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二百五話

(´・ω・`)うーさむいさむい

 頭が痛い。けれども見える、動く。

 考えが行動に反映されるまでの時間差を、感じ取れるような奇妙な感覚。

 その時間差が、ズレがどんどん狭まっていくのが手に取るように分かる。

 ああ、きっとこれが『ボールが止まって見えた』『ゾーンに入った』そう一流のスポーツ選手が語る状況なのだと、理解した。

 無理やり、魔術という力で強引にそこへと至る技。文字通り反則。

 けれども、確かに俺は、彼女と渡り合うことが出来ていた。


「……本当、凄いね」

「……ああ」

「……辛そうだね」

「……ああ」


 気遣う余裕がまだあるヴィオ。

 打ち出された拳を、小手打ちと同じようにはたきおとす。

 彼女の武器が、砕かれる。

 武器の質だけなら、負けない。恥ずかしい話だが、今の俺が誇れるのはそれだけだ。

 すぐさま蹴りが飛んでくる。

 このゆっくりと流れる時の中で、それでも早いと感じるその一撃を、上体を僅かに逸らしやりすごす。

 戻る足を、剣で妨害し姿勢を崩す。


「っ!」


 軽口が消える。

 転びそうになる身体を、曲芸師のように片腕だけ地面につけて立て直し距離をとる。

 離してなるものか。すり足、いや送り足ってのはな、ただの移動じゃないんだよ。


「え!?」

「遅い!」


 身体が揺れないってのは、足の動きが小さいってのは、移動を相手に悟らせにくいって効果もあるんだよ。

 こちらの接近に気がつくまで、ほんの僅かな遅れが生まれる。

 それは引き伸ばされた体感時間の中では、致命的な隙になる。


「ふっ」


 一番、速い技。突き。

 引き面同様、相手から離れた一瞬で確実に最速の一撃を放つために何度も何度も、庭の木に穴があくまで、手の皮がはげるまで練習した一撃を放つ。

 相手の小手を破壊したが故に生まれ両手のガードを隙間をくぐり抜け、喉へと迫る切っ先。

 ああ……やっと、やっと届いた――






「見事……今の最後の一撃は……見えなかった」


 彼の最後の攻撃を、見届けた。

 俺の目をもってしても、彼の眩い光を纏った一撃を、捉える事が出来なかった。

 それはもしかしたら光の礫のおかげかもしれないし、聖剣の力によるものだったのかもしれない。

 だが確かに、あの瞬間、確かにレン君の一撃は、俺の上を行っていたのだ。


「……泣くな、三人共。早く迎えにいってやれ」

「わ、わがっでるわよ!」


 三人娘が、大急ぎで控室へと向かうのを見送る。

 戦いを見ていた観客は、誰も声をあげない。

 言葉を失っていたのだ。そのあまりに壮絶な戦いに。そして――彼の散り様に。


「強かったね、レン君は」

「ああ、正直ここまでとは思わなかった」

「……けれども、ヴィオさんには後一歩、届かなかった」

「……あの反応速度はもう、俺でも舌を巻くレベルだよ」


 喉に向かった一撃は、俺には最後まで見えなかった。

 だが、その一撃が終わった時、彼は剣を突き出したまま固まり、そしてヴィオちゃんは首の骨が折れてしまうのではという程首を傾げ、ギリギリのところで直撃を避けていた。

 だが、直撃は避けても間違いなく切り裂かれていた首は、もしこの場が本物の戦場ならば出血死を意味する。

 この試合、決着に至るまで何度も彼女はレン君を倒す、命を刈り取る機会を得ていた。

 だが、結果は結果。ここが普通の戦場なら、死んでいたのはヴィオちゃんの方だ。

