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二百十八話

(´・ω・`)レイスさん、さようなら……

「……逃さねぇよ」

 異常を察知したのか、その巨大な翼を羽ばたかせる七星。

 諦めろよ、お前の命は残り三◯秒もねぇよ。

 その巨大な足、鉤爪を掴み強く引く。

 観客席を砕きながら、バランスを崩した七星が大きな振動と共に地に倒れる。


『カイヴォン! 今すぐ攻撃を中止してください!』

「黙れ」


 拡声の魔導具越しのオインクの叫びが突き刺さる。

 知らん。こいつは殺す。

 横たわった身体に飛び乗り、対ドラゴン特効のアビリティで構成された奪剣を翼へ振り下ろす。

 メキリと、重い手応えと共に骨格の一本を切断する。

 すると、先程まで轟音とともに羽ばたいていた翼がピクリとも動かなくなる。

 鼓膜を破るような雄叫びが、ビリビリとこちらの全身の皮膚を震わせる。

 うるせぇ。黙ってろ。

 今度はその音の源である、太い首、その喉仏と思しき膨らみに向かい剣を突き立てる。

 抵抗は少ない。反転した[生命力極限強化]の力で体力をギリギリまで減らされているのだろうか。

 再び強い手応えを感じながら、深々と突き刺した剣を喉から引き抜くと、まるで間欠泉のようにそこから赤い血が溢れ出してきた。

 その光景に、なんとも言えない快感を覚える。

 苦しめ。苦しんで苦しんで死ね。

 もう助からない。傷を塞いでも助からない。原因も分からずに奪われる体力、そしてもはや二度と空を飛べない折れた翼。

 ヤツの憎悪の顔を拝もうと、頭の前へと回り込む。

 そして、俺は剣に[以心伝心]をセットし、こいつの思考を聞いてやろうとした。


「(面目ない……なんと無力なのだ私は……)」

「あ? なんだお前」


 するとその時、再び拡声の魔導具越しの声が――


『カイさん――私、です』

「レイス! 怪我は!? もう喋っていいのか!?」

『私……よりも、その子を……見て……』

「その子? なにを――」


 頭の中に、再び弱々しい思念が伝わってくる。


「(主よ……敗北したばかりか……主の半身を傷つけてしまい……)」

「……おい、どういうことだこれは」


 七星の身体を見る。

 黄金の鱗の剥がれた場所から、黒く艶めかしい鱗が姿を現していた。

 ヤツの顔をよく見れば、その瞳がこちらのよく知るものだと気がついた。

 今の俺同様、黒に真紅の虹彩を浮かべる魔眼の存在。

 急ぎ『カースギフト』の発動を止め、そして[詳細鑑定]を発動させる。


【Name】 プレシード・ドラゴン(ケーニッヒ)

【種族】 七星龍・魔神龍

【レベル】382

【称号】 七星の二 不滅龍

【スキル】寄生転生 極光の癒やし 成長促進


「……どういう事だ。ケーニッヒ」

「(申し訳なく存じ……)」

「体内に何か埋め込まれていたのか」

「(分かりません……しかし日を追う毎に、私が、私でなく……)」


 七星は、ケーニッヒだった。

 スキルに存在する『寄生転生』という文字に、嫌な予感がした。

 まさか……魔舎を破壊したのは、ついに身体の自由を奪われたからだと?


「……ケーニッヒ。お前はもう、助からない可能性がある」

「(当然の……報いです)」

「……お前が七星となってしまった以上、生かす事は出来ない」

「(せめて、私の力を主に。主の糧と――)」


 全てはもう遅かった。

 身に巣食うその存在に気がつけなかった段階で、全ては遅かったのだ。

 ならばせめて……次の宿主に移らない内に――


「まて、ケーニッヒ。何故こちらと意思疎通が出来る。こちらから聞こえるようにしているとはいえ、自由意思が何故残っている」

「(少し前に、頭の中でざわめいていた何者かの存在が消え――)」


 その言葉に、とても嫌な予測をしてしまう。

 俺はまだ息のあるケーニッヒに、反転していない[生命力極限強化]を付与し、その足で解説席へと向かう。

 飛び込むようにしてその場所に辿り着くと、青い顔で立つレイスと、その彼女に今も治癒魔法を発動させているリュエ、そして緊迫した表情を浮かべているオインクの姿があった。


