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二百三十話

(´・ω・`)新章開幕です。

これから20日間、4巻の発売まで毎日更新したいと思います。

 思い出すのは、初めて船に乗り、セミフィナル大陸へ向かう時のリュエ。

 あの時彼女は、人目も憚らず船の縁から海へと向かい――


「うっ……ううっ……うぷっ……う……うぅ……」

「大丈夫かい? ほらもう一度『ヒール』『キュア』」

「う……ふぅ…………うぅっ! うぷぅ」


 レイス。物凄く揺れに弱い。

 馬車や魔車も平気で、同じ船でも川を下るだけならば問題なかったのだが、ついにそんな彼女の許容範囲を超えてしまったようだった。

 そう、船が海に向かって出港したのだ。

 俺が尋ねた時は『人を運ぶのは無理だ』と断られた貨物船に。

 だが、どうやらこの船の人間とヴィオちゃんは顔見知りらしく、事情も知っているため、用心棒も兼ねて乗せる約束をしていたそうだ。

 そこに追加で四人となると、さすがに密航紛いの行為である手前相手方の反応も悪かったのだが……取り敢えず金貨一袋出して『俺達四人乗せてくれたら四回つかみ取りしていいよ』で解決しましたとさ。

 レイスの『色々物申したいけど納得するしかない』というとても複雑そうな表情、忘れられません。

 で、その彼女が完全にダウンしてしまっていると。


「お姉さん海に出るの初めてだったんだね。あれだけ動けるんだし、すぐ慣れると思うんだけどなぁ」

「確かに激しく動く人は酔いにくいって聞くね。ま、まだ海に出て初日だし仕方ないさ」

「大丈夫かな、ここから港町『アールアス』まで結構かかるよ? 海の状態によるけど、私の時は二週間かかったし」

「二週間も……エンドレシアとセミフィナルの倍近く離れてるのかね」

「船の性能もあるかもね。これ、あくまで貨物船だし」


 今回船に乗るために協力してくれた四つ耳の少女、ヴィオちゃんが器用に船の縁を歩きながら語る。

 波もあり揺れる船上でそのバランス感覚を発揮しているわけだが、どうしても心配で、先程から何度か手を伸ばしかけてしまう。

 彼女は、港に着き次第一度自分の国に戻るそうだ。

 なんでも、外大陸から直接彼女の住む『セリュー共和国』には向かう事が出来ないらしく、一度サーズガルド側に上陸しなければならないとか。

 一応、共和国側にも港町が存在しているのだが、その警戒の度合いや船の入出制限の厳しさが、サーズガルドの比ではないのだそうだ。

 それを聞いて一瞬『サーディスはある種の冷戦状態なのでは』と危機感を抱いてしまう。

 ならば彼女はどうやって故郷に帰るのかと尋ねてみた所、どうやらサーディス大陸は大陸を横断する巨大な川が流れているらしく、今度はそこの貨物船に乗り込むのだとか。

 意地でも陸路は行きたくないと。気持ちはわかる。


「……ふぅ。でもごめんね、お兄さん。私は共和国側の人間だから詳しくは分からなかったんだけど……まさか、ここまで露骨だとは思わなかったよ」

「……まぁ、いいさ。そういう反応をされる事くらい、予想はしていた。直接害する意思がないのなら、まだ我慢出来る」


 ここで、彼女が話題を変え、酷く申し訳無さそうな口調で語りだす。

 そしてその視線の先には、今もレイスを介抱しているリュエの後ろ姿――ではなく、そこに伸びる、白く長い髪。

 そう、この船の船員は皆、サーディスの、それもサーズガルドの人間だ。

 始めに俺達の乗船を頼んだ時に渋ったのは、なにも密入国の片棒を担ぐ事への忌避感だけではなかったのだ。

 向けられる嫌悪の視線。そして、乗船するや否や、船員達が遠巻きに見せる嫌悪の表情。

 もちろん、彼女もそれには気がついているのだろうが……。


「……あのお姉さん、もんの凄く強いじゃない。正直、一定以上の強さに至ると、そういう悪感情なんて気にならなくなるっていうの、あると思うんだ。だけど……お兄さん、どうか怒らないで聞いて」


