二百二十七話
(´・ω・`)閑話的内容
「リュエが見つからない?」
「はい。昨晩、カイさんが出かけた後にまた出たのですが、それから戻らなくて……今日は港町行きの船に乗る予定でしたのに……」
オインクとの会食から一夜明け。
まだ少しだけ胸の痛みが燻る中、それでも先へ進もうと今日出発すると決めていた。
しかしそんな中、我が家のエルフさんの姿が見えず、どうしたものかと頭を悩ませる。
確か、昨日は訓練施設に向かいレイニー・リネアリスに会うのだと息巻いていたが……まさか、まだ粘っているのだろうか?
「仕方ない。ちょっと訓練施設で聞き込みでもしてくるよ。レイスは引き続き出発の準備をお願いするよ」
強張るように、わずかに痛む身体を起こす。
訓練区画の最深部の術式になんとか接触し、カイくんの友達だという錬金術師に会おうとしていた事は覚えているのだけれど、いつのまにか眠ってしまっていたみたいだ。
辺りを見回すと、相変わらずの真っ白い空間。
なんとか迷宮や各コースに向かう為の中間地点のような場所に潜り込む事は出来たのだけれど、どうやってもここから先に進めないと頭を悩ませていたんだっけ。
「今何時だろう。そろそろ戻らないとダメかなぁ」
私は、私より優れた術師を知らない。私よりも深い魔導知識を持つ人間を知らない。
けれども、この場所に潜むというその人ならば、きっと私のこの欲求を満たしてくれるはずだと、そう思っていたのに。
「うーん……諦めたくないなぁ。一応術式の歪みとか撓み、綻びっぽいのは見つけたけれど、どこに出るか分からないしなぁ」
……けどこのまま何もしないよりは。
私は思い切って、その術式の弱い部分に向かい、魔力を放出する。
すると、何もないはずの空間が歪み、そして白い景色の一部になにかが流れ込んだような渦巻き模様が生まれる。
どこだろうとも、きっと今よりは面白いものが待っているはずだと、私もその渦へと足を踏み入れたのだった。
なにかが身体を激しく撫でるような感覚に苛まれながら、その渦を通り抜ける。
頭を振ってこの違和感を拭い去り、そしてゆっくりと目を開く。
すると、想像よりも眩しい光に、再び目を閉じてしまった。
日光? もしかしてここは外なのかな。
「うう……ここは街の中なのかな……」
レンガ造りの建物の壁に囲まれた、狭い路地裏のような場所。
先を見れば開けた場所があるみたいだけれども……結局失敗なのかな、ただ外に出ただけだなんて。
路地を進むと、そこには小さな井戸と、小さな小屋、そして相変わらずレンガ造りの大きな建物の壁がおりなす袋小路。
完全に行き止まりだけれども、これは引き返して別な道を探した方がいいのかな?
そう思ったその時。小さな小屋から一人のお爺さんが現れた。
向こうもこちらに気がついたみたいだけれども、その瞬間とても驚いた顔をし、そのままこちらへとやって来た。
もしかして、勝手に入ったらいけない場所だったのかな?
怒られてしまうかもしれないと、少しだけ身構える。
「いやはや……こうも頻繁に人が迷い込んでくるとは……お前さんはどっから来たんだ」
「うん? 迷い込む……ええと、ちょっと事故みたいなもので、気がついたら……」
「事故……? するってぇとまた別口の道があるのかねぇ。ふむ、元の場所に戻してやるからちょいとついて来い」
建物を通らないとこられない場所だったのだろうか。
お爺さんに連れられて、その小さな小屋へと入っていく。
なんだろう、少しだけおかしな気配のする人だけれども、悪い人には見えない。
そんな違和感と不思議な感覚に首をかしげながら小屋へ入ると――
「おー! ここは小屋じゃなくて鍛冶場なんだね」
「おう。そんで、もう一回この扉から出ると元の場所に戻れるって訳だ」
「もう一度? またさっきの場所に出るだけじゃないのかい?」
「ここはちょいとズレた場所にある工房でな。普通じゃ辿り着けないんだ。お前さん、察するに高位の魔導師だろう。大方術式の暴走で中に飲み込まれたんじゃないか?」