「攻撃をやめるよう言ったのは、レイスの頼みです。どうやら、彼女の目にはなにか見えていたようで……」

「悪かった。レイス、俺も確認出来た。けれども……」


 腹部をドス黒く染める彼女を見る。

 抑えている手の隙間から、今も彼女の血が流れ出ているのが見える。

 ……ダメージはこちらが肩代わりしているとはいえ、既に出来てしまった傷を塞ぐことは出来ない、か。

 辛そうな、今にも倒れそうな表情を浮かべる彼女の様子を見る。

 ……先程、彼女は七星の攻撃を受けていた。

 そして、ケーニッヒもかつて、遥か空の彼方でアイツと対峙したという。

 ならば……。


「リュエ。彼女の傷がなかなか塞がらないんだろう?」

「そうなんだ……凄く、回復が遅くて……」

「まるで、ケーニッヒの時みたいにか?」


 こちらの言葉に、治療を受けていたレイスと、治療を施しているリュエが同時に顔を上げる。

 そう、そうなのだ。最悪の予想があたってしまったのだ。

 俺がレイスではなく、その傷跡に向かって[詳細鑑定]を発動させると、そこには確かに彼女以外の何者かの存在があったのだ。


【Name】 ドラゴン・シード

【種族】 魔核


「……なるほど。私の目にも映りました。カイさん、たぶん、これ、もう、とれません」

「……そこまでなのか」

「神経一つ一つ、魔力の流れる道筋の細部に至るまで、広がっています」

「え……なにを言っているんだい、レイス」


 ああ、ふざけんな。


「カイさん……あの……私は、とても幸せでした」

「やめろ」


 そんな別れの挨拶みたいな言葉は聞きたくない。

 これからも旅は続く。そしてそこにはレイスの姿もしっかりとある。

 俺の未来のビジョンに、彼女の姿は確かに映っている。

 それを勝手に書き換えようとするのはやめろ。


「本当に、夢のような毎日でした」

「レイス、大丈夫だから! 今私が新しい術式を――」

「ダメです。もう勝手に右手が動き出しそうなんです。私は嫌です。大好きな人に牙を剥くくらいなら、私が自ら――」

「レイス、頼むから少し口を閉じてくれ」


 俺に、彼女を殺せと言うのか。

 それしか道はないと、彼女を救う手段はないと?


