百八十六話
(´・ω・`)おまたせしますた
一日の猶予期間。
明日のエキシビジョンに向けて、最後の調整を行う為にあの訓練施設へとやってきた。
もはや特殊訓練区域でのコース攻略に意味はなく、ただひたすら反復練習をする為に個人用訓練室へと一人向かう。
二箇所への同時攻撃を自由に発動させ、また闇の魔術剣の密度をリュエが使っていたレベルまで濃密に発動させる為に。
「たしかリュエは……細い糸状にしてから編み上げて剣の形にしていたんだっけな」
以前、初めて彼女が闇魔術を使用した際、確かそのようにして剣を生み出したはず。
ならば俺もそれを模倣すれば――あ、無理だわ。あそこまで繊細なコントロールは出来そうにない。
ならば、せめて本物の剣のような構造で生み出せば少しはマシになるのではないだろうか?
「芯鉄と刀身を別々に……か。どれ、やってみようか」
詳しい構造や製法は分からないが、ともあれ全力でまずは一本の闇の棒を生み出すのであった。
「よし、こんなもんか」
生み出した棒に、更に闇魔術で生み出した鎚を振り下ろす事数十分。
意味があるのかわからないが、こころなしか最初の時よりも棒の色が濃くなったように思える。
試しに、まったく同じ棒をもう一本生み出し、今の今まで叩き続けていた棒とぶつけあってみる。
すると――見事に新しい方の棒が砕け散ったではないか。
しっかり叩けば……いや、もしかしたら酷くアナログな方法で魔術の密度を上げていたということなのだろうか?
「叩きつけるイメージで作れば密度が上がるのか……?」
ともあれ、その芯鉄もとい芯棒を中心に、闇魔術を発動して剣を形作っていく。
たしか、芯鉄より刀身の方が多少硬度が低いんだったか?
よくわからん、最悪魔術なら魔力の追加供給で修復だって出来るのだ。まずはやってみるのみだ。
そうして、以前作ったのと同様に、細かいディティールまで拘った闇の魔術剣を生み出したのだった。
「ふむ。やっぱり新しい剣の方が完成度は上か。たぶんこれなら生半可な攻撃を受けても刃毀れすらしなさそうだ」
訓練室の惨状。実験としてこの防護の術式が刻まれている部屋へ攻撃を加えてみた結果、破壊力うんぬんいぜんに物質としての強度が勝っていたのか、すんなりと刃が通った。
これならたとえ相手、リシャルが持つイグゾウ氏の残した槍『神槍フリューゲル』の攻撃にも耐えられるのではないだろうか?
そのテストとして、最後に俺は久々の登場となる愛剣『奪命剣ブランディッシュ』を取り出し――
「……あれ? 君また色変わってない?」
そういえば先日、剣によくない物が溜まっているからと、刃の根本近くになにか刻印を打ってもらったはず。
その影響だろうか、赤みがかった色が消え、刀身にうっすらと黒い葉脈のような血管のような模様だけが残っていたはず。
が、今ではその黒かった刀身にうっすらと紫色のモヤがまとわりついていた。
まさかと思い、もう一度剣を収納してその説明文を読んで見る。すると案の定――
『奪生剣ルインズフェイト』
『人の生を捻じ曲げた者の証』
『救われぬ生に救済を与え、道を踏み外した生に終焉を与える救世と破滅の剣』
『攻撃力 1210 属性 闇 神』
『魔力 1245』
あらやだ、また名前が変わってる。それに微妙に攻撃力も上がっていらっしゃる。
何故変わったし。
「ふむ……変化の兆しはアキダルですでにあったのかね」
思えば、アキダルにて俺は実験として『悪食』を付与した状態で様々な魔導具やアイテムを破壊していた。
その際、取り分け大きな変化を与えてくれたアイテムがあった。
そう、龍神の生体部位だ。
神と名のつくくらいのアイテムだけはあり、一気にステータスが大幅に増え、そして武器の属性に『神』まで追加されたわけだ。
その段階で、もはや今までの武器とは別物になっていたのかもしれない。
だが、あのタイミングで俺はさらに人の命を奪い『奪命騎士』という新たな職に目覚めた。
その後も、アーカムの一件でも多くの命を奪い続け、あげくの果て先日の武器職人の男性に『呪いが溜まっていた』とまで言われていた。
もしやその所為で武器の変化を妨げていたのではないだろうか?
