二百四話
(´・ω・`)お待たせしました まだ四巻原稿中なので更新頻度にはあまり期待しないでくだし
試合開始の合図は、その直後に起きた爆音に掻き消された。
ヴィオちゃんの立っていた場所に出来たクレーターが、音の正体を知らせてくれた。
踏み込み、ただ加速するためだけの踏み込みがそれを作り出していたのだ。
それは当然、とてつもない推進力を彼女に与え、その結果――
「あれに反応するか、レン君」
「……やりますね。今の速度は私でも防げるかどうかギリギリのラインです」
「後先考えない攻撃だね。たぶん、あれだと外した瞬間隙だらけになっちゃう。絶対に当てられる自身がある、ある意味相手を格下と見据えた時にしか出せない攻撃だ」
さすが武人モードリュエさん。そこまで見抜きますか。
「けれども、避けるんじゃなくて正面から受けられるとは思っていなかったんじゃないかなぁ」
全力の右ストレートを、確かにレン君は受け止めていた。
剣の腹で受けては折れかねない。けれども、彼の持つ聖剣はそれに耐えていた。
両手で剣を支え受け止めるその姿は、まるで巨大な岩を動かそうと必死に押している姿にも見えた。
だが、相手は岩などではない。彼自身の身体よりも小さな、たった一人の女の子だ。
だがそれでも、少しずつ彼が押され、地面に道筋をつけていく。
このままではジリ貧だ。どこかで切り返さないと押し切られてしまう。
すると、彼は後ろの足の膝を曲げ、自分の姿勢を低くした。
当然、突然力の抵抗を失った彼女の一撃が剣から外れ通り過ぎてしまう。
それを見計らい、今度は曲げた膝を真っ直ぐ伸ばすようにしながら剣を握る手を直接彼女へと叩き込み、引き離した。
そしてすかさず放たれる、惚れ惚れするくらい美しい、そして力強い振り下ろしの一撃。
あれは紛れもない。鍔迫り合い、体当たり、そして引き面だ。
流れるように決まった一連の動き。これが、彼が長年磨き続けた技、剣道の一端か。
「む、今のは中々面白い動きだったね。凄いや」
「リュエの目から見ても今のは賞賛ものかい?」
「うん、凄く良い。よく考えられた、そして何よりも――鍛錬の痕跡がはっきり見える」
「ですが、どうやら直前で防がれてしまったようですね」
「いや、それでもヴィオちゃんの肩に当たった。確かにダメージを与えたよ……誇らしいな、俺の国の剣術だって負けていないじゃないか」
一連の攻防を経て、二人が再び距離を取る。
レン君は先程の奇襲にも似た一撃を学習し、初動の速さを増すために、突きを放つような構えを取る。
対するヴィオちゃんは、ゼロ距離にさえ持ち込めば有利だと思っていたのだろうか、その思惑が外れ、とても楽しそうな笑みを浮かべ始めていた。
確かに、剣道には鍔迫り合いから発展する攻防がいくつもあるとは聞いたことがある。
ほぼゼロ距離の状態から、一瞬で相手の喉へ突きを放つような、そんな人間離れした技を持つ人間だって動画で見たことがある。
観客の思惑とは逆に、超接近戦に持ち込んだ場合は拳のヴィオちゃんではなく、レン君に軍配があがる可能性だってある。
けれども、これは剣道の試合ではない。彼女は恐らく、正々堂々正面からやりあうのと同じくらい、不意打ちや騙しうち、多くの技を持っているはず。
俺の時だってそうだ。一瞬で背後に回り込んでみせたりと、普通では陥らないような状況を易々と作り出してみせた。
「……天才なんだろ、お前さんは。恵まれたステータスも持っているんだろ。無様に負けてくれるなよ」
「ふふ、カイさんも彼を応援しているのですか?」
「む、レイスもなのか」
「ええ。彼は、素敵な男の子ですよ。一度どん底まで落ち、這い上がってきた男だなんて、ぞくぞくするくらいカッコイイではないですか」
「あー嫉妬しちゃうなー俺。もうレン君の応援やめよっかなー」
「ふふふ、拗ねた振りなんてしないでください。勿論、私が一番――」
「はいその先は言わんで下さい。十分分かってます」
そんなやり取りの最中、やはり先に動いたのは彼女の方だった。
再び地面にクレーターを作り出し、そしてフィールドの壁を蹴りそこにも大きなヒビを残す。
『く』の字の軌道を描き一瞬でレン君の背後に回り込んだ彼女に、観客席からどよめく声が上がる。
見えないし普通あんな動きするなんて思わないしな。
そしてどうやらそれは、我が家の優勝候補、レイスも同じだったようだ。
「壁の痕跡から……移動経路は分かりますが、見えませんでしたね」
「つまりレイスが警戒すべきはあの彼女のフットワークだ」
「いえ、レン君の剣さばきかもしれませんよ」
「うーん……直線的すぎるし空中を飛ぶように移動するのはどうかなぁ?」
そしてリュエは、以外なことに彼女の移動への評価をしなかった。
「それよりも、私さっきから気になっていたんだけどさ……あの子、絶対本来は蹴り主体だよね?」
「ッ!?」
言われて、初めて気がついた。
彼女の攻撃の激しさに気を取られていたが、先程から見せていたあの爆発的な踏み込み。
あの脚力を武器にしないはずがない。
「おいおい……じゃあ俺とやりあった時も本気じゃなかったのかあのチビっ子」
こいつは、相当キツイぜレン君。
