二百三話
(´・ω・`)四巻の執筆が始まりました。まだ10章も終わっていませんが少し頻度が下がってしまうかもしれません ウゴゴゴゴ
近くの客席からどよめく声が聞こえる。
そちらを見れば、大勢詰めかけた観客の中から立ち上がる、一人の青年の姿。
彼の周りにいる娘さん達が、心配そうな顔で彼を引き止める声をかけていた。
そう、この関係者席を利用出来る、本来の人間。
即ちレン君とその仲間達が、この場に来ていたのだ。
明らかな挑発。そして恐らく、大会運営側としても今日の異常事態、即ちこの残りの試合がなくなってしまったというイレギュラーに対応すべく、彼女の提案を受け入れたのだろう。
予定にない試合を行う。それにより、この異様な盛り上がりを見せる会場を沈静化しようというのだ。
確かにこの興奮が収まり冷静になった時、本来見られるはずだった試合が見られなくなったとなれば、わざわざ観戦にきた客から不満の声が溢れてくるだろう。
それに、どの道あちらのブロックで残っているのはレン君とヴィオちゃんだけだ。
どのみち日程をずらす事になっていたのだろう。
なるほど、つまり三日目の試合の勝者達も、レン君を除いて棄権を申し入れた訳か。
人混みを押しのけ、レン君が関係者席を去って行くのを見届ける。
「少々予想外だけれど、準決勝が行われるみたいだ」
「となると……先に決勝の相手が決まる、という事ですね」
「レイス的には助かるんじゃないかい? 対策が立てやすくなるんじゃないかな?」
「そうですね……ですが、まず私はヴァン選手や、恐らく勝ち上がってくるドーソンさんとの戦いがありますから」
「油断大敵ってね。確かにそうだ。二回戦はともかく、三回戦はあの魔族の男だ。ただの思い過ごしなら良いけれど、アーカムと繋がりがあるとすれば……なにか仕掛けてくるかもしれない」
「ええ、気が抜けませんね」
警戒すべきは、そして注目すべきは本来レイスの試合だけでいい。
だが、さすがにこの状況で試合を見ないで帰るという選択肢はない。
これまで以上に熱心に会場を見つめるレイスと、この少々平時とは異なる空気に酔っているのか、いつもより三割増しくらいで武人化したリュエ。
二人と共に、この突然やってきた準決勝を見守る事にしたのだった。
ああ、この世界はどこまでも広く、上には上がいて、想像もできない強さを持った奴が数多く存在している。
井の中の蛙、大海を知らずってのは、まさに今の俺の事を表す言葉なんだな。
思えば、最初からそうだった。
突然こんな世界に呼び出されて、よくわからない使命を背負わされた。
けれども、自分の力が、これまでの限られた場所でしか通用しなかった自分の力が、平然と幅を利かせ、日常的に使われる世界だと知って、俺はようやく自分がいるべき場所にやってきたのだと、好き勝手自由に振る舞ってきた。
『俺は選ばれたのだ』『俺の力はここで使うためのものだったのだ』そう思った。
自分が呼び出されたのは運命であり、この力を振るい強さを示すのが使命なのだと思った。
けれど……そんなのただの幻想だったのだと、思い知らされた。
俺は、利用されていたそうだ。権力を得るための駒として、大人達に使われた人形だったと知らされた。
そして――罰を受けた。
敵わない相手と戦った。罪のない人間に剣を向けた。己の醜態を、二つの意味で晒した。
踊らされて剣を向け、そして無様に敗北を喫した。
辛酸を、舐めさせられた。
負けたことがない俺が負けた。
プレイドがへし折れた。心が、悲鳴を上げた。
これまでの行いが、牙を剥いて襲ってきた。
仲間の信頼を失いかけた。人々の希望を裏切ってしまった。
重く、苦しい罰を支えてくれた仲間にも背負わせてしまった。
仲間の一人が、俺に厳しい言葉を浴びせた。
『これまでの行い、そして私の助言を無視した報いです』
その通りだった。
けれども同時に、彼女は言った。
『ですが、私にそれを責める資格はもうありません。貴方を、見限ろうとしました』
