二百三十一話
(´・ω・`)さぁ、どんどん更新するぞ
船が出向してから四日。
今ではすっかりレイスもこの独特の揺れに慣れ、元々魔車等の仕組みに興味津々だった事もあり、連日機関部の見学に向かっては船員に『すみません、これ以上は……』と追い出される日々を送っていた。
ヴィオちゃんは『仮にも護衛として乗せてもらっているのだから』と甲板での哨戒にあたっている。
が、元々海上で魔物に襲われる機会などそうあるものではないらしく、今日も今日とて身体を動かしている。
時折組み手を頼まれたりもするので、それを受けてみたり、俺の代わりにレイスが引き受けたりと。
まぁなんだかんだで自分と対等の人間と自由に訓練が行える事に満足しているようだ。
「リュエは今日も貨物倉庫の方かね」
そしてリュエは、あの太陽少女がいたくお気に入りなのか、毎日一緒に遊んであげているようだった。
甲板で追いかけっこをしているとさすがに周囲の目が厳しい事もあり、倉庫の方でよく遊んでいるようだが、それでも少し心配だ。
少し前に、ヴィオちゃんに指摘された彼女の『違和感』。そんなもの気のせいだと自分に言い聞かせてはいるのだが、一度湧いて出た疑問が、そう易々と消えてくれるなんて事はなく、あれからよくリュエに声をかけるようにはしているのだが――
『んー? でもそういう環境で育ったなら仕方ないんじゃないかい?』
『私個人が憎まれている訳じゃないなら、問題ないんだけどなぁ』
とまぁ、こんな具合なのである。本当に気にしていない風に見えるのだ。
まぁそれでも、毎回なでりこさせて頂いておるのですが。
幸せそうにこちらの手を受け入れる彼女が、壊れているはずがない。
このなで心地の良い彼女の中に、そんな深い悲しみ、心の闇が渦巻いているはずがない。
そんな事を考えながら、彼女と接していた。
さて、じゃあ今日のなでりこの為に探すとしましょうかね。
船の奥へと向かう。
貨物船である為、客室区画などというものもなく、主だった作業部屋や船員の休憩所以外の殆どが貨物倉庫となっている。
その為倉庫の広さも相当なものであり、走り回るには十分すぎる広さを誇っていた。
確かにこの広さや程よい遮蔽物は、迷路のように走ったり隠れたりも出来、小さい子供がいたら間違いなく遊び場にしてしまうだろうな、と思える場所だった。
尤も、高く積み上げられた荷物や、重いもの、不安定なものなど、事故につながる要因も多数含まれているので、出来るだけ近づいてほしくないというのが本音なのだが。
その辺りはリュエも心得ているのか、なるべく軽いもの、毛皮や麦といったものが格納されている辺りでいつも遊んであげているようだ。
「さてと、今日はどの辺りに――」
「う、うわあ!」
丁度その区画が見えてきた時だった。リュエの驚いたような声と、何かが崩れる音が聞こえてきたのは。
急ぎ声のした方へ向かうと――
「白ねーちゃん大丈夫はむか?」
「イタタ……こんな風に転ぶと大変だから、そろそろここで遊ぶのやめよっか?」
「おいおい、大丈夫かリュエ」
床にうつ伏せで倒れていた彼女が顔を上げているところでした。
彼女の足元を見れば、へし折れてしまっているモップが見える。
大方、それに足を取られて転んでしまったのだろう。
「ほら、手を貸しなされ」
「ありがとう、カイくん」
起き上がった彼女の膝を見れば、僅かに血が滲んでいた。
こちらの視線に気がついたのか、彼女はあっという間に自分の怪我を治療してみせる。
「そんな顔しないでおくれよ。ほら、もう元通りだから」
「ああ、よかった。しかし、やっぱり不意な事故だと怪我を負うんだね」
「そういえば、不思議だよね。戦闘意識に切り替わると、肉体に変化でも起きるのかな?」
「ははは、ちょっと研究者みたいな顔つきになった。そういう時の顔、昔みたいでなんだか懐かしいよ」
「そ、そうなのかい? て、照れる」
戦いに関わる時や、魔術等の考察をしている時の凛々しい表情も、俺は好きだ。
青い瞳が、まるで静かに真実を見極めようとしている晴眼のように見えて。
『晴眼』って、文字にすると『青』が含まれている所為か、彼女の青い瞳によく似合っているように思えるのだ。
そのせいか、俺はこういう時の彼女の目を見るのが好きだった。
「白ねーちゃん大丈夫はむか? はむが敵討ちをしてやるはむ」
「あ、こらどこにいくんだい?」
「いってくるはむー」
……まさか船中のモップをへし折るつもりなのだろうか。
「ねぇカイくん。カイくんは平気かい? かなり無理をしているだろう?」
「……分かるか、やっぱり」
「最近、カイくんが船員に向ける視線が、ちょっと恐いからね。大丈夫、私は大丈夫だから、ね?」
「……」
ふいに、抱きしめたくなった。
薄暗い倉庫の中、小さな彼女をそっと抱きしめる。
簡単に腕が回ってしまうか細い身体を、折れてしまわないように、気遣いながら。
「……リュエも、もし辛かったら我慢しなくていい。話くらいなら、俺も聞ける。それにリュエが望むなら、俺はいくらでも我慢してみせる」
「……もしも」
腕の中の彼女の声が、少しだけ固くなった気がした。
「もしも、私が苦しくて、我慢できなくて、本当に辛い時がきたら、その時はどうか私を、今みたいに抱きしめてくれないかな」
「勿論。頬ずりだってなでりこだってしてやる」
「……ふふ、幸せ者だね、私は本当に」
