百八十話
(´・ω・`)目の疲れからくる肩こりは甘く見たらいかんぜよ
彼女達にあのネタ武器『超七色閃光遊戯剣』を預けてから二日。つまり、リュエの試合当日の早朝の事だった。
少し大きな物音に目が覚めてしまった俺は、何事かと隣にある二人のベッドに目を向ける。
三つ並んだベッド。真ん中のベッドにはしっかりと膨らみが残り、レイスの規則正しい寝息が聞こえてくる。
実は、レイスの寝相はあまりよくないらしく、今のように完全に布団に潜って眠っていたり、頭と足が逆になっていたりする事もしばしばある。
もしかしたら夜にまた抜けだした後、戻る時逆になってしまった……という線も考えられるのだが。
ともあれ、物音の正体が彼女でないとすると、残りは一人しかいない。
一番向こうのリュエのベッドに目を向ける。すると、やはりそこはもぬけの殻であり、この時間はまだ眠っているはずの彼女の姿が見当たらなかった。
「リビングの方か……?」
若干眠気の残る頭のまま起き上がり、レイスを起こさないように忍び足で寝室を出る。
すると、隣の部屋のテーブルの上に俺が預けた剣と、様々な見たことのない機材が並んでいた。
『秘密の実験器具ですよ』とレッテルでも貼られていそうなその妖しげな品々に好奇心が鎌首をもたげる。
どうやら物音の正体はこれらのようだが、その主であるはずのリュエの姿がどこにもない。
はてなと首をかしげているとシャワー室から水音がし、すべてに合点がいく。
なるほど。大方実験中に汚れてしまった身体を流しに行ったのだろう。
それに今日は試合当日。気持ちを切り替える意味でも朝シャンは効果的、か。
「これももう作業そのものは終わってるみたいだし軽く片付けて……早めに朝食でも作るとするか久しぶりに」
リュエは今日、朝の七時にはオインクの執務室に来るように言われている。
どうやらエキシビジョンマッチ開催前に両選手が軽い挨拶を行わなければならないらしく、その打ち合わせがあるそうだ。
ふむ、となると対戦相手のアルバも同じ部屋に呼び出されるのだろうか。無駄に喧嘩を売ってきそうで少し心配だな。
ただでさえ、今のリュエは少し気が立っているというか、彼に対して思うところがあるような事を言っていたのだから。
……魔術抜きの剣術オンリーで本気の姿か。同じ剣士としてちょっと興味あるな、それ。
「ふぅ~……あれ? カイくんどうしたんだい? 早いね随分」
「おはようリュエ。完全に一人だと思って油断してたな。早く服着なさい」
「ワーカイクンノエッチー」
「いいからはよ着なされ」
「はーい」
さて、朝食を作っていると下着姿の彼女が堂々と部屋に入ってきました。
いやまぁ俺がいると予想しろってのが無理な話なんですけどね。レイスも寝ているのだ、物音を立てないように調理中です。
本日はエネルギー吸収がしやすいようにパンを使ったものになっております。
今回はパンで作る料理としてはかなりポピュラー、ほとんどの人が一度は食べたことか、作ったことはあるであろうフレンチトーストです。
別名パンプティングであり、正直パンアイスの原型はコレだ。
「アイスにするにあたって、凍らせる時間とか液の濃度とか調整するの難しかったっけなぁ……」
懐かしい試行錯誤の日々を思い出しながら、今回も卵液を魔術を使いパンに染み込ませていく。
闇魔術のトレイに材料を入れ、密封して圧縮していく事で強引に浸透させるという荒業……最新の調理器具も真っ青である。
「案外、この技とか全部駆使して店でも始めたら面白いかもな」
フレンチトーストを焼き始めていると、気が早いのか、普段着ではなくドレスアーマーを纏った完全武装のリェエが戻ってきた。
時刻はまだ五時、完全に遠足当日の子供である。
「なんだか甘くていい匂いがするね! 朝から甘味かい? 試合だからってちょっと贅沢じゃないかい!?」
「いや甘いからって贅沢とは限らないぞ。これは一応朝食。食べやすくて消化に良いものを作らせていただきました」
皿の上には、水気をよく切り一口大に千切ったレタスとプチトマトの輪切り。
こんがり一歩手前の噛み切りやすい硬さに焼いたベーコンと、ふわふわのフレンチトースト。
個人的に、甘いフレンチトーストと塩っ辛いベーコンの組み合わせが好きなので今回は砂糖入りだ。
仕上げに黒胡椒をふりかけ、簡単に作った玉ねぎのポタージュをセットして完成である。
「ほい完成。テーブルの上は……もう片付いたみたいだな」
