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二百二十話

 翌朝。

 腕の中で眠るレイスからそっと腕を引き抜き、彼女の残り香を惜しみながらベッドから抜け出す。

 うむ。十二分に『レイス分』を補給出来たな。これでもう安心だ。主に俺の精神が。

 さて、じゃあ今日は長い一日になりそうだし『あの約束』の事もある。今のうちに準備をしておくかね。

 足音を忍ばせ、寝室を後にする。さぁ、これが上手く行けば、その足でこの都市を後に出来るのだ。うまく立ち回ってくれよ……オインク。




 七星杯が終わったにも拘わらず大勢の人で賑わうギルドロビーに降り立つ。

 エレベーターから現れたこちらの姿を目撃した瞬間、この騒がしいギルドが一瞬、時が流れるのを忘れたかのように静寂に包まれる。

 恐らく、この大陸最後になるであろう魔王ルックだ。

 群衆が、この場に集う人間が割れる。こちらの歩みを妨げないように。

 一歩踏み出す毎に唾を飲む音が聞こえてきそうな程の緊迫した空気の中、ギルドの出口へと向かい悠然と歩みを進める。

 向けられる視線は、大きく分けると三種類。

『怒りや憎悪が込められたもの』

『畏怖と敬意が込められたもの』

『不安と警戒が込められたもの』

 それぞれを向けている人間の種類もまた、はっきりと別れている。

『冒険者』『一般市民』『魔族』だ。

 昨日オインクが語ってくれたように、ものの見事に住人が別れてしまっている。

『冒険者』としては、身内に爆弾を抱えているようなもの。そして敬愛するオインクに負担がかかってしまうのでは、という思いがあるのだろう。それ故の不安、そして警戒。

『魔族』としては単純だ。先日レイスに討たれた『ヴァン』恐らく、あれを旗印にこの後開かれる予定の議会で魔族の復権、もしくはアーカム亡き後のイスを手に入れようと思っていたのだろう。

 そこに現れた俺だ。アルヴィースの一件を知っている人間からの話もあるだろうし、今後の期待を込めた感情と共に『敬意』と『畏怖』を向けられるのも分からないでもない。

 そして――最後に『一般市民』だ。

 恐らくこれが一番の難題。七星という加護の恩恵を最も授かっていたのは、農民やその実りを糧にする商人、そして平和に毎日を過ごしてきた市民達。

 彼らからすれば、そんな神にも等しい相手に攻撃を加え、そしてあまつさえこの姿だ。

 かつての魔族の王家を思い起こしても仕方がないだろう。

 ましてや、場所が場所だ。あそこは、かつて王家が使っていた王宮、その施設。

 その場所で、今人々の支えとなっている七星に手を出す魔族が現れたのだ。この剣呑な視線にも納得がいく。

そして外へと続く門の前で、一度振り返る。

 こちらが振り向くとは思っていなかったのか、後追うようにしていた一同がギクリと身を強張らせる。

 それを、ゆっくりと睨めつけるようにし、そして――


「王宮の前に来ると良い。面白いものを見せてやる」


 翼を大きく広げながら、ギルド全体に響くように声を張りあげる。

 そしてそのまま、何かを言いたそうな一同の目の前で熱風の魔術を使い、そらを翼で受け空へと舞い上がり、空を滑空する。

 向かう先は勿論王宮。さて、どれくらい集まるだろうか。


 わざと低空を、人々に見えるような高さで通りを進む。

 昨日の今日だが、すでに闘技場での一件は広まっているらしく、皆驚きの表情を浮かべながらこちらを視線で追う。

 そして、目的地へダイレクトで降り立つ。

 既に崩壊した観客席の復旧作業に入っている様子だが、その作業員の表情は硬い。

 それもそのはず。今もその闘技場の中央では、翼を折りたたみ休んでいる七星……もといケーニッヒがいるのだから。


「ケーニッヒ。具合はどうだ」

(翼の再生には今暫く時間が掛かりそうです。しかし、足の方は既に立ち上がる事も可能です)


