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二百十九話

(´・ω・`)ちょっと短いです

「あの……もう大丈夫ですから、ね?」

「嫌だ。しばらくはこうしていてもらう」

「う……嫌ではないのです、とても嬉しいとは思うのですが……」

「絶対に放さない」

「うわぁ……カイくんが物凄く甘えてる……珍しい」


 自室にて彼女を膝に乗せ、ソファーに座ってひたすら抱きしめる。

 放すものか。今日はもう一日ずっと彼女を抱きしめると決めたのだ。

 勿論[回復効果範囲化]と[生命力極限強化]そして、新たに手に入れた[極光の癒やし]を彼女に付与しながら。


[極光の癒やし]

『対象のHPとMPを回復させ、全状態異常の効果時間を1/5にする』

『またHPとMPが最大値の90%の場合は全ステータスが1.1倍にされる』

『回復速度 2%/1s』


 新たに手に入れたこのアビリティ。HPの回復量だけ見れば[生命力極限強化]よりも低いものの、その副次効果には目を見張る。

 そしてこれをあのクソゴミカスドラゴンが持っていたとなると、俺があの時あいつに[生命力極限強化]を反転して付与したのは最適解だったのではないだろうか?

 というよりも、むしろそれが唯一の攻略法だった可能性すらある。

 毎秒そんなふざけた勢いで回復とバカにしてるのかと。バランス崩壊だろう。


「わ……どうしたんですかカイさん、突然のけぞったりして」

「いやなんかブーメランが飛んできた気がして」


 腕の中の彼女を、その存在を確かめるようにして抱きしめ直す。

 戻ってきた。ちゃんと彼女は戻ってきた。無論、体内に巣食う七星を排除した状態で。

 だがそれでも、心の奥底に根付く彼女の断末魔。憎悪の表情がこちらの心をジクジクとなぶり続ける。

 だから今日一日は、安心感とこちらの精神衛生上の為にも彼女にはこうしていてもらうと決めたのだ。


「……明日には、ちゃんとする。会場やケーニッヒの問題にもちゃんと向き合う。だから、今だけは頼む」

「……はい。役得として受け取らせて頂きます」

「むー……ズルイよ二人とも。私も仲間にいれておくれ」

「よし、じゃあ近う寄れい」


 ソファーでくっつきながら、俺は彼女が戻ってきた直後の事を、そしてこれからの事を思うのだった――






「……わ、わかった。とりあえず俺の上着を羽織ってくれ」

「は、はい……その、私は……蘇ったのですか?」

「……ああ。そして俺が……君を手にかけてしまった」


 目を開くと、こちらの外套を纏った彼女がゆっくりと側に歩み寄ってくるところだった。

 足も、手も、顔も彼女のもの。そしてその足取りは軽く、何かの苦しみを耐えている風でもない。

 容態を尋ねようと口を開きかけたところで、先に彼女が口を開いた。


「……また、救われてしまいましたね」

「……救ったと言えるかどうか……俺には分からない」

「身体に異常は見当たりません。しいていうのなら、物凄く空腹という事くらいでしょうか」

「……なるほど、身体以外は本当に消えてしまったのか」


 救われたと彼女は言う。その自負は俺にもある。

 けれども同時に、取り返しの付かないことをしてしまったという意識が脳に深く深く食い込み、こちらの意識を歪ませていく。

 目の前まで迫った彼女が、おもむろに虚空に手をかざし、そこからハンカチを取り出した。

 そしてそれを――


「……泣かないで、カイさん」

「……ごめん、レイス。俺にはあれしか手段がなかった」

「……泣かないで。お願いします」


 優しく頬を拭うその手に重ねるように、彼女に触れる。

 暖かい手。生きている証であるそれを実感しようと、つい、強く握ってしまう。

 彼女はここにいる。五体満足で、しっかりとその両足でここに立って。

 すると、クレーターの上部から困惑気味の声が届いてきた。


「レイス!? 今、光が集まって……レイス、なんですか!? 無事なんですか!?」

「オインク、危ないから落ち着いて。二人とも、こっちまで登ってこれるかい?」

「ああ、今行くよ。レイス、少し身体を預けてくれ」

「は、はい」


 出来るだけ手の感覚を意識しないよう、彼女を抱きかかえる。

 お姫様抱っこである。そしてそのまま、強く地面を蹴りクレーターから脱出する。

 そして、驚愕と困惑、そして目を赤く腫らしている彼女の前へと降り立つ。


「……説明、してくれますね」

「ああ。まず――」






「さすがに、あそこまで大暴れして隠しごとって訳にもいかなかったからな」

「私も、まさかカイさんの力がここまでのものとは……」

「そうだね、私も長く生きてきたけれど、カイくんはその中でもとびきりだよ」


 あの後、オインクに七星の正体とその生態について説明をし、そして……俺の力についても教える結果となってしまった。

