百九十一話
(´・ω・`)もうすぐ、もうすぐなんや
遅れてやってきた倦怠感と疲労感。
控室へと続く通路を歩くだけで悲鳴を上げる全身。
手っ取り早く自身に[生命力極限強化]付与すれば解決するのだが、なぜだかそれが憚られる。
この身体に残る余韻を勝利の余韻と錯覚しているのか、それとも生の実感でもしているのか。
ともあれ、この気怠い身体を今日一日労りながら、ゆっくりとベッドに沈む事を想像し、なんとか控室へと向かうのだった。
「『イセリアルソーン』!」
「ぐえ!」
控室の扉を開けた瞬間、光の槍が腹部を貫いた。
何事かと、技を発動した相手を見やる。
その人物の正体は、ニコニコと笑顔を浮かべるリュエ。
リュエ……どうして……。
「なんでよりによってこの魔法選ぶのかね。回復魔法なら他にもあるだろうに」
「だいぶボロボロだったし、いつもならカイくん黙っていても回復するだろう? なにか呪いとか致命的なダメージかなって思って」
「出会い頭にこれはさすがにビビる」
残念ながら、この倦怠感を肴に眠るという素敵な計画は頓挫してしまいましたとさ。
いいんだいいんだ、折角のご厚意ですから。
「その魔導は……凄いですリュエ様。神官団が二日かけて発動する儀式魔導を一瞬で!」
「む、そうなのかい? 確かに難しい魔導だけれども」
控室には、リュエだけでなくレイラ、そしてレイスにオインクの他、どういう訳かイルやヴィオちゃん、そしてとてつもなく居辛そうなドーソンの姿までもがあった。
なんですか、お兄さんの健闘を称えにでもきたんですか。あ、違いますね、ヴィオちゃんとレイスさん相当怒ってますね。
逃げたい。
「カイさん。なにか私に言う事はありませんか?」
「ごめんなさい。我慢出来ませんでした」
さすがにおちゃらける空気ではない。
彼女も、そしてヴィオちゃんとドーソンも、真面目にこの大会に挑んでいるのだ。
ドーソンはどちらかというとこちらを心配している風に見えるのだが。
……あ、待って。オインクまで加わった。
「ぼんぼん。本当は後で呼び出すつもりでしたが、我慢出来なさそうな方がいましたので私も便乗させてもらいます。私にもなにか言う事ありますよね?」
「テメェこの豚本気で肘打ち抜きやがって。ドングリの新作デザートのレシピ渡さねぇからな。リキュールの製法も墓まで持っていってやる」
「……白銀持ちの出場は禁止していましたが、確かに貴方は白銀持ちではありません。いわばルールの改定を行わなかったこちらの隙を突いただけ。私がなにか言うのは筋違いでしたね」
「チョロイ」
プンプンと擬音が聞こえてきそうな様子で頬を膨らませていた豚ちゃんは軽く受け流させてもらいます。
しかし、我が家のお姉さんにはこの手は通用しそうにない。
もう一度、しっかりと頭を下げる。
「どうしても、みんなと戦いたかった。レイスとも、他のみんなとも。正体を隠さないと出場出来そうになかったから」
「…………動機はそれだけですか?」
「……正直、大舞台で戦いたいって欲求もあった。勝ち上がりたいっていう欲求も」
「……男性ですから、そういう欲があるのは理解出来ます」
恐い。淡々と受け答えをする彼女がただ恐い。
彼女の優しい顔、好意的な顔しか知らないからこそ、今の彼女が恐い。
けれども、叱ってくれる事への感謝がそれに勝る。
「本当にすまなかった。反対されるのを覚悟で、せめて相談するべきだった」
「……そうですね、その方が良かったと思います。けれども――それだと私が本気でカイさんに挑めませんでしたけれど」
少しだけ彼女の声のトーンが軽くなる。
