百八十八話
( ´・ω・` )げふぅ
「ちょっとー! 通してよー! いっぱい席空いてるじゃん!」
「だ、だめだ。ここは関係者用の席だ、向こうにいってくれ」
「関係者だよ! おねーさーん! 私もこっちに入れてー!」
投影された二人を見ていると、通路側から女の子の声が聞こえてきた。
何事かと視線を向ける私とリュエ。するとそこには、見知った顔が何かを期待するようにこちらを見つめていた。
……そうですね、あの方達も大会で本戦出場を決めているのですし、当然説明も必要でしょう。
「ヴィオちゃんと……誰だっけ?」
「ドーソンさんですね。警備員さん、お二人を通してあげて下さい、私達と出場選手の友人です」
「了解しました」
そう、訓練施設でカイさんとよく行動を共にしていたドーソンさんとヴィオさんの二人がこちらにやってきたのだ。
恐らく、二人もカイさんの変装について知らなかったのでしょう。
特にヴィオさんに至っては、とても悔しそうな表情を浮かべこちらに詰め寄ってくる。
「どういうことなの? お兄さんってどういう立場の人なの? なんだかさっき総帥さんが大会本戦出場を取り消すとかなんとか言っていたんだけど!」
「俺もちょっと説明して欲しいんだが……まさかカイさんはその……おえらいさんかなにかなのか……? 俺、結構馴れ馴れしくしちまったんだが」
どうしましょうか……恨みますよカイさん……一晩抱きしめの刑ですよ……。
「カイくんはカイくんだよ。大会に出ちゃダメって言われていたけど、我慢出来なかったんじゃないかな?」
「出ちゃダメって、どういう事なの?」
「本来私同様、カイくんも白銀持ち……みたいなものだからかな。ほら、白銀持ちは出られないけれど、あくまで『みたいなもの』だから」
「むぅ……じゃあ私はお兄さんにリベンジ出来ないじゃん。訓練施設で負け越してるんだよ私」
「な、なぁそれより……俺怒られないか? 処分とかされないよな!? 俺にはカミさんと小さい娘がいるんだ……」
「大丈夫だよ、カイくんは二人のこと友達だと思ってるはずだしね」
リュエが二人をなだめる。ああ、私も冷静ではなかったのだろうか。
少し取り乱してしまっていたようですね。
「そうですね、カイさんはいつも楽しそうにお二人の話をしていましたよ。恐らく、だからこそ自分が規則を破って出場している事に良心の呵責をおぼえたのでしょう」
「そ、そうなのか……ならいいんだが」
「そんな呵責放っておいて大会に出てよ~! 後で個人的にリベンジするからね」
騒がしくも楽しそうな二人の姿に、少しだけ先程までのモヤモヤが薄れていく。
ああ、そうか。カイさんは本当に、自分で周りを欺き続ける事に罪悪感を覚えたからこそ、こうしてあの姿で現れたのか。
そこに少しだけ、ほんの少しだけ私の『ダメですよ』の言葉への罪悪感も含まれているのなら、それで……やっぱり許しません。減刑して背筋くすぐりの刑ですね。
落ち着きを取り戻した二人も一緒に席に着き、戦闘場へと視線を向ける。
お互いに距離を取り、微動だにせず互いに視線をぶつけあっている。
上空の投影魔導具には、二人の姿が大きく映し出されている。
黒い剣、恐らく魔術で作ったと思われる、刃渡り一メートル程の片刃の剣を片手で構えているカイさん。
対するは、白銀の斧槍を地面に対して水平に構えたまま、同じく不動を貫いているリシャルさん。
互いの表情は、どちらも変化なし。感情を感じさせない程のポーカーフェイスのリシャルさんと、何かを観察するようにじっと一点を見つめているカイさん。
その緊張感が、観客席全てに届いているからか、野次や声援のようなものが一切聞こえてこず、気がつくと今日はリュエの試合の時のような解説も聞こえてこない。
とその時、またしても通路の方から人の声が聞こえてきた。
「こ、これはこれは! 一体どうしたのですか」
「静かに観戦したいのでこちらに。通ってもいいでしょうか?」
「は! 現在出場選手の友人の方々しかおりません!」
振り返るとそこには、オインクさんとイルさん、そしてレイラさんというそうそうたる顔ぶれが。
貴賓席も用意されているはずだというのに、一体何故?
