百九十九話
(´・ω・`)明日には発売だぞー
『ふぅ……さて、いよいよ本日の最終試合だ!』
『なぜだかいつもより疲れた気がしますな』
『ブック殿、今度の試合はそうも言っていられないぞ! なにせ優勝候補の一人の登場ですからな!』
『むお! これは気合を入れ直さねばなりますまい!』
さて、ついにやってまいりました我らがお父さん、一児の父で、愛する奥さんに見守られて登場する全独身男性の敵、ドーソン!
解説席からも、先程までの空気を払拭しようとする意思がひしひしと伝わってきており、必要以上にハードルが上げられていく!
さぁ、盛大に本日一番の戦いを魅せてくれよ、ドーソン!
「ドーソン君出てきた! また変なローブ着てるね」
「なかなか値段が張りそうですね……金糸の見事な刺繍です」
「あれを着ているのが別な人間なら様になるんだけどなぁ」
現れたのドーソンと、その対戦相手の……性別不明の人物。
以前の俺同様、全身をフルプレートアーマーで覆い隠すその姿は、十分に威圧的であり、この先の戦いの行く先を不透明なものにしてくれる。
む……けどあの甲冑、見覚えがあるな。
『さて、ここで選手の紹介と行きたいところだが……おいドーソン聞こえているか!』
『むお! お知り合いですかな?』
『ああ、俺の住んでいる屋敷の近くの住宅地に住んでる奴でな。昔からよく俺が鍛えていたんだ』
なんとここでまさかの新事実。白銀持ちに鍛えられていたのかお前さん。
『お前が他の連中よりキツイ状況なのは俺がよく分かっている。だが、毎年毎年中半端なところで終わりやがって! いいか、今年も本戦まで勝ち進んだんだ。いいところをここで見せてやれ!』
『ゴ、ゴルド殿、一方の選手にそんな肩入れだなんて……』
『いや、今回に限っては許される。なにせあいつの相手は――』
ゴルド氏の激に会場が温かい笑いを浮かべる。
ふむ、しかしどうやら相手の選手についてもゴルド氏はなにかを知っている風だ。
「カイさん、あの方の鎧なのですが……ギルドの職員が着ているものと同じでは?」
「あ! そうか、どうりで見たことあるはずだ。じゃああれはギルドの職員なのかね」
「ギルド職員が出るっていうのもおかしくないかい?」
これはどういう事かと、ゴルドさんの解説の続きを待つ。
『こいつは冒険者でありながらギルドの職員でもあってな。今回その任が解かれて、こうして普通の冒険者として参加したわけだ。だが――つええぞ、奴は』
『ふむ、手元の資料によりますと……なんと、内定調査の人間ですと!? 宜しいのですかな、このような公の場に出て!』
『今言ったように、その任が解かれたんだ。少し前までアルヴィースの街にいた冒険者なんだ』
内偵調査……やはり豚ちゃんもあの異常な状況を探ろうと動いていたのか。
となると、俺があの街で動いていた時も、その人物が側にいた事になるな。
……まさか。
『さて、ドーソン。お前もよく知る相手だぞ。別に道場や流派を作った覚えもないが、あえてこう言わせてもらおう。同門対決だ』
『ふむ、となるとドーソン選手同様、この相手……ゴトー選手もゴルド殿の愛弟子と』
『そういうこった。さぁ、見せてくれお前ら!』
その正体は、あの街で世話になった冒険者、そして補佐として働いてくれたゴトーだった。
俺同様に兜を脱ぎ捨てたゴトーは、ニヤリと笑いながらドーソンを見据える。
ははは、ここまで伝わってくるくらい狼狽えてるなあいつ。
「ゴトーはギルド側の人間だったか。まぁ確かに補佐としてあそこまで優秀な人間がただの冒険者の訳ないよなぁ」
「あー、そういえば見たことあるよ。私に仕事を割り振ってくれたり、アイツの屋敷のワインを買い占める手伝いもしてもらったっけ」
「買い占め……!? リュエ、ニ、三本欲しいという話だったはずですよ?」
「……あ」
隠れた浪費家があぶり出されました。
なにはともあれ両選手の紹介も終わり、いよいよ試合開始の号令がかけられようとしている。
ドーソンは杖を構え、そしてしきりに周囲の状況を見ている。
既にこのフィールドを活かす戦術を脳内で構築しているのだろうか?
対するゴトーは、まるで大きな木をそのまま切り倒したかのような極太の槌を構えていた。
槌というか、メイスになるのだろうか? いやむしろ巨大な木製バットか?
