二百二十九話
(´・ω・`)出先でも更新する作者の鑑
『海運都市ディスラート』
名前の通り、港一帯を覆うように発展していった都市であり、規模こそ首都に劣るものの、その物流の多さや行き交う人の多さで言えば、引けを取らないどころか勝ってすらいる。
ここは主にサーディス大陸から輸入される魔力結晶や、セカンダリア大陸から輸入される香辛料で以っていると言ってもいいくらい、その二つに頼り切っているそうだ。
だが、アギダルで聞いた話によると、その魔力結晶の輸入量が年々減少傾向にあるらしく、値段も相応に高まってしまっていると。
もっとも、魔力結晶は俺が結構な量をギルドに預けてあるので、供給不足になる事はないのだが……この都市にとっちゃあ飯のタネが減る結果になってしまうかね。
「はい、じゃあ早速今回もギルドランクに物を言わせて宿を決めた訳ですが。どうしましょうかこれから。海を渡る、船に乗る良い案はありませんかお二人とも」
「うーん……一隻買って……だめだ、さすがの私もそれは無謀だって分かっちゃうよ。まずは港で聞き込みでもしようか?」
紹介された宿の部屋で、三人顔を突き合わせて意見交換。
議題はズバリ『どうやってサーディスに渡るか』だ。
まず初めに、想像以上に建設的で現実的な意見を言うリュエ。正直予想外です。
てっきり『私が海を凍らせて歩いて行こう』とか突拍子もない事を言うと思っていました。
「聞き込み……まずはそこから始めてもいいかもしれませんね。私も概ねリュエの意見に賛成です。もし、もう少しここに滞在するのでしたら、クレア議員が戻るのを待って相談してみるのも手だと思ったのですが……今は恐らく議会が荒れていそうですしね」
「確かに。じゃあちょっと手分けして港の人達に聞いてみようか。
結果から言うと、全滅でした。
相当数の船が停泊していたのだが、いずれもサーディスでなくセカンダリア行きばかりで、時折サーディス行きの船もあったのだが、貨物の受け入れ許可しか得られていないらしく、無断で人を運ぶことは出来ないのだそうだ。
いくらでも密航出来そうなものなのだが、実はそうでもないらしい。
サーディスの玄関口は、エルフの国家『サーズガルド』の領土であり、当然のように魔力により強力な結界が張られているそうだ。
そこを通る為の術式を付与された船、および人間でないと、無事に通り抜ける事が出来ないという。
一瞬、魔術に関するものならリュエがなんとか出来るのでは、とも思ったのだが……そこに続く言葉に、それすら難しいだろうと判断を下すことになった。
他でもない。その術式を考案、そして定期的にメンテナンスを行っているのは『永劫の聖女』と呼ばれている偉大なる魔導師だという。
……つまり、ダリアだ。
正直、俺やオインクよりも遥かに先にこの世界に訪れていたダリアに、リュエが勝てるかどうか、確信が持てない。
あいつは……認めたくないが一種の天才だ。それがこんな自由な世界に解き放たれたら、自由自在に術式を組み立てたり改造したりして、手のつけようがなさそうだ。
以前リュエは、ダリアが作った可能性のある『超七色閃光遊戯剣』の改造に着手していた。
その時、彼女自身が『この剣の製作者は私よりも実力がある』のような事を言っていた。
出来れば、危ない橋は渡りたくないし渡らせたくない。
やはり、どうにか正規の方法で入国する船、およびその関係者とコンタクトを取るしかない、か。
今は他の区画の港に聞き込みに行った二人の報告を待つしかないか。
先に宿に戻り、念のためギルドから下せるだけ下した金貨のつまった袋を積み上げる。
その膨大な財産を眺めながら、何かいい考えは浮かんでこないかと頭を捻る。
……船と、人員をこれで揃える……いや、術式の関係で無駄に終わる。
ならば、この金で正規の入国術式を持つ船の責任者に取り入るか?