彼女が涙と共に告白した。そして、心折れた俺の元に残る事を選んでくれた。
最初から最後まで支えてくれた仲間だっていた。けれども、俺が間違っていると認識した上で、見限ろうとまでした人間がまだ側にいてくれる事に俺は感謝した。
まぁ、一人だけ何を考えているのか分からない仲間もいたけれど。
「……来たぞ、ヴィオ」
「ふふん、逃げなかった事は褒めてあげるよ。優勝、したいんだって?」
会場の控室に、オインク総帥と、さっき恐ろしい力を見せつけた女が待ち構えていた。
『ヴィオ』明らかに俺よりも強いであろう相手。
カイヴォンだけじゃなかった。アルバさんだけじゃなかった。リュエさんだけじゃ、レイスさんだけじゃなかった。
上には上がいて、その上にも、その上にも、その上にも上にも上にも、強い人間がいる。
それをこの大会、いやこの世界に来て嫌という程思い知らされた。
「へぇ、震えてもいないし、気圧された様子もないなんてね」
「ヴィオさん、少し控えて下さい。レン、彼女は今すぐに準決勝を行いたいと申し出ています。昨日の勝者および、本日出場予定だった選手は皆棄権を申し入れました」
「あ、もしかして君も棄権する? それでもいいよ。君と戦うのも楽しそうだけれども、私の目標はお兄さん……カイ君だからね」
「っ! いいや、棄権はしない」
カイ。カイヴォン。この世界で一番初めに挫折を味あわせた男。
憎い相手。恨んだ相手。手に入ると思ったモノを持っていった相手。
……そして、おかしな奴。
俺はお前の障害ですらない。けれども、変に構ってくる。
おちょくってくる。その在り方が、奴の強さ、奴の恐ろしい力とかけ離れすぎていて、どう接して良いのか分からない。
敵わないと、心のどこかで理解している。それでも挑みたいと、立ちはだかってやりたいと思ってしまう、おかしな相手。
先輩でもない。ライバルでもない。敵でも味方でもない、おかしな距離感。
「本来の日程まで戦いを伸ばす事も出来ます。昨日の今日ですからね、まだ本調子ではないかもしれませんし」
「……いいや、今日戦う」
「お、そうこなくっちゃ。ふふ、今もね、頭の中で君をどう料理しようかずっと考えていたんだ……強いよね、君。たぶん昨日よりも強い。今この瞬間だって強くなっているような気がするよ」
目の前の、まだ少女とも言えるような小さな相手から、凄まじい殺気を向けられる。
この世界に来るまで、ここまで濃密な殺気なんて受けたことなんてなかった。
訓練、試合。練習、大会。そんな経験を吹き飛ばすような、死と隣合わせの世界。
それを感じさせる殺気を受けて、ゾクリと全身に震えが走る。
……でも、こんなものじゃない。
「あれ? 本当、大したものだね。まだ若いのに相当修羅場でも潜ってきてるの? さっすがエンドレシアの解放者」
「……俺がアイツから受けた殺気、プレッシャーはこんなもんじゃなかったからな」
「ふぅん。それってお兄さんから? ふふ、羨ましいな。私はお兄さんの本気の殺気なんて受けた事ないもん」
悔しいが認めてやる。カイヴォン、お前との戦いが、俺を無理やり遙か高みへと、次の段階へと引き上げてくれた。
あの対峙した時の絶望感。敵わないと知らしめられた救いようのない戦いが、俺の糧となった。
心の奥底に根付き、折れそうになる心を何度も何度も強引に元の位置に戻してくれた。
『あの一戦比べたらこんなもの』そう何度も奮い立たせてくれた。
過酷な罰則も、耐えられたのは仲間の支えだけでなく、お前との一戦があったからこそ。
ならば、今日もここで見ているお前に……今の俺を見せるのは義務だ。
「オインク総帥、試合を受ける。準備を始めてくれ」
「……分かりました。ヴィオさん、反対の控室へ」
「はいはーい。ふふん、じゃあ最初から本気でいくから――君も、死ぬ気でかかってきな」
「んで、ドーソンはどっちに掛けるよ? 俺はそうだな、ヴィオちゃんに5万ルクス」
