二百九話
「おーい。友人が遊びに来たぞー。ちゃんと出迎えてくれよー」
実戦訓練区画のゲートの前で、Sランク区画へと通じるゲートに声をかける。
その声を受けるべき人の姿はどこにもないのだが、それでも確かに伝わっていると確信を持ち、一歩大きく踏み出そうとした。
「いや、なんだってそんな所に行くんだ……? それに誰に話しかけて……」
「ほら、いいからカモンレン君。面白いところに連れて行ってあげよう」
訝しみながらも続く彼と共に、そのゲートをくぐり抜ける。
一瞬だけ静電気が全身を撫でるような違和感を覚え、そして次に目の前に広がる光景はSランク区画ではなく――どこか古めかしい工房の中だった。
「今回もこっちだったか。レイニー・リネアリス。どこだ? ちょっとお願いが――」
「こちらですわ。扉から外に出てください」
「隔絶した場所じゃなかったのか……? 外に出られたのか」
ふと、隣に呆然と立ち尽くしている彼の様子を見やる。
見事なまでに『鳩が豆鉄砲――』ということわざがあてはまる顔をしながら、どういう事かとこちらに向き直る彼。
「いやぁ、ちょいとこの施設のお偉いさんと友達なんだよ。まぁ管理者用区画とでも思ってくれるといいよ」
「なるほど……転移ですら驚いていたのに、まさかこんな……すごい世界だな本当」
それには心の中で同意しておきます。
扉を開くと、またしても不可思議な景色が広がっていた。
レンガ造りの広場が存在していたのだが、その果てが見えず、前後左右どこを見ても行き止まりのようなものが見えないのだ。
まるで、永遠にこの広場が続いているような、無限に広がるこの場所に、ぽつんと工房だけがあるような。
「そちらから尋ねてくださるとは嬉しいですわね。ですが――よりによってその子をここに連れてくるとは思いませんでしたわ」
「……その言い草、もしや」
「……相変わらず察しが良いですわね。まぁ、その子は何も知らないみたいですけれど」
恐らく、そうなのだろう。
彼女をここに縛り付けた何者か。強大な力を持つ彼女ですら敵わない何者か。
世界のどこかに存在する何者か。世界に楔を打ち付け、そして解放者を呼び出す何者か。
つまり、レン君のような解放者は、彼女にとっては憎い敵の縁者、だと。
「あ……やっぱり俺の罰則の関係、なのか?」
「ああ、それとはまた別問題。君がなにか悪いって意味じゃないから気にするな。まぁ権力争いみたいなもんだ」
「そう、ですわね。ごめんなさいね。試合、私も見させて頂きましたわ。とても、とても素晴らしい一戦でしたわ」
「きょ、恐縮です」
いつもより若干しおらしいというか、どきまぎしている様子の彼。
ははん、やはり年上のお姉さんに弱いと見た。ナカーマ。
しかし、彼女はこんな無限空間で何をしていたのだろうか? 見れば、彼女の手には二振りの剣が握られており、よく見れば足元のレンガが砕かれている。
まさか、剣術の訓練でもしていたというのだろうか?
こちらの視線に気がついたのか、彼女が少しだけ照れたような笑みを浮かべながら語りだす。
「お恥ずかしい話ですが、ここ最近闘技大会を見ていた所為で少々疼いてしまいまして。私も剣を振ってみたのですが、この通り地面を砕くだけでしたの。やはりなれないことはするべきじゃありませんわね」
そう言いながら、彼女は片方の剣を置き、今度は両手で一本の剣を構える。
そして腰だめに構え、大きく横薙ぎ一閃。するとその瞬間――
「くっ……なんだ!? 今のは……」
「風……? いや、今の技……」
振り抜いた瞬間、暴風と無数にきらめく鈍い輝きが、地面に無数の斬撃の跡を残しながら広場の果てへと向かっていった。
まるで見えない剣がデタラメに暴れだし、周囲を傷つけながら進んでいったような。
「剣術……? 初めて見る技だ」
「魔法、ですわ。この剣の製作者が得意としていた、風と鉄の刃を生み出す魔法」
「魔法だったのか……ん? どうした、レン君」
「魔法……剣と合体出来るのか……? でもどうやって」
隣の彼が熟考を始める。なるほど、どこまでも強さに対し貪欲だ。
俺も以前、剣術に魔法を組み合わせた事があったのだが、それと似たものなのだろうか。
しかし鉄の刃を生み出すとか、聞いたことがないな。土や岩ならまだ分かるが……まさかそこから鉄の成分だけを抽出し召喚しているのだろうか?