「カイくん! ゴトーの武器、あれ杖だよ! しっかり魔力の痕跡がある!」
「はあ!? あいつあのなりして魔術師だったのかよ!」
俺の記憶に残るゴトーは、筋骨隆々の身体にタンクトップ、そして作業用ズボンというどこぞの職人や戦士のような出で立ち。
そして今構えているのも、どう贔屓目に見ても巨大な鈍器にしか見えない。
あれが杖だって? どうなってるの? ウィン◯ーディアムレヴィオーサ(物理)なの?
「なるほど……ゴルドは昔から戦斧、金棒、鎚を武器に戦う戦士でしたが、彼の弟子となるとあの武器も頷けますね……魔術を補助的に扱うのでしょうか」
「む、じゃあドーソン君はどうなるんだい? 彼が大きな武器を振るう姿なんて想像出来ないけれど」
「確かに俺より細いくらいだしなぁ」
肉弾戦主体の流派のように思えるが、そうなると確かにドーソンは異質に見える。
ふむ……しかし言われてみれば、彼が得意とするのは白い石を生み出す魔術だ。
見方を変えれば、鈍器を生み出していると言えなくもない、か?
『試合開始!』
思考の海から引き上げられ、戦場の動きへと目を向ける。
開始早々、ドーソンが杖を自分の足元へと突き立て、そこを起点に太い、人が一人乗れるような石柱を生み出した。
乗れるような……いや、事実乗っている。完全な安全地帯へと逃れるかのごとく、地上六メートルはあるであろう高さからゴトーを見下ろすようにしているドーソン。
通常の戦士なら完全に手詰まりとも言える状況を一瞬で作り出した、一見すると地味な魔術師。
そのギャップに先程まで冷え切っていた会場が徐々に温まりだす。
投影の魔導具では、ドーソンが注意深く戦場を見下ろしながら、次の一手をどうするべきか思案している風な表情を浮かべている。
対するゴトーもまた、まさかこんなに早く動きがあるとは思わなかったのか、若干の驚きと共に、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「さすがだなドーソン。魔術に磨きがかかってるじゃないか」
「生憎俺は出来損ないなんでね。まずは安全に策を練る土台が必要なんだ――よっと!」
柱の根本から、まるで急激に根を伸ばすようにして石の茨が縦横無尽にはしる。
そこまで殺傷能力があるようには見えないが、あれでは足場が悪くて思うように動けないはずだ。
そして間髪入れずに、ドーソンは柱の頂上からゴトーめがけて石の槍を投擲しだす。
……えげつねぇ。個人戦でいきなり攻城戦のような真似をしはじめるとは。
「……格下や同格の近接職の人間じゃ手も足も出ないな、あれは」
「いやぁ凄いねぇドーソン君。発想が凄く卑怯くさくて、実に魔法使いらしいスタイルだね!」
「それは褒めているんですかね?」
「私もリュエと同意見です。後衛の人間は、いかに相手が嫌がる行動をし、そして自分を安全な位置に持っていくか。これが基本にして奥義とも言えますからね。そういう意味では、彼はどこまでも魔術師然とした良い戦い方かと」
「なるほど。だが、相手はあんな見た目だけど同じ魔術師だ。このまま終わるって事はないだろう」
俺の予測はすぐに現実のものとなった。
ゴトーが身の丈をそのまま隠してしまうような巨大な杖を振りかぶり、槍を弾き飛ばし始めたのだ。
砕かれた石礫はそのまま散弾のようにドーソンへと殺到する。
だがそれくらいは折込済みなのか、柱の頂上がドーム常の石に覆われる。
……いや、それはダメだ。
俺は、かつてドーソンがレイスと戦った時の一幕を思い出した。
あの時、自分の身を守るために石の壁に隠れていたが故に、視界が疎かになりレイスを見失った。
それがそのまま敗北へと繋がったのだ。
『相変わらず嫌らしい戦いをするドーソン! こりゃ下手すると千日手かもしれんが……』
『む、ゴトー選手に動きがありますぞ!』
ゴトーが周囲の茨を根こそぎ砕き、そしてその礫に向けて魔術を発動させる。
生み出されたのは、一塊の石の玉。
杖の形状と良い、あの玉といい。これはもしかしなくても――
「なるほど。あの魔術は質量を生み出すのに殆どの魔力を使うから、生み出した物を浮かせたり飛ばしたりする推進力を付与出来ないんだ。だからドーソン君も槍を投げていたんだね:
「そして、ゴトーさんがしようとしているのは……」
打ち出されるのは、大砲もかくやという石の大玉。
メジャーリーグのースラッガーよろしくとんでもない速度で打ち出されたそれは、見事にドーソンの作ったドームを一撃で砕いたのだった。
その衝撃は凄まじく、ドームだけでなく柱上部を砕き、その破片が観客席前の防護結界に衝突する程。
これは、勝負あったか?
