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二百七話

 ゆっくりと腰の剣に手が伸びる。

 引き抜かれた剣を矢を射るように構え、全身に力を漲らせる。

 そんな姿が、緩慢とした時の流れの中ではっきりと私の目に映る。

 イメージする。彼が私の為に授けてくれた、魔力の在り方を。その魔術の在り方を。

 光失い、黒に染まる魔の力を。

 手に纏う。意識を研ぎ澄ませる。待ち構える。

 他の雑音、光景が全て消え去り、私の目にはただ向けられた切っ先だけが映る。

 思い出せ、あの瞬間を。対峙しただけで死を実感させたあの人の技を。

 今向けられている剣なんて、あれに比べたら――そう、まるで止まっているようなものなのだから――






「……なんだ、今のは」

「だから、言っただろう? 勝負は一瞬だって」

「いや……それにしたってこれは……何が起きたんだ」

「まだ終わりじゃないよ、止めが待ってる」


 映し出された光景は、どこか現実味を感じさせない非日常。

 剣がレイスを貫いていた。致命傷ではないが、鎖骨付近に深く突き刺さったそれは、フィールドの効果が適用されているからか血が滴るでもなく、ただ彼女に突き刺さっただけだった。

 それにも関わらず、突き刺したまま彼女により掛かるヴァンはピクリとも動いていなかった。

 傍目からは、両者ともに密着し、支え合い立っているだけのように見えるだろう。

 だが……恐らく本来ならもう勝負はついている。

 今も闘志を漲らせているレイスの瞳と、虚ろな視線を彷徨わせているヴァン。

 だが……これでは終わらないのだろう。

 確実に止めを刺す為にも。一度離れなくてはならない。

 するとやはり、彼女は顔をしかめながら剣を引き抜き身体を離し距離を取った。

 そして支えを失ったヴァンもまた、よろめきながら、何が起きたのか理解出来ないと言った風な表情を浮かべ、恐ろしい……いやおぞましいものでも見るような顔をしはじめた。


「カイくん、ちゃんと見ていてあげておくれよ。レイスはもう、今までの彼女じゃない。いずれ、私達ですら届かない境地に届くかもしれない、そんな技だよ、あれは」


 ゴクリと、唾を飲む。

 レイスの全身に、赤黒い炎が纏わりつく。

 まるで意思を持っているかのようなその炎は、大蛇のように彼女の周囲を駆け巡り、その大きさと輝きを増していきながら、彼女の腕へと集約されていく。


「……あのヴァンっていう選手が、凄く強いのが裏目に出た結果だね。あの技は、相手が強ければ強い程効果を増すよ。だから、私じゃあもうレイスには勝てないんだ」

「……まさか、相手の魔力を根こそぎ奪い去ったのか、あの一瞬の交差で」


 俺は彼女が、カウンターで倒されてしまうのを恐れていた。

 だが違う、あれは自分がダメージを負うのも全て織り込み済みの一撃だったのだ。

 恐らく、この場所での攻撃が致命傷に至らないが故の、このフィールドの特性を最大限に生かした『現環境最強の一撃』。

 俺が教えた闇魔術が、彼女の再生術と体術と組み合わさり生まれた、文字通り彼女だけのオリジナルの奥義。

 回避不能のカウンターと化したその一撃が、炸裂した。


 踏み込み、駆け寄り、覚束ない足取りのヴァンへと炎を纏った腕を突き出す。

 恐らく既に魔力も体力も限りなくゼロになっている相手へと、容赦なく打ち込まれる一撃。

 避けられる筈がない。そもそも満足に立っている事すら出来ないような状況だ。

 本来なら、今すぐ降参の合図を出さなければならないような状況だというのに、恐らくそれすら出来ないほど疲弊しているのだろう。

 そんな状態のヴァンへと、容赦なく放たれる最凶の一撃。

彼の身体を貫通し、壁を溶かし、防護結界に罅を入れる異色の炎。

 そして、恐らくこのタイミングで解除されたフィールド効果の影響か、ヴァンの身体には大きな穴が穿かれていた。

 血は、流れない。恐らく完全に焼き塞がれてしまっているのだろう。

 技を放った彼女が、身体から引き抜いた腕を振るい炎をかき消す。すると、地面に変色した赤黒い飛沫が飛び散った。

 ……完全に、仕留め終えた仕事人のようなその仕草に、会場から一切合切の音が消える。


『試合……終了……いや、すぐに救護班を手配しろ!』

『これは……まさかフィールドの効果が!?』


 会場からどよめく声が上がり始める。そして、ゆっくりとその騒動の中、彼女が控室へと戻っていく。


「リュエ。レイスのところに行こう」

 隣の彼女にそう声をかけると――

