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百八十五話

(´・ω・`)おまたせ

「おっほう! レイス殿の手料理ですと!? これはなんという料理なのですかな」

「これは、先日開かれた屋台コンテストに出場した際に作ったメニューを私なりにアレンジしたものなんです。お口に合うといいのですが……」

「いや、凄いなレイス。屋台メニューが立派なメイン料理に早変わりじゃないか」


 夜。ブックさんを招いてのささやかな祝勝会が開かれていた。

 あれからリュエもだいぶ落ち着きを取り戻し、今は俺と共に席につきレイスの手料理に舌鼓を打っていた。

 今晩の給餌はすべてレイスが行ってくれるということなので、俺も早速アレンジされた肉巻きおにぎりにナイフを入れる。


「おー、柔らかいなお肉が。絶妙な焼き加減……あれ?」


 ちらりと、こちらの反応を窺っていたレイスの様子を見やる。

 あからさまに視線を逸しましたね、貴女。

 おかしいな……おにぎりをおにぎりたらしめるご飯が見つかりませんよレイスさん。

 これ、ロールステーキみたいなものじゃないですかね?


「レイス?」

「ち、違うんです。しっかりライスも使っていますよ? 巻きつけが解けるのを防ぐために、リゾットのように煮たものを使っているんです。ソースの濃度付けにも使用しています」

「むぐむぐ……あ、本当だ。しっかりお米の甘さが感じられる」


 すみません、僕てっきりお肉を沢山食べたいからとライスを取っ払っちゃったんじゃないかと邪推してしまいました。


「しかしこのソースは絶品ですな。かのイグゾウ氏の残したショーユを使っているのですな? 我が家ではたまにスープに入れたりしていたのですが、これはなかなか……」

「そういえば、そのイグゾウ氏のお孫さんことイルさんのところに娘さんが行ってるんでしたっけ」

「ええ、そうですぞ。今晩の食事にアイドも誘おうと思ったのですが、どうやらイル様がそのままアイドを連れてどこかのパーティーに出席するらしく」


 ふむ、余程気にいられたのかね、アイドさんは。

 まぁかなりのべっぴんさんだったしなぁ、一緒に行動すればさぞ華やぐだろう。

 これまでブックさん同様、こちらの街に来ていなかったのだろうし、大々的にお披露目とあっては今日明日辺り求婚でもされるんじゃないですかね。

 この大陸に貴族制がなくなっても、外からきた人間は他大陸の貴族がほとんどだ。

 面倒ごとにならない事を祈っておりますとも。


 その後、レイス特製のお米を使ったポタージュを堪能し、いよいよデザートという事で給餌を彼女と交代する。

 本日の本来の主役であるリュエさんのために、ちょいと贅沢なアイスを作らせて頂きましたよ。

 屋台大会の時、ドングリを活用する方法を模索していた時に思いつき、結局使わなかった秘蔵の一品があるのです。

 作るのに一週間はかかるという手間から、屋台には向かないとお蔵入りになったものが!

 俺はキッチンの冷凍庫から、鉄の容器を取り出す。

 アイス……というよりは、フランスのヌガーグラッセだな、今回のは。

 セミフィナル大陸はイタリアやフランス、一部ではドイツのような欧米食文化が広く浸透しているため、取り扱っている食材もそれに合わせたものが多い。

 まぁその殆どがリュエの倉庫内にあるわけだが。

 一度、そういった商店や工房で、ギルドにある小神殿にお供えをした事があるかと聞いたことがある。

 すると、ほぼ全員が口を揃えて『なにを言っているんだ。新作が出来れば奉納するのは常識だろう?』とのお言葉が。

 ……リュエさんや、君はいつのまにか食べ物をお供えするのが当たり前の神様かなにかのような扱いになっていたぞ。

 ともあれ、そういった文化が根付いたおかげで、今日も彼女の倉庫には沢山の製品が送られているのでした。


 金型から冷え固まったヌガーグラッセを取り出す。

 まぁだいぶアレンジしてしまったのだが。

 白い、まるで金の延べ棒のような形のそれを取り出し、カステラのように切り分けていく。

 断面には茶色い固形物や赤い果物が覗き、我ながらいい出来だと一人頷く。

 今回はマスカルポーネとお蔵入りにしていたドングリのグラッセ、そこにラズベリーを加えたものを凍らせたヌガーグラッセだ。

 本来、マスカルポーネはイタリア産のクリームチーズを差す言葉だが、ここでそう名乗っていいのだろうか?