頭を上げると、そこには仕方ないなと、まるで子供を許す母のような表情を浮かべる彼女がいた。
「まったく……おかげでカイさんにはしたない姿を見せてしまいました。それに、内心楽しみにしていたんですよ、ネームレスと戦うのを」
「はは……本当悪かった。けれど普段見られない姿が見られて嬉しかったよ。もう勝手な事はしないよ、絶対に」
「約束、しましたからね。では……軽い罰を後で与えます。それでこの件はおしまいです」
ようやく普段の優しそうな微笑みを湛えた彼女が最後にそう言った。
罰……そこまでひどいものではないだろう。そう信じながら、最後の一人へと向かう。
不服そうな表情を浮かべているヴィオちゃんだ。
「お兄さんにリベンジ出来ないじゃん私。どうしてくれるの?」
「どうせ俺が勝つから諦めなさい」
「……まぁ、さっきの戦いぶりを見るにそうなりそうだけどさ。それに――まだ本気じゃなかったでしょ、あれ」
どこまでも好戦的で戦いを望む姿勢。やはり彼女の不機嫌の理由はそれだったのか。
本当に彼女は何者なのだろうか。あのリシャルとの戦いを見て、まだこちらが本気を、本来のスタイルではないと見破るとは。
……そういえばこの子には言っていたかもしれない。『最近スタイルを変えた』と。
そこから推測したのだろうか。
「最後に一瞬出してみせた剣。あれが本来の武器なんだよね。あれを出させるくらい追い込めるように精進するよ」
「ああ、その時を楽しみにしているよ」
たぶんきっと。本来の力を、全身全霊の力を知り合いに向けるのは難しいだろう。
今なら分かる。あれは『なにか』を完全に滅ぼすための力であり、加減する事が出来ないものなんだ。
きっとそれは、本来人が持っていけない、手に入れてはいけない類の力。
かつて『龍神』というこの世界の根底に関わる存在を殺したが故に手に入ってしまった許されざる力だ。
けれども、この力で救われた命だって確かに存在する。
その事実が、俺にいつかこの力を自由に使いこなす時がくると確信を持たせてくれる。
けれども、願わくばこの強大すぎる力を、友人や近しい人間には振るいたくない。
そんな日がこない事を祈りながら、俺は目の前の不機嫌そうな四つ耳少女をなだめるのであった。
「ところで、さっきリュエお姉さんが使った魔法? 魔導? あれってなんなの? 突然お兄さんが突き刺されて驚いたんだけど」
「ああ、あれは一種の回復魔法みたいなものだよ」
「へぇー。あのお姉さんも相当強いよね、たぶん私じゃ手も足も出ないや」
リュエが使った『イセリアルソーン』は、本来ならば攻撃魔導だ。
魔導と呼ぶにはあまりに範囲が狭く、近づいて単体にのみしか当てられないという不可思議な魔導。
だが、あの魔導の効果は『相手のHPとMPが最大値で、尚且つ自分よりレベルが低くなんの状態異常にもかかっていなければ即死させる』というもの。
そしてその条件を満たしていない相手に使った場合は『全ての状態異常を取り除きHPとMPを全回復させ、またHP自動回復を付与する』というもの。
『グランディアシード』において、唯一対人アリーナ以外で味方にも発動出来る攻撃だ。
これ、悪用してPKする人間もいたんですけど予防がしやすいのでそこまで問題にならなかったんですよ。
聖騎士が意味ありげに近づいてきたらみんなしてダメージ効果のあるアイテムを使ってHPを減らしてみたり、自分に状態異常扱いであるバフ(補助効果)をかけるアイテムを使ったりして予防したものだ。
いやぁ懐かしい。Ryueを使っていた頃よくオインクを後ろから殺したっけ。
Oink:ピギィ! どぼじでぞういうごどするのおおおおお!
