二百十四話
(´・ω・`)oinkoink
「まぁ俺の事はいいだろ。そっちはもう死んでる身、そして何かを自分と同じ境遇の人間に伝えたいって話なんだろ?」
「ん? まぁんだな……だども、いざ話すってなるとなにから説明すればいいが……」
「じゃあ、俺が質問するからそれに答えてくれ」
「わがっだ」
見た目からも薄々感じていたが、酷く不器用な様子のこの先達。
恐らく俺と同じ場所からこの世界にやってきて、そしてなにか後世に伝えたくても伝えられない大きな秘密を抱えたままこの世を去った人物。
その彼に、まずは何を尋ねるべきかと、しばし頭を悩ませる。
「この場所と、その身体……さっきまで別人だった事に関して教えてくれないか」
「ああ、今俺が使わせてもらってるこの身体な。これ、昔七星どご封印していた、神様みでぇなヤツだ」
「……やっぱりか」
「そんで、ここは本来だば生きた人間がこられねぇ場所だ。三途の川みでぇなもんだな。あまり長いことこごさいっど、戻れねぐなるぞ」
「よしじゃあすぐ本題にはいろう」
なにそれ恐い。
ならば、聞かなければならないのは一つだけだ。
「あんた、息子にも言えなかった秘密があるんだろ。この世界の根底に関わるような、そんな何かが」
「……ああ」
彼は、七星を解放し、この大陸に平和と豊穣を与えた偉大なる英雄だ。
その彼が、なにを憂い去っていったのか。
彼の口からそれが語られようとしていた。
「七星は、間違っても神の使いどが、そんたいいもんじゃねぇ。大昔の人間や本物の神の使いが封印したのは正しかったんだ」
「だが、事実この大陸は実りが豊かになっている」
「そいは仕方がねぇごどだ。ここは、おいがたの住んでた日本とは違う。いくら土さ栄養やっても、どうにもならねぇ場所もある。そいは、いわゆる地脈だどが、そういうよぐわがんねぇものが関係してるんだと思う」
彼が生前、何を思いこの地に農法を広めていたのか。
それを俺が伺い知る事は出来ないけれど、ただ今この瞬間彼が見せたその表情は、まぎれもなく悔しさと後悔、そして自責の念に駆られているような苦渋に満ちたものだった。
「多少はマシになった。おいの知識でも当時のこの大陸にとっちゃ奇跡みたいなもんだったんだ」
彼は続ける。
「だども限度があっだ。そんでそれは、おいが呼ばれた理由である七星を解放せねばならねって話だったんだ」
彼は、それがどうしても嫌だったと言う。
もともと信心深いタチらしく、過去の人間が苦労して封じた化物なんて解放していいのかと、疑問に思っていたそうだ。
だから、そんなよくわからない地脈だなんだよりも、自分の知識で実りを豊かにしようと躍起になっていたそうだ。
だが、それだけでは済まなかった。
豊かになる土地と、そうでない土地がどうしても生まれてしまう。
そして豊かになった土地は――当時の魔族たちが独占していった。
彼は何度も、寂れた農村で飢えた人々が苦しみ息絶える姿を見てきたそうだ。
彼の魔族への憎しみ、そして自分の遺志をまだ魔族が幅を利かせる時代に誰かに託そうとしなかったの理由。
ようやくそれが俺にも理解出来た。
「だがら、俺は解放する時にこの身体の持ち主と約束したんだ。本当にこの大陸が平和になっだ時に、しがるべき相手が来だら、なんとがおいの頼みを託せるようにってな」