「まとめておいてくれたんだね、ありがとう」
「完成したのかい? あのネタ剣」
配膳しながら彼女に尋ねる。
すると、皿の上の黄色いふわふわに目を奪われていた彼女が、視線を動かさずに答える。
「うん、ちゃんと術式を埋め込んだよ。あれやっぱり凄いよ、元々込められていた術式が凄く綺麗に揃っていたおかげで、十分スペースがあいていたんだ」
「へぇ、よっぽど製作者の技量が凄いのかね」
「たぶん私と同じくらい……いやそもそも武器を作れる段階で私より上かもね。なんだろうね、凄く複雑なのに、綺麗に正方形にまとめられているんだ。美しい」
「ふぅむ……基盤に回路を収める感じなのかねぇ」
「キバン? カイロ?」
「ああ、こっちの話。ほら、焼きたてのうちに食べようか」
リュエはナイフとフォークで一口大に切り分け、俺は豪快にフォークを突き刺しかぶりつく。
ぶわっと、甘い香りの蒸気が口の中に広がり、バターのほのかな塩分を含む表面の焦げ目と中の甘さが後から追いかけてくる。
うむ、厚切りの食パンに強引に染み込ませたが、うまく出来たようだ。これ、某一流ホテルでは一晩かけてじっくり染みこませるんですよね。
「ふわぁ……なんだいこれは……パンアイスにも負けないよ……ちょっとしょっぱいのが美味しいね!」
「気に入ってくれたようでなによりだよ」
対面する彼女が、いまにもとろけそうな表情を浮かべ絶賛してくれる。
レイスもそうだが、こんな風に美味しいと幸せそうな顔をする彼女達を見るだけで、今日も頑張ろうと、どんな事でもやってやろうという活力が漲ってくる。
ああ、そうだ。だから俺は――だから……? なんだ、なにを考えようとしていたんだ、俺は。
「うん? どうしたのカイくん。ぽかんとして」
「いや、なんでもない、ド忘れした。早く起きすぎたせいかね」
ううむ、なんだか凄く大事な事だったような、実はそうでもないような、まぁそのうちポンッと思い出すだろう。
そうして少し早い朝食を頂きながら、リュエが語る今日の試合や、改造した武器の話に耳を傾けるのだった。
「どうして……起こしてくれなかったんですか……」
「いやぁ、潜って眠ってるくらいだから起こしてほしくないのかなぁと」
「もうリュエも出て行った後ですし、カイさんも食べ終わっていますし、私だけ一人だなんて味気ないです」
「では相席をお願いしても」
「是非お願いします」
リュエがオインクの元へ向かってすぐ、もう一人の娘さんもといお姉さんがぼんやりとした表情を浮かべながらリビングへとやってきた。
が、部屋に漂う甘い香りと、既にコーヒーブレイクと洒落こんでいたこちらの姿に事情を察したのか、見る見る不貞腐れたような顔をし始めてしまう。
起き抜けの彼女は、いつもよりも三割増しくらいで甘えてくるので非常に好ましいです。
「朝はパンでいいかい? フレンチトースト……パンプティングもどきを用意してるんだけど」
「いいですね、たまには起き抜けに甘いものも。では、その間に私もコーヒー淹れておきますね」
彼女の様子を伺うと、以前出店で使ったサイフォンではなく、小型のサイフォンを取り出して使い始めているところだった。
そういえば、あのドングリコーヒー用のチップの在庫はレイスに少し預けていたな。
まだ残っていたら淹れてもらえないだろうか?
「レイス、前のドングリチップ余ってたよね? よかったらそれを飲まないか」
「あっ……ええと、すみません。以前、出店に来たお客さんに分けてしまいまして……」
「ありゃ、そうだったか。しかし珍しいな、レイスがお客さんに渡すなんて」
彼女は商売に対して人との繋がりを重視する反面、お客に対しては公平でありたいという気持ちが強く、過度のサービスはしないようにしているところがある。
そんな彼女があげるとなると……ふむ、相手は子供かなにかだと見た。
「ちょっとだけご縁のある方といいますか、お世話になったお礼、ですね」
「なるほど。美味しく飲んでくれてるといいね」
未だ慣れない体の中が持ち上がるような浮遊感を味わいながら、私はこの動く小さな部屋でオインクの待つ執務室へと向かう。
今日の試合の前に、一言二言なにか言わなければならないらしく、その段取りをする為に来て欲しいそうだ。
そういう人前で話すのは、以前出場したコンテストで慣れてしまったので大丈夫だとは思うけれども、今回はどうかな? またカンニングしようかな?
