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百九十話

(´・ω・`)決着! 決着!

 なにかの冗談だろうと思った。

 私が最初にあの話を持ちかけられた時の話だ。

『お爺ちゃんから授かった槍を、少しの間だけ貸してもらいたい』

 先々代、イグゾウ様が亡くなる直前に私が譲り受けたこの一振り。

 共に戦いをくぐり抜け、私が従者として尽くしてきた存在である彼から受け継いだ槍を、一時とはいえ手放せと、そう命じられた。

 お孫様の頼みでも、それだけはきけない。

 彼の魂、そして願いのこめられた一振りを手放すなど。

 だから私は、彼女が諦めるようにこう提案したのだ。

『私に勝つ事が出来れば』と。






「……強き者。槍の全力を振るうに値する、真に強き相手」


 地面に横たわる男に向かい、小さく漏らす。

 不可思議な男だった。歴戦の強者とは思えない佇まいでありながら、どこか飄々とした風を装い、(ヒューマン)の身ではありえない規模の魔法を扱い、そして早々に私に槍の力を使わせた相手。

 初手、彼が放った光の奔流。あれを彼は『天断』と呼んだ。

 セカンダリア大陸の王家にのみ残ると言われている王伝剣術の名だ。

 なぜそれを使えるのかと疑問も浮かぶが、そのお陰でこちらは最初から力を使うという判断を下す事が出来た。

 結果、それは正解。こちらの手の内を知り、そして行動を読み、虚実を使い分け見事に食らいついてきた。

 未熟な体捌きから放たれる、強力な剣術と、目を疑うような精度で放たれる多重斬撃。

 追い詰められた。追い詰められてしまった。この観衆の前で、私は確かに追い詰められてしまった。

 奥義中の奥義、槍の力を借りての強引なニ連撃。かつてこの技を人に放ったことなどなかった。

 ……そうか、彼は最上位の魔物に匹敵する、そんな相手だったのか。


「敬意を。槍がなければ、恐らく負けていたのは私だろう」


 今一度彼へと向かい、今度はしっかりと言葉を紡ぐ。

 そしてゆっくりと戦場を後にしようと張り詰めた身体の力を緩めようとする。

しかしその瞬間、彼の身体が僅かに動いた。

まるで立ち上る湯気のように、ゆらりと身体が持ち上がる。

 カウントダウンが、審判の勝利宣言がなされる直前で止まる。


「……立つ、だと。あれを受けてまだ」


 鎧は、すでに脱ぎ捨てている。代わりに纏っているのは、お世辞にも上等とは言えない革製の装備のみ。

 その状態で直撃した。間違いなく彼の身体に私の奥義は炸裂したはずだ。

 なにか、なにかがおかしい。

 なにかが決定的におかしくなっている。

 何故だ、何故手が震える。

 ゆらりと起き上がった彼、カイの顔がゆっくりとこちらへと向く。

 表情の消えた、けれども新たに現れたその目で見つめられる。


「貴公……魔族であったか」


 闇。漆黒の闇に浮かぶ、血のように赤い満ちた月。それを幻視させる魔眼。

 魔眼持ち……間違いなく強力な力を持っている証であるそれ。

 それを認識した瞬間、沈黙を貫いていた相手が口を開こうとした。

 だがその瞬間、私の中の全ての感覚が警鐘を打ち鳴らす。

 気がつけば私は全力で駆け出し、腰だめに構えた槍を大きく彼へと叩き込もうとしていた。

 ここで、ここで今すぐ沈めなければいけない。

 絶対に、絶対に!