「うーん……それに近いような状況だけれども……ここは、普通の場所じゃないんだね? じゃあ、ここってもしかして、レイニー・リネアリスさんっていう人が住んでいる場所なのかい?」
お爺さんが言うには、ここは通常とは異なる世界らしい。
なら、私は賭けに勝ったという事だ。ここならもしかしたら、私の知識欲を満たしてくれる人、カイくんの友達に会えるのではと、お爺さんに尋ねる。
すると、その名前を聞いた瞬間お爺さんの表情が険しいものとなった。
「お嬢さん。その名前をどこで聞いた」
「私の友達がね、その人の友達なんだ。私も会ってみたくて色々頑張っていたらここにたどり着いたっていう訳さ」
「……邪な気持ちはないみたいだな。まぁこの場所に来られるくらいだ……残念だが、ここはあの方の住む場所とも違う。確かによく足を運んでくださるが――」
近いところまで来ていたのだと知ることが出来た。
それを確認した瞬間、私が入ってきた扉が再び開く。
そして振り返ると、一人のローブを来た人がそこに立っていた。
「こんにちは。ご無沙汰しております。少々面白い剣が手に入ったので、是非見て頂けたらと――あら?」
「おお!? お嬢さんなんて運が良いんだ。この人がそのレイニー・リネアリスさんだ」
紫色の、フードつきのローブ。
少しだけ、嫌な気配のする声。
一人でに、手が腰の剣に伸びそうになる。
全身から汗が吹き出し、頭の中で誰かが叫ぶ。
『気をつけろ』『油断するな』そんな風に。
「貴女……まさかここまで自力で辿り着くとは……」
「……君が、レイニー・リネアリスさんかな?」
何故だろう、初対面だというのに、私はこの人と仲良くなれないような、そんな気がした。
けれども同時に、歓喜のような、悲願がかなったような、そんな達成感を覚えた。
「いかにも、私がレイニー・リネアリスです。初めまして、リュエさん」
「む……私の名前を知っているんだ」
「ええ。カイヴォンさんがよく話していましたから」
彼女は私の脇を通り過ぎながら、鍛冶場の作業台の前に腰掛けた。
お爺さんもまた、少し慌てるようにしてお茶の用意を始め、私も彼女の側へ座る。
なんだろう、凄く気持ちが悪い。胸の中がもやもやする。なにか吐き出したいのに、なにも出てこないような、表現の出来ないおかしな感覚が渦巻いていく。
「……あまり、長居はしない方がいいですわね。やはり私と貴女は相容れない……」
「どういう意味だい? このおかしな感覚の正体が分かるのかい?」
「ええ。けれども、それを私が口にする事は出来ませんの。本当ならば、もっとたくさんお話をしたいのですけれど……」
すると彼女は突然、手を宙にかざし始めた。
なにか魔力が集まる気配を感じ、ついに私は剣を抜いてしまう。
「安心してくださいまし。お話が出来ない代わりに、少しお土産を、と思いまして」
「……ごめんよ、自分でもよく分からないんだ。本当は、こんな態度とりたくないのだけれど」
おかしい。まるで自分が自分の身体じゃないような、そんな違和感に全身が蝕まれていくような、そんな恐怖にも似た感覚が広がってくる。
「むお!? お嬢さん、その剣、どこで手に入れた!」
見えない何かと葛藤しているその最中、お茶を運んできたお爺さんが大きな声を出しながら私の剣に駆け寄ってきた。
あ、危ないよお爺さん。これ凄く切れ味がいいんだから!
「これは、私の因縁の剣だよ。たぶん、本来の持ち主なんじゃないかな、私が」
「……いやはや、こいつは驚いた。まさかこんな化けているとは思わなんだ。これ、もともとは儂が打ったものなんじゃ」
「なんだって? これ、創世期のものだよ? それにこれは――」
「そいつは、長い間折れず欠けず、ただ膨大な魔力を受け止める為だけに儂が作ったんじゃ。大昔のエルフ達に請われての」
色々と頭が混乱するような事が立て続けに起こり、そしてそんな情報を知って、なにがなんだか分からなくなってくる。
じゃあ、これは本当に……このお爺さんが作ったって事なのかい?
……もしかして、私がここに来られたのも、この剣のお陰なのかい?
