二百十一話
(´・ω・`)準決勝
彼から感じる、得体の知らない威圧感。
それは、強さに裏付けられたものでも、勝利への貪欲さでも、そしてこちらをなんとしてでも打ち破ろうとする気概からくるものでもなかった。
知らない。この感じているプレッシャーがなんなのか、どこからくる迫力なのか、私は知らない。
試合開始の合図がされたというのに、私は構えるでもなく、ただこの目を使い彼を見る事しか出来なかった。
「……すげぇよな、俺なんかがここまでこれちまったんだぜ」
「……謙遜を。それだけの力が、貴方にあっただけですよ」
「俺は、凡庸で平凡な魔法師に過ぎないさ。カイさんや姐さん、ヴィオさんとは違う」
「……けれども、だからこそ到れる場所がある。貴方は、どちらかと言うと私寄りです」
この会話が、恐い。
その得体のしれ無さが、そしてこちらに牙を突き立てようとしている意思が隠れているはずなのに、その闘争の気配を感じさせないその在り方が、酷く不気味だった。
「……姐さん。悔いのない闘争を」
「ええ。全力の闘いを」
だから、つい私は動いてしまう。このやり取りに我慢出来ずに、こちらから。
片足に全ての力を加えるように、強く強く地面を蹴る。
その勢いに身体を任せ、地面に付く前にもう一度同じことをする。
地面を蹴る事だけを意識したような走法で、一瞬で彼の懐へと潜り込む。
そしてそのまま、私は強く拳を握り込み、彼の無防備な腹部へと叩き込む。
ズシンと、まるでこちらの身体が大きなものにぶつかったような激しい抵抗を受け、肩が外れそうになる。
ありえない感触に、すぐに距離をとり彼へと目を向ける。
するとそこには、確かに私の拳を受け、口を手で抑えながらもしっかりと立っている彼の姿があった。
「っ! マジかよ目算と全然ちげえや! あんたすげえよ姐さん!」
「……自分の身体ごと、石で殴り返したと」
彼の背後に、召喚された巨大な石柱が鎮座していた。
きっと、私の一撃とタイミングを合わせて、背中にあの石柱を叩き込んだのだろう。
私の一撃の威力を、文字通り相殺するために。そんなもの、一歩間違えれば即座に自分が戦闘不能になってしまうというのに。
そのありえない戦法に舌を巻きながら、私は自分の右肩に意識を向ける。
……外れてはいない。けれども、確かにこのダメージは深刻だ。
身体的ダメージは即座に変換される。けれども、この肩に溜まった疲労度は、私の右腕を満足に持ち上げることもままならない程のものだった。
恐らく、全力の一撃を出すのはよくて後一回だろうか。
……最初から、これが狙いだったのだろうか。この最初の接触で私の主力を奪う事だけに重点を置いていたのだろうか。
「……恐ろしい人ですね」
「こちとら捨て身だ。なんだって出来るぜ」
「この場所の効力を最大限に利用するつもりですか……」
「姐さんが前の試合で見せてくれたからな。だったら俺もやれるだろって」
恐い。ああ、そうかこの恐怖はそういう事ですか。
彼は、まるで私のようなのだ。何かを隠し持ったまま、淡々と戦場を支配しようと、牙を背後から突き立てようとする毒蛇のような。
けれども……それだけではない。この凄みは、私にはないものだ。
「そんじゃ、こっちから行くぜ」
その瞬間、こちらの視界を遮る石柱が目の前の地面から突き出し、慌てて距離をとって視界を確保する。
すると案の定、その石柱から石の槍が生まれ、その直後に柱の横から同型の槍を持った彼が踊り出た。
完全に、リーチの差で攻めようとする戦法。投擲された槍を紙一重でかわしながら掴み取る。
その槍を軽く振るい、強度を確認する。そして魔眼で観察した瞬間――
「っ! 物騒ですね」
「おっとバレたか」
槍に込められた魔力が急激に膨れ上がったのを確認して、すぐさま投げ捨てる。
魔眼がなければ気がつくのが一瞬遅れていた。そして、その一瞬で恐らく私の手の平はズタズタになってしまっていただろう。
爆発したのだ、槍が。遠隔操作まで可能とは……ここまで見せてこなかった彼の手札の一つでしょうか、これは。
今度はこちらから大きく踏み出す。ペースを掴まれてなるものかと、場を乱そうと周囲に散らばる石礫を蹴り上げながら。
石の弾幕を浴びせながら、彼の横を駆け抜ける。