「ふふ、私は口では過去を語れはしない。けれども、こうして見せる事なら出来る。屁理屈ですが、少しは良い刺激になりましたか?」
「なるほど、つまり今のは旧世界の術、と。良いものを見させてもらったよ」
「旧世界? な、なぁええと……レイニー・リネアリスさん? 俺にも、その技って……」
「そうですわね。相応の知識と技量、そして相応しい武器があれば……可能性はあります」
「武器……俺の聖剣ならどうだろうか?」
すると彼は、腰に下げていた剣を彼女に手渡した。
黄金の装飾のされた、これぞ聖剣と言わんばかりのその外見は、俺の持つ剣とは対局にあるような、そんな印象を受けた。
彼女はその剣を受け取ると、その隅々まで鑑定するかのように観察し、そして――
「頑丈で、僅かな魔術付与のされた剣、ですわね。正直、この程度では難しいかもしれませんわ。魔法の外部付与に耐えられるかはギリギリ、術者が針に糸を通すような繊細な制御力を持っているのならば可能かもしれませんが……」
「くっ……一国の宝物でもダメなのか……」
「国宝……? 恐らく最初にそれを持ち込んだ人間は、詐欺師か何かだったのでは……」
「レイニー・リネアリスそこまでだ。時代が違うんだ時代が。俺の目から見てもこの剣は……ちょっと失礼」
彼から剣を受け取り、隠す必要もないだろうと一瞬だけアイテムボックスに収納する。
そこに映し出されたステータスを見てみると――
『煌剣ライトネス』
『人々の驕り、虚栄心の象徴たる聖剣』
『かつてその剣はただの剣だった。しかし、その剣に魅せられた多くの人間の願望や欲望が染み込み、やがて眩い光を放つ聖剣となった』
『だがその本質は負の感情。故に剣の名と性質が反しており不安定な力を持つ』
『攻撃力 430』
『魔力 550』
なるほど。性能そのものはゲーム時代を基準にすると中位と上位の中間。
だが言われてみれば、この剣から飛ぶ光の飛沫は飛ぶ方向もランダムで、威力もそれほどでもない。
確かに、一国が宝とするにはやや物足りなさがあるように感じられる。
「ほら、返すよ。これはこれで結構良い性能してると思うんだがなぁ」
「アイテムボックスを持ってるのか……珍しいな」
「なんか過去の特別な人間の血を引いてると使えたりするんだとさ」
「ああ、俺も聞いたことがある」
ごまかしごまかし。
「カイヴォンさんから見てもそこそこの性能、ですの? ……ちょっと実際に戦ってみてもらってもよろしくて?」
すると、納得しかねているのか、そんな提案をしだす彼女。
これぞ渡りに船。こちらから頼もうと思っていたところだ。
俺は、今日どうして彼をここに連れてきたのか、そして俺が彼女に何をお願いしようとしていたのかを説明する。
すると――
「それは興味深いですわね。全力を出すおつもりでしたら、確かに表の防護術式では心もとないかもしれません……では私もたまには全力を出してみましょうか」
「いや突然来ておいて悪いね。彼がどうしてもって言うんだよ」
「う……悪かった」
「半分冗談だから真に受けなさんな」
彼女はこちらの要望に応えようと、少しだけ佇まいと正し、手をまえならえのように伸ばす。
すると、いつの間にか彼女の傍にあった二振りの剣の姿が消え、代わりに一本の、どこか禍々しい色合いの杖が現れた。
どす黒い、まるで乾いた血のような色と、濃紺に赤を混ぜたような深い紫色の二本の杖をねじり合わせたかのような奇妙のデザインのそれは、なぜだか一瞬、マインズバレーで見た『呪物と化した女性』を思い出させる。
「……随分と禍々しいな」
「そうでしょうね。これは、私の原罪。奪ってきた全ての命の怨嗟を糧に作ったものですから」
「うっ……ぷ……」
とその時、隣のレン君が顔を青ざめさせ、口を手で覆いだしてしまった。
まさか、本当に『アレ』のように近づく人間を蝕むような、そんな呪いを放っているのだろうか?
