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百九十三話

(´・ω・`)本日解禁となりましたが、なんとこの度『暇人、魔王の姿で異世界へ ~時々チートなぶらり旅~』のコミカライズが決定致しました。

詳しくはファミ通文庫の公式サイトやツイッター、またはアキバブログさんに掲載されております。

「なんと、レイス殿は先に会場へ向かわれたと」

「ええ、オインクの補佐で大会前の式典の準備で忙しいようで」

「確かに今オインク殿の補佐を努めているのは秘書の女性だけですからな……正式にアルヴィース一帯の領主が決まったあかつきには、現在領主代行を努めているイクス殿をギルドに迎え入れるという話ですから、それまではオインク殿もお辛い状況でしょうな……」


 魔車の中で、ブックさんを驚かせるため偽の情報を伝えつつ、彼の話を聞く。

 彼の言うように、現在オインクの政治的、そしてギルドの組織的な補佐をする人間が少なく、常に彼女自らが動き続けている事を心配しているようだった。

 エンドレシアには、オインクが留守の間もギルドをまとめ上げる副長の存在があった。

 だが、この地には元冒険者として今の冒険者達をまとめ上げるゴルド氏や、首都の旗印として羨望を集めるリシャルさんのような人はいても、副長のような存在がいない。

 そう考えると、今俺がでっちあげた『レイスが補佐として』という理由は中々様になっているというか、理想的ともいえるのかもしれない。

 ……まぁ絶対にオインクには渡さないけれども。僕らのレイスお姉さんは絶対に渡さないんだからね。


「で、さっきから妙にげっそりというか口数が少ないですね、アイドさん」

「も……申し訳ありません。少々、色々ありまして疲れが……」

「昨日は強引に連れ回すイルがいなかったから休めたんじゃないのかい?」


 魔車の中には、ブックさんの娘であるアイドの姿もあった――のだが、まるで乗り物酔いでもしたかのような表情で、ぼーっと天井を眺めていた。

 連日、イルに連れられて夜の社交界を渡り歩くハメになっていたそうだが、少々この様子は異様だ。

 彼女は元々ブックさんに代わって町の治安を維持したり、時には領主代行として公の場にも出ていたはずだ。

 ふむ、やはり中央は地方とは勝手が違うのだろうか。


「私もそろそろ口を開いていいかい? お口にチャックは終了してもいいかい?」

「どうぞどうぞ」


 とここで、ブックさんを驚かすために余計な事は言わないようにと釘を刺していた相手、リュエが口を開く。

 いやいや、なにも話すなとは言ってませんよ俺。


「アイちゃん、もし気分が悪いなら回復魔法を使ってあげようか? それとも悩み事かい?」

「リュエ様……そうですね、悩みというよりは気疲れでしょうか。実は――」


 彼女が言うには、イルに連れられて歩きはしたものの、面倒な手合にからまれた時は彼女が風よけとなり守ってくれていたそうだ。

 だが、昨日はそれがなかった為、その面倒な手合……この場合は『お誘い』をかけられるハメになったそうだ。


「アイちゃんモテモテだね! 美人さんだもんね」

「今年のミスセミフィナルにそう言っていただけるのは光栄ですわ。けれども、中々面倒なものです。お客様としてでなく、一人の男性として向かってくる相手というのは」

「はっはっは、さすが私の娘! プロミスメイデンで鍛えられていなかったら大変だったな、アイド」

「くっ……こんな事ならば母様が生きている間に男の対処の仕方をもっと学んでおくべきでした」


 アイドは時折、ウィングレストの街を訪れ、レイス無き後のプロミスメイデンの様子を見に行っているそうだ。

 そこで、かつて自分の母の同僚だったスペルさんに話を聞いてみたり、時には正体を隠して接客を行ってみたりと、かつての母の気持ちや生き方を学ぼうと奮闘しているとか。

 そのお陰で、男のあしらい方はだいぶ身についたそうな。

 うむ。パーティーに出る機会もこの先増えるだろうし、そのスキルは必須だろう。


「そうだ。スペルさんの様子はどうです? 少し前にギルドから彼女に連絡がいったはずですが」

「あ、その時でしたら私も丁度お店にいましたよ。ふふ……大変だったんですよ、あの知らせが来た時は」

「スペルちゃんはお姉さんっこらしいからね」


 スペルさん。レイスの跡を継ぎプロミスメイデンの長として街の顔役の一人として今も精力的に働く彼女。

 そして俺がアルヴィースの街で出会い、リュエがお世話になったアーカムの秘書を努めていたイクスさん。

 とうの昔に亡くなっていたと思われたイクスさん存命の報告がスペルさんの元に届いた時の事を、彼女は語ってくれた。


「泣き崩れたと思った瞬間、私に店の事を任せてアルヴィースに向かうと言い出してしまったんです。事情が事情ですから、すぐにでは無理でも街を離れられるようにこちらで手を回したんです」