「って、あれ? どこいったリュエ」


 いませんでした。辺りを見渡してみると、すでに彼女が通路側へと移動し、大きく手を振っているところだった。


「おーい! 置いていくよー!」

「……過保護なのは君の方じゃないか、まったく」




 前回ヴィオちゃんを迎えに行った場所と同じ控室だった為、迷うこと無く辿り着く。

 控室の扉を開けようと手を伸ばしたその時、室内からうめき声がかすかに漏れ聞こえてきた。

 何事かと、ドアを吹き飛ばす勢いで室内に踏み込むと、そこでは床に倒れ込み、必死に身体を丸めてうめき声を押さえ込もうとしているレイスの姿が。

「レイス! どうしたんだ!」

 すぐ隣から光が漏れ、それがリュエの回復魔導なのだと当たりをつけ、こちらも彼女に駆け寄り抱き寄せる。

 頭を抑えながら、目を固く閉じ、歯を食いしばるその辛そうな表情に、心臓が警鐘を鳴らすかのように強く鼓動する。

 直ぐ様彼女の身体が光に包まれる。

「カイくん、レイスの様子は!?」

「ダメだ、こっちの声が聞こえていないみたいだ」

 呻く声が止む気配を見せず、今も腕の中で全身を強張らせているレイス。

 今度はこちらも奪剣を取り出し[生命力極限強化]と[回復効果範囲化]をセットする。

 だが、それもダメ。となると――これは身体の異常ではない……?

「レイス……聞こえるかレイス……」

「ぐ……う……ぅ」

 少しずつ、本当に少しずつ彼女の声が小さく、そして苦しげな表情が緩んでいく。

 そっと、今にも割れてしまいそうなガラス細工を扱うように、そっと彼女の肩を掴み、こちらに向かせる。


「レイス……大丈夫かい?」

「……カイさんですか? すみません、眩しくて目が開けられなくて」

「眩しい……?」


 薄目を開けた彼女がまたすぐ目を強く瞑ってしまう。

 この控室にはそんな眩しい照明なんて備え付けられていないはずなのに、どういうことかとリュエと顔を見合わせる。


「戦いが終わってすぐ、頭が痛くなって、それで……意識が保てなくなりました」


 目を閉じたまま弱々しく語る彼女の言葉に、この症状の原因がなんなのか、思い当たる。

 そうか……レベルアップの反動か!

 恐らく、ヴァンを殺害した事により膨大な経験値が彼女に流れ込んできたのだろう。

 思えば、俺もアーカムを殺害した時にレベルが上がった。

 あれがもし、たまたまレベルが上る直前だったわけでなく、人を殺害した場合に得られる経験値が膨大なものだとしたら……今のレイスの状態にも説明がつく。

 仮に、その相手が今のレベルに至るまで溜め込んだ経験値が全て流れ込んでくるとしたら……恐らく、同レベルの魔物を狩るよりも遥かに多くの経験値を得られる事になる。

 自身に付与したままの[詳細鑑定]を使い、腕の中で弱々しく呼吸を繰り返す彼女を見る。


【Name】 レイス・レスト

【種族】  最上位魔族(デモン・マジェスティ) ←New

【職業】  魔弓闘士/再生師(43) ←New

【レベル】 144 ←New

【称号】  約束の乙女

      偉大なる母

      女帝

      肉食系女子

身魔一体の体現者 ←New


【スキル】 料理 裁縫 工作 簡易調合 魔力集束 再生術 弓術 魔弓術 格闘術

      短剣術 棒術 炎魔術 氷魔術 風魔術 闇魔導 ←New 魔装術 ←New

魔眼『流動自在』 ←New


【アビリティ】 不屈 カリスマ 魅了 幸運 器用な指先 常在戦場 快食


 やはり予想通りだった。

 彼女の能力が著しく上昇し、その種族までが変わっていたのだ。

 詳細の数字を見れば、明らかにこれまでの数字よりも増えており、アビリティから称号、さらには自力で魔眼までも会得している。

 ……さすがに、ここまで急激に強くなるなんて予想していなかったが。


「レイス……どうやら魔眼が現れたみたいだ。眩しいのはその影響じゃないかな」

「魔眼……?」


 弱々しく手を上げ、宙を撫でる。恐らく自身のステータスを確認しているのだろう。

 そして納得したのか、それとも驚いたのか、ピタリとその動きを止める。

 やがて、ゆっくりと彼女の瞳が露わになる。


「……ああ……なるほど……眩しいのは魔力の光だったのですね……」

「あ、まぶしかったかい? ちょっと回復を止めるよ」

「すみません、まだ上手くコントロールが出来ないみたいです」


 いつものワインレッドの瞳に、うっすらと赤い光が灯っているように見えた。

 この魔眼の力で、リュエの魔力が眩しく輝いていたのだろうか?


