かったじゃないか。まさか迷子かい?」
「似たような廊下ばっかりなんだ、仕方ないだろう」
そんな言い訳をしながら、貨物室へと向かっていく。
ここは以前、リュエとあの少女が追いかけっこをしていた場所だったはずだ。
そろそろ陸に着くからか、以前よりも荷物が整理整頓されているのが見て取れる。
すると船長はそんな荷物達を通り過ぎ、なにやら大きな布のかけられた箱の前まで進んでいった。
バサリと音を立てて布が外されると、他のコンテナとは明らかにものが違うそれが現れる。
木製のコンテナ。だが、その表面にはまるで一流の家具のような美しい彫刻が施され、まるでこれそのものが一つの献上品のような様相だ。
まさか、これに入るのか?
「こっちに一人入ってもらう。残りの二人は通常のコンテナだな」
その説明を受け、どうしようかと顔を見合わせた時、倉庫内に誰かの駆ける足音が反響する。
音の主は船員。なにかトラブルでも起きたのか、焦燥に駆られた様子で船長へと駆け寄り、そして耳打ちをする。
「……悪い知らせが入った」
「なにかトラブルですか、船長」
報告を受けた船長が申し訳そうな表情を浮かべ、声のトーンを落としながら語りだす。
「今港に来ている人間の中に、王家に関わる人間も混じっているそうだ。だから、こっちに隠れると逆に中を覗かれる可能性も出てきてしまった。どうする?」
「……普通のコンテナも、中を検められるんですよね」
「ああ、だが全部というわけじゃない。それにそっちの娘さんももう髪を染めている以上、見つかっても『運賃が払えなくて押し込められた』で通るだろう」
「……船長、まさかそういう事よくしてるんですかね」
「悪さをした船員を懲罰として閉じ込めたりはする」
おお、こわいこわい。
しかし、どうしたもんかね。どっちみちコンテナの空き的に考えて、一人はこっちの献上用コンテナに入らないといけないのだが。
いっそのこと『用心棒です』とかなんとか言って普通に上陸出来ないだろうか?
そう提案してみたのだが――
「……すまんが、本来おたくらはこの船に存在していないはずなんだ。ヴィオの姐さんは身元がはっきりしているお人だが、あんたらはそうもいかねぇ。それに……王家に関わる人間がいる以上、余計な騒ぎはこっちもゴメンだ。悪く思わないでくれ」
とのこと。ならば仕方あるまい。こちらも、彼には運んでもらった恩義がある。無理を通して事を荒立てる訳にもいかないだろう。
さて、じゃあ誰が献上用コンテナに入るか……船長の言うように、少しでもリスクを抑えるために、リュエには通常のコンテナに入ってもらうとして……。
そうなると必然的に、レイスと俺どちらかが献上用コンテナに入る事になるな。
「万が一、王家のコンテナの中に不審者が入っていたらどうなりますかね」
「……連行されるだろうな。その時は俺達も庇うつもりはない。悪いな」
「了解了解。じゃあ俺が入ります」
「カイさん!?」
レイスが驚きの声を上げるが、彼女を入れる訳にも行かないだろう。
もしも俺ならば、万が一見つかってもどうとでもなる。いっその事、城まで連行されるのも手だ。
その事を彼女に伝え、そして、もしもの時の行動方針を二人に伝える為に、一度三人で相談がしたいと船長に断りを入れ、倉庫の隅で話し始める。
「万が一、この先俺と別れる事があったら、二人は無理に王都に来ない方が良い。あそこは出入りの審査が厳しいらしいから」
「……カイくんはどうするつもりだい」
「俺は、俺の用事を済ませるさ。あそこには、あの二人がいるはずだから」
「……私も、会いたい。けれども、それはきっと難しいんだよね」
リュエからしても、ダリアとシュンは最も過ごす時間の長かった友人。
それは重々承知している。だが、彼女自身も自分が王都に入る事の難しさを理解しているのだろう。
悔しそうに、その表情を歪めていた。
「安心しろ。あいつらはお偉いさんなんだ。特例の一つや二つ、作らせて入れるようにしてみせるさ」
「……そっか。そうだよね。じゃあ私はどうしようかな」
「では、私はリュエと一緒にどこか安全な場所で待っていた方がいいでしょうか?」
