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二百十二話

(´・ω・`)怒涛の更新

「……ここまで追い詰めたか」

「魔弓、使わされちゃったね。そっか、ドーソン君のあれは建築物用の紋章だったんだ。道理で見覚えがあまりないはずだよ」


 戦いが終わり、そしてすぐ側からドーソンの娘の大きな泣き声が響き渡る。

 そして、歓声と共に、ドーソンを称える声が次々に上がる。

 俺だって、立場が違えばそうしていただろう。それほどまでに彼はレイスを苦しめ、そして勝利目前まで迫ったのだから。

 しかし……『ディレイロービット』か。あの設置技を実戦で使いこなす人間なんて、ゲーム時代は聞いたことがなかった。

 完全なるネタ技。使用中は魔弓が使えなくなるため、複数武器を所持出来ないあのゲーム中では、もうどうしたらいいのかわからない死に技扱いだった。

 そのあまりのネタ具合に、俺ですら知っていた程だ。それをまさかフィニッシュに持ってくるとは。


「リュエ。レイスのところへ行こう」

「うん」




 控室に向かうと、レイスがダメになってしまった装備を外しているところだった。

 右足のブーツと、右手の籠手。試合中に違和感を覚えたが、やはり損傷している。

 恐らく、ドーソンがなにか仕掛けを施していたのだろう。


「あ、すみませんみっともない姿を見せてしまいました」

「生足ごちそうさまです」


 ブーツを脱ぐために出していた足を慌ててスカートで隠す彼女。

 そんな少しだけ恥じらいを見せる彼女に、改めて言葉をかける。


「レイス。お疲れ様。よく、戦ったね。おめでとう」

「おめでとうレイス。いよいよ決勝だね」

「ありがとうございます。本当に、彼はとてつもなく強かったです」


 先程の戦いを思い返しているのか、彼女は瞳を閉じ、噛みしめるように言う。

 その姿を見て、なぜだか少しだけ誇らしいという気持ちが湧いて出る。

 彼女を、この強い武人であり戦争の英雄であるレイスをしてそう言わしめたドーソンを、変な話だが自慢してしまいたくなったのだ。

 思えば、この世界でここまで長い期間一緒につるんだ相手なんていなかった。

 ましてや同年代の同性だ。俺の中ではもう、あいつは立派な友人なのだから。


「戻ろうか、レイス。決勝の日程は追って知らされるだろうし、さすがに明日いきなりって事もないだろうさ」

「そう、ですね。いよいよ魔弓の存在も露呈してしまいましたし、本格的に装備の調整もしなくてはいけませんしね」

「後で私も修理に協力するからね」


 未だ興奮さめやらない中、健闘を称えるように彼女の隣に立ち、ゆっくりと会場を後にするのだった。




 その夜、彼女を労うために何か作ろうと頭を悩ませていると、来客を知らせるノック音が室内に響く。

 完全に緊張の糸が緩んだのか、ソファーで眠っている彼女を起こさないよう足音を忍ばせて扉へ向かう。


「はい。どちら様でしょう」

「私です。ぼんぼん、今大丈夫ですか?」

「なんだ豚ちゃんか」


 扉を開き、彼女を招き入れながら人差し指を口にあてる。

 ソファーに横たわるレイスの姿を認め、少しだけ申し訳無さそうな表情を浮かべたオインクが、静かに語りだす。


「明日、朝に迎えを出しますので、そちらの指示に従って頂けますか? リシャルの屋敷へと向かいます」

「む、まさか本当に引きこもっているのかあの人」

「まさか。少しだけ自分を見つめ直したいからと、ここ数日屋敷で自主訓練を行っていましたよ。彼は自分が努力する姿を人には見せたがりませんから」

「なるほど。じゃあ明日俺が向かうって事は、当然決勝戦は明日じゃないんだよな?」

「ええ。明後日の予定ですよ」


 ならばよしと、彼女の提案を受ける。

 もし明日一日予定が他にないのなら、槍を受け取った足でそのままイグゾウ氏の墓へ向かうとしよう。


「ところで、リュエの姿が見当たりませんが……」

「いやぁ、それがどうもドーソンが着ていたローブが気になるからって、あいつの家に突撃していったんだ。俺は止めたんですけどね?」

「ああ……しかし、まさかBランクにあそこまでの実力者が紛れ込んでいるとは。毎年、そこそこの成績を収めているのは知っていましたが、どうやら一皮剥けたようですね」

「おいやめろよ? あいつをどっかに飛ばしたり重要な役職につけるのは。妻子持ちなんだぞ」

「分かっていますよ。そうですね……ランクを一つ上げるのもやぶさかではありません。何よりも彼は戦略を練るのが上手ですし、新人の教育係なんて向いていそうじゃありませんか?」