そして案の定、この三人との交流のないヴィオさんとドーソンさんの二人が完全に固まってしまう。
……可哀想なくらい動揺していますね、ドーソンさん。
「あら……これはお邪魔してしまったでしょうか?」
「あ、オインクだ。おいでおいで、ほら、よく見えるよ」
「……すみません、俺はこれで失礼しますのでどうか……」
二人の姿を見て、オインクさんの表情に一瞬だけ申し訳無さそうなものになる。
そしてそんな視線を受けたドーソンさんもまた、まるで逃げるように席を立とうとする。
けれども、ヴィオさんはそんな様子も見せず、ただ表情を強張らせたまま一点を見つめていた。
「レ、レイラ様……」
「あら、ヴィオ様じゃないですか。こちらの大陸に渡っていたのですね」
どうやら顔見知りだったようですね。彼女もレイラさんもサーディス出身ですし、ヴィオさん程の実力があれば、要人の護衛に駆り出される事もあったのでしょう。
「それで、オインクさん達は何故こちらに? 勿論一緒に観戦出来るのは嬉しいのですが」
「突然申し訳ありませんでした。実は、先日のように解説をしようと思ったのですが、私自ら行うのはいかがなものか、と苦言を受けてしまい、貴賓席に移動してみれば、今度はその……」
「申し訳ありませんでした……私の父や関係者の所為で」
オインクさんが言うには、先日のリュエの戦いを見ていたサーディス出身のエルフの方々からの追求が激しく、落ち着いて試合を見ることも出来なかったとの事。
恐らく、また髪の色の関係でいざこざがあったのでしょう。
それとも……レイラさんの専属の護衛として雇いたいとでも言ってきたのでしょうか。
私はすでに、レイラさんが髪の色を変化させている事を聞き及んでいる。
ならば、強い力を持ち、同じく髪の色が白に近い……というよりも白いリュエを側に置くことで、風当たりを和らげつつ護衛を任せようと画策してもおかしくない、と。
完全に私の妄想ではありますが、大方こんな感じでしょう。少なくとも、オインクさんの表情に微かに怒りの色が見える事から、なにかしら気分を害されたと見るべきでしょうね。
「ちょっと、もう試合が始まるんだから立たないで座ってなさい」
「ひ! 申し訳ありません」
ドーソンさん、完全に逃げるタイミングを逸してしまいましたね……。
心地よいかどうかは分からない。
力を抑え、ここに来てから磨いてきた自分の力と技だけを駆使して格上の相手に挑むという今の状況。
緊張感とも、恐怖感とも似つかない、かといって武者震いとも違う不思議な感覚。
これを、心地よいと評すればいいのか、それとも――
「……来ないのか、カイ」
「そこまで自然体で構えられるとさすがにどう動くか――大地烈閃」
会話の為の呼吸に移った瞬間に初手範囲攻撃。
回避方法が限られる、間違いなく上空へと逃れるはず。
すかさず剣を振った勢いのままもう片方の手で上空いっぱいにしっかりと温度を伴った炎を放出し、そのまま一気にフィールドの端まで距離を取る。
そして未だ土煙と炎で向こう側が見えないところへ向かい――
「天断(昇竜)」
飛び技をぶち込み、一気に全てを吹き飛ばす。
バカ正直に打ち合いなんて、初っ端から演じるつもりはない。
破壊力はやはり、能力を抑えているため格段に落ちている。
それは抉れた地面や炎の規模から見ても――あ、魔力は別に落としてなかったな。
気がつけば、客席の前に張られていたであろう防御魔法の障壁に炎がぶつかり、猛烈な勢いで横に炎が広がっていた。
「……障壁が無かったら大虐殺だった……」
高められた魔力から発動した魔法もしっかりと防いでくれた事に安堵の息を吐きながら、一連の技を放った先へと再び視線を向ける。
煙が晴れた先には、槍を地面に突き刺したまま最初の位置から微塵も動いていないリシャルさんの姿があった。
あー、上に飛ぶと読んで放った魔法は完全に空振り……ってわけでもなさそうだな。
微かに彼の体表が白く光っている。恐らく聖騎士固有の魔法。
魔法の余波は確かに彼へと届いていたようだ。しっかりと身を守る魔法を使っているのだから。