 やはりこのとんでもない力に、一瞬だけ彼女の瞳に警戒の色が過ぎってしまったのだが、それも致し方のない事。

 彼女には、この大陸の人間、そしてギルドを守るという使命があるのだから。

 ……そう。認めたくないのだが、俺は文字通り単独で国を、いや下手をすれば大陸を滅ぼすだけの力を手に入れてしまっている。

 それを彼女が警戒するのは、至極当然の流れなのだから。


「明日、朝一番で会場に戻らないと、な」

「ケーニッヒの事、いろいろ考えないといけないからね」

「あの……大丈夫でしょうかあの子は」

「業腹だけど、七星の能力を手に入れた以上そうそう死にはしないだろう。けれども……目撃者が多すぎる。さすがにもうごまかしは聞かないだろうな……」

「……カイくん。もう、逃げちゃおうよ……」


 するとその時、ぽつりとリュエが絞り出すようにそう漏らす。

 うつむき加減の彼女の表情を窺い知る事は出来ないけれど、その声に滲んでいたのは深い悲しみ。


「なにか、面倒な事になってまた君が苦しむのは私は嫌だ。酷いかもしれないけれど、オインクに全て任せて逃げてしまってもいいんじゃないかい……? 次の大陸にはギルドはないっていう話じゃないか……私は、もう君が必要以上に重荷を――」


 まくし立てるように語る彼女の言葉を、抱き寄せるようにして中断させる。

 ああ、そうか。俺が泣いたせい、か。

 こちらを気遣う優しい彼女の頭に手を乗せる。


「……情けない姿を見せてしまったな。そう、不安そうにするなリュエ。俺ならもう大丈夫だから」

「けど……もしも大陸の人間がカイくんを責めたら? 七星に手を出した姿を見られたんだよ。もしかしたらオインクとだって――」

「……ちゃんと、考えてあるよ」

「カイさん。私はどちらでもついていきます。例え茨の道であろうとも、逃避の道であろうとも」

「ん。ありがとう。けれどまぁ……今日はそういうの、考えたくない。大人しく二人共抱きしめられていなさい」


 二人を抱きかかえる。放してなるものか。今日はトイレとお風呂以外はずっと一緒だってもう決めたんだ、こっちは。






 それから少し時間が経って。

 空腹を訴えていたレイスに、アイテムボックス内から隠していた軽食を渡していると、部屋にノックの音が。

 残念。俺は膝にレイスが乗っているので立ち上がれません。

 するとリュエが『仕方ないね』と苦笑いを浮かべながら立ち上がる。


「はーいどちらさま?」

「私です。オインクです」


 ふむ。明日以降の事について相談だろうか。

 振り返ったリュエに頷きを返し、扉を開けてもらう。

 すると、やややつれたような、元気のない様子の彼女がふらふらと部屋に入ってくる。


「はぁ……ぼんぼん、大変な事になりましたよ」

「そうか」

「そうか、じゃありま――それはどういう状況ですか?」

「俺がレイスに『あーん』をして秘蔵のステーキサンドを食べさせているところ」

「あう……その、これには訳がありまして……カイさんが放してくれないんです」

「……大方、いろいろ不安になって癒やしを求めているといったところですか。まぁそのままで聞いてください」


 ため息を付き、そして表情を改める。

 切羽詰ったような、覚悟を決めたようなそんな鋭い目つきで、彼女がこちらを睨みつける。


「……このままでは、ギルドと住人、そして魔族の三すくみが出来上がってしまいます。最悪、国が分裂しかねません」

「……やっぱりそうか。七星信仰をしている人間からギルド所属の俺への弾圧、そして俺が正体を露呈させた事により、アルヴィースの一件を知る魔族がそれに衝突。ギルドへの不満が膨れ上がったってところか」


 ここまでは予想していた事。

 そして、これを黙らせる手段も俺は持っている。

 凄く恥ずかしいし、恐らく今後この大陸に入る事ができなくなるかもしれない方法だが。


「……そこまで分かっているのでしたら、当然これを収める手段も持ち合わせているのでしょうね」

「ああ。『去る』鳥跡を濁さず。ここを去るのに、お前に面倒な役目をおしつけたりはせんよ」

「……責任をとって事態が落ち着くまで腰を据えるという選択は?」

「悪いな」


 こちらも少々急いている。もう、目の前まで来ているのだ。

 サーディス大陸には、俺の旅の目的が集約されていると言ってもいい。

 だから、悪いな豚ちゃん。俺はまだ、どこか一箇所に腰を据えるつもりはないんだ。


「さぁ、じゃあまた今回も主演男優賞でも狙いますかね……原案は俺が出す。足りない部分はみんなで考えるぞ」


 では、この大陸最後の大仕事と行きましょうか。

 盛大に、尊大に、不遜で大胆に。

 演じるとしよう。この姿に相応しい魔王としての俺を。


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