「今まで、うっすらと感じていた魔力の流れを、自分の目で見る事が出来るようになったみたいです。これが、いつもリュエが見ている世界、なのでしょうか」

「私はぼんやりと粒が動くのが見えるだけだけれどね。そっか、レイスも見えるようになったんだね」


 ゆっくりと、腕の中からレイスが起き上がる。

 ふと、彼女の背中の翼を見ると、以前より少しだけ大きくなったように見えた。

 これが種族が変わった影響なのだろうか? だがなんにしても――


「レイス、お疲れ様。よく、あの場で責務をまっとうしたね」

「……はい。少々予想外でしたが、無事に私は、私に課した試練を乗り越える事が出来ました」

「試練?」

「ふふ、私はこの後におよびまだ自分の手を汚していませんでしたからね。逃げ出し、助けを求め、隠れ住み、そして守られるだけなのは嫌でした。いつか、どこかでこれまでの自分に決着を付けようと思っていました。こんな形になるとは思っていませんでしたが」


 それは俺にも覚えがある。

 この世界に来てから、俺もいつかは人の命を奪うことになるだろうと、どこかで覚悟を決めようとその機会を待っていた。

 そして、俺はエンドレシアでこの手を血に染めた。

 その後は吹っ切れたように、アギダルやアルヴィースで人の命を奪い、そして今に至る。

 確かにこれは『強さ』だ。一歩間違えれば破滅へと向かう、諸刃の刃とも言える力だ。

 それを、彼女もまた手にしたのだ。


「私は、いつだって勝利を約束出来る存在になりたいと願っていました。カイさんやリュエのようになりたいと。これで……少しは追いつけたでしょうか?」

「……ああ、勿論だ。今までだって、ずっとそうだったよ」


 こちらの葛藤は、きっと彼女にも伝わっていた。

 だからこそ、彼女はこの大会に出場し、この依頼を受けたのだろう。

 申し訳ないと思う気持ちと、嬉しい気持ち、そして成長を祝う気持ちが混ざり合い、言葉に詰まる。

 するとその時、静かに話を聞いていたリュエは静かに歩み寄る。


「レイスは、今までもこれからも、ずっと私の相棒だよ。もう、無茶はしないでおくれよ? これ以上強くなったら、私のお姉ちゃんとしての立場がなくなってしまうよ」

「ふふ、ごめんなさい、リュエ」


 正直に言うと、確かに俺はレイスを甘く見ていた節があった。

 彼女が強いのは知っているが、それはあくまで常識の範疇の強さだと。

 リュエや俺のような、理不尽な、異常とも言えるような絶対感を彼女には感じていなかった。

 だが……恐らく今後は彼女もまた、理不尽の権化として共に歩む事になりそうだ。

 ああ、なんて恐ろしい娘達なのだろうか。なんと頼もしい娘達なのだろうか。

 もう、この二人が一緒なら、どんな試練だって乗り越えられるような気さえしてくる。

 そんな風に考えていたその時、控室の扉がノックされた。


「どうぞ」

「失礼します。やはり三人共こちらにいましたか」

「出たな豚ちゃん。お陰でうちのお姉さんが大衆の面前で必殺仕事人になってしまったぞ」

「……その件については申し訳なく思います。今回の一件は、全てこちらの魔導具の不調という事を先程会場に発表してきました」


 現れたのは、神妙な表情を浮かべたオインクだった。

 申し訳無さそうな色を見せながら、今回の件の事後処理を終えたことを報告する彼女。

 そしてそれに続き――


「レイス。貴女には報酬を与えなければいけません。私が貴女に差し上げられるものならば、なんだって差し上げます。それほどまでに、今回の依頼は大きな、とてつもなく大きな意味を持っています。言うなれば、この大陸の未来を左右したかもしれない程です」


 そうか、報酬があったな。あれだけの事をさせたのだ、ちょっとやそっとのものでは俺も納得しない。

 ましてや事前に国の分裂を防いだようなものなのだ。下手をすればどんな地位や富だって得られるかもしれない。

 だがレイスが口にしたのは、そのどちらでもなかった。


「では約束を。この大陸を、未来永劫平和な地として貴女が先頭に立ち、導き続けて下さい」

「……未来永劫、ですか。それは中々……残酷な事を言いますね」

「けれども……オインクさんはその道を選ぶつもり、なのですよね?」


 静かに語ったその内容に、オインクもまた、心なしか震える声で応える。

 まるで、二人の間にのみ通じるようなそのやり取りに、俺もリュエも

口を挟めないでいる。


「お願いします。この大陸も、そしてエンドレシアも、私やリュエ、カイさんにとっては思い出の、始まりの地です……だから、どうか旅立つ私達の為に……」

「……そうですね。三人はもうすぐ、ここから旅立つのでしたね……」

「オインクさん。私はこの後、もう少しだけわがままを言うかもしれません。けれども、全てが終わったその時は……一度、私と二人で話す機会を頂けますか?」

「……本当に貴女は恐い人ですね。私に、なにをさせる気ですか」

「カイさん風に言うのでしたら、下味をつける、でしょうか」


 む、ついにオインクが肉食系女子のレイスに食べられる(食物連鎖的な意味で)日が来るというのだろうか。

 するとその時、おとなしかったリュエが何かを思いついたように声を上げた。


「報酬! レイスレイス、報酬はお肉が良いんじゃないかい!? いろんなお肉一年分お願いしようよ!」


 あ、なんか今目に見えない空気というか水面下のやり取りが全部崩れ去った気がした。

 それと、なんで『それは名案だ』みたいな顔してるんですかレイスさん。


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