二百二話
(´・ω・`)圧倒的暴力
四日目。一回戦最終日がやって来た。
初日から昨日まで、注目選手であるレイス、ドーソン、レン君がたて続けに登場した関係で例年以上の盛り上がりを見せている今大会。
その盛り上がりが最高潮に達したのではと思うほどの盛況ぶりに、これがまだ一回戦だという事を忘れてしまいそうになる。
本日は、恐らく優勝候補筆頭。レイス以上にここまで圧倒的な実力を見せつけてきたヴィオちゃんの試合が行われるという事もあり、混雑を予期していつもより早く会場入りしたわけなのだが、既に立ち見席にまで客が詰めかけているという有様だ。
なお、ギルド主催のオッズも行われているのだが、今日に限ってはほぼ全員がヴィオちゃんに賭けてしまった為信じられない程低い倍率になっているそうだ。
俺? 勿論俺も賭けましたよ。
ちなみに一日毎の賭けだけでなく、大会全日程を通しての賭けも行われております。
締め切りは予選開始前。完全に前情報と各々が仕入れた情報だけを頼りに行われる超高倍率の賭けだ。
勿論俺は、ギルドが定める限度額である二◯◯万ルクスをレイスに賭けさせて頂いております。
倍率は設定されておらず、当たった場合は自分の掛け金の倍額+他に賭けた人間全ての掛け金の二◯%を頂けるそうだ。
是非とも彼女には頑張って頂きたいところである。
「凄い人ですね……関係者席まで埋まってしまうとは」
「なんでもギルドの方で一般開放したらしいよ。二回戦以降はここを使える人間も減ってくるし、今日もこの客の数だからね」
「ヴィオちゃんってそこまで強いのかい? 私は遠目からしか見たことないのだけれど」
リュエはあまり頻繁に訓練施設を訪れなかった関係で、彼女の戦う姿をあまり間近では見ていない。
だが、そもそも彼女は人前で戦うよりも、個人スペースで技の研鑽、コースへのタイムアタックを主としていた。
恐らく、自分と組手をするに値する選手を見つけられなかったのだろう。
俺も後半個人練習がメインであまり手合わせしていなかったし。
「少なくとも……レイスが体術だけで勝つのは難しいと思うよ」
「む? 昨日のあの技を見てもそう言うのかい?」
「なるほど……カイさんがそう言うのなら、きっとそうなんでしょうね」
「ああ。レイス自身、あの技の限界がどこにあるのか気がついていると思う。ヴィオちゃんはその限界をやすやすと超えてくるよ」
昨日、レイスがリュエに放った技。
あれの全貌を解き明かすことはついぞ叶わなかったが、それでもわかったことがある。
レイスの一撃は、自分が目視し、迎撃出来る相手ではないと通用しない。
つまり、常軌を逸した機動力を持つ相手には使うことが出来ないのだ。
一度。一度だけ俺はヴィオちゃんに完全に視界から消えられた事がある。
あの速度にレイスが対応出来るとは到底思えない。
故に、そろそろだろう。ここまでひた隠しにしてきた彼女の本来のスタイルを使う事になるのは。
魔弓闘士としてのレイスをゲーム時代に使った事はない。
ただの弓闘士として、軽く試し撃ちをしたくらいだ。
だが――俺は魔弓闘士の凄まじさを知っている。知っているからこそ、自分でも使ってみたいと装備を用意したのだから。
「レイスの本気を、楽しみにしているよ。魔弓闘士の本領、是非俺に見せて欲しい」
「ふふ、分かりました。その時は持てる全ての力を出し切ってみせましょう」
「あ、そろそろ第一試合始まるよ、いきなりヴィオちゃんだ」
歓声が爆発し、最初の試合の準備が行われる。
いつものように身軽そうな、まるで踊り子のような服装に、やや大きなガントレット、ナックルだろうか? それを両手に装着した四つ耳の小さな女の子。
その小さな佇まいから、魔導具越しからですら伝わってくる圧倒的な覇気に会場の歓声が一瞬だけ途絶えてしまう。
……随分と気合が入っている。ここまでの試合に触発されたのか、それとも――格の違いをここにいる全員に知らしめたいのだろうか。
「……なるほど。悔しいですが、私も今一瞬、呑まれてしまいましたね」
「へぇ……あの子、中々やるね。この時代に、まだいたか。ここまでの殺気を出せる人間が、まだ」
「リュエさんや、ちょっと恐い」
「あ……いやぁついつい」
我が家の娘さん二人が一瞬で武人モードになるくらいには凄まじい殺気だそうです。
俺? すまん、なんかこういうの鈍いらしくて。武者震いとかならまぁ対峙したらするかもしれないけれど!
