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二百二十一話

(´・ω・`)ぼんぼん劇場の開幕

 翼を広げ、大仰に語る。

 目の前には誰もいない。だが、今こちらの姿を見ている人間は、優に万を越えているはずだ。


「聞け、この地に住まう全ての人間よ!」


 さぁ、魔王の演説、第二幕の開演だ。






 セミフィナル大陸の首都『サイエス』。

 かつて、この大陸を統治していた王家が住んでいたこの大都市。

 しかし、自らが庇護すべき住人達の手により王家は滅亡の道を辿ったてしまった。

 そのきっかけは、些細なものだったのかもしれない。

 例えば、過去の英雄の偉業を汚すような愚行を繰り返す王家であったり、本来失われるはずのなかった小さな命が奪われた事であったり。

 食べたい物が食べられなかったり、ひもじい思いから自暴自棄になってしまったり。

 そんな、些細なこと。国という規模からすれば、本当に些細な事。

 そして……そこに付け込んだ、一人の女性。

 もしも後世の歴史家が彼女を評するとしたら『救国の英雄』とも『戦争の原因』とも記される事だろう。

 事実、彼女が訪れなければ、恐らくクーデターは起きなかった。

 だが――間違いなくこの大陸は破滅していただろう。

 当時の王家、そしてそれにまつわる人間からすれば、間違いなく彼女は『戦犯』であり、厄災をもたらした元凶。

 しかし、その地に住まう人間からしたら、彼女は紛れもなく『救世主』であったのだから。


 そんな、血塗られた歴史のあるこの大都市、その中央に聳え立つ、かつての王家の名残である王宮へと、幾千万の人々が足を運ぶ。

 それは、この地に住まう人間としての義務感や正義感なのか。

 はたまた『これから起きるかもしれない事』への期待や不安からなのか。

 一人一人が胸に抱く思いは千差万別。だが、その目的は一つ。

『あの、魔王然とした人物が何をしでかすのか』それを確認する事。


『聞け、この地に住まう全ての人間よ!』


 するとその時、王宮の上空に、巨大な虚像が現れる。

 魔導具の力によりその姿を拡大、そして拡散された声が、王宮を目指す全ての人々へと届く。

 その突然現れた映像に、事情を知るものも知らぬものも、皆足を止めてしまう。

 映し出されるのは、黄金の角を生やし、片目を仮面で隠す魔族の男。

 漆黒の闇に赤い月が浮かび上がるかのような魔眼で睨みをきかせるその姿は、人々を震え上がらせるには十分過ぎる効果を持っていた。

 それもそのはず。その男が現れたのは、かつて魔族の王家が住んでいた旧王宮の上空。

 まるで、その過去の亡霊が現れたかのような有様に、昔を知る人間は膝を折り、中には牙を剥く人間もいる。

 だが同時に、未だ野心を捨てられぬ者達は、これから起きる事に期待を込めた視線を送る。

 万を超える視線が向けられたその虚像が、次の言葉を放つのをただひたすらに待つ。


『私が憎いか。平和の象徴である七星に害をなし、そしてこの地で再び翼を広げ、他を威圧する私が憎いか』


 語る。まるで人々を挑発するかのように男は語る。


『私が、なんの理由もなくこの地を訪れたと思うか。この七星が現れるこの祭典に、なんの理由もなく飛び込むと思うか』


 そして、男を知る人間達は考える。

『かつて、我々の住む街を圧政から解放してくれたあの方が、理由なくこんな事をするか』と。

『かつて、自分達の町を大災害から救ってくれた人間が、そんな悪い人間なはずがない』と。

『かつて、我らの母を孤独から救い、そして旅立っていった人間が悪人であるはずがない』と。

 それは男が歩んできた道。副次効果。勝ち取ってきた信頼の証。

 それは小さな波紋かもしれない。広く広がる前に消えてしまうような、そんな些細な波。

 けれども、それでいい。その波に立ちふさがるモノがあれば、その波は更に波紋を広げ、徐々に徐々に大きく広がっていく。

例えばそれは、男の言葉に反発する怒りの声であったり、それに対して反論する男を知る人間であったり。

 波紋は、加速度的に広がりを見せていく。

 そして、まるで機が熟すのを待っていたかのように、男は大きく手を振り上げる。

 王宮の、丁度先日の騒ぎのあった闘技場の上に投影されていた男。

まさにその虚像の下から、大きな影がゆっくりと現れる。

陽の光を浴び、黄金の輝きを放つ存在。

地についたままだというのに、その身体の上半分が闘技場からはみ出すという巨大さ。

紛れもない。それは先日、男の手により地に堕とされた七星、豊穣の神と信仰されているプレシード・ドラゴンであった。

その健在である姿に、押しかけていた住人の一部がその怒りを僅かに沈める。

安堵の表情を浮かべる住人。だがそれでも『何故、この愚行を働いた魔族を罰せずにいるのか』という疑問が残っているのだろう。次第にその表情が怪訝なものへと変わっていく。


