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百八十四話

(´・ω・`)れんぞくこうしん

 オインクの執務室へは一度訪れた事があった。

 だが今回は議員としてではなく、ギルド総帥としての執務室という事で、このギルドの建物内にある総帥室へと向かう事に。

 どうやら宿泊施設であるこの場所の下の階、フードコートにほど近い階にあるらしく、昇降機で一気に下まで移動していく。

 やはりまだこの昇降機、つまりエレベーター内部独特の感覚に慣れていないのか、リュエが目の前でつま先立ちのようになりながらふわっと身体を持ち上げていた。

 ううむ、かわいい。ちなみにレイスの場合はこの動きに付属して二つの大きなお山さんがフルルンと揺れたりします。


「やっぱり慣れないなぁこれ……カイくんはよく平気だね」

「俺がいた世界だとこれより長くて動きの早いやつもあったからね。しかも結構日常的に利用していたし」

「うえ~……黙って階段使おうよ階段……」

「この高さを階段で昇り降りするとか勘弁してください」


 仮にリュエが現代の日本にきたら、きっと毎日足をパンパンに腫らしてビルを上っていくんだろうな……やだ、下半身ムキムキエルフとか恐い。

 そんな想像をしているうちに昇降機の速度が緩み、目的の階が近いのだと知らせてくれる。

 目の前でバランスを崩すリュエを支えながらフロアに降り立つと、すでにここに来たことのある彼女が先導を始めた。

 そして、これまた豪華な、若干成金趣味の大扉を開く。


「やぁ、もうオインクは戻っているかい? 試合後に呼ばれていたのだけど」

「これはリュエ様。オインク様はすでに待機しておられますよ。それと……」


 秘書だろうか、制服に身を包んだ女性の視線がこちらに向けられる。


「彼は私が独断で連れてきたんだ。私と同待遇なんだし、大丈夫だよね?」

「……少々お待ちください」


 さすがに『はいどうぞ』とはいかないか。だが恐らくオインクならば通してくれるだろう。

 だが、何故リュエが俺をここに連れてこようとしたのかが分からない。

『私が我慢ならない事がある』と彼女は言った。普段、俺同様に敵対した相手以外には人当たりが良い彼女がそこまで我を通そうとするなど、余程の理由があるのだろう。

 確かに俺とアルバは敵対……とまではいかずとも、険悪な仲ではあったが、それで彼女が動くとも考えられない。

 彼女の内心がどうなのか考察しながらチラリと様子を見れば、今も少しだけ鼻息を荒くして扉を見つめている。

 ううむ……今回ばかりはちょっと俺もどうなるか予想が出来ないな。


「お待たせしました。総帥の許可が下りましたので中へどうぞ」

「分かったよ。ごめんね突然」

「突然申し訳ありませんでした」


 さて、一体何が起こるんでしょうかね。


「邪魔するぞーオインク」

「来たよ、オインク」


 総帥としての執務室は、どこか美術館めいた内装の、数々のショーケースが設置された場所だった。

 さぞや名のあるものなのだろう。ボロボロの剣の柄や、砕け散った兜の残骸。

 一見するとガラクタのように見えるそれらが、一つ一つ大事そうに収められていた。


「まったく、リュエが自分から面倒になりそうな事をするなんて」

「私だって腹に据えかねる事があるんだよ。ごめんね」

「ふぅ……大方予想はつきますが、あまり追い打ちをかけるような事はしないでくださいね」


 着替えを済ませ、いつもの制服に身を包んだオインクが疲れたようにイスに身体を深く預けながらそうぼやく。

 やはり大会の運営というのは想像以上の激務なのだろう。

 労いもかねて軽くからかおうとしたその時、秘書の女性から再び声がかかる。

 そしてそれは、俺の予想どおり面倒事の予感をさせるものだった。


「アルバ様が到着しました」

「分かりました。通して下さい」


 開かれる扉。そして現れる人物。

 彼は扉をくぐる前に、こちらの顔ぶれを見てその足を止めてしまう。