自分で勝つのはヴィオちゃんだと言っておきながら、気がつけば彼を応援していた。
もっと、もっと見せてくれ。成長した君の強さを――
髪が微かに揺れ、それに教えられるように前へと転がる。
転がりながら自分がいた場所を見れば、そこには片足をハイキックを出し切ったような状態で止めた姿のヴィオがいた。
見失ったと思ったと同時の攻撃に、この相手が自分の常識で計ることの出来ない、文字通りの化物なのだと認識を改める。
一度、一度だけ俺の技が、何年も何年も繰り返し練習してきた引き面を掠らせる事が出来た。
俺が信頼し、もっとも得意としてきた引き技。誰もが嫌がる攻防の果てに繰り出される、絶対の一撃。
それを、躱されたのだ。
嬉しかったのに。自分の技を、真剣で放てる機会を得て嬉しかったのに、それは一気に絶望へと変わる。
『これでもダメなのか』と。
生まれて一七年。三才の頃からずっと歩んできた人生を否定された気がして。
カイヴォンに負けた時とは違い、自分の戦いを、自分の技を出したにもかかわらずその上を行かれる悔しさ。
「本当、いいカンしてるねレン君。君、なんの魔術も身体強化も使ってないんでしょ? さっきの攻防と良い、その歳でそこまでの技量、そうそういないよ」
「俺より小さいくせになに言ってんだよ……化物が」
「あー、もうみんなして子供扱いして。私これでも成人してるんだけど?」
「……そうか、悪い」
それは素直に謝る。
だがそれにしたって、この強さはなんだ。今の蹴りはなんだ。
後頭部に触れると、いつもと感触が違うのがわかった。
間違いない、髪が切れている。風圧だけで物を切るなんて、ゲームやアニメの世界だけに――ああくそ、ここはそういう世界なんだったな。
「くそ……本当に腹立つぜ」
「ほら、構え直しなよ。ここからは、もう少しだけ本気で行くよ」
使いたくはなかった。なんだか自分に嘘をつくみたいで。
じぶんの鍛錬を、自分で否定するような気がして。
けれども、負けたくない。今持てる全てを出し切って、どうにかして勝ちを奪いたい。
「じゃあ、俺も本気を出す。だが、悪いが少しだけ、準備をさせてくれないか」
「ん、いいよ。待ってあげる。面白くなりそうだし」
慢心……いや、明らかにこちらを試しているのだ。
手加減なんてものじゃない。遥か高みから、まるでこちらに胸を貸すような気持ちなのだ。
だが……胸を貸した相手が凶器を持っていないとなぜ言い切れる?
見せてやる。俺がただの剣道馬鹿じゃないと、見せてやるよ!
「む、レン君が魔術を使うみたいだ」
隣にいたリュエの言葉に、投影されたレン君の姿に目を凝らす。
そんな気配は感じないのだが、彼女が言うなら間違いないのだろう。
目に見えない魔術……まさか、雷による補助を使うと言うのだろうか。
しかし、それにも限界はある。どんなに強化しようが、絶対に……。
補助魔法は、俺の見立てだとパワードスーツのようなものだ。
身体に対して、外から力を加え、それで常人では考えられないような動き、力を発揮するものだと考えている。
つまり、肉体の構造上不可能な運動ですら、強引に可能にしてくれるもの。
それに対してレン君の術は、おそらく身体の機能を極限まで引き出し、基本的な運動能力を底上げするもの。
おそらく最小限の労力で大きな効果を生み出してくれるものだろうが、仮に相手の補助、この場合はヴィオちゃんが纏っているオーラの効果が人間の限界を超えるような力をもたらしているのだとしたら、太刀打ちできないのではないだろうか。
「ん、レン君の髪が起き上がってきた」
「帯電しているのか……?」
「帯電ってなんだい? ちょっと詳しく教えておくれよ」
「電気を溜め込んでるというか、帯びている状態。文字通りの意味だよ」
「ふむ……私もやってみよう」
すると俺の隣で『昇天ペガサスなんたら盛り』のように髪を逆立て始めるリュエさんが。
やだ、ちょっと近くにいたくないんですけど二つの意味で。
「リュエ痛い痛い、パチパチして静電気がヒドイ」
「む、私はそうでもないけど……これでなにがかわるんだい?」
「うーん、自分で使わないと理解できそうにないから説明不可能!」
だが少なくとも、彼は一般高校生レベルの知識を保有しているはず。
あの電気を、効果的に運用する方法を見つけているはずだ。
『……さぁ、来い』
『髪型変えるだけの一発芸とかやめてよね?』
言葉を交わした直後、再びヴィオちゃんの姿が掻き消える。
今度は壁を利用しない、一直線の踏み込みだ。
目にも止まらぬ速さ、いや俺には見えているが、それでも凄まじい速度で迫る彼女が、今度はそのまま飛び蹴りを放つ。
そしてレン君はそれを、しっかりと切っ先を合わせて迎撃する。
これは……痛いな。彼女は具足の類を履いているわけではない。しっかりと合わせられた突きが、彼女の足を正確に貫く。
あの速度の蹴りが見えていただけでなく、しっかりと合わせてみせたのだ。
「筋肉の働きを強めるでなく、神経に作用させてるのか……? 一歩間違えば……再起不能だぞ」
視覚から得た情報を脳に伝え、それに対する答えを脳で導き出し、命令を筋肉へと伝達する。
その一連の、神経を通じたやり取りに、彼は介入しているとでも言うのか?
