二百三十三話
(´・ω・`)お魚食べたいねせやね
「えー……たぶん第六回? ぼんぼんクッキングを始めたいと思いまーす」
「わーわーぱちぱちぱちー」
「早く、早く始めましょう! お魚の鮮度が、落ちてしまう前に!」
「はいレイスさん落ち着いて」
さて、キャンプ用の調理台を四つ並べてようやく収まったこのノーブル・グラディウス。
早速この化物カジキの調理に入りたいと思います。
いやはや、たしかにある程度の大きさの魚を捌いた事はあるのだが、ここまでの大きさとなると、魚市場で働く人間でもそうそう捌いた経験はないのではないだろうか。
ひとまず、この大きさに合わせて闇魔術……いや、闇魔法で大きなマグロ包丁を作り出す。
実は、大きさや強度で魔術、魔法、魔導と使い分けているのだ。
自分でもはっきりと分からないのだが『なんとなく、この大きさでこの強度なら、魔法だな』みたいな感じで区分している。
実際、魔術か魔法か魔導か、それを意識して発動するかで消費するMPも変動する。
やはり魔力の運用は感覚的なものに任せるのが常なのだろうか。
「お兄さんたち私が居ない時にそんな楽しそうな事してたの? いいなぁ釣り。私って結構釣り好きなんだよねー」
とそこへ、ギャラリーの中からヴィオちゃんがひょっこり顔を出す。
船長室を出てすぐ別れた訳だが、大方――
「罪の意識を感じて部屋に引きこもっていた己を恨むが良い」
「うぐっ……なんでお兄さんっていつも妙に鋭い上に、人が気にしてる事ダイレクトに突いてくるのかな?」
「それだけ気を許しているんだよ。珍しいぞ、俺が友達認定するなんて」
「……ちょっと嬉しいから許す」
「私も友達だよー!」
「ふふ、私も友人だと思っていますよ」
「ちょ、やめてよみんなして。恥ずかしいじゃん」
友人待遇という事で、特等席でこの料理ショーを見てもらいましょうか。
しかし、この大きさのカジキなんてどうやって捌いたら良いものやら。
さすがに三枚おろしは難しいだろう。大人しくブロック状に切り分けるか?
いや、むしろ五枚下ろしだろうか……この鮮度なら肉質もしまっているだろうし。
……いや、無理だ。ここまでの大きさはもはや未知の食材と言ってもいい。
大人しく筒切りにしてから柵取りするべきか。
「よし。じゃあまずは全部のヒレと頭を落とそうかな」
「ちょ、ちょっと待った! グラディウスの吻部分だけでいい、譲ってくれないか! そこだけでも十分に献上品として通用するんだ」
「ふむ……食べる部分じゃないならいいかな。値段の交渉は後でしましょう」
船長、往生際が悪い! が、それくらいならいいだろう。
吻とはいえ、その長さは一メートルにも及ぶ。もはや本物の剣として加工出来るレベルだ。
これを献上する事で、バタフライエフェクト的に事態が好転しないとも限らないし、な。
逆もまたしかりだが。
ひとまず、今回は一筋縄ではいかない食材だ。業腹だが、手間を省くために剣術も利用する事にした。
「はい、じゃあみんな下がって。今からこいつ切り分けるから」
