二百十六話
( ˘•ω•˘ ).。oஇ
世界は広い。
そんな事、百も承知だった。
けれども、その広い世界でも私は『特別』だった。
勿論上には上がいる事を私は知っている。
ある噂を聞いて、私は自分の国を出た。
『あの国には、建国当初から二人の守護者がいる。あの二人こそが最強だろう』
広い世界で、私は始めて目的地というものを決めた。
そして――『私の特別は、特別止まりだ』という事を知った。
「本当……嫌になっちゃうよね。格上だと思っていた相手が、格どころか立っているステージが違ったり、格下だと思っていた相手が、同格まで上り詰めてきてみたり、果てには同格だと思っていた相手が、違う種類の人間だったんだよ。私が言うのもなんだけど、この大会どうなってるの?」
目の前のお姉さんに、つい八つ当たりのように胸の内を打ち明ける。
戦場に似つかわしくない装いで、私と違い優雅に戦い、そして……最後の最後で泥臭く、勝利をもぎ取ってきたこの相手。
私がこの場所に立っているのは、きっと私が倒してきた多くの人間と、そして私に引くことは許さないと言ったお兄さんに義理を立てる為。
けれども、ここに来て私は改めて『ああ、勝ち上がってきてよかった』と強く思う。
それだけ――今目の前にいる相手の気迫がすさまじく、私の心を強く震わせているのだ。
「……そうですね、少々私も悪ふざけが過ぎました。申し訳ありません、色々予定を狂わせてしまう事になってしまって」
「うん? お姉さんが勝ち上がってくるのは予定通りだよ。謝らなくておーけーおーけー」
「ああ、いえ――」
優雅に笑う。女の私から見ても見惚れる佇まいと、その微笑みに、ちょっとだけ嫉妬心を覚えてしまう。
けれど――
「――てっきり、接戦を期待しているんじゃないか、と思いまして。ごめんなさいね?」
なに、これ。
「……い、言うね、お姉さん」
なんだろう、これ。
「では……行きますよ、お嬢さん」
このお姉さん……物凄く恐い――!
『さぁ、いよいよ七星杯も大詰め、波乱に満ちた今大会ですが、ついに最終決戦の開幕ですぞ!』
『このクラスの対戦となると、正直観客に解説してもいまいち伝わりにくいだろうが……安心してくれ、今日はようやく本来の解説がやってきたぞ』
『選手紹介の前に、まずはこちらの方の紹介をさせて頂きましょう。いやどうもどうも、お初お目にかかりますな!』
『初めましてブック・ウェルド殿。まさか、貴殿とこうして席を共にする日が来ようとは思いませんでした』
『そうですなぁ……みなさんもご存知の事でしょう。リシャル・リーズロート氏にお越しいただきましたぞ』
『今年は私用にて解説の任を降りていましたが、こうして遅ればせながら馳せ参じた次第です』
『リシャル殿は、かつてこの地を治めていた王家に使える近衛騎士でしたが、御存知の通り義を重んじて、自らの主君の道を正そうと神槍を手に取った、まさに騎士の中の騎士。先日のエキシビジョンでも、その神槍の冴えを披露してくれました』
『はは、ギルド主催の大会でなかなか酷い事を言う。しかし、こうして当時、一度は敵対した陣営の人間が席を共にするとは、まさに今の世が平和になった証でしょうね』
解説席から聞こえる声で、しっかりとリシャルさんが大会を見に来てくれた事を確認する。
しかし、まさかリシャルさんがかつてギルドと敵対していた王国側の人間だったとは。
王族含め魔族が牛耳っていた時代に、ハーフエルフの身で席を置いていたとなると、やはり当時から凄まじい技量を有していたのだろう。
イグゾウ氏の旅の愛槍を譲り受けていただけはある。
「カイ様、あの……お飲み物を買ってきたのですが」
「ん? なんだ急に」
「いえ、先程売っていたので皆さんの分を……と」
ふいに、レイラが紙コップに入った、甘い香りのする飲み物を差し出してきた。
断る理由もないからとそれを受け取ると、おもむろに彼女が首を差し出してきた。
……ありがとうの一締めをしろと申すかこの被虐趣味の娘さんは。
「レイラちゃんほら座りなよ、二人の紹介が始まるよ」
「……分かりました」
マンゴーに似た甘みを感じるジュースを飲みながら、彼らの口から語られる最後の選手紹介をじっと待つ。
今度はどんな情報が出て来るのかと、この最初の口上を楽しみにしている人間は少なくない。
事実俺も毎度楽しみにしているし、今回の対戦相手、ヴィオちゃんの補足情報や、俺の知らないかつてのレイスの話を聞ける可能性もあるのだから。