「俺も配当は低いけどヴィオさんに3万賭けたぜ。いやはや……あの試合の後にあの解放者の兄さんに掛けるやつなんているのかね?」
「案外いるかもしれないぞ。かなりの高倍率になってるだろうし、一発逆転を賭けて」
この突然の組み合わせに、ギルド主催の賭けへと押しかける人間が大勢現れ、すっかり閑古鳥がないております関係者席。
正確にはみんなこちらの席に戻ろうとしたんですけれどね、今は本来の使用目的、つまり関係者以外立ち入り禁止になっているわけです。
まぁその理由というのが、レン君の取り巻きからヴィオちゃんと縁があるであろうレイラ、そしてイルにお供のアイド嬢がやってきたから。
なんでも、異次元の戦いが繰り広げられるなら、詳しく解説してくれそうな人間の側で見たいとかなんとか。
レイスさん、期待されていますよ。
「んで、そこの三人組、なんでそんなお葬式ムードなのよ。昨日あんなに啖呵切っておいて」
「し……仕方ないでしょう!? なによ……あれ、あんな化物……レンが……負けるわけないわ……」
「大会の救護班は、私よりも優れた治癒術師が大勢いますから……アイナ、大丈夫です」
「……うん、たぶん死なない」
「……まぁさすがにあれを見たらなぁ……よし、リュエさんや」
あまりにナーバスすぎて近くにいるこっちも暗くなっちゃうからね。
他意はないよ他意は。
「なんだいカイくんや」
「もしもの時はレン君を治療してあげておやりなさい」
「合点承知。大丈夫、首が取れても意識があるうちだったら助けられるからね、私は。たぶん一秒でも遅れたら死んじゃうけどね! 安心しなよ」
「ちょっと! 縁起でもないこと言わないでくれる!?」
マジかよリュエさん。それってもう半分死者蘇生じゃないですかね?
あ、死んではいないのか。うーん分からない。
「まぁどのみちこのフィールドで死ぬなんて事はないだろうさ普通。ほら、さっきやられたロブス選手だって見てみろ、向こうの席で男泣きしてる」
見れば、クレアさんの側で泣きながら頭を下げております。
いやぁ、運が悪かったんですよ……本当にドンマイです。
「レイス、この試合どう見る」
「……そうですね、レン君が何か秘策を隠しているのだとしたら……出し惜しみは敗北に直結するでしょうね」
「だ、そうだ。三人はレン君が勝つと、信じているんだよな?」
今一度、彼の仲間である彼女達に問う。
けれども、確信を持って頷く様子はなかった。
……そうだ。彼女達は別に冷やかしや、ただの取り巻きではない。
彼女達自身もまた、戦いに身を置く人間。本当は心のどこかで分かっているのだ。
……レン君では、彼女には敵わないと。
だが――
「……レンが勝てる可能性は十分にあるね。君、カイ君が前に言ってくれた雷の利用法。あれをレンに問いただしたんだ。そしたら、未完成だけど私に見せてくれてね」
「む、セーフモード解除かシルルちゃん」
「仲間が敗北すると皆が声を揃えて言うんだ、饒舌にもなるさ。まぁ……それでもその可能性は二割ってところかな。けれども十分。レンは、私達はもっと過酷な道を歩いてきたのだから」
眠そうな瞳を見開き、シルルちゃんが語る。
なるほど、やっぱりレン君は雷魔術を生体電気と組み合わせる術式を考案していたのか。
……けれども、それでどこまで通じるか。
普段の様子はともかく、シルルちゃんは恐らく三人娘の中ではもっとも客観的に物事を見られそうだ。
その彼女が言うのならば……番狂わせも大いに有り得る、と。
「シルルちゃんって言ったかな? 雷の利用法ってなんだい?」
「貴女はカイヴォン君の仲間だろう? 聞いていないのかな? 雷を補助魔法として運用する方法があると彼は言っていたよ」
「なんだって! カイくん、私にも教えて!」
あ、余計なことを。うちの子ってこういう話題になると凄くしつこいんですからね!
前に光の屈折を教えて以来、しょっちゅう寝物語に日本にいた頃の科学の話してあげてるんですよこっち!
しかも寝ないし!