 声を掛けると脳内に彼(?)の声が響き、そしてゆっくりと立ち上がって見せる。

 その様子を見て、作業員が一斉に腰を抜かしてしまい、心の中で謝罪する。

 しかしさすがの再生力だな。これならば、計画に支障も出ないだろう。


「ケーニッヒ。俺は少し用事を済ませてくる。この後、少々頼みたい事があるから今は休んでいてくれ」

(御意。主の命じるままに)


 ケーニッヒの様子を確認出来たので、その足でオインクの執務室へと向かう。

 彼女には、昨晩のうちに今日の作戦を説明済みだ。

では何故今向かっているのかと聞かれれば、作戦最終確認と――協力者に改めて説明をする為だと答える事になる。


「オインク、俺だ」


執務室の扉を叩く。

室内から、複数人の気配と話し声。すでにメンツは揃っているようだ。

入室の許可を得て、扉を開く。するとそこには――


「待っていましたよ。作戦の方もあらかた説明済みです」

「相変わらずの迫力ですな、カイヴォン殿」

「魔族なのはあの戦いで知っていたが……まさか、コレほどまで特異器官を備えているとは」

「……こりゃ、アーカムのヤツが殺されたってのも納得だわな……」


 ゴルド氏、リシャルさん、そしてブックさんの三人と――


「ちょっとさすがにこれは驚きね……」

「俺はまぁ……既に戦ってるが」


 そして、イルとレン君の二人。

 オインクを含め、計六人がここに集まっている。

 彼らには、これから俺がつく『大きな嘘』に付き合ってもらう。

 この大陸の信仰を崩さずに、そして魔族の暴走を治め、ギルドの人間が安心して活動出来るように。

 そしてそれには、彼らの証言が必要だ。

 それぞれ特殊な立場にある人間。

 彼らの言葉ならば、耳を傾ける人間も多いだろう。


「オインク。既にギルドで宣言をしてきた。住人にこの姿を見せもした。魔導具の出力の方はどうだ?」

「現在、目下調整中です。ギルドから派遣した作業員も、復旧と平行して魔導具の改良にあたっています」

「しかし、よくもそんな信頼出来る手勢がいたなそんなに」


 闘技場にいたのは、いずれもオインク直属の部下、隠密部隊のような人間だそうだ。

 各分野に特化した人間や、あらゆる作業に耐えうる技量を有する、文字通りの懐刀。

 その彼らだけに復旧を任せているのだが……。


「復旧はともかく、魔導具の改良には時間が掛かりそうです。想像以上に術式の改良に手間取っているらしく……ぼんぼんの言う協力者を待っているのですが」

「……たぶん、ある程度魔導具が直ればいけるはずなんだが――」


 あと一人、協力をお願いした人物がいる。

 昨夜遅くにわざわざこちらから出向き、頭を下げてなんとか協力をとりつけた人物が。

 間に合うだろうかという焦りが表に出そうになる。するとその時、部屋の隅から突然声が上がる。

 扉が開いたでもない。隠れられる場所があるわけでもない。その突然の来訪者に、一同が色めきだつ。


「お待たせ致しました。少々手間取ってしまいましたが、なんとか顕現出来ました」

「な! ……彼女が、その協力者ですか?」

「突然気配が……貴女は一体……」


 現れたその人物は、紫のローブを纏い、どこかレイスに似た髪色と、それと同じく深い紫の瞳を持つ妙齢の女性。


「お初お目にかかりますオインク総帥。レイニー・リネアリスと申します」

「ま、まさか……貴女があの……訓練施設の制作に係わったという……」

「ふふ、訳あってあまり出歩けないのですが、友人たっての頼みですからね。微力ながら協力させてもらいます」


 そう、あの術式内部にしか存在を許されていないはずの、神の如き力を振るう女性。

 レイニー・リネアリスだ。

 残念ながら、これは彼女本体ではない。あの闘技場に設置された投影の魔導具に彼女が介入し、虚像だけを生身のように操っているだけの状態。

 故に、あの魔導具がある程度復旧してからじゃないと現れる事が出来なかったという訳だ。