『……七星は、かつて暴虐の限りを尽くし、そして時の人間と神の使いの手により封じられた。そして長い時を経て、その暴性を失い、豊穣の神として改心したと言う』


 男は唐突に、過去の神話を持ち出し語り始める。

 幼子から老人までが知る、そんなおとぎ話。けれども、それは事実として今も語り継がれている。

 それが一体どうしたのかと、皆が話の続きを促すように視線を送る。


『それを解放したのは……皆も知るところである偉大なる英雄、イグゾウ・ヨシダ殿だ』


 男の口から、自分達がよく知る、誰もが等しく敬愛する英雄の名が告げられる。

 一定の敬意を感じさせるその語り口に、また少しだけ住人の不満が収まる。

 だが、次に発せられる言葉が、彼らの心をかき乱した。


『イグソウ殿は、失敗した。彼は、大きな過ちを犯したのだ』


 ついに、不満が破裂した。

 もう黙っていられるかと、足を止めていた人間が歩みを速め、王宮へと向かっていく。

 しかしどういう訳か、王宮の前にはギルドの制服に身を包んだ屈強な人間が立ちふさがり、何人たりとも通さないと言わんばかりの様子であった。

 彼らは思う。『ギルドは、あの魔族に屈してしまったのか』と。

 彼らの感情が膨れ上がったその時だった。

 上空から聞こえる男の声に、別な誰かの声が混じる。


『それは聞き捨てならないわね。私の祖父が、なにを間違えたというの』

『孫娘か。先日、私は確かに彼の槍を借り受け、彼の人の遺言を果たした。その秘密を、ここで皆の前で話せと?』

『……語ってもらわないと困るわ。この暴動、ただでは収まらない。嫌だと言うのなら、私にも考えがある』


 自分達のよく知る女性の登場に、一度その不満を抑え、固唾を飲み空を見上げる一同。

 そしてそこに再び現れる、第三の人物。

 白銀の鎧を纏い、そして神槍と呼ばれる一振りを受け継いだ、この大陸最強と呼ばれていた男リシャル。

 彼の登場に、ほっと胸を撫で下ろす者も少なくない。だが――先のエキシビションマッチを知っている人間からすれば、その不安はより一層深くなるだけであった。


『力づく、か。私が、その男に、負けるとでも? 一度下した人間に、敗北するとでも?』

『いいえ。今度は彼一人ではありません。私も、そして私の部下達も、すでに王宮全体を包囲しています。皆さん、万一の事があってはいけません。くれぐれも王宮には立ち入らないように』


