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二百二十六話

Kaivon:こんにちは。一緒にこの先のマップ攻略に行きませんか?

Oink :(´・ω・`)構わないわよー! らんらん後衛だから前に出てくだし

Kaivon:なんだ豚か

Oink :(´・ω・`)豚だけどなにが問題かしら? Oink oink




 確か、これが初めてこいつと交わした会話だったか。

 初めて訪れた、当時まだ到達できた人間が限られていた場所。

 廃プレイをしていた俺同様、この場所までたどり着いた人間となら組んでもいいかな、と声をかけたのがきっかけだったか。

 そんな相手が、まさか今こうして――


「ようこそいらっしゃいました。どうです、ここもエンドレシアのレストラン同様、私がオーナーを務めている店なんですよ」

「こんばんは。随分といい趣味だ。途中の絵画、見させてもらったよ」

「記憶と言葉を頼りに、なんとか描いてもらった作品です。随分と無理を言ってしまいましたが、その価値は確かにありましたよね?」

「……ああ。あの絵の背景は、この店だった。つまり、いつかみんながここに揃う日を、願った一枚なんだな」


 あの日、気まぐれで話しかけた相手と意気投合し、そして同じチームに入り、何年も共に戦う事になった。

 そして、なんの因果か神の気まぐれか、この異世界という場所で、一人の人間として対面している。

 それがなんだか、不思議で、妙に感傷深くて、そして……この先の事を思うと寂しくて。

 先程見た絵の所為だろうか。こんなにも心が締め付けられるのは。

 通された部屋で、彼女は静かに佇んでいた。

 いつもの制服や、どこか男装然とした礼服ではない、ロングドレスを纏った姿で。

 髪を奇麗に結い上げ、淡い金色のバレッタがキラリと輝く。

 ドレスの色は、照明のせいか何色なのか判断がつかない。オレンジのような、白のような、ただひとつ分かるのは、恐ろしく艷やかで、滑らかに動く布地が液体に見えるくらいだということ。


「さて、じゃあここは気の利いた世辞でも言わせてもらおうかな。オインク、奇麗だ」

「素直に褒めるのが苦手な恥ずかしがり屋の精一杯のお褒めの言葉、確かに頂戴しました」

「ふふん、分かってるなら話は早い。俺はどうだ、結構似合うだろ」

「ええ、とても良くお似合いですよ。私は素直に人を褒められる人間ですからね」


 互いに皮肉めいた、じゃれあうような言葉を相手に向ける。

 これが、このやり取りが出来る人間が、俺には彼女しかいない。

 この賢く、思慮深く、俺と同じくらい俺という人間を知っている彼女くらいしかいない。

 静かに歩み寄り、彼女の座るべきイスをそっと引く。


「ありがとうございます」

「座る直前でもっと引くとは思わないもんかね」

「貴方はこういう場でふざけたりはしない人ですから」

「さいですか」


 彼女が座ったのを確認し、こちらも席に着く。

 テーブルの向こうの彼女が、どこか艶めいて見えたのは、この場の空気のせいなのか、それとも、今日話す内容のせいなのだろうか。

 こちらを籠絡する。それは案外、冗談や嘘の類ではないのかもしれない。

 少しだけ気を引き締めなおし、彼女の様子を見ていると……ふと、既視感を覚えた。

そしてその正体にすぐに思い至る。

 ああ、そういえばそうだったな。


「懐かしいな。まだ半年ちょっとしか経っていないのに」

「ええ。私と再会した日も、こうして二人で食事にきましたよね」

「ああ。あの頃とは、だいぶ俺の立ち位置が変わってしまったが」

「いいえ。貴方はずっと変わりません。肩書や取り巻く状況が変わっても、貴方はきっと変わらない人だから」


 ふいに、彼女が強い意思を感じさせる声で言う。

 それはまるで『これからも変わらないで』とこちらに言っているようで、それがなんだか、もう彼女の中でこちらが去るのは決定していると言っているようで、僅かばかりの寂しさが胸中に訪れる。

 ああ……そうだとも。俺はいつだって変わらない。不遜で、我が道を行く。

 敵となる者はなんであれ排除し、仲間にはどこまでも甘く、そして――


「俺は、いつまでも変わらないさ。お前の一番の『友人』であり、仲間だ」

「……ええ、そうですね。貴方は、私の一番の『友人』です。けれど――」


 ……知っているさ。俺だって、順番が違えばきっとそうだったろうさ。

 彼女が言おうとしている言葉は、きっと――

 彼女の瞳を見つめる。言葉の続きを口にしようとして、唇を震わせる彼女の瞳を。

 赤みがかった黒の、どこか潤んだようなその瞳。向けられる視線。それが、なにを言おうとしているのかを如実に語ってくれる。


「――友人以上にはなれませんか? 私の生涯のパートナーに、なる気はありませんか?」


「……言わせておいてなんだが、もう少し言い方ってもんがあるだろう?」

「仕方ないじゃないですか。初めての事なんです。本当なら、自然にこの気持が消えるのを待とうと思っていたんです。ですが、たぶんそれはありえない。きっと、私は貴方を永遠に愛してしまう」

