二百十三話
(´・ω・`)満を持して登場
「ここは通さねぇはむ。ここははむの縄張りはむ」
「いやここお墓だからね? 確かに屋根も壁もあるけど。ちょっと出ていってくれないかな」
「いーやーはーむー!」
やって参りましたはイグゾウ氏の墓。
というよりもちょっとした祭壇のようになっており、しっかりと小さな建物の中にあった。
で、扉を開くと小さなちゃぶ台にごはんを乗せて食事中の、あの太陽少女の姿が。
「ここの管理してる人に怒られるぞ?」
「でもここに住んでた人に聞いたら、黙って頷いてくれたはむ」
「先住民がいただと……」
ホームがレスな自由民でも住んでいたのだろうか?
しかし、なんにしてもこちらの目的を果たすためには彼女に立ち退いてもらわなければならないだろう。
……非常に心が痛むのだが。
「ほら、こんな場所じゃなくてちゃんと宿をとりなさい。もしくはテントを買って専用の区画で寝泊まりするか」
「宿? テント? なにはむかそれ」
完全に世間知らずである。一先ず、彼女にお金の使いみちとしてそれらを提示したところで、背後の扉が開いたのを感じた。
そして振り返ると――
「………………」
「…………」
「………………」
「いや何か言えよ」
以前、目の前の少女を魔車から救った謎の道化師が静かに佇んでいた。
まさか、先住民というのはこの人物なのだろうか?
「あ、おかえりはむー。なんかこのおっきいお兄さんが、はむにここから出て行けって言うはむ。どうすればいい?」
「…………」
「えー……やっぱり出ていかないとだめはむ?」
「…………」
「わかったはむ……ギルドに相談してくるはむ」
なぜ意思疎通が出来るのか。
相変わらず、カイゼル髭を蓄えた白塗りのピエロメイクに、球根や玉ねぎのような髪型。
ほぼ半裸に近い姿で佇むその姿は完全に不審者のそれである。
身支度を整え、風呂敷で荷物を包んで背負う太陽少女。
完全に夜逃げスタイルにしか見えない少女が、最後にこの道化師に手を振りさっていくのを見届けたところで、改めてこの人物に声をかける。
「で、お前さんはなんなんですかね。ちょいとここに用事があるんだけど俺」
「…………?」
「もしかして言葉が話せないのか……」
首を傾げる謎道化師。
すると、こちらが背負っていた槍を熱心に見つめだし、そしてゆっくりと側の石段に腰をかけた。
そして、視線を墓へと向ける。
まるで『早く用事を済ませろ』とでも言っているようだ。
……いいのか、人に見られても。
仕方なしに、用意してきた酒を墓石にかける。すると、こぼれた酒が墓石の根本を濡らし、それがなにかの模様を形取り始めた。
石に特殊な加工でも施されていたのか、黒くシミになるその部分の形を見れば、今まさに俺が背負っている槍と同じ形をしていた。
すると次の瞬間、その槍型のシミが燃え上がり、僅かに凹み始めていった。
まるで、そこに槍を埋め込めと言わんばかりに。
「……ギャラリーが気になるところではあるが……置いてみるか」
ぴったりと嵌まる槍。そして、次の瞬間足元が眩い光を放ち始める。
その光が強まり、こちらの目がくらんでしまった瞬間、かすかな浮遊感を味わう。
そして再びこちらが目を開くと、そこには広がっていたのは――
「なんだ……ここは。墓地?」
どこか優しい日差しが緑を照らす、古い、とても古い墓地。
純白を砕かれた墓標が点在する、完全に自然に人工物が侵食されていったような光景。
伸びた蔦が白亜の石柱に巻き付き砕き、砕けた墓標の隙間から小さな芽が顔を出す。
人の手が入らなくなってどれ程の時が流れたのかわからないような、そんなどこか物悲しい、けれども神聖で厳かな空気の漂う場所。
「墓に……転移の術式でも仕込まれていたのか」
そうひとりごちたその時、近くで物音がする。
振り向けば、そこには静かに佇む……謎道化師。
来ちゃったのか君も。
「……」
「この後に及んでなにも言わないのかね……っておい」
男はそのまま、墓地の中を進んでいく。
その先には、この白亜の残骸の中で一つだけ存在が浮いている、黒い、どこか懐かしい墓石の姿。
……あれってもしかしなくても、日本式の墓石、だよな。
さっき槍をお供えした墓も、あれと同じ日本式の墓石だったが、同じものなのだろうか?