それ故に、この場所に辿り着けるまでに面倒で遠回しな仕掛けを施したのか。
自分と同じ境遇の人間、もしくは彼の手紙を託すに値する人間が現れるその時まで。
きっと『酒』にも意味があったのだろう。彼が伝えた文化が仮に後世に伝わらなかったとしたら、それは彼の偉業を無に返すような大きな争いが起きた事に他ならないのだから。
無事に、彼の伝えた知識がこの地に根付き、そして己の子孫が願いを託すような人物が現れる時。
よくよく考えてみると、この条件が揃う確率はそうとう低かったのではないだろうか。
「七星は、封印すんのにはいっぺぇ力が必要になるんだ。そいが実りをダメにする。だが実際解放して初めでわがっだ。あれは野に放ってはならね。みんな目先のごどに囚われてしまってらんだ……おいは確かに聞いだ。あいはな、おいさなんと言ったど思う」
まくし立てるように、自分の罪を告白するかのように語り続ける。
その様子に、つい唾を飲み込み、その続きが語られるのを覚悟して待つ。
「『ようやくだ。たっぷり肥え太らせてから頂くとしよう』これがどういう意味が、すぐにわがった。おめぇさん……今外の世界はたらふく飯、食ってらが? 大陸は豊かになってらが? だどすれば、それは思うツボなんだ。平和になったんじゃね、ただ飼ってだ豚さ、まだ餌をやりはじめだだけの話だ。肥え太ったら、今度こそこの大陸は食われちまうんだ。そいが、俺の知った全てだ」
「……そうか」
ああ、やはりそうか。
うまい話には裏があるんだよ。そんなもん、嫌ってほど経験してきただろう。
それはやたら待遇の良い求人広告だったり、妙に羽振りがよく親しくしてくれる友人だったり、急に接近してくる綺麗な女性だったり。
都会で暮らし、そういうのは嫌って程経験してきたんだ。
疑り深い性格だと自分でも思うが、この世界においてそれはどうやら、プラスに働いてくれたようだ。
「おめぇさんに教えたところで、なにが変わるかわがらね。こいは、しょし話だども(はずかしい話だけど)おいの自己満足だって面もある。罪滅ぼしだって意味もある。もし、おめぇさんが魔族の立場ある人間ならば、どうか王家にこの事を――」
淡々と自分の知った真実を――仮初の安寧を与え、英雄と祀られてきた自分への罰としてそれを語る。
次第にうわずるように乱れる呼吸とともに、彼の声が振るえる。
……泣くな英雄。
喜べ英雄。
安心しろ英雄。
俺はあんたに、三つの話を聞かせることが出来る。
「……良い知らせが三つある。だからまず涙を拭きな」
「……わがっだ。へば、聞かせでけれ」
「あんたの息子は、エンドレシアの人間と手を取り、多くの人間と共に王家を打倒したぞ」
それを口にした瞬間、先程までの悲痛な面持ちをどこかに放り出したように顔を輝かせ、拳を掲げて喜びの声を上げる彼。
ちょっと羨ましいな。自分の息子が、自分亡き後に悲願を達成してくれるなんて父親冥利に尽きるだろうに。
「んだが……んだが! おいの倅が、やってくれだが!」
「ちなみに手を貸した人間も日本からやってきた人間だ。息子さんはもう他界したらしいが、その志は娘さん、つまりあんたの孫が引き継ぎ、今この新しく変わった大陸の先頭に立っている」
それを伝えると、ついに我慢の限界が来たのか、突然こちらを抱きしめ始める。
やめろやめろ、おっさんに抱きつかれても嬉しくないわい! 俺なんもしてないから!
