百九十四話
(´・ω・`)試合開始
『ではこれより七星杯本戦の開会式を執り行います』
壇上のオインクの姿が投影され、会場の人間の視線がその一箇所へと集まる。
うっすらと化粧をしているのか、悔しいがいつもより二割増しで美しい彼女が、よく通る声で開会の言葉を述べている。
『先日の挨拶の際も言いましたが、今年は開会が早まり、また予想外のアクシデントで本戦出場者が欠けてしまいましたが――その代わりに、他では見られない戦いを見ることが出来たのではないでしょうか』
微かに口角を持ち上げるその表情は、明らかにこちらへの皮肉も込められたものだろう。
いやぁすみません。トーナメント表作るのって結構大変ですもんね。
だが幸いにして、本選出場者が奇数になる事もなく、またうまい具合に人数が揃ったお陰で、シード枠というものがない、全選手が行う試合の数が一定となる表になっている。
魔導具の片隅に映し出されているトーナメント表には、選手名こそないが既に出場者分の空白が表示されており、その数実に三二人だ。
『さて、長々と話を続けるのも退屈でしょうし、既に本日の第一試合を行う選手には通達がいっています。その他の選手の組み合わせは、第1試合が終了した瞬間に発表されますので、それまで選手用観客席にてライバルの戦いぶりを観戦して頂きましょう』
その言葉を締めとするのか、壇上からオインクが下りていく。
そして、再び自らその壇を抱えて去っていく姿に会場から笑いが漏れる。
これ、豚ちゃんの持ちネタかなにかなんですかね?
さて、選手たちが会場を去っていく中、二人の人間がその場に取り残される。
そしてその姿を会場にいる全ての人間が注目する。
「カ、カイヴォン様! やっぱり迎えに行った方が宜しいのではないでしょうか! レイス様が、レイス様が!」
「あー……うん。少し落ち着こうか」
この娘、不測の事態に陥ると急に天然になってしまうのでしょうか。
この期に及びまだレイスが迷っているだけだと思っているようです。
なんだか見ていて面白いのでもう少しこのままにしておきましょう。
既に魔導具の映像にはレイスと、そして対戦相手となる男性の姿が映し出されている。
今日のレイスは、自身の戦装束として以前俺が[カースギフト]を使い防御性能を底上げした赤いドレスを身にまとっている。
そして予選から通じてずっと背負ってきた弓を、今日も布で巻いたまま背に背負っている状態だ。
これから戦う人間にはとても見えない、まるで夜の社交界から迷い込んできたかのようなその出で立ちと、彼女の美しい、豊満なプロポーション、そして涼し気な表情に会場全体がため息をつく。
……ああ、このアップの映像を保存したい。あとカメラさんもう少し下、下映して下さい。
たわわな果実を是非大迫力で――あ、ダメだ他の連中に見せてなるものか。
それに対するのは、スケイルアーマーを着込み、また胸や腕、脛にプロテクターのような鎧を装着した剣士。
遠目から見ても質の良さそうな装備に、相手もまた装備を揃えるだけの稼ぎがある、ここまで勝ち上がるに相応しい選手だという事が窺い知れる。
剣はどうやら片手剣で、左手には盾の代わりに拳に鋭い突起のついたガントレットを装着している。
あれで打撃攻撃も駆使するのだろうか? 随分と攻撃的なスタイルだ。
「ああ……もう試合が始まってしまいます。父が解説席に……」
「あ、ゴルド君もいる。今日はブッくんと二人なんだ」
「お、本当だ。差し詰め実況がブックさんで解説がゴルドさんなのかな? 初日から試合を見ていたようだし」
さて、ちょいと解説席の様子が気になるので、自身に[カースギフト]を使い[五感強化]を付与する。
うまく制御すれば、聴覚や視覚、嗅覚など特定の感覚だけを強化する事すら可能になるこの自身への付与。
さて、ではちょっと二人の様子を見てみましょうか。
「いやはや、こうしてこの街でブック殿とまたこうして肩を並べられるようになるとは思いませんでした」
「ああ……そうですな……」
「どうなされた、ブック殿」
「いえ……私の目が確かなら、レイス殿が会場にいるように見えるのですが」
「ああ、レイス先輩は出場選手としてここまで勝ち上がってきているんですよ。知らなかったのですか」
「な、なんと! カイヴォン殿……こういう事でしたか……」
「ふぅむ、しかし本当に懐かしい……あの戦いを思い出し――」
面白いくらい慌てている彼の姿が、この場にいる彼の娘さんとよく似ていました。
やはり、親子である。
それにしても、ゴルド氏とブックさんは顔見知りだったのか。やはりかつての戦争で一緒に戦った間柄なのだろうか?