発動させるのは『瞬華流麗』以前、龍神の晶角を切断する時に使用した技だ。
切れ味と、クリティカルで部位を確実に切断出来るという性質を利用しようと思いチョイスしたわけだが……。
奪剣じゃないしつけられるアビリティは自分に付与出来る一つだけなんだよなぁ。
[カースギフト]を発動させ、自分自身に[クリティカル率+30%]を付与する。
まぁクリティカルが出なくても、この威力なら切断可能だとは思うのだが。
本来であれば、身を切り、骨に当たったらノコギリに持ち替えて、そして骨を断ち切ってからまた包丁に持ち替えるという工程が必要だ。
だが、これならばきっと――
「……ふぅ」
呼吸を落ち着かせ、そして一息に闇魔法の剣(包丁)を振り抜く。
そして残心から、再度発動。それを二度、三度と繰り返していく。
もう一度大きく息を吐き出すと、ゆっくりとグラディウスの体に変化が起きる。
「おお……一瞬で全部のヒレと吻、頭を切り落としたぞ……」
「ヒュー! お兄さんやるねぇ! 古式剣術をこんなところで披露しちゃうなんて」
「はっはっは、やるもんだろう?」
「カイさん、この尾ビレや頭は……」
「勿論食べられます。リュエ、落とした部位冷凍しておいてくれないかな」
「任された。こういう時は急激に冷凍させるんだっけ?」
「そうそう。表面の水気を拭き取ってから、急速冷凍で」
日本にいた頃では考えられない、魔法という便利な存在が、料理の自由度を大きく上げてくれる。
氷マイスターリュエさんにより本気の冷凍魔法で、瞬く間に白く凍りつく頭と尾。そしてヒレ。そいつを、木箱にしまうふりをしながらアイテムボックスに収納する
このヒレの付け根部分はね、よく動く場所だから凄く美味しいんですよ。
……アイテムボックスに入れるなら冷凍しなくてもよかったかもしれないな。
そうして、邪魔で鋭利な部位を全て外し、腹を裂き内蔵を取り出す。
ふむ、心臓は食べられるんだったかな? 他にも胃袋やらなにやら、この大きさだ。奇麗に洗えば食べられそうだな。
そして内蔵を取り出し終えた所で、いよいよ魚を筒切りにする。
再び剣術を発動させ五等分にする。さすがの大きさ、その五つのうちの一つだけで、今これを見ている人間含めて全員が満足に食べられそうだ。
「リュエ、一つを除いて……いや、二つ除いてまた冷凍をお願いするよ」
「了解。じゃあ凍らせるよー」
レイスが少し物足りなさそうな表情をしていたので、一つ余分に使いましょう。
いやはや、実に楽しみだ。
肉質はやはりこちらのよく知るカジキだが、俺が知っているカジキはマグロに比べて少々身が柔らかく、味も蛋白な印象だった。その色もやや白みがかっていたと記憶しているのだが……こいつは随分と赤い。それに身の締りがすごぶる良い。
試しに端の部分を切り落とし味見をしてみる。
「……美味いな。ここは中トロの部分か……程よく弾力もある」
「カイくん、私も私も!」
「はむもはむも!」
「お兄さん、一切れ投げて!」
「あの……出来れば私も一口」
「……了解」
この、いやしんぼさんたちめ! 君たちは巣で親を待つ雛鳥ですか!