「オインク。人払いは済んでいるか」

「……状況が飲み込めませんが、人は既に全員避難させました。ぼんぼん、貴方なにをする気ですか」


 ここにいるのは四人だけ。

 ならば――


「レイス。君を救うには、君を殺さなければならない。たぶん、凄く辛いと思うけれど」

「っ! はい……お願いします。どうか、愛する貴方の手で……」

「けれども、それで終わりじゃない。これは、文字通り救うための手段だ。本当なら、俺だって大好きな君の命を奪うなんて真似はしたくないけれど――」


 ここまで口にした段階で、リュエが何かに気がついたのか、周囲に新たな魔導を展開しはじめた。


「カイくん。分かったよ、何をする気なのか。だったらせめて、私はレイスの受ける痛みを肩代わりする」

「……痛みだけ、なんだな?」

「うん。なんの下準備もなしだと、ダメージまで肩代わりは出来ないからね」

「い、一体何を……」


 レイスには、説明をしていなかったな。

 けれどもリュエには以前、診療室のベッドで説明をしていた。

 俺が、何故死してなお蘇ることが出来たのかを。


『カースギフト』

 対象者 レイス 【再起】付与


『サクリファイス』

 対象者 レイス 解除


 彼女に、蘇生の約束を与える。

 そして、彼女に巣食う存在ごと葬る。

 蘇るのは彼女だけ。そして死ぬのはお前だけだ。

 全身に巣食うのなら、身体を残さずに消滅させなければならない。

 心臓が痛い。目の前の彼女を、一瞬とはいえこの手で滅しなければならないのだ。

 文字通り、我が身を引き裂くような思いに、心臓が強く脈うち、目から涙がこぼれ落ちる。


「あぐぅ……う、うう……」

「リュエ、手足を氷で固めてくれ。そしたらオインクを一緒に離れて」

「っ! わ、わかった」

「ぼんぼん……ダメです! そんな、諦めないでください!」

「オインク……大丈夫だから、こっちにきて」


 手足を封じられたレイスの瞳が、怪し気な光を放つ。

 そして次の瞬間、聞いたことのないような、妖艶な、媚びを売るような、色を窺わせる声が彼女の口から発せられた。


「カイさん……私、死にたくないです。この拘束をどうか解いてくれませんか……?」

「……ダメだ」

「お願いします……私なら、きっと耐えられると思うんです……もしもの時は、お二人で私をとめてくださればそれで……」

「いや、ダメだ」

「さっきまで、躊躇っていたじゃないですか……助けてください、お願いします」

「……命乞いか、七星。俺を騙せるとでも思ったのか」

「……さすがに分かるか」


 彼女の顔が、おぞましい表情に変化する。

 まるで、人の仮面を無理やり熱で溶かしてこねくりまわしたような、いびつな表情。

 自分のよく知る顔が、禍々しい何かに侵されていく。

 湧き出してくるのは、怒りと憎しみと悲しみと不安。なにか大きな錘が胸にのしかかるような、そんな気持ちにさせられる。


「殺せるのか? 私は垣間見たぞ、この雌の脳裏に刻まれた思い出の数々を。この雌は、お前を何十年も待ち焦がれ、そして熟れた肉体を乱したいという思いを封じ込め、ただひたすら一途に思ってきた。その相手を、お前が殺すのだぞ?」

「それ以上喋るな、集中が乱れる」

「このまま見逃せ。そうすればこのまま共存する事も可能だ。あの龍は少々こちらを痛めつけた貸しがあったのでな、苦しんでもらう事にしたのだが……この身体はなかなかどうして居心地がいい。人の身で過ごすのも悪くないと思えてきた。どうだ、私を生かせばこの極上の身体を失わずに済むぞ?」