すると、男は墓の前でかがみこみ、先程俺がはめこんだ筈の槍を取り出してみせた。
やはり、あの墓は同じものだったようだ。
こちらも彼に続き、側へと向かう。
とその時、槍を携えた謎の道化師が、ゆっくりとそれを構え、静かに目を閉じ始めた。
まるで、なにかに祈るような構え。槍の穂先を天に向けて、ただじっと目を閉じる男。
そのまま静かに佇んでいると、にわかに彼の足元に丸い光の輪が現れ始めた。
その光が、ゆっくりと彼の身体を覆い隠すように上へ上へと伸びていき、やがて完全に光のベールに隠れてしまう。
なんだ、何が起きている。警戒するように一歩後ずさり、剣を取り出し構える。
念の為に自身をあの姿へと変え、不測の事態に備える。
警戒を解かないよう、じっとその光を睨むように観察する。すると、光の向こうから声が聞こえてきた。
「……ようやく、条件が揃ったか」
その声と同時に光が収まる。
その眩い光が消えた先に姿を現す、一人の人物。
どこか人とは違うような、儚い印象の痩身の美青年。
エルフ……でもない。だが、その金髪や線の細さ、そしてまるで作り物のような、陶磁器にも似た白い肌が、この相手がただの人間ではないと物語っている。
……え? あの道化師がこの人なの? メイク一つでどうこう出来るレベル超えてるんですけど。
「遺志を継ぐ者の到来を、私は待っていた」
「ストップ。さすがにあの姿からこうはならないと思うんですけど。あの格好って貴方の趣味ですかね?」
「…………いつか、彼の者の願いを聞き届ける存在が現れるのを、ただ待っていた」
「無視ですかそうですか」
触れてほしくないんですね。
だが、この人物は何者なのだろうか。
アビリティに[詳細鑑定]を組み込み、目の前の人物を探る事が出来ないか試みる。
【Name】 604-752690732
【種族】 6927-2511
【職業】 34^-0735
【レベル】34-8^\\^-
【称号】 12^-^*9^987
【スキル】763970423
ダメか。予想はしていたが、何一つわからない。
「彼の者が辿り着いた真実を託すに値するか。その審判を下す」
「……その槍で挑むとでも?」
無機質な声で淡々と告げるその人物に問を返す。
すると、ようやく無表情を貫いていたその顔が、微かに崩れる。
まるで、人を小馬鹿にするような、そんな微かな笑み。
「それは、私の役目ではない」
再び、彼が光に包まれる。
またかと、その眩しい光を避けるように目を細める。
その光が消えると、またしてもその姿を別人の者へと変貌させていた。
年の頃、五十を過ぎた頃合いだろうか。最盛期を過ぎ、徐々に老齢に移ろうとする風貌の男が現れる。
どこか野暮ったい、革製のベストを着込んだその人物。
節くれだった手、そしてどこか骨ばった顔つきの、厳しい印象を受ける野性味溢れる面差し。
服の上からも分かるほど、筋肉の造形がはっきりとした二の腕。
そして、白髪混じり黒い無精髭と、短く刈り込んだ同じ色の髪。
そして……黒い瞳。
「……なんだぁ、おめぇ魔族か……。時代は変わらねがったってことだが」
「……その言葉遣い……まさか」
「まさが、おいのしかげも無駄になるどは思わねがった。まぁだおめがだでげぇ面してらんだが、魔族」
「いや、待て――イグゾウさん」
剣呑な眼差しで、彼が槍を構える。
「わりぃども、おめみでな奴に聞かせる話はねぇ。けぇれ」
「ちっ、話を聞け!」
振るわれた槍を、なんとか間に合った剣を割り込ませる事で防ぎ切る。
だがその衝撃に大きく弾き飛んばされ、背に何度も何度も障害物が当たるのを感じる。
視線を上げれば、彼との間に優に二◯メートルを超える距離が出来ていた。
一撃で……俺が飛ばされただと?
「こごはあの世の一歩手前。ここで死ねば戻れる。おどなしく食らっておげ」
「そういう訳にもいかないんだよ! いいから俺の話を聞け!」
「おいの話聞かねがったおめがたど、語る口はねぇ!」
再び振るわれた槍から、猛烈な竜巻が巻き起こる。
周囲の墓標をなぎ払いながら迫るそれは、単純な暴力を結集したかのような威圧感を放つ。
ふざけんな、ただ槍振っただけでなんだそりゃ。
対抗してこちらも腰だめに剣を構え、久々に大技の発動を試みる。
『黒龍閃』俺の習得している技の中で、もっとも広範囲を攻撃できる剣術。
身体から何かが抜けるような感覚に苛まれながら剣を振り抜くと、黒い風が巻き起こり、それが嵐となりイグゾウ氏の放った竜巻へとぶつかっていく。
余波で、周囲の墓標が跡形もなく吹き飛ぶ。
緑もなにもかもが失われ、掘り返された木の根が転がる荒野と化す。
「……バケモンかよ……」
これが、こちらの域まで成長した解放者の力だとでも言うのか?