それが、刻印の影響で解除されて無事に変化した、と。
「あんだけ人殺して人生かえれば、この武器名も説明文も納得……なのかね?」
ともあれ、この新しい剣でお手製の新生闇魔術剣の耐久テストを……いやいやいや、さすがに耐えられないだろ。
軽く、本当に軽くあてる感じで……。
「コツンと軽くな……軽く……」
結果。見事に折れました。やっぱり『神』属性には勝てなかったよ……。
その後三度作り出した闇魔術剣で剣術の反復練習や、先日のリュエの戦いで見た攻撃の再現などをしているうちに、気がつけば時刻は正午を回っていた。
そろそろ昼食を摂ろうと、訓練室を出ようとしたその時だった。
急激なめまいに襲われ、室内の紋章が大きく歪みだしたと思ったその瞬間、俺は床へ崩れ落ちるようにして倒れてしまう。
痛みはないが、少し気持ち悪い。酔ったような、そんなフラフラとした感覚。
「あら……少し失敗してしまいましたか」
「レイニー……リネアリスか……お前さんちょっと乱暴すぎないか」
「最近こちらの訓練区画に来てくださらないので、少し無理してみました。申し訳ありません、今すぐ気分を落ち着けて差し上げます」
すると、彼女の声がする方から霧のようなものが現れ、ほのかな茶葉のような香りとともに倦怠感やフラつき、そして疲労までもが一瞬で取り除かれた。
これは……魔法じゃなくて薬か? 珍しいな、この世界で薬の世話になるのは初めてだ。
ようやく落ち着いた頭で起き上がり周囲を見渡すと、以前彼女に招かれた暗闇の大図書館ではなく別な場所だという事がわかった。
古い、どこかの工房。少し前に俺が鎧を手に入れるきっかけとなった工房にも似た、けれども遥かに古めかしい歴史を感じさせる工房だった。
「また随分と歴史を感じさせる場所だな。なんだ、ここは」
「ここは私が錬金術師として研究、開発を行う場所ですわ。ここに人を招くのも何百年ぶりでしょうか」
「なんと、そいつは光栄だ。その光栄ついでにご招待の理由と、なにか小洒落た茶菓子でも出してくれませんかね」
「ふふ、分かりました」
古い、とてつもなく古い工房。レンガ一つ一つにすら補修の跡が見られ、工房の片隅にある巨大な炉にもススが何十層にも渡りこびりついているのか、光沢すら生まれている。
壁に掛けられている工具類もまた、お世辞にも状態が良いとは言えず、本当に何百年も放置されているかのような――ってここ鍛冶場じゃない?