 いや、そんな顔で睨まれても。


「……何故、ここにこの男もいるのですか」

「あ、それは私が連れてきたんだよ。どうしても君に知ってもらわなきゃいけない事があるから」

「チッ、なんだよまだなにかあるのか」


 事の成り行きをオインクと二人で見守る。

 やはり直接格上だと分からされたからか、トゲは残るもののアルバのリュエへの態度が少しだけ軟化したように思える。


「君は最初、私を噛ませ犬かなにかだと思っていたようだけれど、結果はこの通り。けれども、私はどうしても腹に据えかねている事があるんだ」

「なんだよ、試合前の事ならもういいだろう。結局俺は負けた、それで十分だろ」

「ダメ。あのね、カイくんは私よりも強いんだ。だから、もう無闇に喧嘩をふっかけたりしないで欲しいんだ」

「……嘘をつくなよ。オインク様、これは俺を……悪い言い方ですが、ハメるために仕組んだんですよね」

「……彼を囮にして、リュエと貴方を戦わせた。そう言いたいのですか」

「……はい」


 ふむ、なにかリュエとの間でやり取りがあったのだろうか。

 だが、それにしたって彼女がここまで言うのは珍しい。

 アルバもまた、突然リュエに『カイくんは私よりも強い』と言われたところで、どう反応すればいいか困るだろうに。

 そして伝えた本人、リュエもまた煮えきらないような、複雑な表情を浮かべている。

 まるで、上手く自分の気持ちを言葉に出来ないような、そんなもどかしさを抱えているような。

 何故か時折こちらを振り返り、なにかを伝えようとしている素振りも見せる。

 ……いや、ここは彼女に任せよう。


「リュエ、続けて下さい。アルバは最後まで彼女の話を聞いて下さい」

「だから……ああもう、なんだろう。カイくんを、カイくんを馬鹿にしないで欲しいんだ。簡単に倒せそうとか、軽んじたり貶したり、そんな風な態度を取らないで欲しいんだ。私は、あまり怒らない方だけれど、それだけは我慢出来ないんだ。彼は私にとって大切な人だから! だから絶対に許せないんだ! もしもまた、もしもまた――」

「はいストップ。熱くなりすぎです」


 突然、彼女が語調を強めながらまくし立てる。

 とてもじゃないが冷静には見えない表情を浮かべながら、今も強い眼差しをアルバに向けている。

 いや、ちょっとさすがにそんな理由で俺を連れてきたとなると……そこまでアルバは失礼な事言ったんですかね?


「絶対……、絶対にバカにしたり、軽んじないでおくれよ……許さないからね」

「……つまりそういう事です。彼女、リュエからすれば自分の大事な相手を軽んじられたようで我慢ならなかったんでしょう」

「……本当にこいつが強いのなら……俺はずっと、ただの道化だったって事ですか」

「貴方が彼に対してどんな態度を取るか。それを確認したかったというのもありますね。そういう意味では、私は貴方を泳がせていたとも言えます」


 オインクが告げる残酷な真実。

 恐らく、最初から今回の一連の流れを予想していたのだろう。

 つまり、俺にここまでの護衛を依頼した時から。

 自分の組織の不穏分子や、浮ついた地盤を整えるために、また今回もまんまと俺は使われた、と。

 もっとも、途中から俺ではなくリュエにその役目を与えようとしていたようだが。

 大方、想像以上にアルバがこちらに食って掛かってしまい、それに対して俺が過剰に力を働かせてしまうのを危惧したのだろう。

 正解である。たぶん俺がエキシビジョンの相手をしていたら、完全に心が折れるまで痛めつけていただろう。

 どういうわけか、ここに来てからずっとこちらの感情の起伏が激しくなっている。

 自覚があるくらいだからってんだから、相当俺もまいってるのかね。

 一体何が原因なのやら。


「アルバ。貴方のここ一年の振る舞いが褒められたものではないと、私の方にも報告がきていました。それに貴方は少々嫉妬心が強すぎます。恐らく、私の護衛を任せられている見知らぬ人間がいれば、こうなるだろうな、とは思っていました」