「アイちゃんどこに行くんだい? 試合始まっちゃうよ?」
「む、迎えにいかなくては……レイス様が……」
「レイスは選手として試合に出るんだよ? ほら、座った座った」
「そんなまさか……」
彼女はレイスが元冒険者だと知らないのだろうか?
それとも、まさかここまで勝ち上がる程の腕前だと知らないのか。
だがアイド同様、とてもじゃないが戦えるようには見えないと、何かの間違いだろうと思っているのは会場の観客の中にもいるらしく、野次を飛ばす人間もちらほらと見受けられる。
だが、側にいたこれまでの試合を見ていた人間に声をかけられ、まるで信じられない話でも聞いたような顔でレイスを凝視しだす。
はっはっは、うちのお姉さんは最初からここに至るまで圧倒的な戦績でしたからね!
『では、これより第一試合を開始するぞ。実況は名軍師としてかつて戦場を駆け巡り、現在は大陸北部を治めている領主、ブック・ウェルド殿だ』
『せ、先日エキシビションでも実況をさせて頂きました、ブック・ウェルドです』
『解説は俺、議員らしくない議員と陰口を叩かれる、元冒険者ことゴルドだ。いや、例年ならこの役目はリシャルがやる筈なんだがな? 先日の敗北のショックで屋敷に閉じこもっちまっててな』
『ゴ、ゴルド殿』
『脱線したな。じゃあ両選手の紹介に入らせてもらう』
やだ、そんな事実知りたくなかった。
結構ナイーブだったんですね、リシャルさん……後で御見舞兼槍の取り立てに伺わなくては。
『東側の選手はギル・ジェイドだ。彼はエンドレシアの冒険者ギルドの出身だが、数年前からこちらの大陸に渡り開拓村の警備の仕事についている。魔物相手の戦いの経験なら、おそらく相当なものだ。予選から今までの戦いぶりから判断するに、高機動高火力の剣士って感じだな』
『彼は私も知っておりますぞ。我が領地の山岳部での魔物討伐の際、獅子奮迅の活躍をしましたからな』
『つまり実績も知名度も十分って事だ。二次予選のトーナメントは見事一位通過だ』
相手選手の解説がされる。
なるほど。この大陸は魔物の数も少なく平和だと思っていたが、ここまで広大な大陸だ、まだまだ未開の地が多いのだろう。
そこで戦う人間となると、他の冒険者よりも遥かに密度の濃い日々を過ごしていると見るべきか。
映し出された映像を見れば、自身の紹介に照れているのか、少々うつむいてしまう三十路をすぎた辺りの男性の姿が。
なんとも微笑ましい。
そして、次はお待ちかね、我らがお姉さんの紹介へと移る。
『さて、続いては西側の選手だ。恐らく会場の人間も彼女の詳細を知りたいと思っているだろう?』
『私も是非しりたいですぞ! これまでの戦績や戦いぶり等を是非!』
『彼女の名前はレイス・レスト。活動記録はあまり残されていないが、Aランク冒険者でこの大陸の出身だ。正直、彼女が大会に出ている姿を見て目を疑ってしまった』
日頃リュエや自分のランクの所為でいまいちピンとこないが、それでもやはりAランクという肩書は伊達ではないようだった。
周囲のざわめき、そして側にいるアイドの反応からもそれは明らかだ。
『第一予選初日、彼女は一番最初に予選突破を果たし訳だが、その後も怒涛の快進撃を見せてくれたぞ。二次予選では相手にほぼなにもさせずに巧みな格闘技で勝ち上がり、更に二次予選決勝では大規模な爆発魔法を披露してくれた』
『なんと……是非私もこの目で見たかったですぞ……』
『優勝候補の一人として噂されている程だが、相手も叩き上げの剣士。これは初戦から随分と見応えがありそうだ。では、そろそろ位置についてくれ』
両者が戦場で向かい合い、握手を交わし距離をとる。
握手した瞬間、ギル選手の表情がだらしなく緩んだ瞬間を魔導具がしっかりと映し出しておりました。
仕方ないね。
『それでは第一試合……開始!』
始まりを告げる鐘が鳴る。
するとその瞬間、様子見をするでもなく、真っ先に姿勢を低くしたレイスがギルへと向かい疾走しはじめた。
剣対拳。リーチ差は明白であり、距離を詰めなければ本来話にならない組み合わせ。
だが彼女は、仕込みナイフから腕に装着した篭手、さらに背負った弓と、戦う為に必要なあらゆる武装を仕込んでいる。
が、どうやらまだそれらを駆使するつもりはないらしく、両手を開いたまま相手の手を取ろうと手を伸ばした。
「虚を上手く突いたね。外見で惑わされたんじゃないかな」
「……あんな姿で急に迫ってくるとは思いませんもの……」
リュエが感心したように呟き、それにアイドも賛同する。
その意見には俺も同感だ。あんな服装をした淑女があんな速度で迫ってくると誰が予想出来ようか。
だがそれでも、ギル選手もやや躊躇しつつも腕を振るい、剣の長さを活かし牽制する。
しかし、最初の戸惑いや虚を突かれた影響か俺の目から見てもその剣閃は鈍く、容易に躱され――は?