『では、選手の入場も済みましたことですし、両者の紹介に入りたいと思います』
『リシャルはここまで見ていなかっただろうし、ここは俺が。まず東から入場したのは、サーディス大陸のセリュー共和国出身の拳闘士ヴィオだ。こちらに渡ってきた際に申請された経歴を確認した結果だが……どうやら、向こうの制度である『自由騎士制度』において、最高階級を受けている。つまり、こっちで言う白銀持ちみたいなものだな』
『なんと……では本来であれば、私のような立場の人間と……さぞや見ごたえのある戦いぶりだっただろうに』
『いやまぁ……正直まともに相手出来た人間なんて限られていたわけだが……けど、彼女の準決勝の試合は見ものだったぞ。まだBランクの若い剣士が、彼女をあと一歩まで追い詰めたんだ。あれにはさすがの俺も滾ってしまった』
『情報によりますと、ヴィオ殿は訓練施設にて何度かカイヴ……カイ殿と組みて稽古を行っていたようですな。リシャル殿も、この情報でさらに興味が湧いてきたのでは?』
『ははは、本当に手厳しいですねブック殿。しかし、その通りです。これは、見ものだ』
『では続きまして、西側から入場した選手、レイス・レスト選手の紹介に入りましょう。ここは、是非とも私にまかせてもらいますぞ!』
『くく、了解した』
『彼女はウィングレストの街にて、高級クラブのオーナーを努めていたという異色の経歴をお持ちですが……その実、かつてのアルヴィース戦役の際、ギルドの人間を束ねて王国軍を退けた『レディアントマジェスティー』その人です。……当時、王国軍を率いていたリシャル殿ならば、この呼び名に覚えがあるのでは?』
『なんと……私の隊の狙撃手を全て落としたあの魔弾の……因果のもの、ですね。幾度となくその存在を捉えようとし、ついぞ叶わなかった相手をこうして見ることが出来ようとは……まさかこのような麗人だったとは……ここまでの試合も、やはり?』
『いえ、実は予選から準決勝までは体術と魔術のみで勝ち上がって来たのですぞ! いやはや、まさかレイス殿がここまでの強さを持っているとは、夢にも思いませんでした』
『さて、じゃあここで俺からも補足の情報を。リシャル、あの人はお前を打ち破ったカイ選手の旅の仲間でな、その実力はエキシビションで絶技を披露したリュエ選手にも引けを取らないものだったぞ。観客のみんなも、ここまでの戦いで同じ思いを抱いた事だろう』
『ぐぬ……まさかそれほどまでの展開が今大会で繰り広げられていたとは……どうやら私はとんでもなく勿体のない時間の過ごしかたをしてしまったようだ』
いやはや、どんどん新事実が判明する。
まさかレイスとリシャルさんが直接ではないといえ、戦争で対峙した事もあったとは。
それに、サーディス大陸の国家の名前や制度についても新たに知ることが出来た。
大会が終わればこちらも向かうのだ。今度ヴィオちゃんやレイラにでも話を聞いてみるかね。
「レイス様が、まさかそこまでの人だったとは……私のお母様は、そんな人間の元で育ったのですね」
「アイドちゃんも今はプロミスメイデンのお手伝いに行ったりしているんだろう? お母さんと一緒で、レイスの教えを受けているようなものだと思うよ」
「そうですね……私ももう少し、あの場所で学びたいと思います」
「私はこの大陸の歴史には疎いのですが……レイスさんがヴィオ様と戦うに相応しい方という事は分かりました。これは、確かに目が離せない一戦ですね……」
「で……結局のところカイヴォン、貴方はどっちが勝つと踏んでいるの?」
それぞれの思いを口にする彼女達を見ていると、イルにそう問われる。
ふむ、愚問である。そんなのレイスが勝つに決まっているだろう。
レイスはここまで『自分を拳闘士だと仮定した目線で大会を見てきた』のだから。
その枷が無くなった彼女が負けるとは到底思えない。
だって――俺、ゲーム時代『魔弓闘士』の戦闘動画を一目見ただけで彼女を作ろうと決意した程なんだぜ? 既にKaivonもRyueも育ちきっていたにも拘わらず。
……つまり、ぶっ壊れジョブなんだよ、ぱっと見ただけでも分かるくらい。
「……試合というよりも、お披露目会に近いものになってしまうかもしれない」
「どういう意味よ」
「どういう意味だい?」
「どういう意味なんですか?」
「どういう意味です?」
「揃いも揃って同じ事言わないで? まぁ見ていたら分かるから」
サラウンド『どういう意味』に苦笑いを浮かべながら、試合開始の合図を待つ。