「……なんで弁解の方がストレートな告白なんだよ、照れるだろ」


 知っていた。再会し、あの夜共に過ごした時から。

 そんな『まるで俺を見つける事が一番の目的だ』のような言い方をされてしまえば、さすがに分かってしまう。

 けれども、これまでその気持をひた隠しにし、そして一定の距離を保ち付き合ってきたから、きっとその思いがただの親愛に変わるまでこのままなのだろうと、考えていた。

 ゲーム時代は、ただの友人として接してきた。

 ここに来てからは、その在り方や話し方、その全てが好ましいと思った。

けれども、彼女と再会した時、既に俺の気持ちは――


「……絶望的に、タイミングが悪いんだよオインク」

「ええ、そう思います。今も、もし別なタイミングで貴方に気持ちを伝えられていたらとシミュレートしていましたが……どうやら、貴方がリュエの元に現れた瞬間に、運命は決まっていたという結論に達しました」

「……もし、ゲーム時代にお前と現実世界で会えていたら。こうして言葉を交わせていたら、結果は変わっていたかもな」

「ふふ、そうですね。私も、貴方を落とす自信はあります」


 飄々と語るその表情の下で、どんな感情が渦巻いているのだろうか。

 半ば諦めにも似たものなのか、それとも激情を必死に押さえ込んでいるのか。


「オインク……悪いな、俺は先に進まなければならない」

「ええ、知っています。貴方は、絶対に変わらない人ですから。これは、私も先に進むために必要な事だったんです。今を逃せば、もう私が何を言おうが、心の片隅に置いてもらう事すら出来そうにありませんでしたから」

