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二百六話

(´・ω・`)おまたせしますた

 異様な熱気に包まれた闘技場で、忙しなく脈動する胸を少しでも宥めようと深く、ゆっくりと呼吸をする。

 吐き出す息と一緒に、不安と焦燥が出ていってくれと願うように。

「カイくん……大丈夫、大丈夫だから、ね?」

「……それでも、心配だよ俺は。試合の結果よりも、その後の事を思うと」

「でも、オインクが上手く取り計らってくれるって――」

「リュエ。そういう問題じゃない。君がかつて俺を、人を手にかける事を心配したように、俺だって彼女が心配なんだ」

 隣に寄り添う彼女が、不安そうなこちらを宥めるように、そっと手を握る。

 ああ、そうだろうとも。俺よりもレイスの方が、よっぽど心穏やかで戦場に向かっているだろう。

 戦争という凄惨な経験をして来た彼女ならば、恐らく問題なく任務を遂行出来るだろう。

 だが――それを俺に見られる事で、彼女の中で何かが変わってしまうのではないだろうか?

 戦争を経験したからといって、彼女が直接誰かに手を下した事がある訳ではない。

 それは、昨夜のうちに彼女から聞き及んでいる。

 だがそれでも彼女は『私がやる』と言い、その決意を揺るがそうとはしなかった。

 仲間の決断を尊重したい気持ちはある。だが、それとこれは――

「カイくん。それはエゴだよ。聞く限りじゃあ、今回の件はレイスだからこそ意味があるみたいじゃないか。それに……レイスは、私達は君の隣に立っているんだから。守られるだけの存在じゃないし、そしてカイくんも私達を守るだけじゃなくて、並び立とうといつだって考えてくれているじゃないか」