そう思った矢先。柱の根本から極太の槍が突き出る。
大きな杖を振り終えた反動で身動きがとれないゴトーの腹部めがけて飛び出す槍。
会場全体が驚きの声を漏らすも、その声をかき消すように苦悶の叫びがこだまする。
「カイさん。あの柱、中が空洞です」
「……なるほど。ドームは観客含めて周りにカラクリを見せないためだったか」
「へー! 大きいだけじゃなくて繊細なものも生み出せるんだ。ちょっと後で研究してみようかなぁ」
恐らく、ドームに覆われた瞬間ドーソンは柱内部を伝って地面へと降り立っていた。
そして、恐らく自分の身を守る壁を作れば、あのような手段で壊しにかかると読んだが故の攻撃。
『これは! 勝負ありですかな!?』
『いや、まだだ。あれくらいでへばるような鍛え方はしていないからな』
強靭な肉の鎧が、ドーソンの槍に打ち勝ったのだろうか。
かなり消耗している風だが、確かにゴトーはまだ両の足で大地に立っていた。
そして……ドーソンもまた、すでに立っているのもやっとの様子。
……そうか、普通はそうだよな。
あんな大規模な魔術や魔法を立て続けに使ったんだ。MPだけじゃすまないだろう。
恐らく、短期決戦を狙った後先考えない猛攻。
だが、あと一歩ゴトーを仕留めきるには至らなかった、と。
「……これは勝負あったかな。ドーソン君、もう魔法が使えない」
「彼はよく健闘しましたね……会場全体がこの戦いに熱中しています」
ゴトーがゆっくりと一歩踏み出す。
疲れた笑みを浮かべながら、語りだす。
『お前がこっちの道に進んでから、随分とたったな』
『……ですね』
『油断もあったが、知恵比べで完全に負けた。だが――今のお前じゃもう無理だ』
足を引きずりながら、逃げる素振りも見せないドーソンへと向かう。
まだなにか、なにか奥の手はないのかと期待を込めて彼を見る。
だが――
会場に、カランと乾いた音が響く。
杖だ。杖が倒れた音だ。
自分を支えるように持っていた杖。それを手放し、地面に転がった音だ。
まるで敗北を認める合図のようなその音に、これで終わりだと、恐らく会場にいる人間全てがそう思ったはず。
いや、違う。少なくとも二人、彼の勝利を信じている人間がいる。
声が耳に飛び込んでくる。魔導具越しではない、小さな子供の声が。
きっと、ドーソンまで届かないような声量。だがそれでも確かに――
大きな杖が振り下ろされる。
持ち上げるだけでやっとであろうそれを、最後の力を振り絞ってドーソンめがけて叩きつける。
杖もなにも手にしていない彼に、まだ動きはない。
だが、声は届かなくとも、思いが届いたのだろうか。
おもむろにドーソンは腰を落とし――
『こりゃ大会棄権するハメになるかね』
瞬間、轟音と共にゴトーの杖が観客席へと叩きつけられる。
「は? 今ドーソンの奴、殴った?」
「腰、膝、肘、すべてを活かした最高のアッパーカットでしたが……これは一体……」
杖が、半ばからへし折れていた。
振り落とした体勢のまま、ゴトーが笑い声を上げる。
『くく……なんだ、やっぱりお前まだもこっち側だったか』
『勘弁してくださいよ。膝、完全にイっちまいましたよ』
『……さすがに、得物ぶっ壊されてまで勝ちにこだわるつもりはねぇ。審判、俺の負けだ』
一撃粉砕。まさかの肉弾戦での決着。
呆気にとられる会場。そしてやや遅れてから、まるで衝撃波のような歓声が響き渡る。
「ははは……マジかよドーソン。あいつ肉弾戦もいけるクチなのか」
「……先程の発言といい、今の様子といい。どうやら彼は、あまり激しい運動が出来ないみたいですね」
「そういえば、レイスと戦った時も、今も、あまり動かない戦い方だったね」
「言われてみれば……」
予選の時も、あらかじめ罠を設置したりと、極力激しい運動、なかでも足を動かす戦いを避けていたようにも思える。
ふむ……昔膝に矢でも受けたのかね。
「なんにせよ、ドーソンの勝ちだ。すぐにおちょくりに行きたいところだが――今日はやめておくか」
観客席の住みから、子供を抱えた女性が足早に立ち去る姿を見て、今日のところは悪戯心をぐっと堪える。
やったな、ドーソン。娘さんにカッコイイ姿を見せられたじゃないか。
やっぱり『お父さん負けるな』は、最強の呪文だよ。
(´・ω・`)みんなのもとに素敵なおっぱいが出荷されるまであと少し