考える。今、口ではそう言ったが、万が一という事もある。
そして、彼女達には話していない俺のもう一つの目的『王家への謝罪要求』。
もしもこじれてしまったら……間違いなく、国を相手にしなければならなくなる。
そうなった時、果たしてダリアとシュンはどちらに着くか……。
初めの頃は、あの二人なら俺のために国を裏切るくらいはしてくれると思っていた。
だが、長い時をこの世界で暮らしたオインクが、セミフィナル大陸を大切にし、人々に安寧と平穏を与えるために奮闘する姿を見ていて思ってしまったのだ。
『環境と年月は、人を変え、時に大きな決断をさせる』と。
それは、身を削り国を発展させるというものであったり、もしかしたら――『国の為ならば、どんな人間にも剣を向ける』であったりするのかもしれない。
『常に最悪を想定しろ』これは俺の信条でもある。
だからこそ、彼女達を俺から遠ざけるべきなのか、それとももしもの時の為に、近くで待機してもらうか迷ってしまうのだ。
「……ある程度、そうだな、共和国側の方が風当たりも弱いかもしれないな」
けれども……やはりリュエに危険が及ぶ可能性は排除しておきたい。
敵対するのは確定ではない以上、その未定の危機の為に、彼女にリスクを負わせるのは……。
「共和国……カイくんと、そんなに離れてしまうのかい? 私は……それは嫌だな。あまり、離れたくないよ」
「リュエ……」
それを口にした瞬間、今まで見たことがないくらい、彼女が表情を悲しげに歪めた。
「髪も染めたし、私の力なら検査くらい誤魔化せると思うんだ。やっぱり、私も一緒に行ったらダメかな?」
「……ダリアが、直接関わるような魔導具や術式かもしれないぞ」
「っ! 私だって、負けていないよ。大丈夫、お願いだよ。もしも、もしも無理だったら、その時は大人しく逃げるから」
少しだけ、危ういと思ってしまった。今の彼女が。
これ以上拒絶したら、なにかが壊れてしまうような、そんな気がした。
そんな彼女を見てしまったらもう、俺は首を縦に振る事しか、出来ない。
「分かった。無理そうなら、レイスと二人で少しだけ離れた場所で待機しておいてくれ。それと――もしも、王都で何か事件が起きたとしたら……その時は――いくら遅れてくれてもいい。けれども、絶対に俺のところまで来てくれ」
「……分かった、絶対に行く」
そして、もしもの時は、俺も覚悟を決める。
仮に、友と決別する未来が待ち受けていたとしたら、その時は申し訳ないが、リュエとレイスにも協力をしてもらう。
たとえ七星が相手だろうと、俺は一人で挑んでやろう。
だがもし、あの二人が敵対したならば……俺は無傷で凌げるとは思えない。
だからこそリュエとレイスに、力を貸してもらいたい。
俺の提案に、二人は疑問をぶつけてこようとはしなかった。
『なにかするつもりなのか』『何故私達を呼ぶのか』と。
口にしなくても、薄々感じているのかもしれない。俺が何を考え、何をしようとしているのかを。
それでも、その時が来るまで話さないと決める。
未定の不安を、確定の不安にしないために。
船長の元へ戻り、俺が献上用のコンテナに入る事を伝える。
すると、丁度そのタイミングで船が大きく揺れた。
「いかん、到着したようだ! そっちの娘さん二人は急いでこのコンテナの中の、荷物の隙間に隠れてくれ! そっちの兄さんは、さっきのコンテナの中にへ!」
上部に設けられた小さな扉を開け、中へと潜り込む。
暗く何も見えないその内部を知ろうと、自身に[五感強化]を付与する。
すると、しっかりと視力にも作用し、ぼんやりと物の輪郭が感じられる程度には分かるようになった。
……光がないはずなのに、不思議だな。
「……家具に……刀剣に、おそらく絵画だろうか」
探るように気配を辿っていると、コンテナがガクンと揺れた。
おそらく外へ運び出されようとしているのだろう。今度はコンテナの外部に向けて意識を集中させ、そして聞こえてくる物音や話し声に集中する。
すると、最初に聞こえてきたのは――
(´・ω・`)到着