なるべく早く済ませるように彼女に視線を送ると、彼女もまた申し訳無さそうな表情を浮かべ、いっそう集中するように目を閉じた。
やがて、空気中から小さな光の粒が現れ、ゆっくりと杖の表面に付着し、その禍々しい姿を覆い隠し始めた。
「では……これより貴方達をさらに深い深層世界へと意識だけを転送します。思念が形を取る世界ならば、なにをしてもこの世界に影響を及ぼしませんし、存分に力を振るえる事でしょう」
「……なるほど」
さしづめ、近未来SF作品のような仮想世界にダイブするゲームのようなものだろうか。
それならば、万が一があっても影響はないだろうと、こちらも相応の準備をしようと『あの姿』になる。
それが済んだ瞬間、体から力が抜けるような感覚を捉え、そして気がつくと――
「……どこかの、丘?」
知らない場所に立っていた。
遠くに見える森。空に浮かぶ『ありえない月』。どこまでも続く草原。
背後には大木が鎮座し、フクロウの鳴き声が聞こえてくる。
夜風を感じる。草木の香りを感じる。これが、意識だけの世界だと言われても俄には信じられない。
「な、なんだよこれ……月ってあんなに大きくない……だろ?」
「確かに見たことのない大きさだし、そもそも青く輝いたりはしないよな」
彼が言うように、空に浮かぶのは巨大な、比較物がない所為で大きく見えるなんてものじゃない、文字通り巨大な青い月だった。
一部が物理的に欠け、その破片が周囲に浮かんでいる。
まるで作り物のような、そんな非現実的な光景。
自然の環境音だけが聞こえるその場所で、どこか夢の世界にでも迷い込んだかのような思いに捕らわれていると、いつの間にか現れた彼女から声をかけられる。
「ここは、今は遠い記憶の彼方。ここならば、何をしても問題ありませんわ。たとえ命を落としても、夢現の出来事。けれども――心の傷は決して癒えませんわ。それだけは留意してくださいまし」
「……ああ、感謝する」
ならば、もう語ることはないだろう。
アビリティを組み替える。
俺の持つ、最強の構成。
化物相手ではない、人に対する最高の構成を思考し、施行し、行使する。
「……構えろ、レン」
「っ!」
こちらの意思が伝わったのだろう。
彼もまた剣を構える。
こちらも、奪剣を取り出し、八相の構えから、剣を寝かせ切っ先を彼に向ける。
彼が望むのなら、俺はいくらでも力を振るおう。
最強を目指したいというのならば、同じ男としてその夢を阻もう。
頂点を見てみたいというのなら、その絶望的な高みを教えよう。
理不尽な暴力を知りたいというのなら、どこまでもそれを教えよう。
瞬間、彼が踏み込む。
初動が見えないくらいの足さばきで、彼の剣が下段から上段へ向かい迫ってくる。
だがそこに俺はいない。そしてその一撃が当然の様に振り下ろしへと変化する。
けれどもそこに俺はいない。しかし剣は止まらず、突き刺すようにこちらに迫る。
だが、三度そこに俺はいない。
「くっ……」
攻撃がまったく、かすりもしない事に焦りが生まれる。
疑問と諦めが彼の脳裏を過る。しかしその思考は直ぐ様戦意へと変わり、彼の手と足を突き動かす。
彼の剣が動き始めるその場所、腰だめから放たれる横薙ぎに合わせるように奪剣のリーチを活かし突きを放つ。
攻撃の始動を潰され、彼の呼吸が乱れる。思考が乱れる。
その隙を突かせてもらう。
足元を大きくなぎ払い、地面を刳る。衝撃で、彼が遠くへと吹き飛ぶ。
青い月に照らされた草原を転がりながら、美しい体捌きで立ち上がる。
そして――彼が再び地面に転がる。
「飛び技の一つや二つ、身につけるといい」
「ガァ!」
ウェイブモーションを起き上がりに合わせて放った結果だ。
そして彼は、今度はたた起き上がるのではなく、片手を視点に大きく動きながら避けるように立ち上がる。
「範囲技もあると便利だ」
「ああああ!!!」
ならば、一帯を消し飛ばそうと炎魔法を放つ。
本当に改めて思い知る、自分の恐ろしく、反則じみた、外道のような力。
この一戦、こちらのアビリティ構成はこうだ。
[心眼]
[五感強化]
[アビリティ効果2倍]
[絶対強者]
[全ステータス+5%]
[龍神の加護]
[簒奪者の証(闘)]
[硬直軽減]
[素早さ+15%]
[コンバートMP]