「……正解だ。最後の最後で、でっかい楔を打ち込みおって。厄介な女だ、お前は本当に……」

「ふふ……どうか、お二人を幸せにしてあげてください。私は強欲ですから、独占出来ないものを手元に置くことは出来ないんです。どうしても、排除してしまいたくなります」


 本当であれば、俺だって一人だけを愛したいと願っていた。

 けれども、レイスの存在があまりにも俺の中で膨らみすぎて、リュエ一人だけを愛する事が難しくなってしまっていた。

 開き直り、二人共自分の家族なのだからと割り切って考えていた。

 そしてその思いはいつか、こちらの心を満たし、他者の存在を入れるスペースを完全になくす程になるだろう。

 残念ながら、俺はこういう方面に対してはどこまでも不器用だと自覚している。

 そして、そのまだ隙間のあるタイミングで、オインクは自分の存在をねじ込んできたのだ。

 ダメ元で、きっと彼女もこれから先、遺恨なく後悔なく自分の道を歩んでいく為に。


「一度、この話はやめにしましょう。料理がそろそろ運ばれてきます」

「……ああ、そうだな」




 静かに語る。

『これはどこどこで採れたのだ』『このレシピを知るために、私は通いつめた』等と。

『随分と丁寧な仕事だな』『すごいな、俺の知らない料理だ』『驚かされた』等と。

 表面上ではない。心の底から楽しいと思いながら、彼女との会食が進んでいく。

 食後のワインを口に含み、静かに余韻に浸りながら、俺は今の今まで考えていた、伝えようとしていた思いを言葉にしようと頭を働かせていた。


「……ああ、この時間がいつまでも続けばいいのに。なんて言葉が浮かびました」

「月並みだな、らしくもない。けど――俺だってそうだ」


 それまで談笑していたその表情を、一瞬で拭い去ったかのような様子でポツリと漏らす。

 互いに、分かっている。このグラスが空になったら、この楽しい時間が――これまでの関係が終わってしまうという事を。


「オインク……ありがとう」

「っ! ……なんの、お礼ですか」


 彼女への思いは、そのたった一つに込められている。

 けれども、口にしなければいけないと思ったから、俺は初めて、身内以外の人間に自分の思いを、ストレートに伝えようと決意した。


「探してくれて、ありがとう。諦めないでいてくれて、ありがとう。この世界にいてくれて、ありがとう」

「……ありがとう、ばっかりじゃないですか」


 仕方がないだろ。俺の感謝の気持ちは、それくらい溜まっているのだから。

 いつも照れ隠しであんな態度をとってはいるが、俺はいつだってお前に、感謝していたのだから。


「助けてくれてありがとう。力になってくれてありがとう。……好きでいてくれて、ありがとう。伝えてくれて、ありがとう」


 こみ上げて、止まらない。止められない。彼女への感謝の気持ちが溢れ出す。

 本当に、ありがたくてありがたくて、どうしようもないくらい、光栄で。

 何十年も思ってくれていて、こんなどうしようもない俺を求めてくれて。

 視界が揺らぐ。少しでもまぶたを動かすと、こぼれてしまいそうな程に。


「どうして貴方が泣くんです。泣きたいのは、フラれた私の方ですよ」

「うるさい、大人しく感謝されてろ。これから先、俺は一生お前に感謝し続ける。それで、手を打ってくれ……ごめん、本当に」

「……貴方の心の一部を、これから先も私が独占出来るのならば……いいでしょう。これが私の手に入れた成果。ふふ、貴方の余っていた部分を、私も奪う事が出来たのですね」

「……ああ、奪うのは俺の専売特許だったのに、まんまと奪われた。俺の、一番の友人で、一番の恩人は間違いなく、これから先もオインク、お前だ」


 きっと、彼女が望んだものではないだろうけれど。

 それでも、俺は彼女に明け渡した。

 彼女とのこれまでの関係は、これで終わり。

 これからは、恩人であり、最大の友人として大切に思って進んでいこう。

 そして彼女もきっと――


「ああ――それでもやはり悔しいですね。本当、現実世界でもし貴方に会えていたら……ふふ、今だから言いますけど、私あのゲームの最終日、本当はお見合い……のような席に出席しなければならなかったんですよ」

「へぇ、そいつはなんとも……筋金入りの廃人だな」


 切り替えるように、彼女は話題を変える。

 どこか晴れ晴れとした笑みで、これまで溜め込んできた思いを吐き出すように。


「当たり前です。私は、あのゲーム、そして貴方達みんなが何よりも大切でしたから」

「……そうかい」

「今日くらい、貴方の事も教えてください。どんな人生を歩んできたのか、そしてこれから先、どう歩んでいこうと思うのか。聞かせてください。かつて、私が貴方に語ったように」


 最後の夜だから。

 少しだけ語ろう。

 俺がどんな思いで生きてきたかを。


「そうだな、思えば引っ越しの多い生活だったよ俺は」

「へぇ、少々以外ですね。腰を据えて包丁を握っていたのかと」

「うんにゃ。この性格だからな、結構転々としていたんだよ」


 身の上話を。

 まるで、古い昔の話を語るように。


「もっと、もっと聞かせてください」

「ああ、そうだな。じゃあ俺がある図書館で――」


 そんな時だった。

 過去を思い出し、追体験をするように過去へと意識を飛ばしたその時、ある事に気がついた。

 古い記憶に電気が走り、錆びついていた表面が剥がれ落ちたようにしてその映像が蘇る。


「……オインク・アール・アキミヤ」

「どうしたんですか、突然」


 ……ああ、なんだ。

 そうか、アキミヤ……俺は、君に会っていたんじゃないか。


「いや、なんでもないさ。そこで俺は豚ネタを仕入れていたって訳だ」

「ふふ、案外読書家なんですね?」


 俺は、この姿が現実の姿とはあまり似ていない。

 けれども彼女は、きっとそっくりに作ったのだろう。

 もっとも、それを横に広く作ったのだろうが。

 俺はある町に住んでいた時、その図書館をよく利用していた。

 その場所の名前は『Library Akimiya』とある財団の令嬢が経営していたという。

 ある時、俺が働いていた店のアルバイトの子に『すごく美人な司書がいる』と聞き、訪れた事があった場所だ。

 取り揃えられている本の数や、その過ごしやすい快適な空間に、しばし時間を潰しにいったのを今でも覚えている。そして――

 その司書の横顔を……俺は今も覚えている。

 少しだけ疲れたような、アンニュイな表情を浮かべる、その綺麗な女性の横顔を。


「……本当、因果なものだ」

「どうしたんです、突然。続きを話してください。どうしてあのゲームを始めたんです?」


 語り得ぬこともある。

 それは、きっとこれからの関係に必要のない話だから。

 これは、俺の心の中にしまっておこう。

 これから先、お互いの存在がなくても進んでいけるように。


「まず、俺がαテストに応募した経緯なんだけど――」


 ありがとう、オインク。

 最後にもう一度、心の中で感謝の気持ちを捧げるのだった。


(´・ω・`)豚ちゃん外伝、および番外編参照。

まだ少しだけ言葉をかわしますが、彼女が深く彼と言葉を交わすのが恐らく当分先の事になるでしょう。

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