「ただいま戻りました」
「あ、おかえり。リュエと一緒じゃなかったんだね」
宿に戻ったレイス。その表情や声の張りから、恐らくいい結果は得られなかったのだろうとあたりを付ける。
「……あの、カイさん。そのベッドに積み上げられた袋は一体……」
「しめて一億七千万ルクスでございます」
あ、レイスが腰を抜かした。
さすがに高級クラブのオーナーを務めていたレイスも、こんな纏まった現金を見る機会などあるわけがなく、また商売人としてお金の大切さを骨身にしみて知っている為、つい腰が抜けてしまったそうな。
「こ……このお金、本当にカイさんの全財産なんですか……私やリュエの口座にも預けていましたよね……」
「そっちは手つかず。これはまぁ、色々これまで働いたりなんだりした結果だねぇ」
サーディスにはギルドが存在していない。つまり、お金を引き出す事が出来ないのだ。
なので、あらかじめサイエスを出る前に引き出しておいたという訳だ。
二人に下すように言わなかったのは、万が一のトラブルに備えてだ。
まぁ、アイテムボックスにしまう以上紛失する恐れなど皆無なのだが。
「……けれども術式ですか……この資金で船を買う事も出来そうですのに……」
「そうなんだよなぁ……レイスの方は正規ルートでサーディスに入る船、見つからなかったのかい?」
「はい、残念ですが……。残る可能性としては、レイラさん達王家の方々が乗る船に乗せてもらう事ですが……こう言ってはなんですが、リュエやカイさんがいる以上、ただの交渉で済むとは思えませんし……」
「……だな。それにいつ来るか分からない相手だ」
まさに八方ふさがり。
正直、こればっかりはオインクの力でも難しいのではないだろうか。
最悪、サーディスを通り過ぎ、セカンダリアから回り込む方法を探す事になるかもしれない。
幸い、向こうには『ナオ君』という心強いコネが存在するのだし。
しかしまぁなんにしても――
「後はリュエを持つだけ、か」
「ですね」
「もといた場所に返してきなさい」
「い、いやだ! こんなに可愛くて困っているんだよ、放っておけないじゃないか」
「現在進行形で自分達も困っているわけだが」
リュエがなにかを拾ってきた。
なにかというか、人なんだけど。
サイエスでもちょくちょく見かけたあの太陽少女。その少女の手を引いて戻ってきたのだった。
「やっぱりはむは海さ出られねーはむ?」
「ごめんよ……私たちも今船に乗る方法を探している最中なんだ……もしかしたら二人が良い案を思いついているかもと思ったのだけど……」
「白いねーちゃん元気出すはむ。はむは気持ちだけで十分ありがてーはむー」
う、良心の呵責が。
この妙になまった、そして変な口癖の少女を見捨てるのがなんとも心苦しい。
しかし、乗れないものは乗れないわけで。やはり、時期を待つしかないのだろうか。
「仕方ねーはむ。はむは別な人に頼んでみるはむ。もし海に出られるなら、教えてやるはむー」
「あ、こらどこに行くんだい? ……行っちゃった」
ぴょこんとリュエの腕の中から抜け出した太陽少女が、そのまますばしっこく部屋を出ていってしまう。
まぁ、うん。藁にもすがる思いで大人しく待ちましょうかね。
「それにしても、どうやってここまで来たんでしょうかね、あの少女は」
「なんでも、私達の乗っていた船の倉庫に隠れていたらしいよ。立派な犯罪だね、密航だ密航」
「なんで少し誇らしげなんだよ」
「ふふん、あの子は将来大物になるよ。私には分かる!」
僕にはですね、将来貴女のような制御不能な女性になるような気がしてならないです。
「連れてきたはむ! このお姉ちゃんなら海にいけるはむ!」
「うーわ……なんだかおかしな子に頼まれたから来たけど、なんでこんなところにいるのお兄さん達」
「おうふ……ヴィオちゃんなんでこんなところに」
「それはこっちのセリフだよ。私てっきり、お兄さん達はあのまま首都を治めるものだとばかり思っていたのに」
はい。太陽少女が腕を引っ張って連れてきたのは、まさかの四つ耳娘、ヴィオちゃんでした。
あの決勝戦の後、忽然と姿を消していた彼女だが、何故だか今の彼女の表情は浮かないものだった。
いや、それよりも彼女がここにいるという事は、サーディスに戻る方法を知っている可能性があるという事だ。
「まぁ俺達は元々サーディスに行く予定だったからね。けどまぁ、ここで足止めを食らって途方に暮れていたわけなんだけど――どうしたんだ、妙に元気がないな。というかなぜこっちを見ない」