その彼女の少し硬い話し方が、なんだか昔の彼女みたいで、少しだけ懐かしかった。
行く所のなかった俺の手を取り、そして何も知らない俺に様々な知識を与えてくれた、あの頃の『先生』としての彼女のようで。
「……ふふ、じゃあカイくん、そろそろあの子の事、探しにいかなきゃね。本当に船中のモップを壊したら船員さんが困ってしまうから」
「あ、ああ。じゃあ行こうか」
またいつもの調子に戻った彼女を開放し、倉庫を後にする。
本当に、俺はもう、心の底から彼女の事を愛しているのだと実感させられる一幕。
きっと、俺の良心の大半を彼女が受け継いでいるかのような、そんな感覚。
俺が善人ぶる事が出来るのも、きっとリュエやレイスが共にいてくれるから。
そうだな……彼女の為にも、俺ももう少し大人にならないと、な。
そうして、彼女の事を気にかけながらも船は進んでいく。
日に日に気温も上がり、心なしか肌にまとわりつくような湿気を孕んだ熱気に、珍しくレイスが肌を露出させる服装を選んだくらいだ。
目の毒すぎます。船員もチラチラと見てくる程です。
で、リュエはリュエで常に自分に冷たい冷気を纏いだし、自分だけ快適な環境で船旅を満喫していると。
ヴィオちゃんは元々露出の多い、踊り子のような服装をしていたのだが、それはこの気候で暮らしていたから、という事なのだろう。
彼女にサーディスの気候や環境について尋ねてみたところ、やはり想像通り『亜熱帯』やら『密林』といった言葉が浮かんできた。
エルフが多く住むという前情報のせいか、密林よりも森林といったイメージを持っていただけに、少々意外だ。
俺はてっきり、リュエが住んでいた森のような場所を想像していたのだが。
「あ、カイさん。そろそろ昼食の時間だそうですよ。私達の部屋に戻りましょうか」
「もうそんな時間か……船の上だと時間の感覚が鈍ってしまうよ」
「ふふ、そうですね。この揺れも、慣れてしまうと心地よくて、いつもより長く眠ってしまいますし」
「ははは、レイスはここ最近随分お寝坊さんだしなぁ」
船室からやって来た彼女に言われるまま、船内へと戻る。
船室と言っても、本来ならば倉庫として使われるような、ぱっと見たこ部屋に見えなくもない環境だ。
が……実際には俺以外皆女性であり、しっかりと布団やベッドも用意してあるので、こう、なんというかある種の楽園のような有様である。
……頑張れ、大陸に着くまで持ってくれ俺の理性!
船室のベッドを端に寄せ、大きめのテーブルを用意する。
船員達が自分達の食事を毎度こちらにも分けに来てくれるのだが、これがなかなかに美味いのだ。
恐らく自分達で取った魚介類をごった煮にしているのだろうが、その出汁の濃厚さと、付け合せの簡単なパスタの組み合わせが、スープスパのようで癖になってしまう。
……それにしても、随分料理上手じゃないか、ここの人達。
「失礼します。今日のお食事をお持ちしました」
皆で席に着いて待っていると、今日も配膳係の船員が人数分の器をカートに乗せてやって来た。
深い木製のボウルに、なみなみと注がれたスープからは、魚介特有の濃厚な香りと、恐らく臭み消しと思われるハーブの香り、そしてセカンダリアとの交易で豊富に入手しているのであろうスパイスの香りがほのかに鼻孔をくすぐる。
今日はトマトも使っているのだろう。どことなくブイヤベースに似たその色合いに、思わず胃が音を鳴らす。
船員が、全員の前にスープを配膳し、そして一礼して去っていくのを見送る。
すると、それを見計らってヴィオちゃんが――
「カニ! エビ! どっちも入ってる!」
「ふふ、毎日こんなに海のものを食べられるなんて、贅沢ですね」
「そうだね! 私はこのお魚のスープが随分気に入ってしまったよ」
「はむはよくわかんねーはむ! けどうまいから好きはむ!」
彼女の歓声に釣られるように、皆が嬉しそうな声を上げる。
はい。やはり他人の前ではある程度淑女然としているんです。
どうしても密航紛いの事をしているせいで、少しだけ遠慮してしまっているんですよ。
さて、じゃあ今日も早速――
「あ、こら!」
するとその時、珍しくリュエが慌てるような声を上げた。
見れば、あの太陽少女がリュエの器と自分の器を交換しているではないか。
「はむはこっちの方がいいはむ。はむ、あの丸いわっかが苦手はむ」
「むぅ……イカが苦手なのかい?」
「かんでもかみきれねーはむー」
もうすっかり懐かれたリュエが、今日もあの太陽少女と楽しそうに過ごしている。
そうか、イカが苦手か。俺は大好きです。
ヴィオちゃんの考察や、船員の反応。なにか大きな問題でも起きてしまうのではと心配していたのだが、どうやら杞憂に済みそうだ。
ほっと一息つきながら、こちらもスープを一口すする。……うむ、美味い。
それぞれその味に舌鼓を打つ様子を眺めていると、あの太陽少女だけが他とは違う音をさせて食事をしている事に気がついた。
『バリバリ。バキバキ』明らかに異常な音に彼女の方を見ると――
「なかなか歯ごたえがあるはむ。うめうめ」
「……だ、大丈夫なのか君」
「はむはなんでも食べられるはむー。この赤い生き物は美味しいはむー」
大量の殻……? おそらく出汁に使ったと思われるそれを、美味しそうに噛み砕くその姿。
なんという逞しさだろうか。皆、彼女のその様子に驚きつつも、面白そうな視線を向けている。
本当、不思議な子ですね君は。
(´・ω・`)あと19日でーす