 諭される。長い時を生きた、戦士として、人間としての先輩に。

 ああ、その通りだとも。これは俺のエゴであり、心のどこかで『するべきだ』と納得だってしている。

「試合、終わったらさ。レイスの事すぐに迎えに行ってあげないとね」

「……ああ、そうだな」

 諭され、そして様々な思いを飲み込みながら、俺は昨日の出来事を思い返す。

 理由は理解出来るし、そして裏で何を考えているのかも見当がつく。

だがそれでも……恨むぜ、オインク。






「……オインク、それはどういう意味だ」

「言った通りの意味です、ぼんぼん」

「お前は、仲間に殺人を強要するのか。こんな場面で」

「……はい」

 突然の勅命。組織に所属する以上、その指令は俺やリュエとは違いAランクでしかないレイスには無視する権利が存在しない。

 しかし何故それをする必要がある。そんな汚れ役、俺にでも言いつければ――

「……見せしめか」

「はい。恐らく気がついているでしょうが、彼はアーカム亡き今、新たな旗印としてアルヴィースの一件の当事者以外の魔族達によって担ぎ上げられつつあります」

「お前が、収穫祭の後の議会に俺を出席させたかった理由とも関係あるんだな?」

 やはり、又聞きしただけの連中までは抑え込む事が出来なかったか。

 それをオインクは、大衆の面前で処断する事で釘を刺す……いや、むしろ旧体制という獣の首を取るつもりなのだろう。

「何故、最初に言わなかった。それならあらかじめ俺を正体不明の状態で選手として送り込ませたりも出来ただろう。こっちはただでさえ出場していたんだから」

「それはこちらの落ち度としか言えません。判明したのがつい先日でしたので」

「だが、あいつがアーカムに関わる人間だというのは最初から分かりきっていただろう」

 家名といい、その出自といい、真っ先にマークしていてもおかしくない人物のはずだ。

 それに冒険者として所属している以上、いくらでもオインクの力で消す事も――ああ、だからこそ出来ないのか。

 自分の組織に所属している人間を、自分の都合で処断する。関係者だから処断する。敵対する派閥に関わっているから処断する。それではあまりにイメージが悪すぎる、と。

 いやイメージだけの問題ではないだろう。それこそ議会を控えているのだ、ここぞとばかりに他派閥に弱みを見せる事になってしまう。

 かといって、放置していてはまた新たな敵、大きな派閥が生まれてしまう。

 だからこそ――か。

「……レイス。受けて頂けますか」

「オインクさん。それは、同じ魔族である私が――そしてアーカムの手から逃れた私が行うからこそ、意味を持つのですよね」

 先程から沈黙を貫いていた彼女が、毅然とした様子でオインクの瞳を強く見つめていた。

 その口から出るのは、恐らくオインクが狙っているであろう目的について。

 嘘偽り、そして取り繕うことは許さないという意思が込められたその言葉に、オインクもまたゆっくりと首を縦に振る。

「言いにくい事ですが、アーカムの信奉者達の間では、レイス、貴女は有名でしたから……」

「その私自らが手を下す。そしてギルド所属の冒険者同士の試合中にの事故ならば、裏の意図に気が付きはしても表立って糾弾する事は出来ないと。ギルド総帥の冷酷さ、そしてアーカムが手に入れる事が出来なかった私を自由に動かせるのだと内外に示すことが出来る。それが貴女の狙いですか」

「……貴女が私の知るどんな女性よりも聡明でとても助かります」

 彼女達の間から伝わる、静かな迫力が、まるでトゲの様にこちらの心を小さく鋭く刺激する。

 意図は分かった。理由も分かった。だがそれでも、納得しかねる今回の勅命。

 しかし、その命を受けた彼女は――

「しかと、拝命致しました総帥」

 淡々と、感情を感じさせない声色でそう告げたのだった。

 そしてその様子に、オインク自身もまた沈痛な面持ちを一瞬見せるも――

「話は以上です。私はこの後予定がありますので――」

 そう切り上げようとした。

 そうはいくかい。俺がこの場にいて、はいそうですかと言う訳がいくかい。

 彼女に詰め寄り、その肩を掴みこちらに向き直させる。

「オインク、本当にこれが最善のやり方だと? よりによって、俺の身内に手を汚せと、俺の前で指令を出したんだぞお前は」

「……では、貴方が代わりに手を下しますか? あの姿で、再び全てを屈服させますか?」

「それで解決するのなら、喜んでやってやる。何人でも、何百人でも殺してやる」

「その先に待つのは『避けられない責任』です。貴方は新たな指導者として、魔族を束ねこの地に残る必要が出て来る。それで、貴方はいいんですか?」

「っ!」

 そうだろうさ。それを無視して俺が去れば、間違いなくこの国は荒れる。

 街一つじゃない、この大陸の人間の殆どが集まっているこの場所でそれをしてしまえば、間違いなく国内外に大きな隙を見せる事になってしまう。

 残念な事に、レイスやリュエと同じくらい、業腹だがこの目の前の仲間も大切だ。

 そんな盛大な尻拭いをさせる訳にはいかない。

 ああ分かっているさ。今の話を聞いた限りでは、レイスが手を下すのがもっと理にかなっているという事も。

「カイさん、そう興奮しないでください。私も、このままではいけないと考えていたんです。私は余りにも、過去に残してきたものが多すぎますから。恐らく、これが私の最後の仕事になるのでしょう?」

 すると、オインクが静かに頷いた。

 二人共、あえて淡々とやり取りをしていたのだろう。

 本当はお互いの気持ちを十分に理解しているのだろう。

 恐らくきっと、この二人はどこか似ている部分があるのだろう。

 だろう、だろう、そうだろう。俺はいつだって人の気持ちを想像するだけ。

 けれども、それが間違っていないと自信を持ててしまうから、何も言えないのだ。

 二人がもう決めてしまったのなら、俺はもう――






「ほら、二人共出てきたよ」

「ああ」

 闘技場に、両選手が現れる。

 相変わらず場に似つかわしくないドレスを身にまとい、両手に着けた籠手を撫でるレイス。

 そして対するのは、黒鉄の、細やかな装飾が施された胸当てを着け、両手足にも似た意匠の施された装備をつけた剣士。ヴァン・フィナル。

 俺は自身に[詳細鑑定]を付与し、これから死に行く相手のステータスを覗き見る。


【Name】ヴァン・フィナル

【種族】 上位魔族

【職業】 剣聖(44)騎士(44)

【レベル】133

【称号】 簒奪を望む者 無冠の剣帝

【スキル】極剣術 不意打ち 堅牢守衛の型 不退転


 マズイな、完全にレイスよりも格上の相手だ。

 レベルも職構成も、俺が戦ったリシャルに匹敵するレベルの超人クラス。これは、苦戦どころの話ではないだろう……。

 確かにレイスは強い。そしてリュエが『私が剣術でレイスに勝つのは不可能』とまで言う秘策も備えている。

 だがそれでも、試合でなく殺害となると、どうしても最悪が脳裏を過ぎってしまう。

 オインクの作戦としては、レイスが止めの一撃を入れる瞬間に闘技場に仕掛けられた術式を解除し、ダメージを変換する機能を止める……というものだ。

 だがもし、その瞬間に勝機を見出し相手がカウンターを仕掛けたら?