 まぁ味が同じだったので便宜上そう呼ばせてもらおうか。

 そいつを皿に盛り付けて、それぞれに配膳していく。

 なお、リュエさんには分厚く切ったものを配っております。


「なんと……これをカイヴォン殿が作ったのですか!」

「ええ。お口に合うといいのですが」


 まさか俺が料理をすると思っていなかったのか、ブックさんが驚きに満ちた様子で皿を凝視する。

 さぁさぁ、驚いてくださいな。

 そして我が家の娘さん二人の様子はというと、レイスはその断面を見ながらしきりに感心したように頷いている。

 恐らく、ヌガーグラッセを食べたことがあるのだろう。

 で、本題のリュエはというと……あれやだ、笑顔が眩しすぎて直視出来ない。

 もう『私の人生に悔いなし』やら『私に春が来た』とか叫び出しそうなくらいじゃないですか。


「よし、じゃあ配り終えたので俺も頂きますね」

「じゃ、じゃあもう食べていいんだね!? すごい、四角い! ブロックみたいな大きなアイスだ!」

「あ、リュエだけ大量じゃないですか。お腹、壊さないようにしてくださいね?」

「ほっほ、リュエ殿の好物でしたか。では、我々も心して頂きましょう」


 では、いただきます。

 金型からしっかりと形を維持したまま出てきた為、若干堅すぎたのではと懸念を抱いていたのだが、スプーンで軽く切れるくらい柔らかく、しっかりと気泡を孕んだまま凍ってくれたようだった。

 本来なら生クリームだけで作るものに、マスカルポーネを加えたことで凍り方が変化してしまうのではと不安だったが、問題なし、と。

 スプーンの上にはアイスの部分とグラッセの部分のみ。

 まずはこの状態で一口食べてみましょう。


「……あ、美味い」


 チーズの風味と濃厚さに、甘い、ほのかに苦味のあるグラッセのシロップの味が広がり、得も言われぬハーモニーがうんぬんかんぬん。

 とにかくうまい。ドングリの食感もコリコリと程よく、どことなくくるみに似た渋みも残っており、良いアクセントになっている。

 さて、次はラズベリーも一緒に――。


「みんなの反応がなくてお兄さんちょっと不安になってるんですが、どうですかね?」


 ふと、食卓から誰の感想も聞こえてこない事に不安になり皆の顔を見渡す。

 一同目を閉じ、口の中で溶けるそれの味を楽しんでいるように見える。


「美味しい……たぶん、今までで一番美味しいよ……これ」


 珍しく、静かに感想を漏らすリュエ。今までで一番とな……これまで結構デザートは作ってきたのだが、その中で一番となるとそれは光栄だ。

 思えば、森の中で暮らしていた時から週に二回はデザートを振る舞ってきた。

 今思えば、よくレパートリーが続いたなと自分を褒めてやりたいくらいだ。

 無事、本日の主役であり、一番アイスを熱望していた彼女を満足させる事が出来たので、今回のメニューも成功といえるだろう。

 そして残りの二人はというと……。


「カイさん、この下にしいてあるスポンジ生地に染み込ませてあるのは……」

「残っていたドングリチップでエスプレッソシロップのようなものを作って染み込ませてみました。今回はアイス部分にチーズを使っているからね、ティラミスみたいに相性がいいだろうと」