「っと、ついたついた」
停止した反動でよろめきながら、私はオインクの部屋へと向かい、そして大きな扉の前でコンコンとノックをする。
秘書の女の人の入室許可を得て中へ入ると、そこには――
「……ふん」
「む……おはよう、アルバ君」
今日の対戦相手が既に来ていたのだった。
私の顔を見るなり鼻で笑いそっぽを向く彼に、ダメ元で挨拶をしてみるけれど、返事はなし。
いいよいいよ、挨拶を返さないような子にはもう挨拶してあげないよ!
『おはよう』って言ったら、ちゃんと『おはよう』って返ってくる。
そのありがたさが分からないなんて……。
「お二人共揃ったようですので、どうぞ奥へ」
「ああ」
「はーい」
部屋の中では、いつもよりも少しだけ豪華な衣装に身を包んだオインクが待っていた。
赤い縁取りのされた制服の上から、丈の長い、同じく赤い縁取りのされたコートを着ている。
うーん、まだ夏なのに暑くないのかな?
「おはようございます、二人とも」
「おはようオインク。気合入った格好だね」
「おはようございますオインク様」
隣から聞こえる、先ほどのまでの態度とはまるで違う好青年然とした声に驚いてしまう。
むぅ、なんだかあまり気分がよくないね。
「昨日はよく眠れましたか? 今日はエキシビジョンマッチ当日。その第一試合を飾る大事な日ですからね」
「私はあまり寝てないよ。ちょっと武器の改造をしてたら夜更かししちゃった」
「ふふ、けれどもコンディションはバッチリなようですね」
「もちろん。美味しいご飯も食べたしね」
そんな話をすると、少しだけ嘲笑の混じった表情でアルバ君が話し始める。
「万全とは言えない相手を倒しても面白くありませんし、今からでもマシな相手を用意してもらえませんかオインク様。話題作りの為とはいえ、ミスセミフィナルと戦うなんてそんな――」
「……アルバ、口を慎みなさい。彼女を選んだのには大きな理由があるんです」
「では、是非その理由をお聞かせ願いたいですのですが」
「今、それをここで言うと、それこそ貴方のコンディションを万全ではなくしてしまうかもしれませんので、試合の後に教えましょう」
「……分かりましたよ」
本当に、何故オインクはこの子に白銀を持たせたんだろう。
彼は少し……歪だ。
「では、開催の流れを説明しますね――」
説明を受けた私達は、オインクの用意してくれた馬車に乗せられて街の中央へと向かう事になった。
客車の中には、私とアルバ君の二人だけ。
彼から発せられる嫌悪の空気に辟易としながら、ぼんやりとこの収穫祭を、そして今日のエキシビジョンマッチを楽しみにしているのか、こちらと同じ方向に歩いている人達の顔ぶれを眺める。
あ、あの麦藁帽子の女の子がいる! なにか屋台を熱心に見つめてるみたいだ。
うーん、可愛いなぁあの子。『はむはむ』言ってて凄く可愛い。
「おい」
ふと、相席していた彼から声がかかる。
「どうしたんだい? 珍しいね声をかけてくるなんて」
「お前、あのカイってヤツの仲間なんだろ」
「そうだね、一緒に旅をしている仲間だね」
「なるほどな。どうしてお前と戦う事になったか合点がいった。ふん、あの臆病者め」
「む、それはどういう意味だい?」
なにかに納得したのか、楽しそうに、けれども負の感情を滲ませた声色で彼が笑う。
その喜びの表情に混じる仄暗い愉悦の色。凄く、凄く嫌な予感がする。
「つまりだ。アイツは逃げたんだよ! だからお前を俺に倒させて、アイツを焚きつけようってお考えなんだよオインク様は! 悪いな、恨むならあの腰抜けを恨んでくれよ」
「……そうかい」
……だったら、君はなにを恨むんだろうね。なにを恨む事になるんだろうね。
(´・ω・`)最悪死ぬぞ!(極論)