【カースギフト】
[生命力極限強化]付与 対象 カイヴォン
そう、万が一にも勝ち目のないように、対人において禁じ手とも言える構成だ。
思考を読む。事前動作を見破る。全体的なステータスを底上げする。絶大な防御力を得る。馬鹿げた回復力を付与する。息切れを起こさない無尽蔵のMPを用意する。
ありえない速度を維持する。文字通り『化物』だ。
破壊力だけを求めるのなら、もっと強い構成などいくらでも存在する。
だが、相手が思考する人間ならば、恐らくこれが最も効果的な組み合わせだろう。
「……これが、強さの果てだレン。理不尽の塊。倒し用のない存在。それが俺だ」
鎧を焦がし、満身創痍の彼に告げる。
その顔に浮かぶのは、諦めでも奮起の表情でも恐怖でもなく、どこか壊れた笑み。
何をしようとしても先回りされ、理不尽な攻撃を繰り返された結果がこれだ。
きっと、これが人が絶望した時の顔、なのだろう。
「なんだよそれ……おかしいだろ……どうしてそこまで……」
「そうだ。俺は異常なんだよ。だが――これは嘘じゃない。ここには君だって届き得るんだ。解放者としての力があれば、闘いの果てにここまで手が届く。力を磨き続ければ、その努力は決して裏切らないのがこの世界なのだから」
そう。ステータスが存在している以上、レベルが上がればここまで来れる。
確かに俺はアビリティという反則をいくつも持っているが、それは彼だって同じだ。
明らかに成長率の違うステータスを持つ解放者ならば、同レベル帯まで成長することが出来れば、確実にアビリティ込みのこちらと同じ土俵まで昇ってこれるのだ。
少なくとも、現段階の彼のステータスは、レイスよりもレベルが劣っているにも拘わらず、その殆どの数値が彼女を上回りつつある。
もちろん、装備の質や本人の技量、手札の数という数字以上の意味を持つ強さもある。
けれども、確かに彼は人外魔境へと続く扉を開く鍵を所持しているのだ。
「この理不尽を覚えておくんだ。君の最果てにはこれがある。だが――それを手に入れる必要が本当にあるのか、旅路の中で考えてくれると嬉しいかな」
「……強さの果て、か。勝てる気がしない。動きが見えないだけじゃない、まるで未来予知のような動きだった」
この場所の力なのか、気がつくと彼の負っていた傷が癒えていた。
立ち上がり、未だ表情が固い彼が、恐る恐るといった様子でこちらに歩み寄ってくる。
よく、折れなかった。勿論ある程度こちらも加減はしたが、それでも彼の精神力はずば抜けていると言えるだろう。
これだから、天才ってヤツはたちが悪い。
もしも彼が敵に周れば、恐らく最強の障害として未来に立ちふさがるだろう。
だが――どうやら『あの称号』は絶対のものではないようだ。
【Name】 伊月 連
【種族】 異世界人
【職業】 剣客(39) 解放者
【レベル】 78
【称号】 ※※――※※――
魔王に挑む者
聖剣の使い手
【スキル】 極剣術 剣閃読み(仮) 雷魔術 メニュー画面表示
不屈 回復力上昇 雷操術
あの『※※※※※の使徒』という称号がさらに崩れて表示されているのだから。
代わりに現れたのは、こちらに挑み続ける者の称号。
だが何故だろう。その称号からは、不吉な物を感じない。
まるで挑むことそのものが目的であり、そして直向きに努力し続ける人間の証明のようだ。
……ああ、そうか。これがもしかしたら以前怪し気な雑貨屋の店主に言われた『強引に正解へと捻じ曲げてきた』なのかもしれないな。
未来の敵は、そうなる前に懐柔する。
根回しは基本。先読みも基本。懐柔も、賄賂も、裏工作も基本。
この捻くれた思考回路が、幸を成したと言えるのかもしれない。
「レイニー・リネアリス! 試合終了だ」
いつの間にか姿を消していた彼女に向けて声をかけると、また不思議な感覚に包まれ、気がつくと今度はあの、古めかしい工房の中に戻されていた。
相変わらず、この場所限定なら文字通り神の如き力を持っている人だな。
「お疲れ様でした。どうやら貴方の力は、自由に自分の強さを組み替えられるもの、のようですわね。まだまだ底が見えそうにありませんわ」
「そこまで分かるのか。まぁ正解だよ。たぶん、俺の強さの本質は柔軟性なんじゃないかね」
「そ、そうなのか……? 柔軟性……?」