 そして……結果は結果。この場が本物の戦場ではない以上、勝者もヴィオちゃんだ。


 彼女は今も首を手で押さえ、まるで流れるはずのない血を止めるような仕草で微動だにしない。

 彼女は即死を免れた。それはこのフィールドにおいては、ただ体力を失っただけに過ぎない。

 そして彼女は残った力で、ほぼ力尽き動けなかったレン君の腹に、以前見せて凄まじい破壊力を誇る内功系の一撃を放ったのだ。

 だがその一方で、もしもここが本物の戦場だったら……即死は免れても、今彼女はあの場所に立ててはいなかっただろう。


「……彼女も、迎えにいった方がよさそうだな」


 俺は一人立ち上がり、ゆっくりと控室へと向かうのだった。




 ヴィオちゃん側の控室に向かうと、戻ってきていた彼女は首に手を触れたまま、ぼんやりとベンチに腰掛けていた。

 こちらの存在に気がつき、取り繕うように手を払い、不遜な態度で笑みを浮かべだす。


「お兄さん来てくれたね? どう? 今回は結構本気を出したんだけど」

「いやはや、たいしたもんだ。蹴りなんて俺と戦う時は見せなかったじゃないか」

「秘密兵器だよ秘密兵器。ちなみに、もう二つくらい秘密兵器があるか覚悟してよ、お兄さん」


 ケラケラと笑いながらそう嘯く彼女。いや、案外事実なのかもしれないが。

 だがそれでも、どこか強がっているような、いつもの彼女よりも少しだけ『らしくない』と感じるような、微かな違和感を覚える。


「……強かっただろ、彼」

「んー? まぁそこそこね。でもま、結局私の勝ちだよ。ちょっとヒヤリとした場面もあったけどさ。やっぱり遊びすぎるのはよくないよね」


 その違和感が、少しだけ大きくなる。

 きっと、そうなのだろう。彼女自身も分かっているのだ。あの戦いの本当の意味での勝者が誰だったのか。

 無理をして、強がって。

 しかしまぁ、慰めの言葉なんて君には必要ないだろう。

 そんな間柄でもないのだし。


「……で、『勝者』である君は、決勝の相手が決まるのをただ待つ訳だ」

「……ほんっとう、お兄さんって意地悪だよね」

「よく言われる。それで、どうするつもりだ。そんな腑抜けた状態で、レイスに勝てるとでも?」

「随分、あのお姉さんの事を買ってるんだね」


 少しだけ、違和感が薄れる。瞳に、力が戻る。

 それでいい、レイスの決勝の相手がそんな調子で、レン君を下した相手がそんな調子でどうするんだ。


「……はぁ。もういいやバレちゃってるみたいだし。正直、自分の未熟さを痛感したよ。そうだよ、実質さっきの試合は私の負け。確実に喉切られて、良くて相打ち」

「ははは、やっぱりそうだよな」

「本当はね、このまま棄権しようかと思ったんだ。死人が戦い続けていい道理はない。けれども……お兄さんはそれを認めない、止める為にここに来た。違う?」

「……俺は君のその推測に、花丸を上げようと思います」


 前に、誰かに言われた文句を真似し、彼女に告げる。

 ああ、そんなの客席から見ているだけですぐに分かる。

 奇遇なことに、俺もとびっきりの負けず嫌いなんでね。


「本当……あんな子供に負けるなんてね。油断もあったけど、慢心もあったのは確かだよ」

「けど実際、ああいう展開になったからこそ彼も全力を出せたっていうのもあるさ」

「まぁね。あーあ……お兄さんにバレちゃった手前、大会に引き続き出場するけどさ。悪いけど、お兄さんへのリベンジはまたの機会にするよ。優勝したらそのままサーディスに戻って鍛え直すよ」