振り向きざまの回し蹴りが、彼の腰に叩き込まれる。
けれども、再び私はその異常な感触に眉を顰め、体勢を崩しながら大きく距離を取る。
「……姐さん、あんた回避と攻撃は一級品だがよ……ちょいと慢心しすぎだ」
「……そうみたいですね」
ここまでの試合。私は常に攻め続けてきた。
けれどもその攻めを、逆手に取られてしまったようだ。
腰に叩き込んだ足、踵部分のブーツが大きく切り裂かれていた。
傷はない。けれども、確かな疲労感が足に貯まる。幸いにして攻撃を支える軸足、左足ではなく右足だからよかったものの、これで私もあまり長い距離を移動出来なくなってしまった。
恐らく、彼は自身の身体にトゲのようなものを仕込んでいたのだろう。迂闊に近接技をしかけるのは、こちらのダメージが蓄積されていくだろう。
初手の攻撃が小手越しだったのが裏目に出ましたか。
改めて確認すると、手に装着していた籠手もズタズタに切り裂かれていた。
……迂闊に打ち込むことも出来ませんね、これでは。
ならば――
「遠距離戦に持ち込むつもりですか」
「そういうこった」
……ああ、ここまでのようですね。
残念です。出来れば決勝まで隠し通していたかったのですけれど。
こちらが覚悟を決めている間も、彼から容赦ない槍の投擲が続いている。
それを、片足を庇いながら身体をそらし避け、そして時折槍を掴んでは爆発する前に投げ返す。
そしてその爆発が煙幕のような役割をしている間に、私は自身の背中へと手を回す。
そして、彼の前に掲げ、巻きつけた布を外し、衆目にそれを晒す。
カイさんがかつて、私の為に見つけたという、最強の魔弓を。
「……見事」
「ちっ、やっぱり弓か。噂がたってたんだよ少し前から。姐さん、あんた昔名を馳せた弓闘士らしいじゃないか」
「やはり、隠し通すのは難しかったようですね」
私は弓を構えたまま、踏ん張りの効く左足で強く地面を蹴る。
まだ私が接近を諦めていない事に、一瞬だけ彼の身体が硬直する。
低空を飛ぶように近づく。もう満足に動かない右足を無理やり地面に叩きつけるようにして、さらに加速する。
槍が、飛ぶ。目の前の地面から石柱が生える。
大丈夫、見えています。この目はその予兆をしっかりと視認できている。
起動を変え、石柱を避け、そこに迫る槍をさらに魔弓の姫反で弾き逸らす。
それでもまだ、彼はこちらの動きをしっかりと捉え、魔弓が放たれる瞬間を警戒していた。
……やはり、なかなか油断はしてくれませんね。この体勢からも放ってくると予想しているのでしょう。
私は、限界まで魔力の弦引き絞った魔弓を、私のとっておきを射る直前で――魔弓そのものを彼に強く投げつける。
ただの投擲。けれども私の肩力で投げられたそれは、彼の意識を逸らすには十分な結果を生み出す。
……場に魔力は十二分に満ちている。
再生術を発動し周囲の魔力を根こそぎ奪うように取り込み、弓を防ぐためにガードの空いた彼の腹部めがけて、集めた魔力を叩き込むようにして拳を突き出した。
手から伸びるのは、極太の石槍。
きっと、最初から私に弓を出させるために動いていたのだろう。
だからこそ、貴方は必要以上に弓に意識を向けてしまった。
だから、貴方はこんな投擲ごときに意識を持っていかれてしまったのだ。
こちらの槍と、私の身体が彼へと迫る。
そして、今度こそ彼の身体へと私の一撃が深く、深く突き刺さったのだった。
「……勝負ありです」
「……ああ、俺の――」
彼の腹部には、チェーンアーマーのようなものが巻かれていた。
トゲを孕んだそれらは、恐らく素手や蹴りを打ち込んでも、こちらが傷を負うという結果を生んでいたのだろう。
けれども、彼の魔力を利用した石槍が、私を守ってくれた。彼を穿ってくれた。
工夫と勝利への執念と、入念な下準備で、ここまで迫るこの男性に、深い敬意を。
「……俺の……勝ちだ」
「え……?」
その瞬間、私の視界になにかが迫ってくる。
凄まじい勢いで叩きつけられたのは、フードに覆われた彼の頭。
そして……フードを突き破るようにして鋭い輝きを放つ――
「この場所じゃなかったら戦闘不能だぜ、姐さん」
「あぐ……くふ……」
何故、動ける。何故ここまでの力が出せる。
あの一撃を受けて、体力が尽きないはずがない!
