二百一話
セカンダリア大陸。
サーディスのさらに南側で、こちらとの交流もあまりなく、かつて一度だけオインクも訪れた事があるという大陸。
その時の縁なのか、向こうで召喚された解放者であるナオ君がわざわざこちらに修行に訪れた事もあったという、その程度のつながりしか無い大陸だ。
だが、その大陸にかつての仲間であるぐ~にゃが作ったはずの装備が存在している。
……リュエは見覚えがないのだろうか? ああ、そうか。俺がリュエを作った頃には、もう『ぐ~にゃ』も、そしてもう一人の『エル』もゲームから離れていたっけ。
「……期待していたんだけどなぁ」
期待を込めて試合を見守っていたわけなんですがね?
試合開始と同時に彼、あの装備を身に着けたルーナ選手がですね、相手の攻撃を防げずに吹っ飛んだんですよ。
やめて。その格好で無様に敗北するのだけはやめてください。
だがそんな願い悲しく、そして俺がドヤ顔で『あの騎士の敗北で終わる』と言っていたにもかかわらず、見事エンドレシアからやって来た騎士の快勝に終わりましたとさ。
「……カイさん?」
「そんな目で見ないで下さい。ちょっとあの負けた選手に話があるから行ってくる」
「あはははは! カイくん見る目がないね! ふふふ、カイくん恥ずかしがってる」
「う、うるさいうるさい。こうしてくれる」
「はにふるんはー」
ほっぺビヨンの刑だ。あら、あまり伸びませんね君のほっぺ。
以前レイスを迎えに行った時のように選手用通路へと向かう。
する、やはり先程の試合を恥じているのか、どんよりと暗い影を背負ったルーナ選手がトボトボとこちらへと向かってくるところだった。
そのあまりの有様に声をかけるのが憚れてしまう。
ううむ、ちょっと勇気がいるな、これは。
「あの、すみません。少しよろしいですか」
意を決して、こちらの横を通り過ぎた彼の背中に声をかける。
ゆっくりと、まるで生気を感じさせない足取りで振り向いた彼の顔は、大の男がしていいようなものではない、大粒の涙と鼻水でグシャグシャに濡れたものだった。
他人の目を気にする余裕すらなかったのか、彼はそのままの顔を上げる。
「な゛な゛んだ……わだじを笑いにぎだのが……」
「ああいえ、そうじゃなくてですね」
「ぢくじょう……なにが最強の装備だ……だまざれだ……ごんなどごまでぎだのに……」
「あー……もしかしてその装備って、どこかで買ったものなんですか?」
彼の悔しそうなうめき声にも似た言葉に、察しがついてしまった。
俺は彼に、その装備について聞きたくて来た事を伝える。
するとどうやら、彼は故郷の街のバザールでこれを手に入れたそうだ。
「伝説の装備だって話だったんだ。ファストリア大陸分かるな? あの大陸には伝説級の物品がごろごろ転がっているらしいんだ。それが渡ってきたって話で、私は半年分の給料を叩いて……この大会で勝つために……うっ……」
「あ~……それは災難でしたね。しかしファストリアってそんな凄い場所なんですかね? だったらもっと交易でもしていそうなものですが」
「無理に決まっているだろう……あの大陸は……海からじゃたどり着けないんだから」
彼の口から、信じられない事実が告げられる。
海からたどり着けない……? なぜ?
いや……オインクもあの大陸までは辿り着いていないと言っていた。
ならば、相応の理由があったと考えられる。
「なにがあるのか分からない。どうやっていけばいいのかも分からない。なにも分からないのがあの大陸だ。だが、時折とんでもない品がセカンダリアには流れ着いてくる。だからこそ私は、この装備を……クソ!」
すると突然、彼は下着姿になるのもいとわぬといった様子で装備を脱ぎ、それを床に叩きつけた。
ああ、セフィロ◯コートが! 正確には少し似てる程度だけれども!