「いや、そもそも優勝はレイスだから」


 本当、どこまでいっても不遜で自信家だね君は。






 彼女を伴い、関係者席へと戻っていく。

 本日の試合はもう行われないのだし、戻ってくる理由もないのだが、リュエやレイス達を置いていった手前黙って帰るわけにも行かない。

 席に戻ると、先程まで客席にいた人間が会場を後にし始めているところだった。

 皆、試合の余韻に浸っているのか、しきりに先程の戦いについて熱弁を振るっている。

 そんな中、レイスリュエを始めとした一同が、こちらの帰りを待っていた。


「あ、おかえりカイくん。そしてお疲れ様、ヴィオちゃん」

「おかえりなさい、ヴィオさん。素晴らしい戦いでした」


 口々に彼女の勝利を称え、労う言葉がかけられる。

 中でもドーソンは、賭けをしていた関係か、今にも抱きつかんと言わんばかりの様子だ。

 そして、旧知の仲と思われるレイラもまた、祝福の言葉を捧げていた。


「あれ、レン君の仲間の三人は? せっかく勝利を自慢しようと思ったのに」

「さすがにそれはやめとけ。俺も怒るぞ?」

「冗談だよ。けど……あの三人にもしっかり伝えておかないと。『君達の仲間は十分に強い相手だったよ』って」


 その言葉に、一同が微笑む。

 少なくとも、レン君は認められたのだ。この大会を引っ掻き回すほどの強者、達人の域にいるこの相手に。


「じゃ、明日はお姉さんの試合だっけ? 正直相手の剣士じゃ力不足だろうし負ける要素もないと思うけどさ、頑張ってね」

「ええ、全力であたらせて頂きます。……先に、決勝の席で待っていてくださいね」

「ふふ、早くこっちにおいでね? なんなら私の真似をしてもいいんだよ?」


 密かな闘志を燃やしながら見つめ合う二人。

 だが、この時二人は忘れてしまっていたのだ。

 この場に、もう一人出場している選手がいる事を。


「だから……俺も出場してるんだけどなぁ……レイスさんとこのままいけばぶつかるの俺なんだけどなぁ……」


 強く生きろ、ドーソン。


 会場を後にしようとしたところで、レイスとドーソンが受付の男性に呼び止められた。

 なんでも、まだ勝ち残っている選手全員に声をかけているのだとか。

 同行の許可を得て職員に続き、会場から少し離れた、旧王宮側へと向かうことになった。


「あれ、この辺ってたしかオインクの執務室がある区画じゃなかったか」

「そうなんですか?」

「なんでカイさんが知ってるんだよ……いやもう驚かないけどな……」

「まぁ顔が円卓並に広いって事で」


 ちなみにリュエとヴィオちゃんはお留守番。というか屋台につられて行ってしまった。

 なんでも、例のパンケーキ屋がこの観客の人数に目を付けて出店しているのだとか。


「オインク総帥、出場選手のドーソン殿とレイス殿、そして付き添いのカイ殿をお連れしました」

「入ってください」


 執務室の扉が開かれたと同時に、室内から香ばしい香りが漂ってきた。

 なるほど、コーヒーブレイク中だったか。

 彼女は椅子に腰かけたまま、優雅な仕草で静かにカップをソーサーに置く。

 その仕草に、未だ豚ちゃんに幻想を抱いているドーソンがため息を付きながら見惚れていた。


「さて、お呼びしたのは他でもありません。現在全ての勝ち残った選手に話している内容なのですが――あなた達二人は、このまま大会に出場し続ける意思はありますか?」


 それは、二人の覚悟を今一度問う質問だった。

 恐らく、今日の一連の出来事に対して、大会運営側が取った予防策なのだろう。

 当日に突然予定を狂わされるよりも幾分マシだと、そういう意図があっての事だと推測する。

 その問いに対して二人は――


「お、オインク総帥。あの、他の選手はどう答えたのでしょうか」

「それは、公平さを期すためにもお二人が答えを決めるまで教える事は出来ません」

「なるほど、それもそうですね。既に他に選手がいないから続ける……では不公平ですからね」


 納得の理由だ。これは最終的な成績でギルドから報酬を得ることも出来る大会。

『不戦勝で準優勝まで保証されてるから続ける』等ではあんまりにも不純すぎる。


「それで、お二人の答えはどうです? 二人同時に聞いてしまうのも、多少不公平さを感じてしまうかもしれませんが」

「「出場します」」


 豚ちゃんの懸念は、無用のものだった。

 同時に出たその答えに、満面の笑みを浮かべる彼女。

 なるほど、その様子じゃ既に何人かは棄権を宣言したんだな?

 さしずめ、残りの試合数が減ってしまい、困っていたのだろう。興行収入的な意味で。


「では、こちらも情報を開示します。明日、執り行われる試合は一試合のみ。レイスとヴァン選手の試合のみです」

「あの、じゃあ俺の試合は――」

「ドーソン選手は、既に準決勝入りが決定しています。嘆かわしい事ですが、今日確認した所、貴方達とヴァン選手以外、皆棄権してしまいましたから」

「……マジでか。じゃあ俺、最低でも三位――」

「それは、ヴァン選手と戦って勝ったらの話です」

「う……そうですよね」


 そんなうまい話があるわけがない。

 だがそうか、思ったよりも早く来てしまったな。

 恐らく、今大会におけるダークホース。亡きアーカムの息がかかっていると予想される相手の登場だ。

 そしてそれはきっと、オインク自身も気がついているはず。

 その証拠に、彼女は俺とレイスに内密の話があるからと、先にドーソンを退室させた。

 彼としても、急ぎこの事を愛しの妻と娘に語って聞かせたいのだろう、部屋の外から廊下を駆ける音が聞こえてきたくらいだ。

 そして、残された俺達に対し、ゆっくりとオインクが口を開く。

 その内容は――




「……レイス。ギルド総帥権限により貴女に勅命を与えます。明日の試合で、ヴァンを殺害してください」


(´・ω・`)なおこの話で合計文字数が100万突破しました

(そのうちいくつかは顔文字とモールス信号けど)

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