百八十二話
(´・ω・`)ようやく三巻の原稿が正式に完成しました
あとは校正さんのチェックと、著書校正をしたら終わりです
アルバの抱負の発表は、すぐに終わってしまった。
それはただ一言『今すぐ潰す』という強い言葉だけ。
そして会場からは既に、リュエに対して懐疑的な言葉を口にする人間も現れ始めていた。
レイスはそんな中、俺が怒りだしてしまうのでは、と気が気でない様子でこちらの顔色を窺ってきていた。
大丈夫。今回はリュエが自分で選んだ結果だ。彼女がそうなるように自分で仕向けた事だ。
だから、ここで俺がどうこうしようとは思わない。
『随分好き勝手言ってくれたな。旗印どころかお飾りの分際で』
『図星を指されたからってそんなに怒らないほうが良い。ただでさえ実力差は明白なんだから。少し冷静になるまで待ってあげようか?』
会場の術式には、映像だけでなく音声を拾う機能も備わっているのか、拡声の魔導具もないのにこちらに二人の声が届いてくる。
じゃあさっきのマイクみたいなのはただのポーズだったんですかね。
しかし、相変わらずリュエは一方的にアルバを煽っている。
正直、自分も人を煽ったり敵を作るのが得意という面もあるのだが、それがしっかり彼女にも存在しているようで、なんとも言えない気持ちになってしまう。
蛙の子は蛙とでも言うのだろうか? ううむ……。
試合は既に開始の合図を済ませている。
そのリュエの煽りを引き金に、アルバが背中に背負った二本の片手剣……サーベルを引き抜いた。
無骨さと優美さの両方を兼ね備えた、非常に優れた逸品のように見える二振りの刃。
それに対してリュエもまた、儀礼剣と見紛うあの剣を抜き、そして術式を発動させる。
「……凄いな、さしずめ幻影剣とでも言うべきか」
「実態もありますから、むしろ複製剣かもしれませんね」
リュエが施した改造とはなんなのか。
それは、光の魔導を簡略化し、その物の姿と全く同じ虚像を生み出すというものだ。
面白い効果ではあるのだが、本来なら囮や騙し討にしか使えない効果。
だが、それを彼女が使うと話は別だ。
右手に持つ剣と、左手に持つ虚像の剣。だが、本来触れることのはずのない左の剣と右の剣を彼女は交差させ、その音を響かせる。
あれは、あのネタ剣に元々備わっている『音を出す』という効果だ。
だがそれでも、あの剣は確かに実像を持っている。
以前、リュエに見せた『光の三原色の実験』それがあの改造した魔剣のアイディアの元になっているという。
そしてあの実験で俺は『氷をスクリーンに見立てた』のだ。
つまり今彼女の左手に握られているのは氷の剣であり、そこに寸分違わずに虚像を映すことにより、文字通り同じ姿の剣を再現してみせているのだ。
それだけでは留まらない。いくらリュエの得意な氷属性とはいえ、武器として使うにはその破壊力や強度に限界がある。
だが、彼女は氷の剣の内部、普通の武器の芯鉄にあたる部分に以前考案した闇魔法の糸を編みこんで使用しているのだ。
つまり、一見するとただ剣が増えただけに見えるあの光景だが、実際にはリュエの持つ魔法技術の粋を結集し、この場で発揮出来る最大限の力を出したまさに全力と呼ぶに相応しい姿なのだ。
……黙って剣一本で戦えばそれでいいと思ったのは秘密だ。
『私は本来剣は一本しか持たないのだけれど……君に合わせてあげるよ』
『……どこまでも俺をコケにするつもりなんだな、テメェ』
あ、なるほど。これも煽りの為だったんですか。
アルバは右の剣を垂直に立てたまま前に出し、左の剣をフェンシングのように構えるという独特の構えを取り、ジリジリとリュエとの距離を詰め始めた。
二人の間の距離はおよそ一○メートル。本気で踏み込めば一瞬で互いの攻撃範囲内に相手を捕らえられる距離だ。
にも関わらず、リュエは自分の剣の出来を確かめるように素振りを繰り返し、一行に戦闘態勢に入ろうとしない。
『ほら、どうしたんだい? 先手は譲るって意味なんだけど』
まだ、煽る。