 そしてこちらの想像どおり、オインクは自分の予測、ある種の計画だったと白状した。

 知らずに利用されるのは業腹だが、これまでの事を考えれば……いや、これからの事を考えればそれもいいだろう。

 なにせ、もうすぐ俺はこの大陸を去ってしまうのだから。

 そうなれば、俺とギルドの関係が絶たれ、そしてそれはオインクと俺の繋がりが途絶えてしまうという事に他ならない。

 友人である事には変わらない。だが、互いの為に行動を起こす事が、もしもの時に助けてもらう事が出来なくなる。

 だからこそ、オインクも少しだけ、焦っているのかもしれない。

 ああ……そうか。俺も、それで焦っていたのだろうか。


「議員であるよりも、貴方はまず冒険者としての地位を今一度固める必要があるでしょう。……もっとも、今日の戦いでその足がかりはもう出来ているとは思いますが」

「……分かりました」

「アルバ。なにが貴方をそうさせたのです。元々このような質の人間ならば、私は貴方を白銀に、議員に推薦したりはしませんでした。なにがあったのですか?」

「……それは、答えろとの命令ですか」

「必要ならば」

「……出来ればそれは、二人だけの時に言わせて下さい」


 さすがに、なにも知らない俺達が聞くわけにもいかないだろうな。

 未だ興奮した様子のリュエと共に一度部屋を後にする。

 きっと、オインクにしか言いたくない彼なりの理由があるのだろう。

 もう、彼は十分に罰を受け、そしてリュエからの教えをあの戦いの中で受けたはず。

 ならばもう、盗み聞きなんて野暮な真似はしませんとも。

 それに、我が家の娘さんの様子が気になるしね。




「どうしたんだリュエ、少しらしくないぞ」


 執務室を出ると、気を利かせてくれたのか秘書の女性の姿がなくなっていた。

 待合室としても使われているこの部屋のソファーに二人でかけながら、今もうつむいている彼女に声をかける。


「……私の英雄を馬鹿にされたんだ。怒るに決まっているじゃないか。カイくんは私が馬鹿にされたりすると怒るように、私だってレイスやカイくんが馬鹿にされたらこんな風になっちゃうんだ」

「……そうか」


 俺と同じように、か。

 そう言われてしまっては、こちらとしてはこれ以上なにも言えなくなくなってしまう。

 そうだよな。仮に自分の親を同級生にバカにされたら、子供だって同じように怒る。

 そしてそれはきっと、大人でも同じ。親や家族、親しい人間を無遠慮に貶されれば、誰だってこうなる、か。

 ああそうだとも。それはおおいに心当たりがある。

 ならば、言うべき事ばは一つしかない、か。


「……ありがとう、リュエ」

「どう……いたしまして……なのかな」


 きっと、こういう感情に慣れていないのだろう。

 そして今回のように『俺がいない状況で俺が貶められる』という状況が初めてだったのだろう。

 これまでだって散々色んな人間に喧嘩を売られたり、敵対された事があった。

 だが、そういう時は……自分で言うのもあれだが、自分の手でその相手を黙らせてきた。

 しかし今回は違う。リュエは初めて、自分だけが見ている状況で友人や家族を、目の前で馬鹿にされたのだ。

 だからこそ、どうすればいいのか分からなかった。自分がどこまで怒ればいいのか、どこまでやり返せば良いのか、その加減が分からなかったのだ。

 故に、俺をこの場につれてきた、と。

 もしかしたら、俺が直接アルバに苦言を呈するのを期待したのかもしれない。

 けれども俺にその気がなかったから、あんな風に暴走気味になってしまったのだろう。


「リュエ、面倒な事は考えなくていいぞ。ムカついたらぶっ飛ばしてやれ」

「わ……分かった!」


 シンプルイズベストって奴です。ムカついたら程々に仕返ししましょう。






 二人が去った部屋。私はこの年若い冒険者と二人残され、彼の言葉をただじっと待つ。

 彼は、好青年だった。いつも必死に依頼を受け、どんどん実績を積み重ねてまたたくまに白銀という頂点まで上り詰めた前途有望な若者。

 冒険者からも一人代表として議員を出さなければならない都合、若手で今もっとも勢いのある彼か、それとも名実ともにセミフィナル最強と謳われているリシャルを指名しようと考えていた。