 ああ、こいつは馬鹿だ。

 そんなの、こっちを煽る結果にしかならないと言うのに。


「カイくん、こっちの準備は終わったよ」

「了解。さて……こっちもアビリティの再構成完了だ」


 剣を振りかぶり、最強の一撃を放つ準備をする。

 使う技は、間違いなく彼女を、その内に巣食う全てを消し去る一撃『天断(終極)』。

 範囲攻撃ではなく、座標指定攻撃であるこれは、正直使い所が限られすぎており、またその効果やダメージ計算式が特殊な所為もあり、ゲーム時代に使った回数はたったの二回。

 習得した時の一度と、ボスで活用できないかと実験した時の一度。

 つまり、ダメ技だ。使い道がなかったのだ。


 剣に、膨大な力を流し込む。

 この攻撃の効果は、極めて単純だ。

 指定した箇所に、極大のダメージを発生させ続けるというもの。

 そして、発動後はこちらのHPを消費し続けるというどうしようもない効果。

 ゲーム時代にこれを試したところ、その極狭い範囲にボスを止めておく事も出来ず、またこちらのHPなんてボスのHPに比べれば月とすっぽん。

 とてもじゃないが実用に耐えられないものだった。

 まぁ、使い方次第じゃ極悪なトラップに出来なくもないが、ついぞ活躍する事のなかった技である。

 そして、この技を俺は他人の前で使った事がない。

 もちろん、掲示板にはスクリーンショット付きで報告したのだが、ある理由から動画を載せる事も出来ずに、結局コラージュやデマとされ、殆ど認知されずに終わった技。

 習得条件は『天断(極)の追加斬撃でボスに止めを1000回刺す』というもの。

 そりゃあ、あんな覚える事そのものが苦行で、使い所も当てる方法も難しい技でボスを倒すなんて悪い冗談にしか聞こえない。

 この条件のわざとらしさもあいまって、結局Wikiにすらこの技が掲載されなかったくらいだ。


「……出来れば全員耳を塞いでいてもらいたいところだけどな」

「待て、本当に殺すのか? この雌はお前を愛している。そしてお前も――」

「黙れ。それ以上レイスの口で喋るな」


 発動に必要なのは詠唱。

 ゲーム時代、その詠唱を手打ちで打ち込んで発言してからでないと発動しないという意味不明な仕様の所為で、そして少々こじらせた文句のせいで、ついぞ身内の前ですら使わなかった技。


「“剣神に祈りを捧げ、ただ天を断たんと欲する。終わりを等しく与え、仰ぎ見るべき天空を切り裂き、新たなる秩序をこの手で生み出さん。我が身を糧に、ここに極限の終わり、新たなる理の誕生を約束せん”」


 だが、そんな気恥ずかしさなど二の次だ。

 絶対に、跡形もなく消し去るには、これくらいしないとダメだ。

 しぶとく生きるこの相手を消し去るのなら、これくらいしなければ――


「“天断(終極)”」


 そして、もはやそのシルエットすら確認出来ない光の剣を振り下ろす。

 天空から光が降り注ぐ。雲を穿ち、空の一部を光で染め上げるその一撃は、紛れもなく天を絶っていた。


「アアアアアアアアアアアアア」

「ぐ……」


 HPが激しく増減を繰り返す。

 そう、ケーニッヒに付与していた[生命力極限強化]を自分自身に付与しなおしたのだ。

 未だ予断の許さないケーニッヒだが、悪いがレイスの方を優先させてもらう。

 こちらのHPを消費する間発生し続ける極大ダメージ。極めて局所的なソレが、レイスの足元を崩し、深い深いクレーターを生み出していく。


「カイさん! カイさん痛いです! たすけで、だすげでえええええええええ」

「まだ言うか……この野郎」


 心臓が抉られる。

 レイスの声でそれ言うか。俺に消えない傷を残すつもりか。

 涙が止まらない。吐き気がとまらない。今にも蹲り胃の中身をぶちまけてしまいたい。

 剣を握る手が震える。分かっていても、彼女を抱きしめたくなる。

 喉を昇る吐瀉物の気配を、歯を食いしばって堪える。

 見える。俺には見える。彼女の身体が、何度もこちらに笑いかけてくれた顔が崩れ消えていく姿が。

 次第にその断末魔が消え、ただ聞き取れない、怨嗟の声だけが辺りに響き渡る。

 それが、彼女に巣食っていたモノの声なのだろう。

 聞き取れない、形容できない音が響き渡る中、ゆっくりとそれが消えていく。

 そして、光の奔流の中蠢いていたそれが完全に消えようとしたその時――


(死ぬまで苦しめ、仲間殺し。血も涙もない貴様を、誰が受け入れる)

「負け惜しみだな。じゃあな寄生虫」


 技を止める。そしてそのままクレーターの中心部へと向かう。

 そこには、もはやなにも残されていなかった。

 レイスの身体も、七星の肉体も。

 ……大丈夫。彼女は、きっと戻ってくる。

 そして戻ってきたら……俺は……どんな顔をすればいいのだろうか。


「ぼんぼん……貴方は……貴方は!!!!!」

「オインク、今は黙って。カイくんは間違っていない。間違っていないけれど……」


 レイス、俺はどうすればいい。

 戻ってきた君になんて声をかければいい。

 なにをすればいい、まず始めに俺は、君になにをすればいいんだ?


「レイス……俺は君になにをしたらいい……」


 ガラ、と瓦礫の崩れる音がする。

 その音に振り返れば――


「あの……とりあえず初めに何か着るものと……その、目を閉じて頂けると……」

「……あ、はい、すみません」


 ……そりゃそうだ。服ごと消しましたからね……。


(´・ω・`)おかえりなしあ

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