 レイスが死んでしまうかもしれないだろう。

 だが、かといって俺が彼女に[サクリファイス]を発動させていたとしたら、自身へのダメージの無さに気が付き、俺の関与を疑ってしまう。

 そうなれば、俺はもしかしたら彼女の信頼を失ってしまうかもしれない。

 心配する事と、信用しない事は紙一重なのだから。

 ましてや、彼女自身が戦うと決めた以上、それに横槍を入れるのは……。

 くそ、やっぱり見ているしかないのか。

「……カイくん、始まるよ」

「ああ」

「大丈夫、私の予想としてはだけど……」

 隣の彼女が、少しだけこちらの手を握る力を強める。

 ああ、俺はこういう時本当にダメだな。リュエにまで気を使わせてしまうなんて。

 だが、彼女は続けて、とんでもない事を言い出した。


「たぶん、試合は一瞬で片がつくんじゃないかな」






 私は、愛されている。

 それを強く感じたのはいつの頃だろうか。

 初めてあの人に抱きしめられた時? それとも、私達の間にある絆について打ち明けられた時?

 それとも、アーカムの元から再び私を奪い取ってくれた時だろうか?

 ……きっとどれも違う。たぶん、きっと――私は生まれた瞬間から彼に愛されていた。

 そして今私は、そんな彼に心配をかけ、そして少しだけ過保護に思われている。

 それが嬉しいと同時に、悔しくもある。

 ああ――私はまだ信用されていないのだな、と。

 ああ――私はまだ、そこまで強くなれていないのだな、と。

 けれども、私は成長している。それを、今ここで彼に見せるのだ。

 貴方は私を愛している。そして、私に溺れる事を恐れている。

 ふふ、けれども私はとうの昔に貴方に溺れている。

 少し、不公平ですね。

「公平さを保つ為に、彼にはもう少し私の中に入って貰いませんと」

 見せるのではなく、魅せる。私はこの一戦で、彼を魅せなくてはいけない。

 だから――過去の残滓には、退場を願わなければいけませんよね。

 視線の先にいる、憎い男の面影を感じさせる男。

 完全にこちらを見下し、どこかつまらなそうな表情を浮かべる相手。

 きっと、自身の道において私は障害ですらないと思っているのだろう。

 ならば思い知ってもらわなければいけない。

『ここにいるのは、自分の運命を終わらせる相手なのだ』と。

 アーカムが亡き今、それに『追従する存在も皆消え行く運命』なのだと。


『さぁ! 波乱に満ちた本戦だが、なんとこちらのブロックも棄権者続出で組み合わせが繰り上げられた! 正直腑抜けばかりだと声を大にして言いたいところだ!』

『ゴルド殿、その辺りにせねばまたオインク殿に叱られますぞ?』

『おっとそうだった。だが、観客の人間はどうか安心して欲しい。今大会に残った選手はいずれも優勝候補ばかりだ! その証拠に今戦場に立つ二人を見てみろ!』

『一回戦で卓越した技術を見せつけ勝利を収めたレイス選手と、同じく目にも留まらぬ早業で相手を一蹴したヴァン選手。確かに好カードですな!』

『この二人の詳細だが、上からの許可が降りている為語らせてもらうぞ? なんと――』


 解説席から、馴染みのある二人の声が聞こえてくる。

 けれども、その声が次第に遠くなっていき、そして私は一人闘志を漲らせ、自分の内へとどんどん入り込んでいくような、内側に身体と心が引っ張られていくような、そんな不思議な感覚に身を任せていく。

 雑音が消える。自分の身体の音だけが聞こえる。

 聞きたいものだけが聞こえる。感じたいものだけを感じる。

 ……ああ、この感覚だ。この境地に立つのが、きっと私の目標だったのだと今なら理解出来る。

 手をゆっくりと持ち上げ、手の平を相手に向ける。

 ゆっくりと、時間が流れる。

 きっとこれが、カイさんやリュエが見ている世界なのだろう。

 私もその境地に、ようやく一歩踏み込めたのだろう。

 そして、私の耳が、ようやく始まりの合図を拾い上げたのだった。


(´・ω・`)あー終焉と時間かぶらないからシート終わらないぶぅ

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