その瞬間、しびれを切らしたのかアルバがたった一度の踏み込みで一気に距離を詰める。
ほぼノーモーションの踏み込みにより、アルバの垂直に構えた右の剣の届く範囲にリュエが収まってしまう。
そして、手首を伸ばすだけのコンパクトな動きで、その垂直の剣をリュエの首筋へと振り下ろした。
俺は咄嗟に自分の手首を動かしてみる。
確かに剣くらい振れない事もないが、とてもじゃないが殺傷能力を生み出せるとは思えない運動量。
先程の踏み込みと良い、どうやらアルバは通常の人間よりもコンパクトな動作で身体を動かすのに慣れている様子だ。
そして、綺麗に首筋へと伸びる切っ先が、いとも簡単に弾かれてしまう。
だが間髪入れず、しっかりと振りかぶり構えていた左の剣の鋭い刺突が、右の剣を弾いたリュエの剣、そのヒルト部分へと襲いかかった。
「上手いですね。最初の攻撃は見せ技で、本命は左。そして見せているだけとはいえ、避けなければ確実に深手となる首筋への正確で素早い攻撃。白銀持ちとしての技量は十分あるように見えます」
レイスが俺と同じ考えを述べる。
そして会場では、彼の剣が正確にリュエの手の甲へと吸い込まれる様子が大きく映し出されていた。
あれは……魔法で再現した方の剣だ。
正確にヒルト部分をとらえた一撃に、リュエが剣を手放してしまう。
その狙いすました一撃に会場が『おお』と声を上げるが、次の瞬間には驚愕の声がこだまする。
『これは! 今取り落とした剣がいつのまにか再びリュエ選手の手に握られていますぞ!』
『あれは戦闘前に分裂したように見えましたが……魔剣の類なのでしょうか』
『ふむ……取り落としたにしては妙に次への動きがスムーズでしたな……』
ブックさんとオインクの解説に合点がいった。
つまり、これすらも最初から狙っていたのか。
映し出される映像では、虚を突かれたアルバがリュエの猛攻を必死に防いでいるところだった。
リュエは俺も使う事が出来る基本的な剣術『ラピッドトラスト』を高速で放ち続ける。
ただの単発の突き技。出の早さと消費MPの少なさくらいしか特徴のないそんな技。
だがそんな剣一本による攻撃にも関わらず、そのあまりの速度に二本の剣を使っても防ぎきれずにいた。
『八割ってところかな……結構防ぐね』
『くそ……!』
『じゃあ、もう少しペースを上げるね』
その瞬間、もはや切っ先を目視出来ない速度で彼女の突きが放たれ始める。
防ぐ事が出来なくなってきたのか、アルバの全身に少なくない数の裂傷が刻まれる。
おいおい……この会場でのダメージは肉体疲労に変換されるわけじゃないのか?
「ひでぇ……あんなのなぶり殺しじゃねぇか!」
「だ、大丈夫だろ……致命傷になるような怪我は変換されんだから」
「け、けどよぉ……細かい傷はそのままなんだぜ……えげつねぇ」
なるほど。これを狙っていたのか、それとも偶然なのかは分からない。
けれども、観客の印象は見事に悪いものになっている。
次第に、地面にぽたりぽたりと血のしずくがこぼれ始める。
「カイさん……リュエは、あれで本当にいいんですか」
「……俺達はどうせ、この祭りが終われば大陸を出るんだ。だから、その間の汚名は喜んで被ろう、そういう事なんだろう」
「……何故、そこまでするのです」
「さて、な」
分からない。彼女が冒険者として、かつて歩んできた道を知らない俺には、彼女の考えの深い部分を想像する事が出来ない。
けれども、きっと彼女が必要だと思ったからこそ、こういう手段に出たのだろう。
『四割は防ぐ、か。中々しぶといね』
『あぐ……グ……』
『……ちなみ、私はまだ二割の力しか出していないからね?』
次の瞬間。リュエの肩から先が完全に消失し、凄まじい音と共にアルバが今まで立っていた場所から吹き飛び、壁へと激突していた。
暴風。そう呼ぶに相応しい衝撃が会場に伝わり、全員が息を飲む。
……今、見えなかったが同じ技を使ったんだよな。
ただの剣術。片手剣の基本中の基本である、ただの突き技。
それを、全力で放つだけでこの結果を生み出すのか……!