……俺も絶対同じ状況なら同じ事言うだろうけどさ。
切り分けたそれら分け与えると、皆、うっとりとした表情でその余韻に浸っている。
中でもレイスの表情はもう、官能的とも言える恍惚の笑みを浮かべ、思わずこちらが唾を飲んでしまう程だった。
……目の毒です、目の毒。
「はぁ……なんて美味しいんでしょうか。これが、私達が自分で海から釣ったなんて……どうしましょう、私、本格的に釣りを始めたくなってしまいました……」
「ははは……釣りたては格別だしね」
毎日ドレス姿で釣竿を担いで海に通うレイスを想像し、思わず吹き出してしまう。
シュールである。
そうして、切り分けた魚を更に小さく切り分け、調理を進めていくのだった。
「ふぅ……完成だ。人数が多いからあまり凝ったものは作れなかったけれど」
「わぁ……すごいやカイくん。さっきまで泳いでいたのが、こんな沢山のごちそうに……」
「カイさん食べましょう……今回、全て任せてしまっておいてなんですが、もう、食べましょう……」
解体スタートから一時間。
およそ三◯人分の料理が完成した。
今回作ったのは、シンプルに食べられる、そして一度に大量に作りやすいものばかりだ。
『カジキのステーキ』『カジキのフライ』『カジキのマリネ』『カジキの串焼き』『カジキのムニエル』『中落ち、皮下部分のこそぎ落とし』『赤身のカルパッチョ』『大トロの刺し身』
とまぁ、たった二つのブロックから、ここまでの種類を作り上げた訳です。
いやぁ……こんな経験早々出来るもんじゃないな。
「な、なぁもしかして俺達の分も、なのか?」
「当然。この場所も貸してくれましたし、この船の上に居たから釣れたんですし」
「そうだよ! みんなも一緒に食べようよ」
リュエがフライを乗せた皿を持ち、船員達の元へ向かう。
一瞬だけ、困ったような顔を見せる一同。だが、料理の魔力の前には髪の色を気にする余裕もないのか、皆彼女の皿に手を伸ばした。
「どうだい? 美味しいだろう?」
「あ、ああ……凄く、美味しい」
「上にかかっているソースは私が作ったんだ。タルタルソースって言うんだよ」
「……そうか、美味いな、これも」
船員の一人が、ぎこちなく感想を述べる。すると、リュエもまた嬉しそうな表情を浮かべ、次の船員の元へ。
……ふん。当たり前だ。理由もない差別なんて、所詮人間の三大欲求の前には紙くずも同然だ。
最悪の場合、この国の住人全員をこちら側につける手段を考える必要があるな。
「カイさん……美味しいです。この白い身の部分がもう、反則です」
「大トロの魔力に取り憑かれたみたいだね」
「それに、このイグゾウ氏の残したショーユ……魚醤やウスターソースともまた違うこの風味が……牛肉にも合いそうです」
「そして醤油の魅力に取り憑かれたと」
皆が、料理に舌鼓を打ち、笑いながら語り合う。
今この瞬間だけは、きっとおかしなしがらみもなくなったと断言出来る。
……きっとこの先も、こんな風に乗り越えられるだろうと、笑いながら船員にフライを食べさせているリュエを見ながら思うのだった。
「お兄さん、さっきから一人でチビチビ食べてるのなに? なんか崩れた部分みたいだけど。ちゃんとしたとこ食べなよ」
「おっとー、バレてしまったか。ヴィオちゃんこの部分食べてみ」
「えー? やだよこんなグズグズの場所なんて」
するとそこへ、串焼きを両手に持ったヴィオちゃんがやってきた。
くくく、きっとみんなスルーするだろうと思って、この中落ちと皮下の身は独り占めしていたのである。
いやぁ溶ける溶ける。幸せの味だ。
「……凄いいい顔してる。じゃあ一口頂戴」
「ほい、あーん」
「あーん」
味付けはこいつも醤油のみ。わさびは残念ながら、以前マグロ料理を作る際にリュエのバッグの中を探してみたのだが、ついぞ見つからなかったのだ。
ホースラディッシュ、つまり西洋わさびで代用してもいいのだが……このお刺身にそれを使うのは、なんとなく負けた気がするので今回は見送った。
「うっま! 口の中で消えた! ずるいよ独り占めは!」
「ククク。ほら、じゃあ残りは持っていきな」
「いいの!? じゃあ遠慮なく……」
ふむ、後でもう一度わさびを探してみるか。
「ふぅ……堪能した」
「カイくん大変だ。レイスがぼーっとしたまま動かない」
「しばらく余韻に浸らせてあげましょう」