今の状態ならばと、再び[詳細鑑定]を発動させる。
するとそこに表示されたのは――
【Name】 吉田 伊久造
【種族】 異世界人/農民
【職業】 農家(∞)解放者
【レベル】 299
【称号】 大陸の英雄
農家の星
最強の農民
七星解放者
大陸最強
神槍従えし者
【スキル】 農耕 工作 飼育 教育 格闘術 槍(鍬)術
開拓 料理 怪力 神の手 身体能力極限強化
んな……なんだこの化物ステータスは。
レベルだけ見れば俺より低い。だがステータスの数字そのものはどれもこれも俺を上回っている。
中でも体力と攻撃力がずば抜けて高い。もはや手がつけられないレベルだ。
こちらも急ぎ、ウェポンアビリティの構築をしなおす。
『ウェポンアビリティ』
【龍神の加護】
【生命力極限強化】
【被ダメージ-30%】
【防御力+30%】
【物理耐性+30%】
【被ダメージ-15%】
【防御力+15%】
【物理耐性+15%】
【全能力値+5%】
【アビリティ効果2倍】
『カースギフト』
対象者 カイヴォン【絶対強者】付与
対象者 吉田 伊久造【与ダメージ+30%】反転付与
とりあえずダメージを極限まで減らす構成を生み出す。
そしてさらに、今まで使う事の無かった固有スキルを発動させる。
『フォースドコレクション』
対象者 吉田 伊久造【身体能力極限強化】簒奪
カースギフトを与えた相手から、強制的に一つスキルやアビリティを奪い取る効果。
そしてどうやら、奪い取ったスキルは自動的に自分に付与されるようだった。
【身体能力極限強化】
『戦闘中、時間経過と共にHPとMP以外のステータスが強化されていく』
『上昇量 1%/2s』
は? なんだこのぶっこわれ効果。
つまり毎秒全能力+0.5%だと? いやいやいや、素のステータスですら化物なのにこんな……文字通り最強じゃないですか貴方……。
「……なんだぁ、急に身体が」
「悪いがこれ以上暴れられると困るんで術をかけさせてもらった。少し大人しく話を聞いて――」
「黙れこの魔族が!」
歩み寄るこちらへと、彼の重々しい一撃が振るわれる。
が、もはや防御をとる必要もない程にダメージを抑えられたそれは、こちらの頬に微かな刺激を与えるに留まるだけだった。
……俺も、大概だな。反則だ最強だなんて言っておいてこれだ。
「く……お前ら魔族と話すごだね。おめぇ、おいの息子だが孫だかひ孫だがわがらねども、手だしたんだばただですまさねぞ!」
余程、魔族に恨みでもあったのだろうか。
彼のいた時代はまだこのセミフィナル大陸の王家が存在していたが、それほどまでの圧政を強いていたのだろうか……?
顔を怒りに染め上げ、もはや意味がないと分かっていても振るう槍を止めようとしない彼。
……ああもう、話を聞ける状態じゃないなおっさん!
「……いいかげんにせ! このほんずなし! かだっぱりこいでねぇで黙って話っこ聞けで!!!!!」
(いいかげんにしろこの愚か者。意地を張っていないで黙って話を聞け)
ああくそ、恥ずかしいな東北弁。
だが、やはり同郷。この懐かしい言葉につい、攻撃の手を止めてしまうのだった。
目を見開き、冷水でも浴びせられたかのように動きを止めた彼に、再び対話を申し出る。
「……少しは話を聞く気になったか先達さん」
「おめぇ……なにもんだ」
「同郷の人間だよ。こんな姿だけどな」
「まさか……じゃあお前の住んでいた町の名前を言ってみろ」
「……◯◯市の□□町だよ。その前は東京で働いていた」
「聞いたごどねぇ市だな」
「市町村合併があったんだよ、2005年に」
「なんだど!? へばおめさん21世紀からきたってが!?」
……あ、なんか面倒な事になりそうな気がしてきた。
五◯年程前に亡くなったと聞いていたが……つまり最低でも五◯年前の日本から来たって事なんだよな。
「な、なぁイグゾウさん。あんた何年にこっちに召喚されたんだ?」
「おいが? おいは確か……1974年だったな」
「んな……計算があわないだろ、だってここで五◯年前に死んだんだろあんた」
「ん、あれから五◯年も経ったってが」
おかしい。
俺がこの世界に呼ばれたのは――2015年だぞ?
まさか、あっちとこっちの世界は、必ずしもこちらの時の流れとは一致していない……?
……後で、レン君から色々聞き出す必要が出てきたな。
「おめぇ……本当に秋田の人間なんだが? こんたハイカラな髪したやつ見た事ねぇ」
「いやまぁ、噛み砕いて言うと別な身体に魂だけ入ったような、そんな感じなんだけど」
「なんと! へばおめぇも死人が!」
「死んでねぇ!」
凄く、やりにくいです――
(´・ω・`)イグゾウさん、こんにちは