「ふふ、正解ですわ。私はこの鍛冶場に間借りしていただけなんですの」
「思考を読むな思考を。なんだ、錬金術師の神様は自分の工房すら持っていないのか」
「ふふ、ここは特別な場所ですの。世界から切り離され、私と同様この狭間の世界にあり続ける、そんな場所。私の本来の工房は今も世界のどこかに残されていると思いますわ」
「なるほどね」
それを語る彼女の顔は、心なしかいつもの飄々としたものではなく、なにかを慈しむような、そんな気配を感じさせた。
この場所に、なにか思い入れでもあるのだろうか。
「ふふ、貴女の大切な娘さんの戦い、拝見させて頂きましたわ。凄まじい剣さばきでしたわね」
「ん……ああそうか、やっぱりあの投影する魔導具は貴女の技術提供か」
「ご明察。カイヴォンさんも戦うようでしたし、是非私も見たいからと、研究中の遠見の術式に私が手を加えて完成に導きましたのよ」
「自分も観戦したいが為に技術レベルを、もしかしたら今後の文化レベルにまで大きな影響を与えかねない事をしたんですか。制約はどうした制約は」
「高々術式の一部を効率化するだけで制約なんて受けませんわよ? ふふ、それをどう運用するかは今の世界に生きる人次第です」
あっけらかんとそう言い張る彼女。まぁ、これで便利になるし観戦がしやすくなるのなら文句はないのだが。
となると、今回呼び出されたのは共通の話題で盛り上がるため……なのだろうか。
「お待たせしました。お腹もすいていらっしゃるようでしたので、軽いお食事を用意させて頂きました」
「いつの間に……って何故にTボーンステーキ」
とその時、目の前に突然テーブルが現れ、そこには綺麗な焼き目のついたTボーンステーキ、それも極厚のものが用意されていた。
気がつけば、立っていたはずの俺もイスに座らされており、改めてこの相手がこの場所限定なら神のごとく力を使える相手なのだと認識させられる。
……なんだこれ、すごいいい匂いがするんですが。
「ふふ、かつてこの工房の本当の所有者に振る舞われたのです。炉に火を入れて料理をするくらい料理好きな方でしたのよ?」
「なんだそりゃ。鍛冶の神様でもいたら罰があたりそうだな」
あ、ナイフが凄いすんなり肉に入る。しかもサシの入り方が芸術的なんですが。
うおう……こんな肉そうそうお目にかかれないぞ、レイスに是非食べさせてあげたい。
「ふふ、明日は試合のようですし、勝利を祈願して贅沢に参りましょうか」
「む、今度は赤ワインか。なんだか悪いな、気を使わせて」
「いえいえ、私の退屈を紛らわしてくれる貴重な……友人ですから」
「ふむ、そう言ってもらえるならこれまた光栄だ。神様のお友達ってのは中々に箔がつく」
「友人になった覚えなんてない、と突っぱねられるかと不安でしたのに」
再び彼女は妖艶な笑みを浮かべながらそうぼやく。
さてと、じゃあこの暇を持て余した神様のお相手を努めましょうか。
彼女は、この大会を間近で見ながら、七星が呼び出される瞬間をこの目で見たいと言った。
というよりか、むしろそっちが本題だったそうな。
これまでそうしなかった理由が、やはり制約。彼女の言うとおり術式に少し手を加えるだけなら許されるのだが、その『少し手を加えるだけで完成まで持っていける場所』までこれまでこの世界の錬金術師や発明家が至っていなかったのが原因だとか。
そう考えると、今回のタイミングはまさに神がかっていたと言えるだろう。
「さて、そろそろ良い時間ですわね。では最後にもう一つ」
「ん? まだお土産があるのか? この最高のお肉を頂いただけで大満足なんだが」
あ、さっきのステーキのお肉分けてもらいました。なんでも太古の時代に住んでいた魔物のお肉だそうな。
「明日、貴方と戦う事になっている相手の武器もまた『旧世界の遺産』の一つですわ。残念ながら私作のものではないので、貴方の手には渡らないと思いますが」
「ああいや、実は勝ったら一時的に借りられる事になっているんだよ」
「あら、そうですの? でしたら、是が非でも勝ってくださいまし。きっと、貴方の手に渡ると言うのなら、それはこれから先の未来に必要な事のはずですから」
ああ、きっとそうだろう。
あの槍をイグゾウ氏の遺言に従って持っていけば、きっと何かが起きる。
彼女の言葉に締めくくられ、こうして彼女とのささやかな食事会が幕を閉じた。
未来への予感。決戦への期待。それらを胸にし、明日の決戦に備えるのだった。
なお、部屋に戻った瞬間レイスに『なにかお肉食べてきました?』と聞かれてしまいました。凄い嗅覚ですね、お兄さんびっくりです。