……正直考えられない。最悪脳が破壊されかねない暴挙だ。そこまでか、そこまでして勝ちたいのか君は。
「……持って二分。レンはそう言っていた。それを過ぎれば、自分は再起不能になりかねないと」
「……だろうな。そしてそれは、おそらくリュエでも直せない」
「ちょ、ちょっとそれどういう事よ……シルル、あんたレンが今何をしているか理解しているの?」
「詳しくは分からない。けれども、レンと同じ知識を持つカイヴォン君が、レンと同じ結論に至ったのなら……たぶんその通りなんだと思う」
彼女を含め、この場にいる全員の視線がこちらに集まる。
……不安を煽るような事は言いたくないのだが。
「人間は、頭で物を考える。脳の事だね。その考えたり、考えた事を身体に反映させるには、当然命令を伝える道が存在する」
「うん、それは分かるよ。回復魔法の使い手は、そういうのがぼんやりと分かるんだ」
「は、はい。リュエさんの仰る通り私も理解出来ます」
「じゃあ、その命令を伝えているのは何か。それは極々微弱な電気……みたいなものなんだよ」
「ええ……? 電気が身体の中を流れているのかい?」
「ああ、信じられないかもしれないけど本当だ。そしてレン君は、雷の魔術の力でその命令の速度を上げているみたいなんだ。たぶん」
詳しくは俺にも分からない。
だが、俺の記憶が確かならば脳そのもののシナプス反応は、電気とはあまり関係なかったと記憶している。
けれども、神経に作用させるのならば、繋がっている脳にも必ず影響が出るはずだ。
本来流れない場所、そこに微弱とはいえ電気を流し続けてしまっては……嫌な表現だが、脳に火が通ってしまうのではないか?
「命令を伝えるラインに電気を流したら、命令を与える脳にまで電気が到達する。そして脳は、一度ダメージを受けたら決して回復はしない……ちょっと違うけど、リュエは回復魔法で人の心や思いを癒やしたり出来ないだろう? それと同じくらい、取り返しのつかないものなんだよ」
曖昧な概要だけの説明。だがそれでも、ここにいる全員が彼の行っている術の危険性、そして脳の重要性を理解したようだった。
「そんな……棄権させるわ」
「私も、それを聞いた以上……」
「……そこまで危険なものだとは思わなかった」
ただ仮に、筋肉にのみ作用させているのだとしたら、おそらく地獄の筋肉痛に襲われる程度ですむだろう。
しかし、あの攻撃に対する反応速度は、明らかにそれだけで説明出来るものではなかった。
彼自身『持って二分』と言っていたのなら、俺の推論は間違っていないはず。
「レン君は意地を張る男の子だ。けれども引き際を見誤ったり、仲間を置いてダメになるような真似はしないだろうさ」
「けど、もう見ていられないわ……」
その時、考え込んでいた様子のリュエが口を開く。
「黙って見ていなよ。きっと、今から止めたんじゃ間に合わない、時間がきてしまう。それなら、ここで彼を見守ってあげた方が良い」
「っ……でも!」
「私なら、この距離からでも回復魔法を届かせる事が出来る。彼に異常が出た瞬間に使ってあげるから、見てあげな」
真剣な様子で、視線を彼から逸らさずに言う。
それは、きっと命をかけて戦う戦士への、彼女なりの礼儀なのだろう。
同様にレイスもまた、視線を逸らさずに彼の戦いを見つめている。
彼女もまた、同じ思いなのだろう。そして、それは俺も同じだった。
「さぁ、残り一分。信じて見守ってあげな」
それは勝利の事なのか、それとも彼が生きて戦いを終える事なのか。
どちらにせよ、その答えはすぐにでも出そうだった。
(´・ω・`)オービット5種+34でとめて原稿優先してます