 そして、第四の人物。

 イグゾウに次ぐ英雄、ギルドを束ね、そしてこの大陸を魔族の支配から解き放った女性。

『オインク・アール・アキミヤ』その人だった。

 彼女の言葉に、住人は今自分たちの前に立ちふさがっている人間が、男に屈したわけではないと知る事になり、また一段回怒りを収め、一歩下がる。

 中には『ここまでの人間が揃ったのなら、もう安心して見ていられる』と、達観を決め込んだ人間の姿も現れ始める。


『……貴方は、私に協力してくれた。この大陸で再び芽吹こうとしていた悪の芽を、アーカム・フィナル・ランドシルトを討ってくれた』

『当然だ。ヤツは人々の安寧を奪い、そして――私の築き上げてきたものを壊そうとしていた。そう、かつての王家のようにな』


 その言葉にざわめきの声が大きくなる。

 かつての王家の生き残り。そしてこの地に住まう魔族の旗印として崇められていた、国の頂点に立つ三人のうちの一人。

 まだ、一般の人間には彼の死は広まっていないが故の困惑。

 そして聞き捨てならない『私の築き上げてきたものを壊す』『かつての王家のように』という言葉。

 この突然現れた男が、一体何を築き上げたというのか。

 そして、男はゆっくりと語り始める。

 神話から今に至るまでの、知られざる歴史の裏側を。

 人知れず戦ってきた、かつて魔王と呼ばれた男の半生を――

 ……もっともそれは、内心で『ああもう黒歴史確定だ』と身を捩りたい気持ちでいっぱいになっている男が考えだした、完全なるデタラメではあるのだが。


『オインク。お前もまだ、この地の人間に話していない真実があるだろう。それも語る事になるが、それでも構わないのか?』

『……いいでしょう。貴方が何を思い、どうして今回のような行動に出たのか知る為には必要な事です』


 住人は戸惑う。自分達が崇め慕う救世主であるオインクが、何か大きな秘密を抱えているという事実に。

 そして、この唐突に現れ、大陸を混乱の渦に叩き込もうとしている男と親しげな事に。


『……世界の終わりの日。神隷期の事を話そう。私は、オインクを含む多くの仲間達と、全ての七星を打ち倒した。それが、唯一見えざる神……世界を思うがままにしようとする存在の手から自由を勝ち取る方法だと知ったからだ』

『……そうですね。初代七星を滅ぼさなければ、今この世界は存在していなかったでしょう』


 ざわめきが、加速する。

 自分達の住む大陸どころではない。世界の存在そのものに関わる話が唐突に繰り広げられたのだから。


『そして、この世界に再び、新たな七星が送り込まれた。私はその時、封じられていた関係でなにも手出し出来なかった。だが――当時の魔族やエルフ、ヒューマンが手を取りあい、それを封じてくれた。まぁもっとも、そこにはどこぞの神の手助けもあったようだが』

『……けれども、七星はその暴虐性を失った。そう、伝えられています。だからこそ、私の率いるギルドでも、解放者の活動のバックアップを行っているのです』

『そして、イグゾウ殿は見事、この地に住む七星を解放した』


 話に耳を傾ける住人が『その通りだ』と頷く。

 そして、何故それを先程、この男は失敗した等と、過ちを犯した等と言うのかと疑問を浮かべる。


『……愚かな。何故、七星がその暴虐性を失ったと言える。仮初の実りを与えているだけだと何故疑わない。彼は、イグゾウ殿は、それに気がついていたのだ。自分はもしかしたら、未来に大きな厄災の種を残してしまったのではないかと』


 自分達の信仰対象を根本から否定するその言葉。

 だが、この大昔に生きたという男の話を頭から否定する事が、住人達には出来ないでいた。

 自分達の信じるオインクが、その神話の時代の話を真実として語る以上、この男の話にも信じるに値するなにかがあるのではないかと、少なくとも話を最後まで聞いてもいいのではないかと思い始めていた。

 そしてその思いを後押しするかのように、話題に上った英雄、イグゾウの孫娘が口を開く。


『……確かに父も言っていた。おじいちゃんは死ぬ最後の時まで、心配そうに、不安そうにしていたと……けれども、そんな……』

『悪いが真実だ。信じられないかもしれないが、私はイグゾウ氏に直接話を聞いている。彼はな、ずっといたんだよ。死者の向かう場所ではなく、その狭間にてずっと待っていたのだ。資格ある者が訪れる時を。七星を疑い、そして御する存在が現れる事を』


 それを嘘だと断じるのは容易いことだ。

 しかし、その話を真っ先に疑い、切って捨てるはずのイルが考え込む姿に住人が困惑する。

 なにかその話を信じるに足る根拠があるのかと。

 そしてこの話を聞いたイルは確かにそれを『真実だ』と認めていた。

 彼女はこの一連のやり取りの裏を知っている、いわば共犯者。

 だが……その語られる内容までは知らされていない。

 それにも関わらず、彼女は今語られた内容を真実だと判断したようであった。


『……昨日の言葉を聞かされた以上……嘘だと決めつけるのは難しいわ。ねぇ、おじいちゃんはどんな人だった?』

『とんでもない人間だった。槍の一振りでこちらの身体を数十メートルも吹き飛ばし、その返す刃で竜巻を巻き起こす。あそこまでデタラメな強さを持つ人間を、私は自分以外に見たことがない』

『む……それは確かに私も見覚えがある。彼の一撃は地を割り、竜巻を巻き起こす』

『……ちょっとそれ初耳よリシャル。うちのお爺ちゃんってそんなに強かったの……』


 周りから、徐々に塗り固められていく。

 真実とは思えないような突飛な話の数々が、他の立場ある人間に肯定されていく様に、次第に住人達の考えも変わっていく。

『もしかしたら、この男の語る言葉は全て真実なのではないか』と。

 そしてやや脱線した話を正し、続きが語られる。


『七星は、倒すべき存在だと彼は言った。そして私自身も、そう思っている。なによりも……ここ数年で七星の動きが変わってきているそうだ。それはどうやら、大陸の気候にも影響を与えている』