 その前置きに、もしかして口にするのが憚れる事を言うつもりなのかと、心して待ち構える。

 大丈夫。こちらを思っての事なのは十二分に理解している。

 そして、これから向かう大陸の事をよく知る彼女の考えだ。無下に扱うつもりはない。

 だが、その口から語られるのは、少々予想とは違うものだった。


「あのお姉さん、少し変だと思う。強さと普段纏っている雰囲気のギャップが激しすぎる。それに、あそこまで感情を表に出して、楽しそうに生きているのに、人の悪意が気にならないはず、ないと思うんだ本当は。無理をしている風にも見えないしけれど、それでもあれは異常。まるで、なにかが抜け落ちているような、そんな不気味な感じがするんだ」


 ……異常? 不気味? そんな事、考えた事もなかった。

 そのギャップこそが彼女の魅力だと、在り方だと思っていた身からすれば、見当ハズレも甚だしい。

 だが……そう切って捨てようとは、なぜだか思えなかった。


「……ごめんね、私もあのお姉さんの事が心配だし、凄く優しくて良い人だっていうのは分かるんだ。けど……あのお姉さんの負の感情って、どこにあるの?」

「っ! ……ありがとう、貴重な意見を言ってくれて」


 リュエ……彼女だって怒る時はある。

 何かを憎いと思う事だって、きっとあるはずだ。

 それは、レイスが害された時だったり、はたまた俺が誰かに悪く言われた時だったり。

 しかし言われてみれば、彼女は自分の身内が害された時くらいしか怒りを見せない。

 その怒りは淡々と、行動に移す事によって解消されているように見える。

 ああ――俺は思えば、旅に出てから彼女と衝突した事が殆どなかった。

 不満を持ち、たまにわがままを言ってみたりする事もあったりした。

 けれども、いつだって彼女は『仕方ないなぁ』『よし、じゃあ今日は譲るよ』そんな風に、最後には笑ってくれていた。

 少し前に、彼女は珍しく取り乱すように、怒りのままに言葉を相手にぶつけた事があった。

 アルバだ。あのエキシビションマッチの後、まるで怒るのに慣れていないように、不器用に自分の思いを吐き出した彼女。

 今思えば、『少々らしくない』と、俺もそんな印象を抱いていた。


「一定以上の強さを持つと、悪意が気にならない、か」

「まぁ、これは人によるかもだけどね」


 それはもしかしたら『精神力』のステータスなのかもしれない。

 それとも、『所詮弱者の戯言だ』と切って捨てられる、ある種の傲慢さがなせるものなのかもしれない。

 俺は思い出す。リュエの精神力のステータスを。

 その値は『99999』規格外もいいところだ。しかし、もしも本当にそこまでの数値の補正が入るとしたら、彼女はそもそもあの程度で怒ったりも、なにかに驚いたりも、怖がったりもしないだろう……。

 勿論、それが戦いに関わらない事であれば、その数字の補正が働かないということもありえるのだが。

 ……そうだ、平時では精神力が人格に影響なんて及ぼさない。

 ならば……だったら何故、今この瞬間『彼女は平気なんだ?』

 その疑問にたどり着いた瞬間、ヴィオちゃんの言った言葉の意味を、そして感じている違和感を、俺も理解してしまった。

 考えたことなんてない。いや、考えたくもない。

 けれど、もし……もう、すでに……ああ、嫌だ。

 そんな訳があるか。


「……もう、とっくの昔に」

「お、お兄さん? そんな顔しないでよ、あくまで私がそう思っただけだから」


 余程酷い顔をしていたのだろう。慌てて彼女がこちらを気遣い始める。


「ああ、すまない。ちょっと色々考えてしまっただけだから」


 彼女の精神力の高さが、なにかの反動だとしたら。

 もし、千年にも渡る孤独、そして裏切りにより、とうの昔に――


――彼女の心が壊れていたとしたら?