だが実際、人間の筋肉を動かすのも、神経を伝っていくのも電気だ。
微弱な電気。それをもし完全にコントロール出来たとしたら、一般的な補助魔術のように強引に力や速度を上げるよりも、もっと根本的な部分を強化出来るだろう。
まぁ詳しくは門外漢なので分かりませんが。
……しかし二割か、レン君の勝率は。
ヴィオちゃんの戦いぶりを見てなお、シルルちゃんはそう断じた。
けれどもし、もしもだ……彼女がまだ――実力を隠していたら?
あの暴虐が、あの常軌を逸した戦闘能力が、本来の実力でなかったとしたらどうだ?
その二割が、一割と下がっていってしまうのではないか?
分からない。余りにも彼女は謎に包まれすぎている。サーディスからやってきた、四つ耳の小さな拳闘士。そりしか俺は分からない。
そうだ、ここに一人いるではないか。彼女をよく知ると思われる女性が。
「ヘイカモンレイラ。首絞めてやる」
「はいここに」
「うわ本当に来やがった。キモ」
「……あんまりではありませんか?」
「はいはい五秒だけな」
やや離れた位置にいたレイラに声をかけると、次の瞬間には目の前まで移動していた。
首を晒し、頬を上気させながら。
待って。周りの視線が痛い。突き刺さる。心臓貫通しちゃう。
「カイさんアンタ……国際問題に発展しかねるんじゃないかこれ」
「……アンタ、どこまで外道なのよ……」
「いや違うから。俺の所為じゃないから」
いや俺の所為だけど。
手の中で恍惚の笑みを浮かべる変態被虐趣味の娘を開放し、先程の疑問をぶつける。
ヴィオちゃんもこいつの事を知っていたようだし、恐らく詳しい素性を聞けるはずだが……?
「ヴィオ様は共和国最強の拳闘士ですわ。放浪の旅に出たと聞いていましたが、まさかこちらまで渡っていたとは思いもよりませんでした。一時はこちらの国にまで捜索依頼が出ていたのです」
「うっそマジで。じゃあある意味サーディス最強みたいなものなのか」
「いえ、サーディスにはシュン様がおりますから」
「……ああ、そういえばそうか」
「む、なんですかその素っ気ない反応は。いくらカイヴォン様でも、シュン様を軽んじる言動は捨ておけませんよ?」
珍しくレイラが反発しだす。
なに、シュンってば向こうで人気者だったりするの?
熱烈なファンなの? ファンクラブとかあったりすんの?
……羨ましくなんてないぞ。
「シュン様……いえシュンきゅんはみんなの理想の弟なのです。わかりますか? 永遠に小さく、そして生意気を言いながら必死に相手を守ろうとする――」
「あ、その話はもういいです。なんかいたたまれない」
お前、この世界にきてもまだ小さいままなんだな。
「みんな、盛り上がって楽しそうだけれど、もう二人共出てきてるよ?」
とその時、遠慮勝ちなリュエの声に全員がギョッとして戦場に視線を戻す。
今も先程の戦いの余波で荒れてしまっている戦場を職員が片付けているが、それもまもなく終わりそうだ。
二人もまた、その時を今か今かと待ちわびているように、互いの視線をぶつけ合いながら薄っすらと笑みを浮かべている。
……どうやら呑まれてはいないようだな、レン君。
「……老婆心って言うのかね、こういうの」
観客席から身を乗り出し、声を上げる。
きっと君は負けるだろう。だが、それでも、ああ、なんだろうな。
応援、したくなってしまうんだ。君の姿は。
同じ、いやもう今は違うのかもしれない。けれども、同じ世界からやって来た君を、才能あふれる若者である君を、応援したくなってしまうのだろうか。
「レン君! 見せてくれ、最高の君を、最高の戦いを!」
くく、まさか俺から声援を受けるとは思わなかったのかね?
目に見えて狼狽えているじゃないか。
「くく、面白いな、こういうのも。まるで――」
生意気な弟みたいな奴だな、お前さんは。
(´・ω・`)ファミ通カップへの憎しみをファミ通文庫にぶつけるのはやめるんだ! あの二つの会社はもう関係ないんだから!(ファミ通文庫にビブラス爆弾が着弾する絵を書きながら)