二百二十三話
(´・ω・`)今日はどんぐり食べてもいいのか!?
「よし、完成だ」
マリネにして、表面を焼き固めてから入れたサイコロ状の牛肉。
それをカレーソースで煮込んで三○分、ついに完成した特性ビーフカレー。
その大きな寸胴鍋ごとリビングのテーブルにズシンと乗せる。
既に食卓にはレイスと俺以外が着いており、このカレー特有の芳醇でスパイシーな香りにうっとりとした表情をうかべていた。
……で、なんでさっきまで一緒に作っていたリュエさんまでちゃっかり座っているんですかね?
「ビーフシチュー……ではないわね。香りが違うわ。香辛料、それも普段あまり大量に使わないようなもの、かしら」
「カレー、ですね。私も食べるのは随分と久しぶりです」
「オ、オインク総帥はカレーを知っているのか!? あ、いるんですか?」
するとここで、まさかのオインクがボロを出す。
カレーはこの世界には伝わっていないはずなのにその発言は……。
だが、当の本人はなんでもないという風だ。
「先程知ったと思いますが、私やカイヴォンは長く生きていますからね。長い歴史の中で消えていった文化も、覚えているんですよ。だからカイヴォンも再現が出来た訳です」
「あ、ああ。そういう事だ。しかし、それでも苦労したよ。なにせ使うスパイスの種類が一九種類だ。配分率を割り出すのに苦労したぞ」
話を合わせながら横目で彼女に向けて責めるような視線を向ける。
なにかわいくウィンクしてるの。ちょっとドキっとしたでしょ。
「皆さん、トッピングの焼き野菜とウィンナーソーセージが出来上がりましたよ」
「ありがとう、レイス。君も座っておくれ」
「ほらほら、私の隣が空いているよ!」
嬉しそうにリュエが椅子を引き、そこに彼女が腰掛ける。
その仲睦まじい様子に一同が笑みを浮かべ、そしてレン君一行の勝気娘ことアリナが――
「……なんだかギャップが凄いわ。リュエさん、あんなに強いのに」
「そうですね……けれども、肩書きや実力が別世界のような方々でも、中身は私達と同じ、人間なんですよね……」
「……そうね」
何か思うところでもあったのか、しみじみと語る。
「さて、じゃあ盛り付けは自分でやってくれ。パンとライスを用意してあるから好きなほうを食べてくれ。じゃあ、レン君の健闘と、今日一番頑張った俺を労って――」
「聞き捨てなりませんね! 一番頑張ったのは間違いなく私です!」
「な、なあもういいだろう……俺、もうよそうからな、ご飯」
さぁ、頂こうか。
「うめぇ……うめぇ……」
「ちょっとレン、さっきからそれしか喋っていないじゃない……確かに凄まじくおいしいけれど」
「……辛い。私はこっちの色の薄いほうがいい」
「私も、こちらの辛さの抑えられたほうと半々にしたほうが好きです。もちろん、とても美味しいのですけれど」
一行がぱくぱくとスプーンを運ぶ様子を見ながら、ぼんやりと考える。
レン君もそうだが、他の三人もまだ若い。そんな彼らがこれからの旅でどう成長していくのか、それを考えるだけでなんだか楽しくて仕方ないのだ。
自分で考えておきながら、年寄りくさいと思ってしまうのだがね。
「うめぇ……うめぇ……」
「おかわりもいいぞ」
あっという間に皿が綺麗になってしまった彼にそう笑いかける。
いやはや、いい食べっぷりだ。さすが体育会系。
すると、自分だけ明らかに周りより速いペースで食べ終えたことに気がついたのか、少しだけテレながらおかわりをよそう。
「今までの分、食え」
「……なんだか悪いな。今まで食ったカレーの中で一番うまい」
「そいつはよかった。この料理のレシピはギルドを通して広めようかと思っている。そのうち、エンドレシアのギルド本部のレストランでも出るんじゃないか?」
「そうか、向こうでも食えるんだな……ありがとう」
少しだけしおらしいような、声に張りのない彼の様子に、少しだけ罪悪感がこみ上げる。
不遜で、強くあろうと戦う彼でも、ホームシックにくらいなるだろうさ。
「ね、ねぇ。ちょっと後で私にも作り方、教えなさいよ……」
するとそのとき、彼女もおかわりなのだろうか、皿を持って立ち上がったアリナが言う。
本当、仲間に恵まれたな、君は。
そうして少しだけ騒がしい中、彼との約束を果たし、夜が更けていく。