「なるほど……どうりでグラッセとの相性もいいはずです」


 さすがレイスさん、目のつけどころがいいですな。張り合いがあるというものです。

 どんな料理でも、異なる者同士を繋ぐ食材というのは大事なのだ。

 スポンジとアイスと繋ぐ、ドングリのグラッセとドングリエスプレッソ。

 今回はドングリがその繋ぎの役割をしてくれたということですな。

 豚ちゃんには食べさせてやらんぞ、今回利用された事への仕返しということで。

 ……まだ金型に残っているのは偶然です。別に分けてやるつもりなんてないです。




 食事を終え、二人がまだこの施設の大浴場を利用した事がないということで、女性陣男性陣に分かれて大浴場へ向かう事になった。

 もっとも、これを提案したのは俺なのだが。


「お気遣い、感謝致しますぞカイヴォン殿」

「飲みに誘ってくれた時から、薄々気がついていましたよ」

「ふふ、そうでしょうな。さすがに、マザーの前で出すには憚られる話題ですしな」


 ブックさんと二人、以前レン君と浸かった浴槽で疲れを癒やしながら、ゆっくりと語り始める。

 恐らく、アーカムについての話だろう。


「私が、あの報告を聞いたのはこちらに向かう少し前の事でしてな」

「同じ領主でも情報が入ってこなかったのですか?」

「ええ、私は偵察部隊のような人間を所有しておりませんからな。それに……事が事です、オインク様も情報が漏れないよう細心の注意を払っていたのでしょう」


 湯船に浸かりながら、彼はじっくりと染み渡るような声でそう話す。

 彼は、誰よりもレイスの身を案じていたはずだ。そして、明確にレイスを付け狙う人間の正体を知っていた数少ない人物。

 長年、アーカムからの工作を一身に受けていたであろう功労者。

 その彼の悲願である、レイスの危険を取り除くという目的が、ようやく果たされたのだ。

 話したいことが沢山、それはもう沢山あるのだろう。


「完全に、あの男が残した影響、残党、思想に至るまで駆逐したと聞いておりますぞ。本当に……貴方でよかった。レイス殿を迎えに来たのがカイヴォン殿で、本当に……」

「けれども、残された住人はまだ先行きが不安定で、これから先、多くの困難に見舞われるかと思います。それを全部無視して、俺は自分の目的だけを達成した。それは、本来ならば褒められるべき行為ではないでしょうね」

「はっはっは、そうですな。領主という立場からすれば、この大陸の均衡を崩し去っていった厄介な人間、そう取られても仕方ないでしょう。しかし――ここにいるのは裸の男が二人。そんな面倒な建前など、服と一緒に脱ぎ捨ててしまいました」


 嬉しそうに、涙すら浮かべて語る彼。

 ああ……よかった。俺はこの人に、しっかりと義理を果たす事が出来たのか。

 レイスを、彼女を求める多くの人間から、俺は彼女奪い取った。

 その中でも、誰よりも彼女の為に尽くしてきた彼に、彼の献身に報いる事が出来たのか。

 よかった。ただただ、安堵した。


「レイス殿は、よく笑うようになりましたな。あんなに表情豊かな彼女を見ることなど、かつてアルヴィースの街にて暮らしていた時代以来です」

「ふふ、じゃあこの後もっと驚く事になると思いますよ。ブックさんは七星杯の終わりまでここに滞在なさるんですよね?」

「むむ? そのつもりですが、なにかサプライズでもあるのですかな?」

「ええ、それはもう」


 表情が豊かになるどころか、ノリノリで大会に出場している姿が見られますよ。

 ……そして俺も、明後日にはエキシビジョンマッチだ。

 この大会、皆が皆、それぞれの思いや目的の為に死力を尽くして勝ち進んできている。

 勿論そうじゃない人間もいるだろうし、記念で出場したりお遊び感覚の人間もいるだろう。

 だが本戦は違う。皆、ここまで勝ち上がるに相応しい理由と実力を兼ね備えているのだ。

 ……そうだな、さすがに俺も悪ふざけがすぎたな。

 明後日、明後日ですべてのネタばらしをしよう。

 レイスには悪いが……そして怒られるかもしれないが、甘んじて受け入れよう。

 あと、きっと豚ちゃんも荒ぶる豚のポーズでもしそうだな。


「むむ、なにかおもしろい事なのですかな? 笑いが漏れておりますぞ」

「ふふ、これから先の七星杯に乞うご期待ってやつですよ」


 男二人、笑いながら湯船に浸かる。

 ゆっくりとした時間の流れに身を委ねながら、夜が更けていく――。


(´・ω・`)三巻発売までに10章終わらせる勢いで更新してくからな~見とけよ見とけよ~

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