「ふふ、よかったよかった。じゃあスペルちゃんは今アルヴィースにいるのかな?」

「はい。私と父と途中まで一緒だったんですよ。街に着くなり駆け出していってしまい、追いかけるのが大変でした」


 姉に会うが為、全てを投げ捨てて駆け出す姿がありありと目に浮かぶ。

 ……知っている人間の近況を聞き、改めて自分の行いがもたらした影響の大きさを知る。

 まだきっと、この大陸に本当の意味で安寧が訪れるのは先になるだろう。

 それでも、こうして少しずつ幸福な結末が、未来への布石が広まっていくのならば、きっとだいじょうぶだろう。

 踏ん張り時である今、オインクの元を去る事に罪悪感はある。

 だがそれでも、きっと周りが支えてくれる。

 俺も安心して、ここを去る事が出来る……。


「さて、じゃあ今日はブックさんが解説をするんでしたよね?」

「ええ、すっかり私の仕事になってしまいましてな。いやしかし中々に面白いですぞ、解説というのは」

「あの、イル様のように私も今日そちらの観客席で観戦してもよろしいでしょうか……」

「勿論いいよ、おいでおいで。一緒にレ……みんなを応援しよう」


 リュエさん、今口滑らせそうになりましたね?






 会場の前でブックさんと別れ、リュエとアイドさんと共に関係者席へと向かう。

 一般客用の席へと続く通路は既に長蛇の列と表現するだけでは済ませられない程の人間が押し寄せており、受付のギルド職員が今にも倒れそうな顔をしながら必死に列を捌いていた。

 そんな姿に心の中で合掌をしつつ、貴賓席および関係者席に続く道へと向かうのだった。


「あの……申し訳ありません、少し待って頂けますか?」

「うん? どうしたんだいアイちゃん。もしかしてお手あ――」

「あ、いえそうではなく……」


 専用通路に差し掛かったところでアイドさんが尻込みしたかのように立ち止まる。

 何事かと彼女の表情を見れば、何かを訴えているかのように視線がチラチラとこちらの後ろへと向かっていた。

 なにがあるのかと振り向いてみれば、そこには貴賓席に向かうと思われる、美しい装飾の施された衣装に身を包んだ貴族と思しき男性の集団の姿があった。

 ふぅむ……なるほどなるほど。


「あの方達は?」

「その、良くして頂いているのですが、中々に豪の者と言いますか」

「あ、それはなんとなく想像ついていたから。どこの誰なのかな、と」

「エンドレシアの爵位を持つ方々の子弟の皆さんです。一応、私もエンドレシアの貴族制度に当てはめると同じ身分ではあるのですが……やはり角が立つのは避けたく」

「あ、なら大丈夫」


 そういえばこの効力、エンドレシア側の人間には試したことがなかったっけ。

 少々邪悪な考えの下、アイドさんを伴い通路を進んで行く。

 すると案の定、手続きの最中だった一団がこちらに気が付き――


「アイド様ではありませんか。貴女も観戦に来たのですね。どうです、我々と一緒に観戦致しませんか? こう見えても私も剣を嗜んでおりまして、分からない事があれば――」

「おはようございます。お誘いは非常にありがたいのですが……本日は先約がありまして、関係者席での観戦となります」

「なんと……そのお辛そうな表情、その先約、私がなんとかして差し上げましょう!」


 ふむ? 悪い人間ではなさそうだが。

 ただ、そのお辛そうな表情は君に対してのものなんですけどね。


「いえ、辛いなんて事はありませんわ。父の友人にギルドの幹部の方がおりまして、その方と――」

「ギルド、ギルド、またギルドですか。確かにこの大陸はギルドが中心となっており逆らう事は難しいでしょう! ですがご安心下さい。我が国はギルドが絶対の権力者という事はなく、我々のような古き良き貴族がギルドの横暴を防いでいるのです! ささ、どうか私の手をお取り下さい!」