「あ、ヒント上げちゃった。まぁレン君も手数を増やすに越したことはないさ。幸い、アルバ君は剣術を習得しているし、シルルちゃんは魔法に精通している。強くなる手段はすぐ近くに転がっていると言えるんじゃないか?」
「……そう、だな。考えてみる」
きっと、今はまだ俺が言った言葉の意味『手に入れる必要が本当にあるのか』という問いを深く考える事は出来ないだろう。
ただ直向きに力を求める。それが今の彼の原動力なのだから。
それでいい。男の子だもんな。今はそれでいいさ。
「ところで、結局殆ど彼の剣の性能を見られなかったのですが?」
「そういえば満足に打ち合いすらしてなかったか。けどまぁ、こっちの攻撃も何度か防げていたし、強度だけなら相当なものじゃないか?」
「まぁ確かにそうですわね。後天的に加護を受けた聖剣……なかなか興味深いですわ」
まぁ加護というよりは願望というか呪いというか、あまりよろしくない感情で強くなって風ではあったのだが。
「そうですわね……良いものを見せてもらいましたし、先程の剣を一振り差し上げましょうか?」
「んな!? 本当か!? さっきのあの技、俺も使えるのか!?」
「それはこれからの訓練次第ですわ」
すると、何の気まぐれなのか、先程の旧世界の産物である剣を一振り譲ると彼女が言い出す。
え、ずるい。俺にもくれよ。二本あっただろそれ。
すると、こちらの考えが伝わったのか――
「ダーメ。こっちは影打ちとして破格の性能ですの。さすがに譲れませんわ」
「残念。じゃあレン君に上げる方はなんなんだ?」
「こちらは数ある試作品の一つですわね。性能は多少劣りますが、その聖剣よりは確実に性能は高いはずです」
「ほ、本当に貰っ――頂いてもいいのですか」
「フフ、無理に敬語を使わなくても結構ですわよ。なんだか、私の古い知り合いを見ているようで応援したくなってしまったんですの」
「そ、そうなのか。じゃあ……ありがたく頂きます」
「あ、ストップストップ! せめて一回! 一回だけ俺にも振らせてくれ」
「もう、少々大人げないですわよ?」
「いやぁ俺も男の子ですから」
苦笑いを浮かべているレン君からその剣を受け取り、一瞬だけアイテムボックスに収納してその能力を盗み見る。
大丈夫、すぐ出しますから。盗んだりしませんから!
『思想剣 独裁』
『旧世界の遺産』
『制作者 ※※※※・※ノー※』
[魔力充填]
[魔道回路]
「ふむ? 変わった能力だな」
軽く振ってみると、ひとりでに手から魔力が流れ出すような感覚に襲われる。
見れば、うっすらと刃が青い光でコーティングされている。
これが魔道回路とかいう能力なのだろうか?
「随分と強そうな剣だよ。ほら、大事に使いな」
「あ、ああ……両刃の剣だな、これも」
なるほど。彼としては刀の方が扱いやすいのだろうか?
しかし残念ながら、この世界に来てから片刃の剣なんて数えるくらいしか見ていない。
それこそ、リュエの使っている『神刀 龍仙』くらいなものだ。
……ん? リュエの?
「すまん、もう一度その剣を見せてくれ」
もう一度確かめる。
表示される剣の制作者の名は、文字化けを起こしてはいるが『※※※※・※ノー※』。
そしてそれは、リュエがつけている髪飾りの制作者と同じ名前だ。
すると、案の定こちらの思考を読んでいたであろう彼女が、少しだけ悲しげな表情を浮かべだした。
「気がついてしまいましたか」
「これ、どんな人が作ったんだ?」
「ふふ、貴方に似た人、とだけ。とても強く、そしてどこか不安定な力を持っていた剣士ですわ」
「……そうかい」
俺に似ている、か。
きっと、その剣士も魔王スタイルで好き勝手やっていたんでしょうね。
ああ恐ろしい。一体何をやらかしたんだその剣士は。
「ちょっと失礼な事考えないでくださいまし?」
「ははは、こりゃ失敬」
こうして、レン君の望みを叶え、そして再びこの不思議な女性と過ごした俺は、少しだけ旧世界という謎の時代に触れ、そして図らずして未来への布石を打つことが出来たのだった。
この先何が待ち受けているのかは分からない。
けれども、今はそんな不確かな未来よりも、身近な未来に目を向けるべきだろう。
なにせ明日は、レイスとドーソンの決戦の日なのだから――