 槍が迫る。

 速い。とてつもなく速い横薙ぎは、またしてもその動きの慣性を無視するような動きで軌道を変え、こちらの頭へと振り下ろされる振り下ろしへと変化を遂げた。

 大丈夫、手で受けても千切れはしない。


「……重いだろう」

「っ!?」


 手のひらから肘、そして肩へと伝わる猛烈な衝撃。

 それでもようやく捕まえた。

 剣ではなく、強引な方法での反撃。自分の中に立てた制約を破ってしまう手法。

 だがそれでも、負ける訳にはいかんのだよ。


「最強の称号、重いだろう。その槍も重そうだ」


 強く引いても、槍はピクリとも動かない。

 それでようやく合点がいった。この槍に秘められている秘密が。


「空間固定ってところかね、この槍の特性は」

「んな!?」

「俺が掴んで引いても動かないなんて、ありえないからな」


 かつてゴルド氏が言った。『純粋な力比べなら自分に分がある』と。

 その相手と腕相撲で拮抗した俺が、ぴくりとも槍を動かせないんだ。なにか特別な力が働いているはずだ。


「なるほど、慣性を無視して軌道を変えられるのもこの槍の力か。それでもあの流れるような攻撃、相当な修練を積んだようだ」

「馬鹿な……すでに効果を切ったはずなのに何故動かない」

「そりゃあ……俺が掴んでますから」


 空中での変則軌道。あれも槍を空間に固定出来ると仮定すれば納得がいく。

 恐らく、槍を起点に進路を変えていたのだろう。

 十全にその力を使いこなす戦法。その技量の高さに内心で敬意を表する。


「その重そうな二つ……奪わせてもらう」


 槍を持つ手を強く引き、よろめいたその腹部に拳を叩き込む。

 耐えきれず手を放したリシャルが大きく吹き飛び、そこへ向かい槍を投擲する。

 見事に拳と同じ箇所に激突した槍が、鎧を砕き彼の身体へと至る。

 この場の力で、腹部を貫くという惨状が広がる事はない。けれども、たしかに彼の体力を大幅に奪う事には成功していた。

 ゆらりと、自分の受けた槍を支えに彼がふたたび立ち上がる。

 青い顔をしながら、今にも倒れそうなその有様で彼がつぶやく。


「……屈、辱だ……まさか自分の槍で……傷を負うとは」

「回復魔法か……聖騎士なら当然か」


 白い光に包まれる。

完全にではないが、彼の顔に血色が戻っていく。

そうだ。聖騎士にはこれがあるのだ。だからこそどんな職業よりもタフであり、タンク職である『堅牢騎士』よりも長時間戦える。

かつて俺がRyueでそうしたように、彼もまた一人で何度もこうして立ち上がり戦い抜いてきたのだろう。


「悪いがもう、終わらせる。さすがに何時間も付き合いきれない」

「ふふふ、そちらが打たれ強いように、こちらも往生際の悪さが売りだ。根比べといこうか」






「立っちまった……っていうか逆転してねぇか……」

「やっぱりね。私の目に狂いはなかったよ。でも魔族なのは予想外かな」


 立ち上がったカイさんが、彼の力を見破った。

 そして会心の一撃を受けてもなお、カイさん同様リシャルさんも倒れない。

 ここまでの死闘を私は予想していなかった。


「……とんでもないわね、彼。リシャルももういつものペースで戦えてないわ」

「そうだね。聖騎士剣の連発。魔力が枯渇しちゃうんじゃないかってくらいの勢いだよ」


 イルさんとリュエの言うように、リシャル氏が次々と剣術……槍術ですね、それを繰り出す。

 光を帯びた、一つ一つが奥義と言っても差し支えのなさそうな攻撃。

 それを何度もカイさんに浴びさせている。

 けれども、カイさんはそれを受け、流し、時には無視して彼へと食らいつく。


「あ、クライムエッジだ。おー、今度はグランドクロスだ。凄いねぇ、いっぱい技を覚えてるよあの人」

「全部分かるんですか、リュエ」

「もちろん全部使えるよ」


 あっけらかんとそう答える我が姉。

 あの、剣術やそういった技は一つ一つがとてつもなく貴重なのですが……。

 誰かに教わらない限り、間近で見せてもらえない限り、どこかで触れない限り習得の糸口にすらたどり着けない、そんな奥義をおしみなく使う相手。

 確実にカイさんへのダメージは増えていく。けれども、開き直ったかのように拳や脚、闇魔法の拘束や炎の目眩ましを駆使して反撃を繰り返す。

 恐らく体力はカイさんが上回っているはず。相手も回復魔法を何度も使える程魔力も残っていないはず。

 きっと、回復よりも押し切る事に魔力を使うつもりなのだろう。


「……この勝負、もう決まりましたね」

「それは、どういう意味でしょう」


 とその時、ポツリとオインクさんがそう呟いた。


「ぼんぼん、段々とリシャルの技を潰せるようになっています」

「潰す……あ」


 言われて気がつく。映し出される二人の姿をよく見れば、リシャルさんが技を発動させようとした瞬間、振りかぶった瞬間、変化した瞬間を狙うようにしてカイさんの技がぶつかり発生の妨害をしていた。