『今のが私の八割の力。すごいね、立っているじゃないか』
『化け……もんかよ……』
『威勢がよかったのは最初のうちだけだったね、アルバ君』
恐いと思った。
俺では辿り着けそうにない、剣術の極地とも呼べる技を平然と使える彼女の事を。
そして同時に思った。俺は、まだまだ強くなれるのだと。
会場は既に、リュエの物言いや、アルバのこれまでの行動をすべて忘れてしまったかのようにただ、固唾を飲んで試合を見つめている。
『アルバ君。現実を知れ。君は弱い。弱くて未熟で、なにも分かっちゃいない』
『うるせぇ、デタラメ女!』
『どうして頑なに自分を大きく見せようとするんだい? どうして君は自分の価値を高めるために他人を利用しようとするんだい? 私も、カイくんも、君を引き立てる道具じゃないんだよ?』
『うるせぇ……お前は何様なんだよ!』
壁から抜けだしたアルバが、両手の剣を大きく振り上げる。
二刀流だが、その構えには覚えがある。あれは……俺の得意とする『天断』の一つ手前。
天ではなく大地を切り裂く、長剣術の中では上位に位置する技『大地烈断』の構えだ。
「やっぱり、白銀持ちは侮れないな」
「知っている構えなんですか」
「簡単に言うと、どんな相手でも絶対に一定のダメージを与える攻撃。格上であるリュエにダメージを通そうとするなら、一番良い選択肢かもしれない」
あれは、自分の攻撃力から相手の防御力を引いた数字を直接与える技。
たとえ相手が防御の姿勢をとっていようが、土手っ腹に打ち込もうがダメージが変わらないトリッキーな技だ。
その独特の性質故に使い所が限られている反面、うまく使えばとても大きな効果を見込める技だ。
だが問題は――リュエの防御力を超えることが出来るか否か、だ。
それにここはゲームじゃない。相手も同時に技を放った場合どういう効果になるのか不明だ。
見れば、リュエもまた両手の剣を振り上げながら、少しずつアルバへと歩み寄っていくところだった。
あれは……同じ技なのか?
ゲーム時代。Kaivon同様にRyueもまた、覚えられる技はすべて覚えている。
だから彼女が使用してもおかしな事はないのだが……。
『私の本来のスタイルは剣一本。だからこの技も、君みたいに二本で同時に放つなんて器用な真似は出来ない』
『どこまで、俺をコケにすりゃ気がすむんだテメェはよ!』
『これはハンデだよ。もし、その技で少しでも私に傷を与える事が出来たなら、その時点で私は負けを認めるよ』
彼女のその宣言に会場がざわつく。
そして――
「ふざけるなよ……ふざけるな! おいミスセミフィナル! そいつはあんまりじゃねぇのか!」
「そいつはな、それでも俺達の代表なんだよ! エンドレシアの白銀だかなんだか知らないが、俺達を馬鹿にするのも大概にしろ!」
我慢の限界を超えた観客が、ついにフィールドのリュエへと声を荒げて始めたのだった。
取り巻き連中だけではなく、この会場にいる冒険者達が次々に同意の声を上げ、それが大きなうねりとなりリュエへと降り注ぐ。
そしてその声に、徐々にアルバへの声援が混じり始めた。
『負けるな』と『意地を見せろ』と、勝利を願う言葉の波が彼へと押し寄せていく。
「……本当、器用なんだか不器用なんだか」
「そうですね……けれども、リュエらしいとも言えます、ね」
光の玉に映し出される光景。
依然、剣を構えたまま試すような表情を浮かべるリュエと、会場の雰囲気に驚き、どこか焦ったような表情を浮かべているアルバ。
『白銀持ちは、常に皆の羨望を受け、『強くあり』続けなければならない』
『……ちっ、そういうことかよ』
『ふふ、まんざらでもなさそうじゃないか』
『……認めてやるよ、お前は俺より強い。遙かに、遙か高みにいるってな』
『じゃあ、君はどうあるべきか、それは分かったかい?』
リュエの持つ剣の光が、一層強くなる。
その眩しさに、会場にいる全員が光の玉から目を逸らしてしまう。
ただ、確かにその声は会場に届いた。
アルバの口からこぼれ落ちたその呟き『強くあり続ける事』という一言が。
「強くある、か」
「それは、むずかしいことですよね」
強くなる事は、実はそう難しい事ではない。
修練を積めば、誰だって最初の頃よりは強くなれるのだから。
その果てを目指し続けるとなると話は別だが、強くなる事そのものは難しい事ではない。
だが『強くある』とはどういうことなのか。
それは、自分が強いと認めた上で、常にそうあり続けると、自分で納得し続けるように鍛錬を続けるなり、考え続けるなり、立ち振舞を意識し続ける事と言っても良い。
つまり白銀持ちとは、それほどまでに重い重責が伴う称号だと彼女は言うのだ。
『アルバ君。君のこれからに、私は期待しているよ』
『いつまで上から目線で語ってんだ。覚悟しろ化物女、ぶった切ってやるよ』
そして、あまりの光に誰もその瞬間を捉える事が出来ないまま、決着がついたのであった。
(´・ω・`)発売日は10月28日 表紙はあの人が飾ります