「では、私達もそろそろお暇しましょうか」
「そうね。明日以降は本格的に議会に向けて動かなければならないのだけど、今年はそれで終わりじゃないし、ね」
レン君達が帰ってから少しして、今後の事について少しだけ打ち合わせをしていた彼女達も部屋を後にしようと立ち上がる、
するとその時、洗い物をすませたレイスが少しだけ急ぎ足でかけてきた。
見送りだろうかと思ったのだが――
「オインクさん、申し訳ありません。このあと少し、お付き合い頂けませんでしょうか」
「……そうでしたね。なにか、わがままを言うと言っていましたね」
少しだけ、いつもより硬い声で話す二人。
険悪ではない。ただ、なにか大事な話でもあるのかと勘ぐりそうになるような、そんな様子。
思い返せば、ヴァンとの一戦の後、レイスは『わがままを言う』『二人で話したい』と言っていた。それが、今なのだろうか。
こちらのせいで、少々慌しい出発になってしまうのは明らかだ。
そして、恐らくオインクも明日以降、激動の日々を送ることになる。
だから、今なのか。
「事情は分からないけれど、私は先に行くわ。オインク、しっかり自分の役目を全うなさい」
「ええ、そうですね。では、行きましょうか、レイス」
「はい……どこか静かな場所へ」
……気にはなる。だが、詮索は野暮、だよな。
ああ、きっと彼女は踏み込んでくる。
女の勘がそれを囁く。間違いなく彼女は、私に牙を剥く。
よき友となり、そして私同様、人の上に立ち、相手の心を深く探ろうとする彼女ならば。
それが恐ろしい。私が封じた思いをこじ開けようとする彼女が恐ろしい。
けれども……私にはそれが同時に――ありがたかった。
「オインクさん。万が一にも人が訪れない、静かな場所はありますか?」
「……そうですね。まもなく夕暮れ時です。ちょうどいい場所があるので案内しますよ」
私は彼女をつれていく。私が一人になりたい時に向かう、とっておきの場所へと。
「ここで降ろしてください。迎えは必要ありません。このままギルドへ戻ってください」
私は魔車を降り、御者にそう告げる。
続いて彼女も地面に足をつき、周囲を見渡す。
草原が夕日を浴びて、なんだか幻想的で、けれども少しだけ寂しいような、そんな場所。
「ここは……予選会場の近く、ですよね」
「ええ。ここは、少々特殊な場所なんです。恐らくこれも、どこかの隠れ魔導師の力かもしれませんが」
幻影の草原。数々の迷宮が現れては消える、そんな不可思議な場所。
ここを予選に利用するようになったのは、いつの頃からなのだろうか。
少なくとも、私がここに来る前からこの場所は存在していた。
そして、この草原を見下ろせる丘へと私は進む。
そこには、小さな石造りの小屋がある。
「あの小屋へ。私の秘密基地、みたいなものなんですよ」
「ふふ、なんだか素敵な場所ですね」
「ええ。人を招待するのは初めてです」
扉を開く。
時が止まったように隔絶したその小屋の中には、前に自分が去ったときから何も変わらず、先程まで自分がここにいたと勘違いしてしまいそうになる程、人のいた空気を残していた。
まるで、自分の家に帰ってきたかのような安心感を受けながら、彼女に椅子を勧める。
「ありがとうございます。随分、たくさんの物が飾られていますね」
「ええ。少し散らかっていて恥ずかしいのですが」
「ふふ、私の部屋も似たようなものでしたよ」
一通り周囲を見終わった彼女が、こちらに向き直る。
「結局、いろいろと事件が起きてしまいましたが、私の優勝、という事なのですよね」
「本来であれば表彰式と七星への供物を捧げる儀式も行われるはずだったんですけどね」
「ふふ、仕方ありませんよ。ただ――優勝者の権利は使っても構わないのですよね?」
「白銀持ちへの挑戦と、その結果次第では昇進、ですか。貴女はもう、そんな査定をせずとも白銀持ちに到れるでしょう。すぐにでも、ギルドの幹部達に打診を――」
「いえ、私は挑みたいのです。それも、今の白銀持ちではなく、もっと上の人間に」
そくりと、背筋に冷たいものが這うような感覚がした。
目の前の彼女から発せられる迫力に、少しだけ私も意識を切り替える。
総帥としての顔を出す。
「……貴女は、誰に挑むおつもりですか」