叩きつけられた影響で、カランと甲高い音を立てながら肩にとりつけられていたショルダーアーマーが外れて転がっていく。
やだ、ただのカッコイイ黒コートになっちゃった。
「この装備が気になっていたんだろう! ならばくれてやる! 今すぐそいつを私の視界から持ち去ってくれ! くそ……我が家の恥だ。私の代でこんな恥を、汚名を……くそ……くそ!」
最後にそう喚き散らしながら、ルーナ選手はパンツ一丁で去っていく。
残されたのは、くしゃりと床に広がるコートのみ。
……いやぁ、なんかすみません。俺の仲間の装備がなんかすみません。
結局手がかり0だったけれど、こうして懐かしの品が手に入ったので満足しておきますね。
『破損した黒外套』
『取り付けられた鎧を失い本来の性能を取り戻したロングコート』
『上質な素材と丁寧な仕事により、軽さに反して高い防御力を誇る』
【防御力】155
【精神力】85
【素早さ】125
【アビリティ】
[ダメージ耐性+15%]
[衝撃耐性]
[寒暖耐性]
……なんでただのコートに戻った方が性能高くなるんですかね?
いいや、これ俺の普段使いの装備として頂いておきます。
カッコイイしシンプルだし、そろそろ皮装備じゃ物足りなかったし。
ほら、あの鎧『宿命勝者の鎧』はさすがに普段から着て歩くにはいかないから。
「……哀れルーナ選手。壊れた状態だったらまた試合の結果も変わっていただろうに」
ぐ~にゃよ。お前が作る装備は見た目だけだな、本当。
きっと恵まれた素材にどうでもいい物を組み合わせたからあんな性能になったんですね。
早速このコートに袖を通す。さすが神隷期、ゲーム時代の装備なだけはあり、身体にジャストフィットしてくれます。
とりあえずアイテムボックスに収納して今度しっかり手入れをしないとな。
じゃ、観客席に戻るとしますか。
「あ、カイさん! もうレン君の試合が始まっていますよ!」
「あ、忘れてた。どんな感じだい?」
「あの子なら今押してるよ。ほら、剣術を発動するところだね」
席に戻ると、一同が真剣な様子で試合を観戦しているところだった。
すぐ様投影された映像に目を向けると、そこにはレン君が剣、聖剣を正眼に構え、まっすぐに振り下ろす姿が映し出されていた。
対峙している相手はハルバードを横薙ぎに振るっている。
迫りくる刃を、剣で叩き落とすような構図だ。
しかし、彼の剣からは光の礫が飛び散るのを知っている。
こちらの防御力の関係でどれくらいの威力があるのかは分からないが、間違いなくあのハルバードの選手にもダメージが通るはずだ。
だが、それはあくまでただの振り下ろしの場合の話。
彼が今使っているのは紛れもない、俺も知っている剣術だ。
「……アルバから教わったのかね」
それは『大地列断』。ただの素人が少し訓練しただけで覚えられるような初級剣術ではない。
俺がナオ君に教えた『ウェイブモーション』あれは基本も基本、誰もが最初に覚える技だ。
だからこそ、俺ですら短期間で彼に伝授することが出来たのだ。
もっとも、彼はそれを完全には再現出来ず、ちょっとしたオリジナル技にしてしまったが。
しかし大地列断は習得に相当な技量を要する技だ。
キャラクターレベルと職業レベルを鍛え、技量のステータスを上げなければ習得不可能のはず。
この世界はゲームとは違い、個人の力量、経験がステータスに補正をかけてくれる。
となると彼は――
「……悔しいが、地力の差かね」
日本にいた頃から剣を振り続け、その恵まれた才能に努力を重ねた結果だろう。
解放者として常人よりも高く伸び率の良いステータスも後押ししているのだろうが。
そしてそんな彼の剣術は、見事に迫りくるハルバードを両断し、そして刃から飛び散る光の礫と、剣から伸びる光の刃が相手選手に直撃したのだった。
「レイス、あの相手の素性は?」
「あの方も、エンドレシアから来た王国騎士です。近衛隊出身のエリートという話でしたが……」
「うーん、やるねぇレン君。少なくとも前にカイくんと戦った時よりは格段に強くなってるね」
なるほど。それは今後の試合が楽しみだ。
さて、彼の勝利を目撃したのは俺達だけではないわけで。
当然、あの取り巻き三人娘さんもその勇姿をしっかりと目に焼き付けているわけでして。
「いいわよー! さっすがレン! このまま優勝よー!」