 そんなはずはない。

 彼女は、美男美女コンテストでも、強く強くあり続け、そして語ってくれたではないか。

 あれが、壊れた人間の口から生み出される言葉であるはずがないじゃないか。

 あのスピーチは、たしかに会場の人間を、そして俺をも魅了してくれたではないか。

 大丈夫、リュエは壊れてなんかいない。けれども、そうなると彼女の悲しみは、どこにいったのだろうかという疑問が残る。


 ふと、彼女の様子を観察する。

 ようやく体調が戻りつつあるレイスと共に、イスに座って休んでいるその姿。

 笑いかけ、そして心配そうな様子も見せながら寄り添う姿は、本当に優しい姉のような、そんな包容力と母性を感じさせる程だった。

 ……もしも、悲しみを内に抱え込んでいるのだとしたら。

 俺の知らない彼女が、まだどこかに潜んでいるのだとしたら……。


「……もっと、一緒にいないとな」


 この大陸は、彼女にとっての試練になるかもしれないのだから。


「おーいカイくん! 私とレイスは少し船室で休んでくるよー」


 とその時、いつものように元気いっぱいの彼女の声が聞こえてくる。


「ああ、分かった!」


 二人で船内へ向かう様子を見送ると、ヴィオちゃんもまた船の縁から飛び降り、こちらに着地した。

 少しだけニマっとした笑みを浮かべ、これからこちらをからかうぞ、とでも言うように。


「ふふ、お兄さんの事呼ぶ時のお姉さんって凄くかわいいよね? 『くん』の呼び方が他の人とはちょっと違う感じ? なんか凄くこう、甘いような、かわいい感じだよね?」

「よせやい、照れるだろ。まぁうちの娘さんは可愛いからな、仕方ないな」

「ふふ、じゃあ私もお兄さんの事『カイ君』って呼んでみようか?」

「呼びたければいいぞ?」

「……なんか気恥ずかしいからいいや。お兄さんはお兄さんで」


 そう笑いながら、彼女も船内へと向かっていく。

 ああ、そういえば考えた事なかったな。

 リュエはよく『君』や『ちゃん』をつけて相手を呼ぶ。それに愛称をつけたりと。

 それで、言われて初めて気がついたが、たしかに彼女の『君』は、俺を呼ぶ時だけは少々甘えるような、心なしか優しい口調のように感じる。

 それがなんだか光栄で、自分が特別なようで少しむず痒くなる。


「……森で暮らしていた頃は、あんな感じじゃなかったんだけどな。やっぱり、色々張り詰めていたって事なのかね……」


 あの頃は、随分と凛々しいような、今よりも肩肘張ったような話し方だったと思い出す。

 ふふ、あれはあれで『俺が理想とし、作り出した騎士像』によくマッチしていて好ましかったけれども。

 そう考えると、レイスもまた『面倒見の良い、包容力のあるお姉さん』というコンセプトによくマッチしているように感じられる。

 ……偶然、ですよね? もしやある程度そういう意思が反映されたりしているのだろうか。

 ……いや、だとしても彼女達は彼女達の人生を歩み、今の姿、そして在り方に至ったのだ。そこに疑問を挟んだり、余計な事を考える必要はない。

 けれども何か、先程の疑問と結びつきそうな、そんな形の見えない不安を感じてしまう。

 なにか、俺が見落としているなにかがあるような。


「ねーねーみんな部屋に集まってるはむよ。にーちゃんこねーはむか」


 思考の渦に飲まれそうになった時、腰を誰かに叩かれる。

 視線を向けると、あの太陽少女が不思議そうな顔をしながらこちらを見上げているところだった。


「お? じゃあ俺も行こうかな。ありがとうな、呼びに来てくれて」

「へへ、それほどでもねーはむ」


 せっかくの船旅だ。あまり難しい事を考えるのは旅を台無しにしてしまう。

 俺は気持ちを切り替えて彼女の後を追う。

 だが――この時の俺の甘い考えが、軽く構えていた問題が、後に最悪の形で俺達を襲うのだった。


(´・ω・`)ここまでの明るく楽しいのんびりした旅は、一旦おしまいです。

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