「……私は、自分より強く、そして弱い人間に挑みたいのです。同じ立場として、対等である為に。そしてその相手に、後悔なく生きてもらえるように、その為に挑みたいのです」
「……では、その相手の名を告げてください。受けるかどうかは、その相手次第ですよ」
分かっている。彼女が誰に挑みたいかなんて。
「オインク・アール・アキミヤ。貴女に挑みます」
月が昇り始めた夜の草原。
熱帯夜と呼ぶにはいささか気温が物足りず、かといって涼しいともいえないそんな夜。
離れた場所に優雅に立つ、夜の支配者と呼ぶべき佇まいの彼女に視線を送る。
新調したのか、それとも彼女の仕事着だったのか、風にたなびく赤いドレスを身にまとい弓を携える姿は、不思議とこの場所と調和がとれていた。
「……レイス。ここも一応、予選同様大きな怪我を負うことはありません。存分に、その力をふるってください」
「……はい。私の願いをかなえて下さり、感謝致します」
挑みたいのだ。彼女は。
これから先、あの二人の横に立つためにも、あの二人に近い力を持つ私に。
そして――彼女と私は『同じ』だからこそ、私に引導を渡したいのだろう。
ならば、全力で応えよう。久しく使ってこなかった、私本来の装備をアイテムボックスの奥深くから取り出す。
魔弓ではないけれど。
彼女のため、私が身を引いたあの魔弓ではないけれど。
けれどもこれもまた、彼と戦い抜いてきた、大切な相棒。恐らくただの弓の中では、これ以上に性能のいいものはないだろう。
『朽木弓ミストルティン』
『使い手を堕落させ、引き換えに神をも討つ強大な力を与える呪われし弓』
互いに弓を構える。
私達のような人間が対峙する時は、きっとこの場所のように開けた場所でないと勝負にならない。
そしてきっと、彼女は死闘ではなく――私の技を打ち破りたいと願っている。
彼女ではまだ届かない最強の一撃。そこに自分がどれだけ喰らいつく事が出来るのかを。
「私が弓を空に放ちます。それが地面に落ちたときが開幕の合図です」
「そろそろ暗くなってきましたが、大丈夫ですか?」
「ええ、私に視覚的な不利は関係ありませんから」
それはきっと、向こうも同じ。
こちらからも見える彼女の瞳の輝きは、間違いなくなにか特別な力によるもの。
大方この大会で、魔眼に目覚めたのだろう。
そして私もまた『天眼』を発動させる。
遥か頭上から見下ろすように、周囲の様子が私の目に映る。
空に弓を放っても、それがいつどのタイミングで下降に以降するのかすら分かってしまうこの目。
有利なのは、残念ながら魔眼を以ってしても私の方だ。
そして、空へ向けて弓を放つ。
風を切る音を一瞬させ、暗闇へと吸い込まれる一矢。
しばしの静寂の後――
「地平穿」
「トレインアロー」
互いの矢が放たれた。
草原の草を巻き込み、地面をえぐり飛ぶ私の矢。
それを迎え撃つ、無数の光の矢。
『トレインアロー』は名前のとおり、列車のように一列に並んだ無数の矢が飛来する技。
けれども、私の矢の勢いを殺すにはその程度ではまだ弱い。
一、二、三、四と、彼女の矢を打ち消し進むこちらの一撃。
私の目が、彼女の焦り、そして続けざまに弓を構える姿を捉える。
「くっ……ブロウアジャスト!」
続いて放たれるのは、大きな盾のような波動。
攻撃を弾き、敵を押し出す力を持つそれは、なるほど確かにいい選択と言える。
けれども――
「私が一矢だけという決まりはありません、からね」
続けざまに『地平穿』を放ち、さらに続けて『フォールスアロー』を放つ。
目の前に迫る脅威を防ぎ、そして頭上から飛来する一撃をどう耐えしのぐのか。
彼女が諦めてその場から移動する様子が見える。
ならば、と続けて『フォールスアロー』を放つ。
彼女が走り抜ける経路を予測し、そして動きを制限させる為に。
この見下ろし視点で戦える『天眼』は、現実世界においてはこれ以上ない反則能力だ。
これは、戦争を容易く終わらせてしまう。
相手の作戦も、陣形も、囮も、本隊も、奇襲もすべて分かってしまう。
だからこそ私は、この大陸を解放する事が出来たのだ。
レイス、貴女が今挑んでいるのは、文字通り一国を落とした人間です。
貴女に――
「貴女に、私を落とせますか」
(´・ω・`)ではこれより、射撃対決を開始する!