「凄いですレン様……もうあの技を使いこなしているなんて」
「……魔法……使わなかった。つまらない」
黄色い声援とダウナーボイス。
そして、そんな三人に茶々を入れるヴィオちゃん。
「あれくらい大したことないしー。私に勝つにはまだまだじゃなーい?」
「ふふん、強がっても無駄よ! 見てなさい、このブロックの決勝でレンがこてんぱんにやっつけてやるんだから」
「うーん……まぁ期待しておくかな。まだ奥の手残っていそうだし、あの剣は紛れもない、国宝級の一振りみたいだし……うん、ちょっと楽しみになってきた」
どうやら、ヴィオちゃんも本格的にレン君をロックオンした模様。
これでもう、彼女が手を抜いたり舐めたりはしないはず。
彼と彼女の戦いが楽しみだ。
その後、残りの二試合も何事もなく執り行われ、大会三日目も無事に終わりを迎えた。
頻繁に三人娘……というよりもアイナをおちょくっていたヴィオちゃんも、あれから真剣な様子で試合を見るようになっていたが、恐らく密かに明日の自分の試合について思いを巡らせていたのだろう。
また、恐らく自分とぶつかるのはヴィオちゃんだと言っていたレイスも、レン君の戦いぶりを見て考え直したらしく、こちらにあの剣術『大地列断』について訪ねてきた。
『どういう技なのか』『対処法はあるのか』『後で自分に打ってみてくれないか』と。
昨日の今日ですよ……大丈夫ですか貴女。
「よーし、じゃあちゃんと手加減はするけれど、危ない事はしないって約束しておくれよ?」
「ええ、勿論です。よろしくお願いしますリュエ」
今日も剣術対策を頼まれ、早速訓練施設へと向かったわけだが、今回はリュエに待ったをかけられてしまった。
曰く『こういう指導は私の方が向いている』と。
遠回しにこちらを力加減が出来ない脳筋だと言いたいわけですね、分かります。
そしてリュエは早速、ほとんど攻撃力を持たないあのネタ魔剣を装備し、フィールドでレイスと対峙し始めるのだった。
『大地列断』は片手剣、及び長剣で使用可能な剣術で、通常プレイの範囲で覚える技の中では最高クラスの破壊力を秘めている。
そこからさらに縛りプレイのような苦行を乗り越えると『天断シリーズ』を会得出来る訳だが。
そんな高威力の技だ。いくら威力の低い剣であろうとも、彼女のレベルとステータスで放てば相当な威力になるはずだが、その辺りの調整も彼女ならば可能なのだろう。
今後の課題とし、今回はリュエの動きをしっかりと観察しようと二人の脇で審判のように立ちその戦いを見守る。
「……じゃあ、行くよ」
リュエの声色が、一オクターブ低くなる。
凄まじい速度の踏み込みと共に、レイスとの間にあった二◯メートル余りある距離を一瞬で◯にする。
そしてその踏み込みの最中に掲げていた剣を、彼女の目の前にたどり着くと同時に振り下ろしたのだった。
……待て待て、移動しながらの発動に踏み込みの勢いを乗せるなんて芸当俺には出来ないぞ。
あれは座標固定から僅かな貯めの後に出す技ですから。レン君も攻撃を迎撃する形で立ち止まってから発動していましたよね?
それにアルバだって。最後の決め技として使っていましたよね?
そんな独自の進化を果たした一撃がレイスを襲う。
いくらダメージが体力の消費に変換されるとしても……。
「レイス、無事か!」
閃光に目を瞬かせながら急いで彼女達の元へ向かう。
だが――そこに広がっていたのは俺の予想を覆す、まったく想定していない光景だった。
倒れ伏していた。うつ伏せに、見事に全ての体力を失い。
長い白髪を床に広げ、完全にダウンしているのは、レイスではなくリュエの方だったのだ。
「うー……動けないー! レイスー、カイくーん! 起こしてー!」
「今のは……レイス、何をしたんだい?」
「これが、先日カイさんの攻撃に合わせて使うつもりだった秘策です。どうやら……リュエには当てる事が出来たみたいですね」
なにも見えなかった。
剣術の閃光の影響もある。だがあの一瞬の交差にそんな一撃を叩き込んだとでもいうのだろうか?
うつ伏せの彼女をひっくり返し、両手を掴んでひっぱり起こす。
とても晴れ晴れと、そして興味津々といった様子でレイスへと振り返った彼女が言う。
「参った、完全に私の負けだよ。これから先、剣術で私がレイスに勝つのは不可能だ!」
朗らかに笑いながら完敗宣言をするリュエ。
一体、なにをしたんですか貴女……。