料理を全て平らげ、船員も皆満足気に各々の作業に戻っていく。
全体の2/5だけで、それもこの人数で食べても大満足とは、これから先しばらくは魚に困ることはなさそうだ。
伸びをして、船の前方に目を向ける。
はるか先に、ぼんやりと見える大陸の影。そうだな、もうそろそろ話しておかないと。
折角船長がこちらの為に用意してくれたのだ。その好意を無碍にはすまい。
「レイス、リュエ。一度船室に戻ろう。話がある」
船室につくなり、珍しくレイスがベッドに横になる。
そんなキャラ崩壊するくらい大満足してくれるとは。
「それで、どうしたんだいカイくん」
「ああ……実は――」
船長室で聞いた話。つまり髪を染めるか船を降りるかという選択を迫られた事を話す。
けれども、船長が考えを変え、リュエを隠す為のコンテナを用意してくれた事を伝える。
やはり、一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべるリュエ。そしてレイスもまた、彼女を気遣うように、そっと手を重ねる。
「難しい、ね。今はこれで凌げるかもしれないけれど……そうだね、私の所為でカイくんとレイスにも不便をかけちゃうくらいなら、髪、染めてしまうよ」
「……俺は、リュエのその髪が大好きなんだ」
「私もです。透き通るように白くて、日の光を浴びるとうっすら青く輝く、貴女の髪が私は大好きです」
「……ありがとう。けど、少しだけ我慢しておくれ。レイス、前に髪を染めていたよね。私にやり方を教えてくれないかな」
「……分かりました」
とても、悔しかった。
何故、リュエが自分を偽らなければならないのかと憤った。
けれども、それを彼女が選んだのなら。他ならぬ、俺達の為にそれを選んだのなら。
……俺も、我慢しよう。彼女もきっと、思うところがあるはずなのだ。
きっと、一番辛いのは彼女なのだ。だったら、俺だって少しくらい我慢しよう。
「リュエ。俺は部屋を出ているよ」
「うん。楽しみに待っていておくれ」
「では、少々薬品の調合をします。リュエ、これは一種の魔法薬ですから、少し血を――」
後ろ手に扉を閉める。そして、もやもやを吐き出すように、強く一息で全てを出し切るようにして息を吐く。
何故、そこまで白髪を忌むのか。何故、そんな太古の昔に決着のついた問題を引きずるように、白髪を忌む文化を根付かせるのか。
……冷静に、客観的に考える。
国が、なにかそういったカースト最下位になるような存在、共通の敵を作るのはどういう時だ?
余程下層の人間は辛い生活を強いられているのだろうか? 自分達より下の存在を作ることによって、その苦境を和らげているとでも言うのだろうか?
……いや、もしそうならその情報が入らないはずがない。
では、そうでもしないと国をまとめられないから?
……建国から既に数百年経っている国が、今更そんな事をするとも思えない。
長い間続いた王家というだけで、人々は無類の信頼を寄せているはずだ。
ならば……建国から今に至るまで、なにか悪者を作らないと人々が納得しないような厄災に見舞われている……というのはどうだ。
「……きっと、一般の人間は知らないような、王家や上層の人間が知っているような」
今なお『セミエールの魔女』という言葉が残っているのならば。
……なにか、理由があるはずなのだ。今はまだ憶測、想像する事しか出来ないけれど。
随分と、甘くなってしまった。最初は、問答無用で国の中枢に殴り込みでもしかけようと考えていたのに。
暴力を振りかざし、その恐怖を持って従わせ、復讐とする。そんな短絡的な事を考えていたと言うのに。
「……二人が、隣にいる限り。非道にはなれないさ」
きっと、俺が間違わないでいられるのは、リュエとレイスが側にいてくれるから。
俺が、かつて魔王として振る舞い、力で他を屈服させていた『アーカム』と同じ道を辿らずに済んでいるのは、人との繋がりを大切にしてきたから。
だがもし――その繋がりを乱し、悲しませ、奪おうとする輩がいるのならば……。
「頼むぜ、ダリア、シュン。俺を、俺のままでいさせてくれよ」
この先に待ち構えているであろう友人達に、静かに祈りを捧げる。
どうか『俺に国を滅ぼさせないでくれ』と。
(´・ω・`)サーズガルドの明日はどっちだ