視線をうろうろと彷徨わせる姿は、あの大会をかき乱し、そして不遜に振る舞い続けた彼女とは似ても似つかない。
まるでこちらに顔を会わせたくないような振る舞い。もしや彼女は――
「……会わせる顔がない。私、負けた上にあの後、何もできなかった。気がついたらお姉さんが血まみれで倒れていて、そして私は身動き一つ出来ないまま運び出された。それで、ようやく動けるようになったらもう全部終わっていた。もう、ほんっとうに情けないったらありゃしないよ」
「……しかし、私の一撃を受けたんです。しかも念入りに。あれでまだ立ち上がり、そして七星に立ち向かえたら、それはもう本当に化け物ですよ」
「……それは、分かっているんだけどね」
やはりそうか。
彼女は、プライドが高い。いや、この言い方には語弊がある。
彼女は『気高い』のだ。自分の振る舞いに見合う力を見せつけ、有言実行をし続ける事で自分を追い込み、そして結果を残してきた。
だからこそ、これまでの行いに対して、自分が最後に見せた、そして迎えた結末に恥じているのだろう。
「ねーねー、よくわかんねーはむ。はむ達のこと海につれてってくれないはむかー?」
「あ、そうだった。ヴィオちゃん、頼む。俺達がサーディスに行く方法を知らないか? もうね、思い悩んでいるところ悪いんだけどさ? もう罪の意識やらそういうの全部捨てて助けてくれない?」
「……人が割と本気で落ち込んでるのにお構いなしだねお兄さん」
「すみません、ヴィオさん。ですが、本当に気に病む必要はないんですよ? 私もこうして無事ですし、色々と丸く収まりましたから」
「あー……うん。まぁ、その事も含めて色々思うところもあるのだけど……そうだね、お兄さんが助けてって言うんだ、私が一肌脱ごうじゃないか」
ようやく、いつものように自信に満ちた表情を浮かべる彼女。
さて、少なくとも俺達がこの都市の港を調べつくしたにもかかわらず、抜け道のようなものはなかったのだが、果たして?
「お兄さん達はたぶん、サーディス……というよりもサーズガルドの領地に張られている識別結界で悩んでいるんだよね?」
「ああ、なんでも特別な術式が必要らしくて、それを所持していないと無事に通り抜けできないって話なんだ」
「うーん……私ならなんとか出来るかもしれないと思うんだけど……カイくんは反対なんだよね?」
「ああ。最悪ダリアが関わっている結界かもしれない。そうなれば、恐らくリュエでも厳しいと思う」
リュエを窘めるためにダリアの名前を出したその時だった。
ピクリと、ヴィオちゃんの頭上の耳が反応した。
「ダリアって、サーズガルドの聖女の?」
「聖女とは認めたくないが、おそらくそれだ。やっぱり有名なのかい?」
「私に初めて土を付けたのがそのダリアだよ。お姉さんといいあの女といい、つくづく私は再生師と相性が悪いんだよね~」
世間は広いようで狭いというか。
まさか顔見知りだったとは。まぁそれは向こうからしても言える事だが。
「ま、いいや。その結界なんだけど、悔しいけど私、あの女に気に入られてさ。特別にフリーパス出来る魔導具貰ってるんだよね。たぶん、私とくっついていれば通れるはずだよ?」
「……なるほど。だから君は一人でこっちに来れた訳か」
「そういうこと。まぁ武者修行の旅に出るからって、餞別に貰ったんだ。本当はこのままエンドレシアまで渡って、最強の魔獣ひしめく森で戦いの日々をーって考えていたんだけどさ。さすがにここまで負けちゃあまだ早いかなって思う訳で。一度、国に戻る事にしたんだ」
すまん、たぶん普通に君なら通用すると思います。
エンドレシア出身とはいえ、俺とリュエは規格外。そしてレイスもまた、神隷期の人間だ。
エンドレシアがどんどん魔窟のような扱いになっていってる気がするんですが。
しかしまぁ、そのおかげで俺達は先に進めるのだし――黙っておきましょう。
「じゃあ、サーディスまでの船旅、一緒にお願いするよ」
「おっけい。よろしくね、三人とも」
「三人じゃねーはむ。はむもいるはむ」
……なんだか今度の船旅は、少しだけ騒がしくなりそうだな。
(´・ω・`)これにて、一年以上に渡る首都サイエス編、およびセミフィナル大陸編は完結です。
この後新章のプロットを練ったり、書籍化作業の最終仕上げなどがありますので、次回の更新は少し間があいてしまうと思われます。