『……そうですね。確かに北方を任せている領主から、今年は妙に暖かくなるのが早いと報告が上がっています。だからこそ、今回の収穫祭も早く開催されたのです』

『それだ。それが問題なのだ!』


 唐突に声を張り上げる。

 何事かと。その気候の変化がなんなのかと、一同が固唾を飲む。


『こうは考えられないか……空腹を我慢できずに、早く供物を捧げさせるために、意図的に収穫祭を早めようとした、と』


 その言葉に、皆息を飲む。

 そこからはもう、男の独壇場だった。


『そして、あろう事か七星は供物でなく、強い人間そのものを喰らおうとした。ついに……我慢の限界が訪れたのだ。再び、過去の暴虐性を露わにし、供物という名の人々を喰らおうと動き出したと!』


 その言葉が、重々しく住人の胸にのしかかる。

 なにせ、それは嘘偽り内事実に基づく考察だ。

 確かに、大会の終わりと同時に、狙いすましたかのように七星が現れた。

 そして……優勝者の身体そのものを喰らおうとした。


『……私は、その可能性を危惧していた。だからこそ、万が一を考えて、私とその仲間が大会に出場していたのだ』

『それで……変装をしてまで』

『だが、私があのまま大会に出てしまっては、万が一の時に対応が出来ない。だからこそ、観客席に紛れ、その瞬間を見計らっていたという訳だ』


 冷静に考えれば、まだ疑問が残る箇所もある話だ。

 だがそれでも、既に住人は『この人物の話す言葉は真実だ』という意識が刷り込まれてしまっていた。

 人は、自分がよく知る人間、中でも権威ある人間の言葉を信じてしまう。

 それは例えば、かかりつけの医者に患者が『もうその病気は一生治らない』と言われてしまうと、容易く絶望してしまうように。

 ある種の集団催眠にも似た手法で、男は、カイヴォンは自分のデタラメの話を真実として信じ込ませようという腹積もりであった。

 嘘の中に真実を紛れ込ませ、実際に観測された事実やデータを混ぜ込み、人々の信頼をすでに得ている権力者の協力を得て作り出されたそれは、もはや誰かが『嘘だ』と叫んでも、封殺されてしまう程までに人々の心に『真実』として刷り込まれたのである。

 そして――仕上げだと言わんばかりに、男の虚像が消える。

 次の瞬間、闘技場から、一人の人影がふわりと浮かび上がってくる。

 そう、先程まで語っていた男、カイヴォンが虚像でなく、自分の実体を住人の前に晒したのだ。

 そしてそのまま、男は七星の身体、頭へと向かう。


『プレシード・ドラゴンよ。私に従え。この地に安寧を。永遠の実りを、人々の幸福な未来を守ると約束しろ。さすれば、今回の事は見逃してやっても良い』


 小さな身体で、巨大な竜へと命令を下す。

 はたかれ見れば『何を馬鹿な』と言ってしまいそうな絵面だが、不思議とそれを無謀だと、危険だと思う人間はいなかった。

 既に住人は思い至っているのだ。『この人物は、七星をも下し、従えてしまうのでは』と。

 そして――その予想は正しかった。

 黄金の輝きを持つ、天空に住まう豊穣の権化であるプレシード・ドラゴンが、その巨大な身体を器用に折り曲げ、頭を下げたのだ。

 それは誰が見ても、男に竜が降ったと思う光景。

 万の言葉よりも説得力のある光景。

 僅かに残っていた疑念すら吹き飛ばす、なによりもの証拠。

 ……今まさに、七星が己の非を認めたのだ。

そしてそれは、本当の意味で住人が安寧を手に入れた瞬間だと気がついたのは、それから少し時が経ってからの事だった。


『これが、私がこの地にやって来た理由。七星を地に落とした理由だ。まだ何か、言いたい事はあるか』

『……ありません』

『右に同じくよ。さすがに……本当に七星様が頭を下げたのだもの』


 大陸のトップである二人が認めた。

 それは、ここまでの話が真実であると皆が認めるには十分すぎる理由。

 男はついに、自分の嘘を信じ込ませ、そして己を古の魔王だと宣言し、それを認知させたのであった。


 まぁ尤も、今も男は心の中で『レイス助け! リュエさん助けて! 俺もう夜布団に入る度に死にたくなる!』等と思っているのだが。


(´・ω・`)こんの大法螺吹きめ

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