しかしなるほど。この二人が反応するレベルの殺気を会場全体に向けて放っていると。
そりゃ観衆も黙りますわ。そんな殺気を間近で受けた対戦相手はどうなってるんですかね?
「ふむ、相手も大した度胸じゃないか。平然としているみたいだ」
「ああ、あれは違うよ。殺気を完全にコントロールしている証拠さ。ただ恐怖を撒き散らすだけなら獣でも出来る。けれどもあの子は自分の目の前の相手にはなにも気取らせていない。ふふ、これはかなり酷い試合になるんじゃないかな」
「リュエ、まだ少し恐い。ほら笑って笑って」
「むぅ……私は悪くないよ、あんな殺気を出すあの子が悪いんだよう」
なでりこなでりこ。貴女にそんな顔、そんな声は似合いません。
手のひらの感覚がなくなり始めた頃、解説席から今日も今日とてあの二人の声が届いてくる。
『さぁ、今日で一回戦は最後となるわけだが……なるほど、本日は一試合目から波乱の幕開けの予感だ』
『そのようですな! 手元の資料によりますと、東側の選手のヴィオさんは、隣の大陸、サーディスの出身とありますな。それも、かなり奥深くにある共和国側の人間とありますぞ』
『ほう、共和国ってぇと、エルフ以外の種族の集まりだったか。なるほど、その特徴が見て取れるな』
『ここまでの戦績は……一次予選にて規定の倍の数の証を手に入れて通過。二次予選では全て一発KOで優勝。凄まじい戦績ですな!』
『悔しいが、途中で脱落した人間の中にはギルドの精鋭も多数含まれている。つまり……彼女が現状、もっとも優勝に近いって言っても過言じゃないわけだ』
二人の声にもどこかこれまでとは違う、警戒の色が見え隠れする。
互いに戦争経験者。先程の殺気に過去の戦を思い出したのかもしれない。
そして、その相手の解説へと移行する。
こちらから見るに、かなりの巨体を誇り、そして身につけた鎧もまた重厚。
拳で挑むには中々相性が悪そうな相手に見える。
『対するのは、この大陸の南の玄関口、海運都市ディスラートから来たロブス選手だ』
『ロブス殿は私も面識がありますぞ。あちらの領主であるクレア殿とは何度かお会いした事があるのですが、その際傍らには常にロブス殿が控えておりましたぞ』
『なるほど、つまり領主の身辺警護を任せられる程の人物だと。ここまでの戦績を見るに、その実力は本物だろう。俺としてあの装いには共感を覚える、是非頑張って貰いたい』
クレアさんと言うと、美男美女コンテストの際にレイスに声をかけてきた女性だ。
オインクの次に女性の身で議員に選ばれ、そしてブックさん同様、南側の港町一帯を治める領主のはずだ。
そんな立場ある人間が警護を任せるとなると、なるほど相当な実力者なのだろう。
「耐えて守るタイプの騎士、でしょうか。ですが武器を見るに、筋力も相当あるようですね」
「レイスはロブス選手とは手合わせしていなかったんだね」
「はい。恐らくクレア議員の護衛につきっきりだったのでしょう。あそこまで厳重に固められた武装、確かに攻めあぐねる人間も多いはずです」
「防御メインの騎士かー、少し親近感が湧くね。けれども――たぶん、なぶり殺しにされる」
「リュエ、物騒」
「う……なんだろう、凄く身体が疼いてしまうんだ。ともかく、相手を警戒させないように殺気を出して周囲に自分の存在をアピールしたんだ。ただの試合にはならないよ」
彼女の確信めいた言葉は、現実となるのだろうか。
レイスもまた、喉を鳴らし試合開始の合図を待ちわびている。
会場全体が、異様な空気を醸しながら、その瞬間を固唾を飲み見守る。
そして――――虐殺が始まった。
これは人が死なない大会。けれども、そう表現する事しか出来なかった。
堅牢な鎧。体格差。リーチの違い。そんなもの、彼女には関係なかったのだ。
開始の合図と共に彼女の姿が掻き消えたのだ。
残るのは、青い残滓。青い軌跡。
俺との模擬戦で最後に見せた、自身を強化する術を発動させたようだった。
会場に響く、まるで大きな者同士が激突したような衝撃音。
魔導具に映し出されるのは、分厚い鎧に肘まで突き刺さる彼女の腕。
決まったと、一瞬で勝負が決まったと思った。