 最初にリシャルにその誘いを断られた私は、彼、アルバを推薦した。

 結果、これまでの働きぶりが功をなし、見事住民、そしてギルドに所属している人間の票を得て議員に任命された。

 そして……それを見届けてこの大陸を私が去った直後から、彼の黒い噂が流れ出した。

『横暴になった』『簡単な依頼やお願い事を受けなくなった』『スタンドプレーが目立つ』

『街の警備の仕事を奪う』『自分の信奉者だけを優遇するようになった』

 まるでそう、力に溺れた人間のような振る舞いを繰り返す彼。

 だが、総帥である私が直接それを指摘しようとしても、彼は私の前では忠誠心溢れる部下でしかない。

 周りからの声を頼りに罰するにしても、すでに一人の議員である彼を処断するにはそれでは理由が弱すぎる。

 正直、自分の部下の手綱すら握れない自分自身に失望すら覚えていた。


「話してくださいますね。何が貴方をそうさせたのか」


 二人きりになった事で諦めがついたのか、彼はゆっくりと語りだした。


「……俺は近づけたと思った。白銀になり、そして序列こそ低いが、貴女と同じ議員に上り詰めた。だが、それでも思い知らされたんです」

「……私に、ですか」

「貴女は遠すぎる。ならば、かつて貴女に並んだ人間のように、俺も自分の勢力を作ろうとしました」

「……よりによって、彼を見本にしたと?」


 私に並んだ人間……不本意ではあるけれども、私と同格と呼べる人間には『あの男』も含まれている。

 今は亡き偽りの魔王『アーカム』確かに、彼はイルと私に並ぶ地位と力を持っていた。

 最初から力を受け継いだイルとも違う。自分の力だけであの地位まで上り詰めた男。

 そういう意味では、彼は誰よりも私に近しい存在だったのかもしれない。

 ……反吐が出ますが。


「……はい。アーカム氏のように自分の勢力を作ろうとしていました。ですが氏は先日亡くなったと聞きました。だから俺は……これ先どうすればいいのか分からず……」

「……愚かですね」


 死してなお、私に牙を剥く宿敵に憎しみの感情が溢れ出す。

 ああ、そうか。アーカムは自分の娘を去年の七星杯でアルバと戦わせていましたね。接触の機会はいくらでもあったと。

 ああ、愚かなのは私も同じだ。みすみす敵勢力と自陣営の上層の接触を許していただなんて。

 大方、内部からこちらの力を削ぎ落とす、その尖兵として彼が選ばれたのだろう。

 ウィングレストの時といい今回といい、内部工作が得意な強者というのは本当に厄介だ。

 自ら切り込んでも十分な成果を出せるにも拘わらず、こうして内部に潜り込む。

 厄介だ。本当に厄介な相手だ。


「愚か、ですね。そこに、あの男が現れた。貴方と、遠いはずの貴方の隣に立つあの男、カイが」

「……彼は、私の旧友です。神隷期からの」

「っ! じゃあ、やっぱりどう考えても俺は、勝ち目がなかったんじゃないですか。勝負でも……『 』でも」

「今、なんと?」


 聞き間違いでなければ。

 ああ、そういう事なんですか。

 ああ、そんな話、私には無縁なものだと思っていましたが。

 遠いと、それが苦しかったと。だから正常な判断を下せなかったと、思考を狂わせたと。


「なんでもありません。すみません、もし許可してくださるのならば、白銀の、Sランクという地位を返上させてもらえませんか。今一度、俺は鍛え直さなければいけないようです」

「……一度返上したものは、もう一度取るのが難しい。それは貴方を白銀に推挙した全ての人間の期待を裏切るという事になりますから」

「それでも、俺にはまだ早かった。あの女、リュエが言うように、俺はまだ強くあり続ける事が出来ませんでした」

「……その意思が固いのであれば、許可しましょう」


 昔から言われている言葉がある。

『恋は盲目』つまり彼、アルバは、事もあろうに私に……そういった感情を抱いてしまったと。

 光栄ですね。私のような存在を、一人の人間としてそういう対象として見てもらえるとは。

 けれども……私はきっと、誰かと結ばれる事はないでしょうね……。


「アルバ。貴方にはしばらくエンドレシアでの活動を命じます。あの過酷な環境で、自分を鍛え直すといいでしょう。今、私はこの大陸を離れられませんが、あの地には優秀な調査員を派遣しなければいけないと考えていました」


 龍神の開放の影響が顕著に現れている、かつてリュエが住んでいた森。

 あの一帯の調査を任せられる程の強者が、残念ながらエンドレシアには今いない。

 ならば、彼こそが適任だろう。


「調査地は、かつてリュエが住んでいた、最も強い魔物が犇めく森です。今の貴方には、打って付けでしょう?」

「あの女が……分かりました。エンドレシアへの派遣、確かに拝命致しました」


 彼の対抗心を、彼の向上心を利用する。

 私は、どこまでいってもこういう人間だから。

 だから、きっと私は誰とも結ばれる事はない。

 そんな私だから、きっと選ばれる事はない。

 ……それでいい。それがいい。

 かつて私の命を受け、命を散らしていった英雄達の遺品に囲まれながら、私はまた一つ、自分の部下に命令を下すのだった。


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