 いやぁ、半年くらい前に大規模な汚職やら殺人の黒幕が出てきた貴族さんがなにを言ってるんですか。

 全員が全員そうではないと思うのだが、個人的に印象が良いのはギルド側なんだよなぁ。

 するとその時、大人しく事の成り行きを見守っていたリュエが後ろから現れ、一団の前に進み出た。

 腕まくりをしながら、肩をぐりぐりと解すように回すその姿は、どう見てもこれから一発ぶちかましますよと言外に言いふらしているようです。

 なんでワクワクしてるの、ダメだからね。

 彼女の後ろ襟を掴み、暴挙に出る前に引き止める。


「グェ! どうしてとめるんだい? ムカついたらぶっ飛ばして良いってこの前……」

「時と場合を考えましょう。ここは任せておくんなまし」


 アイドさんの隣へと立ち、訝しげな表情を浮かべる一団に声をかける。


「申し訳ない。アイドさんたっての希望でお誘いした次第なのです。今日のところはこちらに譲っては頂けませんでしょうか」

「何者だ、君は。名を名乗れ」

「ありがちな返しをするのなら、先に名乗るのが礼儀だとは思いますが、どうぞこちらを」


 ワクワクしながら、懐から一枚の委任状を取り出してみせる。

 もうすっかり青色SSランクカードの影に隠れてしまっているこの委任状。

そこには『次期公爵の地位を約束する』『エンドレシアの名において、罪人を自らの手で処断する事を許可する』の文面と、エンドレシア王とギルド総帥オインクの署名。

最後にエンドレシアの国璽がしっかりと押されている。

 さぁ、反応はいかに!

 ………………あ、泣いた。


「申し訳……ありませんでした」

「あ、うん。分かってくれたならそれでいいんです。彼女にはよくして頂いているので、これからも節度を守って仲良くしてあげてください」


 全速力で逃げるように去っていく一団に、この一枚の紙が想像を遥かに超える効力を持っていたのだと思い知らされる。

 いやぁ……結構やらかしちゃったしなぁあの国で。

 まぁ、最後にこうして役立てる事が出来てよかった。

 結局この効力を使う機会には恵まれず、アルヴィースの街の一件くらいしか有効活用出来ていなかったからな。

 もうすぐこの力の適用外であるサーディスに渡る。それはつまり、今まで手にしてきた力の一部を手放し、ギルドの庇護を受けられなくなる事と同義。

 そう考えるとこれからの旅路は、これまで以上に気を引き締めていかねばならない。

 おそらく、リュエに纏わるトラブルも増えるだろう。

 そして俺自信、彼女が害されるような事があれば喜んで自ら厄災の渦に飛び込んでしまうだろう。

 それを、自分達の身だけで乗り越えていく事になるのだ。


「あの、ありがとうございました。そちらの紙にはなんと書いてあるのでしょう」

「あ、これ?」


 キョトンと去っていった貴族の子弟の皆さんを見ていたアイドさんに委任状を手渡す。

 ブックさんから聞いていなかったのかね?

 あ、やっぱり効果てきめんだ。顔色が変わった。




「到着到着……今日はまだ誰もこっちの席には来ていないみたいだな」

「オインクなら戦場のステージにいるよ、ほら」


 エキシビションではなく大会本戦が始まってからは、この関係者席に入る事が出来る人間が増えている。

 一定ランク以上の出場者には身内の人間や友人を呼ぶためのチケットが三枚手渡され、こちらの席で観戦する事が出来るようになっている。

 もっとも、その選手が勝ち残っている間だけの話なのだが。


「公爵……次期公爵……断罪執行権所持者……」

「そろそろこっちの世界に戻ってきてくださいな」

「は、はい!」


 見せたのは失敗だったかもしれない。

 青い顔をした彼女がリュエの隣に座り、リュエを挟むようにして隣に腰掛ける。

 すでに戦場には出場選手が整列しており、その様子が投影魔導具に映し出されていた。

 緊張に表情を固めてしまっている者、開戦が待ちきれずウズウズとしている者。

 好戦的な笑みを浮かべ、周囲の人間を物色している者に、この期に及んで泣きそうな顔をしている者。

 皆、それぞれの思いを胸に、始まりの時を待ち望んでいる。

 その様を見て、まだ少しだけあの場に居たかったという未練が燻ってくるも、映し出された面々の中に見知った顔を見つけ、その燻った思いを消し去る。

 ああ、これでいい。俺はただ、皆の戦う様をこの目に焼き付けるだけでいいのだ、と。


「あら……今一瞬レイス様のお姿が映ったような気がしたのですが」

「まだ準備の手伝いをしているのかね?」

「そうなのですか。もうそろそろ始まると思いますが、この場所にたどり着けますでしょうか?」


 さぁ、ステージにオインクが上り始める。

 開会式の始まりだ。


(´・ω・`)実は7月の段階でコミカライズ決定の暗号を『いただきもの』に仕込んでたんですよね

ページ下部の謎の「らんらぁん」の鳴き声がモールス信号になっていたのです。

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