彼のフードが破れ、その頂点から鋭い槍の穂先のようなものが覗く。
暗器を仕込んで……私は、アレで目を貫かれたのか。
今の一撃で、私の体力が底を突きそうだった。足が言うことを聞かない。
頭が重く、満足に視点を定めることも出来ない。
「……これで、俺の方はタネ切れだ。高かったんだぜ、このローブに呪文を編み込むの」
「……保護呪文……?」
「正解だ。こいつの一文字一文字が、姐さんの攻撃を相殺してくれていたんだよ。さすがに最後の一撃で全部消し飛んじまったけどな」
ああ、彼はどこまでも強かだ。そこまで用意していたのですか。
そんな、本来ならば建物や野営道具用の呪文をローブに仕込むなんて。
あれが高く貴重なものだというのは、かつて自分の屋敷を修復した私もよく分かっている。
それをまさかこんな……。
ゆっくりと、彼が私の側へ近寄ってくる。
そして、こちらを警戒するように、数歩手前で立ち止まり、槍を生み出した。
ああ、惜しい。もう少し近づいてくれたら、闇魔法で貴方の体力を奪うことが出来たのに。
「悪いが、決勝に進むのは俺だ、姐さん。ヴィオさんはがっかりするかもしれないけど」
「……ふふ、そんな事ありませんよ」
「へへ、そう言ってくれるのは姐さんくらいだぜ」
いいえ、そうじゃありません。
文字通り『そんな事』にはならないという意味です……。
「いえ、それは――決勝に進むのは私だという意味です」
瞬間、私の頬を掠める赤い閃光。
それは、ドーソンさんの腹部から飛び出してきた。
ダメですよ、ドーソンさん。情報はしっかり集めなければ。
「私は弓闘士ではありません。魔弓闘士ですから」
「……ありかよ、そんなん」
弓の遠隔操作。設置してからの援護射撃。
魔力矢の軌道操作から速度操作まで、技量次第では様々な効果を生み出す魔弓の技。
惜しかったですね。あの魔弓が自動で矢を放つまで、私が投げる時に設定したのは二◯秒ジャスト。
もしも、一目散に私に槍を突き立てていたら、きっと負けていたのは私だ。
互いに体力を限界まで失い、ふらふらと歩み寄る。
彼の目からは、未だ闘志が消えていない。緩慢な動きで拳を振り上げるその姿に、私はまたしても得体の知れない恐怖を覚える。
何が、彼を突き動かす。この威圧感の正体はなんなのだろう。
「往生際が悪すぎんぞ!!!! 姐さん!」
私も、残りの全てを一撃に掛ける。
魔力を練り上げ、そして――最後の力を振り絞るように駆け込んできた彼に闇魔法を叩きつける。
根こそぎ奪い取る。体力を、魔力を、全てを。
最後の最後で、立場が逆転してしまった。
私が魔法で、拳を振り上げた彼を打ち倒すという結末を迎えてしまった。
少しだけ楽になった身体で、地面につっぷし完全に気を失ってしまった彼を見下ろす。
その瞬間だった。歓声よりも先に、私の耳にその悲痛な叫びが聞こえてきたのは。
「ああ……道理で恐ろしいはずです……」
『自分が負けてしまえば、間違いなく娘が泣いてしまう』
つまり彼は、娘に涙を流させない為に、守る為に戦っていた、と。
ああ、道理で強い筈だ。倒れない筈だ。諦めない筈だ。
自分の身体を顧みないあの戦い方も、全て娘の為だったのだ。
強い、どこまでも強い。とても羨ましい強さです、それは。
「きっと、貴方はこの大会で……私の次に強かった」
この勝利を、そして彼が敗北を誇れるように。
私は強く在り続けよう。
(´・ω・`)ドーソンパッパは強いんやで