「投影魔導具の術式の改良、範囲の拡大でしたわね? それくらいならまぁ、いずれ独力でも辿り着ける範囲でしょう。早速私も作業に入らせて頂きますわね」

 すると彼女はそのまま、闘技場のある方の壁へと向かい、スルリと通り抜けて行ってしまう。

 さすが虚像、なんでもありだな。


「ひっ! ちょ、ちょっとカイヴォン! ま、まさかあの人って幽霊……」

「イルお嬢様はお化けが怖いご様子。よし、リシャルさんに守ってもらいなさい」

「くく……了解した。イルお嬢様、どうぞこちらに」

「なんと……彼女がかの有名なレイニー・リネアリス殿とは……」

「ふむ、知っているのかブック殿」

「ええ。これまで生まれてきた数々の魔導具や術式、その誕生にはことごとく彼女の存在が仄めかされていたのです。私も、若い頃に本で読んだだけなのですが……」


 想像以上の反響に、内心少しだけ面白いと思い笑みを漏らす。

 中でも、オインクはギルドの訓練所の件もあり、完全に口パク状態だ。

 おっと、少し目に怪し気な光が。ダメだぞ、彼女を利用しようとするのは。豚ちゃんの手に負える相手じゃないぞ、あの神様もどきは。

 なんにしても、全ての準備は整った。後は魔導具の改良を終え、そして住人がこの王宮の周りに集まるのを待つだけだ。


「ああ、そうだ。レン君、今日が無事に終わったらお仲間と俺の部屋に来な。約束を果たすとするよ」

「ん? なんだ約束って……」

「……腹空かせてこいよ?」


 もうすぐここを去る。だがその前に、彼には約束のものを振る舞わないと。

 彼もその約束がなんの事なのか分かったのだろう。半ば信じられないといった表情を浮かべこちらを凝視する。

 いやいや、そこまで食べたい? いやまぁ俺もまる一年以上食べていないけどさ。


「オインク。この一件が終わり次第俺は旅に出る。例の議会の件だが……」

「……そうですね。この件が成功すれば、全て丸く収まるでしょう。出来れば、もう少し事後処理を手伝ってもらいたいところですが」

「俺が留まったら、余計に面倒が増えるだう」

「……そうですね。仕方がありません」


 そして彼女との約束。

 議会で行動を起こすであろう旧アーカム派の議員達を大人しくさせる為に協力する事。

 それも、この一件で決着がつく。まぁ既にその旗印となる予定だった人間が死亡しているのだ、こちらはどうとでもなる。

 だが、それを抜きにしても少々慌ただしい出立になってしまう。

 本来ならば、彼女とは一度二人で、色々と語りたいと思っていたのだ。

 ……シュンやダリアの事。サーディス大陸の事。セカンダリア大陸の事。

 この世界について彼女が見聞きした情報を、今一度問いたいと思っていたのに。

 それに――決着をつけなければいけないものも、あるだろう。彼女にも。


「なんにしても今日が終わったら、だな。既に作戦の説明が済んでいるのなら、俺はケーニッヒの所に向かうよ。彼にも説明、しないとだからな」

「意思の疎通が出来るのがぼんぼんだけですからね。ではそちらの方をお願いします」




 闘技場に戻ると、既に投影魔導具に必要だと思われる水晶のようなものが取り付けられたポールがいくつも立ち上がっていた。

 その作業の指揮を取りながら、なにやら光をかざしているレイニー・リネアリスの姿もある。

 恐らく、あれで術式に介入しているのだろう。

 それを尻目に、しっかりと身体を丸めて休んでいるケーニッヒの元へ。

 傷も癒え、剥がれかけた鱗も再生し、すっかり全身を黄金の鱗に覆われたその姿は、もはや俺の知るケーニッヒの姿とは似ても似つかない。

[詳細鑑定]を使えば、すでに七星プレシード・ドラゴン本体が消滅した関係でこれまで通りのケーニッヒのステータスに戻っているのだが(レベル以外)。


「ケーニッヒ。待たせたな。じゃあこれから俺の言うことをよく聞いてくれ」

(心得ました。なんなりとお申し付けください)


 さぁ、いよいよだ。


(´・ω・`)明日は更新出来るかなぁ……

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