 技の発生を潰す……? そんな事、可能なのでしょうか。


「ねぇオインク。あれって凄く難しいよ? たぶん私くらいじゃないかな、あんな事出来るの。同じ聖騎士の私くらいじゃないと出来ないよ、技の出始めを見極めるなんて」

「……ええ、そのとおりです。何千何万と繰り返し使い、何度も見てきて、何度もタイミングを見計らい、身体にリズムを染み込ませないと不可能でしょう」


 身体が覚えるくらい……けれどもカイさんは聖騎士ではない。

 なら、どこでそのタイミングを覚えたというのだろうか。

 何万にも及ぶ反復を、どこで繰り返したというのだろうか。


「……そうです、ぼんぼん。この世界でも、貴方の経験は活かされる。セカンドで過ごした時間が長い貴方なら……」






「何故……何故止められる」

「何度も見てきたんだ。ようやく気がついたんだよ、同じだって」

「……彼女か? リュエという女性、彼女と手合わせしていたのか」

「似たようなものだ」


 剣術『切断剣』低威力高燃費で、範囲も狭く可哀想な技。

 けれども、対人戦においては最重要ともいえる剣術。

 その特性は『相手の技をキャンセルさせる』というもの。

 その燃費の悪さと当てにくさから、対人戦でくらいしか使われない技だ。

 そして何よりも人相手に使うとなると、その当てるタイミングがシビアすぎて成功させるのが難しすぎると言われている。

『技の攻撃判定が生まれる間際』相手の技にもよるが、一フレーム程度の猶予しかないこの相手、リシャルさんの技に合わせられるのは、ひとえに経験のお陰だ。

 そう、見た目に惑わされていた。けれども、彼の技は全て俺が何度も、何時間も、何万回も繰り返し見てきたものなのだ。

 Ryueとしてプレイしてきた時間が、確かに俺の身に経験を積ませていたのだ。

 確かに人間が振るう以上、まったく同じではない。ましてや剣ではなく槍なのだ。

 けれども、何度も見せられるうちに、彼の動きが、俺のよく知る動きと重なるようになってきた。

 彼が振りかぶる。その槍の挙動が、画面の向こうで剣を構えていたRyueと重なる。

 ならば、いつ、どのタイミングで技が発生するのか見極めるのは容易な事だった。

 槍が動き始める瞬間に、斬撃の同時発生を利用して出した切断剣を当てて強引にキャンセルさせる。

 それを、幾度となく繰り返す。

 枯渇しろ。魔力を失え。体力を失え。

 繰り返す超近接攻撃の応酬。

 少なくないダメージが互いに蓄積していく。

 そしてついに斬撃の押し合いが、均衡が、天秤が傾き始める。


「……何故……何故……」


 緩む攻撃。ふらつく足。

 ようやく訪れる終幕の時。


「終わり、だ」


 渾身の力を込め、上段から叩き込む大ぶりの一撃。

 その瞬間、ふらついていたリシャルの足が、俄に大地に縫いとめられたようにシャンとする。


「ハァ!」


 ゆっくりと、スローモーションで目に映る彼のカウンターの一撃。

 ああ……それは誘いだったのか。振り下ろされた剣は、彼の槍に打ち払われ、ついに粉々に打ち砕かれた。

 刃のない剣を振り下ろす。当然、このままいけば当たらない。

 決定的な隙を生む事になる。けれども――


「負ける訳にはいかないんだ、悪いな」


 手に握られる、もう一振りの『大きな剣』。

 一瞬で取り出した、自分が最も信頼する相棒。

 卑怯だろう。武器の替えを用意するなんて卑怯だろう。

 それでも、俺は勝ちを奪う。自分のルールを破ってでも、俺は勝ちを奪う。

 そして奪剣が彼へと至ろうとした瞬間、耳に飛び込んできた声に俺は強引に自身の動きを止める。


『一◯! 九! 八! …………』


 ふと見れば、地面に彼が、リシャルが横たわっていた。

 槍を振り切ったままの姿勢で、うつ伏せに。

 ……最後のカウンターで、全ての力を出し切っていたのか。

 じっと、彼を見下ろしながらカウントが進んでいくのを待つ。

 そして、試合終了の宣言がなされたのだった。


「一矢……一矢どころじゃない、完全に逆転されてもおかしくない置き土産だった」


 砕け散った剣を見下ろし、そう呟く。

 もう少し、もうほんの少しだけ長く彼が立っていたら、俺が奪剣を取り出していなかったら、恐らく強烈な一撃を受けていた。

 それでこちらが負けるかはわからない。けれども、また違った結果が待っていたかもしれない。

 呼吸を整える。激しく脈打つを心臓を落ち着かせようと、気持ちを沈める。

 肩の力を抜き、全身を緩慢させる。

 そして、全ての緊張と疲労、そして思いを吐き出すようにして呟いた。


「……やっぱり強いな、この世界で生きた人は」


 リュエしかり、リシャルしかり。

 俺も、少しは強くなれたのだろうか。

 この力の上にあぐらをかくだけの状態から、少しは脱却できたのだろうか。

 勝利の宣言を受け、会場を後にする。

 胸に確かな充実感、そして満足感を懐きながら。


(´;ω(#`)動物愛護団体に訴えてやる!

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