だが、膝をつくより先に、負けを認めるより先に、審判が止めるよりも先に、彼女の二撃目、三撃目、四撃目が突き刺さっていく。
鎧が鉄くずと化し、武器が身体を支える杖となり、肉体がただの案山子と果てるまで。
一瞬で全てを破壊され、ようやく身体が地面へと崩れ落ちようとしたその刹那。
『全員! 黙って棄権しろー!』
最後の一撃が、放たれた。
一瞬。試合開始から彼女の叫びが上がるまで一瞬だった。
あの動きをしっかりと捉えることが出来た人間が、会場にどれほどいただろうか。
気がつけば観客席に張られた防護フィールドにロブス選手の肉体が叩きつけられていた。
戦場では、砕かれた鉄片があちこちに突き刺さっていた。
圧倒的暴力。嵐を凝縮してぶつけられたかのような有様。
苛烈なんて言葉で片付くものじゃない、激烈、猛烈、暴虐の化身。そんな言葉こそが彼女には相応しい。
「一次予選同様、余計な戦いを減らしたいのかね」
「これは……余りにも酷すぎます。最初の一撃でもう勝負は決まっていたはずです」
「けれども、たぶん大多数の人間はその最初の一撃すら視認出来なかったんじゃないかな。ルール上、戦闘不能と判断するには相手が倒れるか、それか棄権を宣誓しないといけない。けれども、それをする隙も、審判が止める時間すらないような連撃。止めようがなかったんじゃないかな」
ああ、そうか。彼女は昨日の試合を見て、もう完全にスイッチが入ってしまったのだ。
つまり……早くレン君と戦わせろ。邪魔な選手は今すぐ大会から去れ、と。
そして彼女の叫びは、現実のものとなったのだった。
本日、一回戦最終日に執り行われるはずだった残り三試合が、全て中止になったのだ。
その理由は、全員の棄権。この先、二回戦三回戦で当たる可能性のある選手が皆、戦わずして敗北を認めてしまったのだ。
当たり前だ。負けると分かっていても挑む事だってあるだろう。試合とはそういうものだ。
自分の強さを試すために、強敵に挑むのはロマンであり、戦士の性であり、そして王道だ。
だが……それが試合にならなければどうだ? 例えるなら、絞首台に続く道へと自ら望んで並ぶような、そんな状況。
確実に、無残な結末が待っている状況で、そこにロマンを求めて並ぶ人間がどこにいる?
それほどまでの惨状を、彼女は作り出したのだ。
『ええと……只今発表されましたように、本日の試合はこれにて終了です……勿論不満もありますでしょうが、こうなってしまっては……』
『根性のない連中ばかりだな、と激を飛ばしてやりたいところだが……こいつばっかりは仕方ない。正直、俺もあの嬢ちゃんと戦うにはそれなりの覚悟がいる』
解説席に漂う、お葬式めいた空気が会場にも伝わったのか、特別大きな不満が爆発するような事はなかった。
むしろ、番狂わせや凄まじい戦いが起こりすぎて、この異常事態を楽しんでいる風にすら見える。
ああ、豚ちゃんあたりは頭を抱えていそうだけれど。
だがそんな最中、またしても爆弾が放り込まれる。
未だ戦場に佇み、会場全体に睨みを利かせるようにしていたヴィオちゃんが動き出したのだ。
戦場と客席とを仕切る壁に足をかけ、そして防護壁が及ばない高度まで飛び上がり、見えない壁を飛び越え観客席に降り立った彼女。
そのまま解説席へと向かい、ブックさん達になにやら声をかけているようだ。
だが、さすがにその行動は目に余ると判断したのか、オインクが数名の護衛を連れて彼女の元へと向かっていった。
そのただ事ではない様子に、観客が固唾を飲む。
「中々どうして面白い。やっぱり、俺も大会に出たかったなぁ……」
「……なにやら揉めているみたいですが……オインクさんは大丈夫でしょうか」
「さすがにオインクになにかするのなら、私だって黙っちゃいないよ」
「さすがにそこまで身の程知らずじゃないさ、ヴィオちゃんだって。ふむ、けど何を話しているのかね」
するとその時、解説席からオインクの声が魔導具を通じて届く。
『レン選手。会場に来ているのならば、至急こちらにいらして――』
だがその声が途中で遮られ、ヴィオちゃんの声が会場全体に響き渡ったのだった。
『レン君、他の選手はみんな棄権したよ。さぁ、今から準決勝を始めようか』
(´・ω・`)金! 暴力! FOX!