 どうやら、ドーソンは我らが総帥様のおメガネにかなったようだ。

 これ以上は俺が口出す事でもないだろうと、今後の待遇については彼女とドーソンに任せるとしよう。

 その時、背後から小さなうめき声が聞こえてくる。

 話し声が煩かったのだろうかと、顔を見合わせ互いに申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 ゆっくりと身体を起こした彼女が、少しだけぼーっとした表情でこちらを眺めていたと思ったら、次の瞬間はっとしたように佇まいを正す。


「すみません、眠っていたようです。こんばんはオインクさん」

「ふふ、お疲れのところ申し訳ありません。今日は本当に素晴らしい試合を見せてもらいましたよ。例年でしたら、決勝ですらあそこまでの戦いは見ることが出来ません」

「恐縮です。あ、せっかくですしオインクさんも一緒に夕食、どうでしょうか?」

「あ、そういえばまだ何作るか決めてなかったな。どうだオインク。たまにはリクエストしてくれていいぞ」

「む、ならもちろんどんぐ――」

「そんなレシピは知らん」


 デザートならともかくどんぐりでご飯なんてそんな。

 この人本当ぶれないね?




「ただいまー……」

「おかえりなさいリュエ。どうしましたか、元気がないようですが」

「あ、オインクだ。こんばんぶぅ」

「……誰ですかこんな挨拶教え込んだのは」

「俺に決まってるぶぅ」


 豚ちゃんリクエストの料理のしたごしらえをしていると、ドーソン宅に突撃したリュエが戻ってきた。

 確かに少しだけ浮かない表情を浮かべているが、なにかあったのだろうか?


「ドーソン君にローブの紋章について聞いてみたら、知らない魔導師に言われて刻んだから相手がどこの誰なのかすら分からないってさ。もー……あれ絶対とんでもない術式だよ。建物用の術式をあそこまで複雑に小型化するんだもん。どこの誰だろうなぁ」

「あれってあいつのアイディアじゃなかったのか……何者だ、その魔導師」

「前にギルドの訓練施設で会ったらしいよ。随分美人さんだったって事しか知らないみたい」

「……あー」


 もしかして、あの人なんですかね?

 さては大会の番狂わせでも狙っていたのかね。

 すると話を聞いていたオインクが、興味深そうな顔をして提案する。


「でしたら、ギルドの方でチェックをかけてみましょうか。あの施設を利用可能で、女性の魔導師。恐らくそこまで多くはないでしょうし」

「あー……たぶん見つからないぞそれ」

「む、どうしてだい? カイくん知っているのかい?」


 そろそろ話してしまってもいいだろうか?