そして、観客席で大きな鐘に向けてバチを振り下ろされる瞬間を見届け――
その合図と同時に、上空に向かい一筋の赤い光が放たれたのだった。
威嚇を込めた一射を放ち、そのまま背後へ向かいソバットを叩き込む。
弓の姫反と蹴りの二連撃は、ある種の信頼の元に放たれたもの。
「くっ……やるねぇ」
「きっとこう来ると思いましたよ」
片足を上げ、私の蹴りを受けながら、私の弓を籠手で防ぐ彼女の姿がそこにあった。
弓は、剣以上に有利な間合いが限られる武器。
ならば、彼女が接近してくるのは必定。そして最初から全力を出すのなら、きっと背後をとってくれるだろうと――
「っ!?」
「ふふ」
彼女を掴もうと手を伸ばすと、すぐさまその姿をかき消してしまう。
その刹那、私の手の直ぐ側へ降り注ぐ一条の閃光。
「……あっぶな……」
「よく気が付きました」
第一射を、上空から降り注ぐそれを避けた彼女に賞賛を――振り向きざまの二射と共に送る。
またしても駆ける。そう、それしか彼女に道はない。
強く、早い彼女。そしてその攻撃方法故に、彼女の選択肢は限られる。
その選択肢を、一射ごとに潰していく。
肉眼ではとらえられなくても――次第に場に満ちていく魔力の流れを、魔眼が捉えてくれる。
動きが分かれば、そこを射る程度は造作もありませんからね。
壁を駆ける彼女を追う無数の赤光。
そして、私自身が動き、彼女の進路を塞ぐようにして拳を構える。
「ああもう! 邪魔ァ!」
「フッ!」
そのとてつもない速度を乗せた一撃を、拳で迎え打つ。
肩に伝わるはずの衝撃は、殆ど私には訪れない。
場に満ちた魔力を全て身体強化に回し、そして拳にうっすらと闇魔法を纏わせる。
ああ……そうか、これがカイさんやリュエの感じている感覚なのか。
「っ! なに、これ」
「打ち合いに、興じてもいいんですよ」
ああ、性格が悪くなってしまいます。
そんな、ダメですよこれは……なんでも出来てしまうようなこの全能感は、人を狂わせてしまうのには十分事足りる程の多幸感を与えてくれます。
「ふふふふ……うふふふ……さぁ、行きますよ。今度は……『スティングレイ ナインテール』」
矢を射るように、弦に指を添える。
そこに現れる九つの光の矢。
それを放ち、私も駆ける。
弓を背負い、両手で彼女を打ち倒そうと。
この技は、自分のMPが尽きるまで相手を追尾します。
一度制御下から離れても、一度狙った相手を付け狙い続けます。
相手を沈めるには心もとない一射でも、それが九つ続けばその限りではなく、そして――私に限っては、MPが尽きる事はありえない。
「んな!? ちょっとそれあり!?」
「ありです。いきますよ」
彼女の腕へと手を伸ばす。
きっと、真正面から打ち合えば私は押し負ける。だから、私は彼女の関節を狙う。
素早い突きと、同じくらい素早く引っ込む彼女の腕を掴もうと何度も私の手が空を掴む。
そして、それに気を取られた彼女へと九つの閃光が迫る。
閃光を避けようと動き出す、爆発的な推進力を生む彼女の足。
そこめがけて、足払いを試みる。
「……邪魔だってば!」
「っ!」
油断。払うためにのばした足ごと、フィールドを強く踏みつける彼女。
一気にこちらの体力を持っていかれてしまいました。けれども……どうやら一射、当たったようですね。
それを知らせるように、私の体力が回復する。
魔弓術への闇魔術付与、やはり成功です。
どうやら、魔力を放つという性質上、魔術との合成に向いているみたいです。
ああ……なんと背徳的な感覚なのだろう。
何をしても上手くいく。どんな手段を取られても対策が取れる。これが、カイさんの見ている世界なのでしょうか……。
「……油断、大敵です」
けれども、私は再び弓を構える。
私のMPの減りが収まってしまった。それ即ち、放たれた残りの八射が消えた事を意味するのだから。
回復した形跡はない。つまり……撃墜されたと。
「っ……はぁ……なに、これ。ちょっと反則だよ……お姉さん、再生師でしょ」
「あら……よく、気が付きました。正直戦闘のさなかに見破られるとは思いませんでした」
「やっぱり……この嫌らしいじわじわとなぶってくる戦い方! 私、された事があるからね!」
む、失礼な。
けれども、彼女を追い詰める再生師ですか……これは、少々面倒な事になってきました。
再生術は、万能ではない。もしや彼女は、その対策法を知っているのでしょうか……?
「……覚悟してよお姉さん……最強の再生師にいたぶられた私の力、見せてあげる!」
(´・◞౪◟・`)