「最初の一撃、あの範囲を一瞬で弾きましたか。いや驚いた。それに三撃目も防ぎきったみたいですし」
「……そちらこそ、なかなかどうして戦慣れしている。虚の突き方などたいしたものだ」
その瞬間、俺は自分の剣を頭上にかざし、まるで何かが降ってくるのを弾くように振るう、
するとやはり、カチンと小さな音がし、目の前に光の小剣が転がり落ちてきた。
「そっちも会話で意識そらせようって? いや、さすが綺麗でお行儀がいいだけじゃ最強は名乗れないからねぇ」
「ふむ、この魔法を知っていたか」
聖魔法『アスカロン』。あの体表の白い光に気が付かなければ間違いなく食らっていた。
あれは、攻撃を受けると一度だけ相手の頭上に光の剣を降らせるというカウンタータイプの補助魔法だ。
降り注ぐ剣の数や大きさは熟練度に比例し、小さいとはいえ光を纏うほどの聖剣を生み出すとは驚きだ。
「本当、えげつないな」
「初手で広範囲を殲滅しようとする貴公程ではないさ」
「だな。それにまだ終わってない」
その瞬間、ようやく彼が最初に立っていた位置から大きく飛び退る。
残念、ただの残り火が舞い落ちてきただけです。
「結構騙されやすいのかね」
「熱を感じたと思ったのだが……本当に虚実を使うのが上手いな」
さて、前哨戦はこんなもんでしょう。
いくぜ、リシャルさん。盛大に大人気なく。
全力で駆け出す。
どう逆立ちしても彼と俺とでは武器の攻撃範囲が違う。
先にキルゾーンに飛び込むという危険を侵さなければならないのは俺の方だ。
だがそれでも、喜び勇んでその死地へと飛び込む。
当然、待ち構えていた彼の鋭い突きが飛んでくる。
それを受けようとした瞬間、その猛烈な突きが急激に止まり、こちらが受けようとしてかざした剣を払いのけるような振り払いへと変化する。
「んな!?」
「取り落とさなかったか」
急ぎ離れ、剣を構え直す。
手のしびれが収まらない。間違いなく全力の攻撃だ。
……おかしい、確かにあれは突きだった。途中で変化させようとして軌道をかえられる類の攻撃じゃないぞ。
ましてや、途中で変わったはずの攻撃でこの威力……解せない。
「なんかおかしな事してるでしょ、それ」
「ふむ、正解――」
「っ」
またしても発動していたアスカロンの魔法に、慌てて一歩横にずれる。
だがその隙を見逃してくれるはずもなく、今度は彼が大きく槍を振りかぶったまま駆け出してきた。
「捕らえろ!」
闇魔法で進路を妨害する。地面を這うように伸びた蠢く闇が、彼の足を捕らえようとする。
だが地面から這い寄る闇に向かい、槍を突き刺し、そのまま棒高跳びのようにして回避してみせた。
だが、さすがにそれは悪手だろう。
「空中に逃げるのは悪手だってそれ一番言われてるから」
初級剣術『ウェイブモーション』を使い、彼に向かい剣閃を飛ばす。
防御しか選択の余地がない空中。致命傷は与えられずとも、余波でダメージを受けるのは必須。
だが、またしてもこちらの予測がはずれる事になった。
一瞬、不可思議な軌道を描き彼の身体が斜め下にカクンと落ちる。
まるで、見えない足場を蹴ったかのように。
……知らない技術、だな。
これは本当に舐めてかかると厄介だ。
「お、おいマジかよ……リシャルさんと互角じゃねぇかカイさん……」
「互角? 違うよドーソン君、お兄さんが微かに押されてる。一つ一つの動きに焦りが見えるね」
「そうですね、見たことのない技に戸惑っているのでしょう」
動き始めたその瞬間から、怒涛の展開の連続。
ようやく一息ついたところでドーソンさん達とオインクさんが話し始める。
なるほど……確かにリシャルさんにはまだまだ余裕がありますね。
対して、カイさんは確かに焦り……というよりも、少しだけ甘えがあるように見える。
けれども私は知っている。その甘えは、自分への絶対の自信からくるものだと。
慢心ともとれるその心。けれども、それはきっと今だけ、最後の一線。
この最後の一線を超えた先に、きっとカイさんは見せてくれるはず。
毎日練習していた、絶対の自信を持つナニかを。
_( (_´・ω・`)_ スイスイ