私のその予想は、どうやら正解だったみたいだ。
こちらのやり取りを見ていたレイニーさんがクスクスと面白そうに笑いながら言う。
「なるほど。実力に運が重なった結果、ですか。それとも運命なのでしょうかね。リュエさん、私の方もお土産の準備が出来ました。この本をどうぞ」
「うん? なんだい、この本」
「貴女が知りたい事を記した本ですわ。これからの長い旅で、ゆっくりと読み進めて頂けると幸いです」
「……ありがとう。それにお爺さんも、この剣を作ってくれたんだろう? なんだかお礼を言うのもおかしいかもしれないけれど、ありがとう」
「うむ……いやはや、なかなか貴重な体験をさせてもらった。そうか……後天的に神器へと至る事も可能なのか……」
何故だろう。この場所にこれ以上いてはいけないと、私の頭の中のなにかが警鐘を鳴らす。
だけど同時に、もっとこの二人と話をしたいという気持ちも湧いてくる。
なんだろう、自分が自分でなくなるような、この不安な感じは。
……怖い、怖いよ。
「……リュエさん。髪飾りに手を添えてください」
「な、なんだい突然」
「いいから、早く」
私は言われるまま、縋るような気持ちで自分の髪飾り、カイくんにもらったそれに手を重ねる。
するとその瞬間、ふと心が、胸の奥が軽くなったような感じがした。
まるで、誰かに抱きしめられたような、『大丈夫だよ』と言われたような、そんな安心感。
「……やはり、まだ加護は生きているみたいですわね。リュエさん、その髪飾りをどうか大切にしてくださいまし」
「……こいつは驚いた……まさかその剣だけじゃなく、その髪飾りまで……長生きはするもんだなぁ」
また、私の知らない所で私にまつわる話が進んでいく。
けれども不思議と、さっきまでのような嫌な気持ちはしなかった。
これが、なにかから私を守ってくれているのだろうか。
「レイニーさん、君は私の知りたい事を教えてくれはしないんだね」
「残念ですが。しかし、その本が貴女に必要なものを教えてくれます」
「……そっか。ありがとうね、私もなにかお返しがしたいのだけど」
「ふふ、その髪飾りを見せてくださっただけで満足ですわ」
もう、彼女の声を聞いても胸がざわつかない。
とてもうれしそうに、そして慈しみを込めた眼差しを髪飾りに向ける姿に、少しだけ歯がゆいような、照れてしまうような、そんな気持ちが湧き上がる。
これ、私がつけていていいんだよね? もうこれ誰にも渡さないからね?
私のお気に入りなんだ、これは。私が初めてカイくんから貰った、大切な、大切な贈り物なんだから。
「……リュエさん。もし、この旅の先でその髪飾りと同じものを見つけたら、その時はどんな手段を使ってでも、手に入れてください。それは、確実に貴女を、そしてカイヴォンさんを助けてくれるものです」
「む……これもう一つあるんだ……うん。カイくんも片方しかプレゼント出来なくて残念がっていたからね、見つけたら絶対買うよ」
「う、売っているとは思えませんけれども」
「え? これガラクタみたいなもの売ってるお店で買ってもらったんだよ?」
「ガ……ガラクタ……ああ、もう……運命は時に不条理ですわ」
私と同じように頭を抑えだすレイニーさん。
なんだかごめんね、言わないほうがよかったのかな?
「じゃあ、私はそろそろ行った方がいいよね? ここに長くいたらいけないんだろう?」
「え、ええ。その本、どうか大切にしてくださいまし」
「その剣も、どうか大切にしてくれ。もちろんその髪飾りもな」
「もちろんさ! じゃあ、この扉をくぐればいいんだね?」
少し予想外だったけれども、目的である彼女にも会うことが出来た。
興味深い話も聞けたし、お土産までもらってしまった。
うん、やっぱり諦めないで正解だったね。
私は本をぎゅっと抱きしめながら、妙に眩しい扉の先へと向かう。
そして、その光に包まれて――
「行っちまったか……レイニーさん、いいのか?」
「私はもう、過度な干渉が出来ない立場ですから。それに、もうピースは揃いつつありますわ。あの二人が共にあるのなら、きっと悲しい結末には至らないでしょう」
「俺としてもあの兄さんには借りがあるからな。たっぷり金が入ったからな、後で外界で工房の修繕に必要な道具を買い揃えてこないと」
「あら、ズルいですわね。私にはそんな大金くれませんでしたよ」
「へへ、そのかわり姐さん、なんだか面白い剣を貰ったんだろう? ちょっと見せてくだせぇよ」
些細な邂逅。ほんの僅かな時の悪戯。すれ違い。
けれどもそれは、大きな流れの礎となるだろう――
(´・ω・`)明日、明後日は都合により更新が出来ません。連続更新もここで途切れてしまいます
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