 いや、それは彼女に聞いてからの方がいいだろう。


「まぁちょっとな。たぶん普通に探しても見つからないから、今度俺が聞いておくよ」

「ふむ……また知らない間に女性の知り合いを作っているみたいですね。それもそれなりに親密な様子」

「カイさん、それはどういった方なのでしょうか」


 やだ恐い。


「前に美味しいお肉を分けてくれた人だよ。ほら、今日のビーフシチューの材料にも使ってるだろう」

「なるほど、精肉店の方でしたか」


 とりあえずそういう事にしておきます。




 そして翌日。

 宣言通りに部屋に迎えの職員がやってきた。

 リシャル氏の屋敷に向かう事は昨夜のうちに告げておいたので、未だ夢の世界にいる二人に書き置きを残し、職員に続く。

 そしてギルドで用意された魔車に揺られながら、都市の中心部、オインクやゴルド氏の屋敷のある住宅街へと向かうのだった。


「……でっか!」


 そして、辿り着いたのは巨大な門守られた広大な庭園の前。

 ゆっくりと開くその門をくぐり、その先にそびえ立つ屋敷の前に降ろされる。

 ゴルド氏のような質実剛健とした屋敷とは正反対の、他の屋敷を数軒まるまる飲み込んでしまいそうなその広い庭園を眺めながら、感嘆の息をはいてしまう。


「凄いな……まるで自然公園だ」


 草原、湿地、そしてそこにかかる木製の橋状の遊歩道。

 まるで尾瀬湿原の遊歩道を思い出す様相だ。

 小さな林や花畑に、恐らく野菜でも植えているのだろうか、農作業を行っている人の姿も見える。


「気に入って貰えたか、カイ殿」


 すると、背後から扉が開く気配とともにかけられる言葉。


「ええ、試合以来ですね、リシャルさん」

「うむ。約束が遅れてしまい申し訳なかったな。一時とはいえ手放す前に、感覚をこの身に染み込ませておきたくてな」

「はは……本当、たぶん一日も借りないと思いますよ」

「ふむ……まぁ立ち話もなんだ。屋敷へ案内しよう」


 屋敷内に入ると、こちらが予想していたように、案の定槍を構えた甲冑鎧がいくつも飾られていた。

 壁に展示されているものや、ガラスのショーケースに収められたもの。

 中にはどういうわけか観葉植物の添え木の代わりに使われている槍の姿まで。

 ……好きなんだよね? これってぞんざいに扱ってる訳じゃないですよね?


「本当に好きなんですね、槍」

「うむ。私はどうも剣の才に乏しくてな。だが槍だけは私の手に馴染み、何度も命を救ってくれた」

「なるほど」


 そして、二階の奥に連れて行かれる。

 一際大きなその扉を開くと、そこには――


「おお……これは」

「応接室件、私のギャラリーだ。どれもこれも、名だたる名品だと自負している」


 これは、全部知っている。ゲーム時代にあった槍だ。

 あのゲームに槍という武器カテゴリは存在しない。

 だが、見た目だけ槍になっている長剣は存在していた。つまり、その時代の名品が今この場所に残っているのだ。


「……これは、神隷期の品ですね」

「む! 分かるのか、カイ殿」

「ええ、恐らく気がついているかもしれませんが、俺もオインクと同じ、ですから」

「……やはりそうか。オインク様のご様子が、どこか違って見えたのはやはり……」

「古い友人ですよ」


 彼の為に、この槍達の銘と、どんないわれがあるのかを語って聞かせる。

 すると、まるで少年のように瞳を輝かせながら、彼はこちらの話にのめり込んでいった。


「なるほど……この黒槍はそんな伝説が……」

「真実かどうかは分かりませんけれどね」


 ゲーム時代のフレーバーテキストにどこまでの意味があるのかは分からない。

 けれども、それで彼が喜んでくれるのならば。

 そして一通り語り終えたところで本題に、最後まで語らなかった彼の愛槍へと視線を向ける。


「こちらには、なにか言われはないのだろうか」

「実は、その槍は神隷期より前に作られたという事しか……」

「なんと……! 伝説の時代のさらに前だと……」


 すると彼は、恭しく飾られていた槍を下ろし、こちらへと持ってくる。

 それをゆっくりとテーブルに乗せ、ソファーに腰掛けた。


「では、この槍を貸し出そう。カイ殿ならば、これを悪用しないだろう」

「もちろん。用事が済み次第、こちらに返却にきますよ」

「……その用事というのは、やはり聞かせてはもらえないのだろう?」

「……そうですね。ただ――イグゾウ氏に関係のある事、とだけ」


 それを告げると、彼の眉が大きく持ち上がる。

 目を見開き、そして少しだけおかしそうに声を上げる。


「な……それならばそうと……彼にまつわる話ならば話は別だ。イル様も人が悪い」

「む。イルさんはどんな風にお願いしたんですか?」

「ああいや、ただ槍を黙って貸しなさいと。どれくらいの期間かは分からないと」

「……後であの娘の頭叩いておきます」

「くくくく、いや許してあげてくれ。彼女のおかげで、私も貴重な経験が出来たのだから」


 おかしそうに笑う彼と、そんな彼に高飛車に命令する彼女の姿がありありと目に浮かぶ。

 そういえば豚ちゃんはその場にいなかったのだろうか……おいおい、お前さんがイルと一緒にいればこんな事にならなかったんじゃないんですかね?


 無事に槍を借り受け、屋敷を後にする。

 すると、扉の前で彼が再び――


「カイ殿。いずれ、再戦を。今度は人目を気にせずに、全力で」

「……最近、似たような事を言われたばかりですよ。分かりました。いずれ必ず」


 男はみんな、最強に憧れを抱くものなのだろう。

 それはきっと、俺もだ。

 自然に溢れる庭園を抜け、俺は一路、イグソウ氏の墓があるという商業区画へと向かうのだった。


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