Syun:またひっかかったのか。そろそろ学習しろってw
Daria:そいつがRyue使ってる時にフィールドでぼさっとしてる方が悪い
Ryue:あー豚ちゃん可愛い。可愛くてついやっちゃうんだ
……いい思い出だ。
「ぼんぼん、今凄く不愉快な事思い出していませんでしたか?」
「気の所為だ」
「あ、そういえば昔よく私がこの魔導でオインクの事背中から刺して驚かせたっけ!」
「……覚えているんですか」
「気絶しちゃうんだよね。もし眠れない日があったら使ってあげる!」
「お断りします!」
リシャルさんから槍を受け取るのは後日改めて場を設けるから、とイルに伝えられ、またオインクも閉会の挨拶があるからと会場へとレイラ、イルを引き連れて戻っていった。
残されたヴィオちゃんとドーソンもまた、明日から始まる本戦の為の最終調整が必要だからとその場で別れ、俺達三人もギルドへ戻る事に。
レイスに『最終調整は必要ないのかい?』と訪ねたところ、もうすでにするべき事はすべて済ませたので、後は身体を休めて明日に備える事に専念するそうだ。
そう言った彼女の表情は、心なしかいつもより三割増しで頼もしく、明日からの試合の結果を楽しみにさせてくれた。
「けど早いものだねー。この街に来てからもう一ヶ月以上も経っているなんて。この大会が終わったらすぐに出発するのかな?」
「どうだろう。オインクに中央議会に少しだけ出席するように言われているんだけど、どうするかな」
「アルヴィースの街の一件がありますし、やはり出た方がいいと思いますよ。さすがに、ここで出席しないのはあまりにも不義理ですし……」
ギルドへ向かう馬車を借り、車内でこれからについて話し合う。
まぁ立つ鳥跡を濁さずという言葉もあるのだし、しっかり責務を果たしましょう。
そうこうしているうちに馬車の速度が緩み、到着を知らせる声が御者からかかる。
ギルド裏手にある馬車置き場で降ろしてもらったのだが、どういう訳かそこには大勢の人集りができていた。
なにか慌ただしいような、穏やかとは言えない雰囲気にリュエとレイスも表情を引き締める。
「すみません、なにかあったんですか?」
「大変なんだ! 魔物舎が突然吹き飛んで、中の魔物たちが興奮して手がつけられなくなっているんだ!」
近くにいたギルドの職員を呼び止め、この騒ぎの原因を聞き出す。
すると側でそれを聞いていたレイスとリュエが一気に駆け出し、魔物舎へと向かう。
……そうだ、ケーニッヒはどうなったんだ。
二人にやや遅れてこちらも現場へと向かう。
するとそこには、見事に崩落した魔物舎の残骸だけが取り残されており、多くの牽引用の魔物達が興奮した様子で互いに牽制しあっていた。
よく見れば、怪我を負いその瞳に憎悪を滾らせながら周囲を威嚇している個体までもが。
そんな中、リュエは怪我をした魔物へと回復魔術をかけ、レイスが瓦礫の一部に再生術を掛け、一纏めの木材へと変換して撤去を開始していた。
そして俺も出来る事はないかと、一先ず興奮した様子の魔物へと向かいテラーボイスを発動させる。
『静まれ。大人しくしろ』
言葉を理解出来るか不安ではあったのだが、発動した瞬間に一斉に魔物が地面へと伏せ、また集まった人間達までもが一斉に息をひそめる。
……これ融通きかなさすぎですよね。範囲指定とかさせてください。
「カイさん、大きな瓦礫は一通り無くす事が出来たのですが、ケーニッヒの姿が見当たりません」
「外に出ていたのか……?」
するとその時、周囲で成り行きを見守っていた人間の中から一人の職員が現れる。
記憶が確かなら、ここの管理を任されていた人間のはずだ。
「カイ様からお預かりしていたドラゴンですが……先日の件もありまして、頻繁に様子を見にいっていたのですが……その……」
遠慮勝ちに彼が語り始める。が、途中で言いよどんでしまう。
なにかあったのではと、詰め寄り続きを促す。
すると――
「一時間程前の事です……唐突に、その……暴れだしてしまいまして……この惨状は、その……」
「これは……ケーニッヒが?」
「……はい。恐らく」
見れば、彼もまた身体の至る所に血を滲ませていた。
恐らくその瞬間、すぐ側にいたのだろう。
急ぎリュエに治療を頼み、さらに話を聞く。
するとどうやら、二日ほど前から苦しそうな様子を見せ始めていたらしく、こちらに報告するか迷っていたそうだ。
だがすぐに収まり、恐らく先日の怪我が疼いたのだろうとその時は経過を見る事にしたそうだ。
「私があの時、すぐに報告に行っていたら……なんとお詫びしたら良いか」
「……まさかこうなるなんて普通は思わないでしょう。俺がもし知っていたとして……恐らく同じ判断を下していたと思います」
何故、ケーニッヒは苦しんだのか。やはり先日の一件の後遺症だろうか。
そして何故、こんな暴挙に出たのだろうか。そして一体ケーニッヒはどこに行ったのか。
「もし、ケーニッヒが戻ったらすぐに知らせて下さい。レイス、リュエ、俺はこの後ギルドに捜索依頼を出してくる、先に部屋に戻っていてくれないかい?」
「分かりました。依頼の件、どうかお願い致します。報酬に糸目は付けません」
「そうだね。こんな事普通じゃない。絶対に見つけてあげないと」
ケーニッヒ……どうしたんだ、一体。
「……大丈夫、だよな」
我が家のドラゴン様が飛び去ったであろう空を見上げながら、願いの言葉を呟くのだった。