『おおっと! 裏拳一閃! ギル選手の剣が砕かれた!』
『あの腕に装着されている篭手……よく見ると手の甲にソードブレイカーのような突起が付いているな……裏拳だけじゃなくてあそこに引っ掛けたのか』
ええ……そんな秘密兵器どこで手に入れたんですか。
いやそもそも、いくら腰の入ってない一撃だからって狙って折ったり出来るんですか?
「あ、この間私の剣と一緒に作ったやつだ。見ておくれカイくん、あの革の篭手に私の闇魔法で作ったフックが仕込まれているんだよ」
「ちゃっかり自分の装備も作ってたのか……」
剣を折られたギルが、一瞬驚きの表情を浮かべるもすぐさまそれを手放しレイスへと掴みかかる。
彼女のその長い髪へと手を伸ばすも、残念ながらそれは悪手。
自分の長い髪が戦いにおいてウィークポイントになりえると自覚しているのか、まるで読んでいたかのようにその腕を自分の腕で絡め取ってみせた。
レイスを相手に安易に手を伸ばす恐ろしさは、俺もアキダルで味わっている。
一度、組手の際に腕を絡め取られ、そのまま肘を破壊されそうな状態まで持って行かれた事がある。
幸い、ステータス差でそこまでの状態にはならなかったのだが……。
『あれは“柳枝”ですな。護身術の一つで、柳の枝のようにしなり、そして絡みつく技です』
『こいつは……ギルは抜けられるか、この膠着状態から』
映し出される映像では、二人が取っ組み合いをしているかのような状態で拮抗しているように見える。
だがその表情を見れば、明らかにギルが苦悶の表情を浮かべ、対するレイスはただ真剣な様子で何かを口にしている。
映像と一緒にかすかに聞こえてきたその声は『降参を』という小さな勧告。
身体的ダメージは体力の消費へと変換されるかの戦場。だが、致命傷以外はそうならないという事はすでにリュエ対アルバの一戦で証明されている。
このままいけば、間違いなくギルの両腕は破壊されてしまうだろう。
そうなってしまえば、もはや体力の残りうんぬんではなく、試合続行不可能だ。
「レイス本当に強いな……ステータス差がなければ絶対に俺より強い」
「レイス様……大丈夫でしょうか?」
「大丈夫大丈夫。ほら、レイスの腕は相手の肘の外側にあるだろう? あのまま少しレイスが力を加えたら、一方的に相手の肘を壊せちゃうんだと思うよ。凄いねぇ」
「ひっ!」
楽しそうに解説する事じゃないです。普通に恐ろしいです。
するとその時、膠着状態の二人が互いの腕を放し距離をとった。
そして自分の肘を擦るギルが、ゆっくりと片手を上げ――
『どうやら敗北を認めたようだな。武器破壊、そして両腕を壊される寸前まで追い込まれた以上、正しい判断だ』
『はっ! つい言葉を忘れて見入ってしまいました! しょ、勝者! レイス・レスト選手!』
初日第一試合は、見事な技術を披露したレイスの勝利で終わりを迎えた。
会場の人間もまた、まさかの展開、そしてその技拓に驚きを隠せず、大きな歓声と拍手を両選手へと送るのだった。
「凄いぞレイスー! いいぞレイスー! このまま全員の腕へし折って優勝だー!」
……あの、忘れてませんかリュエさん。あの人、後衛ですからね? 魔弓闘士ですからね?
(´・ω・`)レイスさんこわい