「よぐ、よぐ伝えでけだな! んだが、おいさ孫、出来たんだな! 名前、なんて名前だ」
「イル・ヨシダだ。喜べ、俺の目から見てもかなりの美人さんだぞ。今二十歳くらいじゃないか?」
「……おめぇ、おいの孫さ手だしたりしてねぇべな」
「いきなり声のトーンかえるなよ……安心してくれ、俺には心に決めた仲間がいる」
さて、じゃあ残り二つだ。
「現在、俺はそこそこ立場ある人間だ。そして――俺も、七星の存在に疑問を持ち、イグゾウさんから聞いた話とほぼ同じ結論に達していた」
「……それは、心強いな。今、みんなが腹いっぺぇ飯食ってんだば、それを再び奪うごとはあってはなんね。なんとしてでも、七星をどうにがせねばならん」
そして、三つ目。
「最後だ。……安心しろイグゾウさん。俺は、すでに一体七星を殺している」
「…………んだがぁ」
それを伝えた瞬間、彼の顔つきが目に見えて変化した。
本当に人が変わってしまったかのように、どこか強張ったような印象の顔が、急激に丸くなったような、緊張が解けたような、まるで、長年背負い続けていた重荷を下ろし、ようやく腰を下ろしたかのように。
その時。柔和な表情を、眩しいほどの笑顔を見せた彼から、本当に光が漏れ出す。
「せば……後はおめさ任せでもいいんだな? ちゃんと守ってけれや」
「イグゾウさん。あんたずっとここで待っていたのか。成仏もしないで」
「んだ。せば、向こうで倅も待ってるべし、おいも逝くどするがな」
思い残す事はない、と言ったところだろうか。
晴れ晴れとした姿で、彼の放つ光が徐々に輝きを増していく。
ああ、そうだ。せっかくだし、行ってしまう前に――
俺は先程、墓石にかけて残り僅かとなった酒を彼に差し出す。
これ、最後の一本なんだ。ちびちび飲んでいたんだが、最後の一口くらい、譲ってもいいだろう。
「これ、俺の仲間が作った酒なんだ。時間が惜しい、そのままやってくれ」
「お、これはありがてぇ」
豪快にラッパ飲みを始める姿が、妙に様になっている。
差し出した酒は、これまで何度も口にしてきた『絆』。
俺が好きだった地元の酒に似た風味を持つそれを、同郷の彼にも味わってもらう。
「……ああ、格別だ。本当に思い残す事はねぇ」
「じゃあ、息子さんに宜しく伝えておいてくれ。後あれだ、お孫さんにはなにか伝言はあるか?」
「俺が語った真実は、出来ればおめさんの胸にしまっておいでけれ。ただ――」
「飯は残さず食べろ。人様に迷惑はかげるな。だども、頼るどきはしっかりと頼れ。おいの家系は、みーんな意地っ張りばっかりだっだがら、そいだげ心配だ」
「ははは、正解だ。ちょいと意地っ張りなとこがある娘さんだが――大丈夫、隣に頼れる仲間だっている。――その伝言、しっかりと伝えておきます」
どんな心境なのだろうか。それを俺が窺い知る事も、想像する事も出来はしない。
やがて、再び彼の足元から光が伸び始め、その姿を覆い隠していく。
そして彼の顎にまでそれが到達した時、もう一度口が動く。
「んだ! おめぇの名前教えでけれ!」
ああ――すっかり忘れていた。
俺は彼に、同郷として、そして先達の彼に敬意を評しこう名乗る。
「今の名前はカイヴォン。そして――日本にいた頃の名前は仁志田 吉城」
「ヨシキか。やっぱりハイカラな名前だな! へばな! ヨシキ!」
光が収まると、そこに残っていたのは槍を持ったまま、静かに佇む謎の人物。
すると彼はこちらにその槍を差し出してきた。
「私の盟友は。無事に逝ったようだ。感謝する」
「こっちこそ、会えて良かった」
この人物、いや神の使徒だろうか?
彼もまた、ほんの少しだけ、表情が和らいで見えたのは気のせいだったのだろうか。
彼は槍をこちらに手渡すと、そのまま眩い光を放つ。
そして再び浮遊感を味わい、気がつくと薄暗い、あの小さな建物の中に一人佇んでいた。
周りを見ても、あの道化師の姿はどこにもない。
最後まで、なぜあんな姿だったのか聞けずじまいだったが……人ならざるものの考えは、きっと俺なんかじゃ到底測れないものなのだろう。
「……七星……少なくともこの大陸の『プレシードドラゴン』は殺す必要があるな」
ケーニッヒが恐らく挑んだ相手。そして、今まさにケーニッヒが追っているであろう相手。
既にこちらは疑ってかかっていたのだ。そこに真実という名の動機を与えてくれたのだから、存分にこの力を振るわせてもらおう。
一人、墓を後にする。
多くの人間が行き交うこの場所、この都市、この大陸。
彼がかつて夢見たこの平和な大陸を、決して壊させはしないと、柄にもなく正義感にも似た気持ちを抱くのだった。
「ヒェッ 魔王はむ! おそろしや、おそろしや!」
「……解除し忘れた」
君、結局ここに戻ってきたんですね。