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百七十五話

(´・ω・`)無事に重版されました やったぜ

「というわけでお前さんには今から夕食時までに六人分のディナーの用意をしてもらう」

「あ、あのカイヴォンさん……急にそんな事を言われても」

「口答えするな、また首締めるぞ」

「どうぞ!」

「首を差し出すんじゃない」


 ぼんぼん in the pig room。

 やって参りましたはオインクの私室。

 すると、やはりここに入り浸っているのか、レイラが台所の掃除をしていたので、これ幸いにと用件を切り出した。

 本日の会食。かしこまった席ではないのだし、手料理でも振舞って会話のきっかけでも作らせればいいだろうという親切心からの提案だ。

 ……嘘です。とっとと謎フライのレシピを俺に教えろください。

 そして当の本人は、未だどういう状況なのか理解できないようで、あわあわとシンクをこすり続けていた。

 シンクがピカピカなのは結構ですが、まずは今晩の催しについての説明を聞いてもらおうか。

 今日の目的がなんなのか、そして誰が来る予定なのかを聞かせてやる。


「あ、約束忘れていなかったんですね! 嬉しいです、腕によりをかけて作らせていただきます」

「忘れてると思ってたのか。失礼な奴だな」

「も、申し訳ありません」

「だから首を差し出すな」


 最初の頃よりもむしろ面倒な、厄介な人間になってないかこいつ。


 さてはて。さすがに一人で六人分、それもしっかりとコースとして成り立つ品数を作らせるのは酷だからと、手伝いを申し出る。

 ここは一つ実力の差を知らしめてその料理上手というプライドをズタズタに引き裂いてやろうじゃありませんか。

 これは決して共同作業を行い少しでも歩み寄れるように努力するとかそういうのではありません。

 威嚇行為の一環である。


「ほら、食材はどうせこの部屋にあるんだろ? 毎日あんだけ作ってんだ」

「は、はい。その……私はあまりレパートリーが豊富ではないので……」

「まだ出してない料理があればそれを二品。残りはあの謎のフライを俺がアレンジして作る。あとは適当に今の時期とれた野菜で何か作るぞ」


 先日のアームレスリングの賞品である今年収穫された野菜一式と、同じく頂いた包丁セットを取り出す。

 今回の提案、これらを使う機会が欲しかったというのもあったのだ。いやはやワクワクするね、職人が一つ一つ作り上げた包丁ってのは。

 日本にいた頃だって手作りの包丁なんて数えるくらいしか使う機会がなかったというのに。

 信じられるか、一本で三○万するような包丁を一式揃えてる人間だっているんだぞ。


「んじゃま、とりあえずお手並み拝見といこうか」




「ほら次は左の鍋の火弱めて。そのまま量が2/3になるまで煮詰める。その間にそのバゲットを削ってパン粉作る」

「は、はい!」

「ほら間違っても濡れた手でやるんじゃないぞ。削ったらすぐに蓋して隔離して」

「は、はい!」


 ううむ、こんな風に指示を出すのはいつぶりか。

 思いのほか……いや、正直想像していた以上にレイラの手際が良く、まだ少々慌しいがこちらのオーダーにしっかりと応えてくれていた。

 お前もう貴族なんて辞めてどっか厨房にいきなさいよ。その方が幸せになれるぞ。そんな差別意識が根付くゴミのような国なんて捨てちまえ。


「削り終えました……」

「こっちも殻剥き、皮むき、全部終了だ。ここからはそっちの指示に従う。言ってくれ」

「で、では僭越ながら……」


 さて、こちらは謎フライの中身、ぷりぷりもっちり、そして心なしかふわふわして甘みのある謎のパテの材料と思われる食材の下ごしらえに追われていた。

 川海老と、恐らく山芋の一種、そして白い流動体と塩、最後にこれまた見覚えのない魚。

 なるほど、海老しんじょや白身魚のすり身に似たものだったのか。

 独特のやわらかさやもちもち感もあったが、それはこれから彼女が教えてくれるのだろう。


「ええとですね、まず海老は荒く叩いてください」

「包丁でだな。まかせろ」


 まな板の上でどんどん形を崩していく海老を見ながら、程よいところで手を止める。


「塩はまだ入れないのか?」

「はい。粘りを出すのはあくまで魚と、この芋ですから」

「なるほどな」


 彼女に従い、すり身と荒く叩いた海老を作り出す。

 そして恐らく食感の要であろう芋に取り掛かる。


「これは、実はこのままでは食べられないんです。真水に二晩さらしてから使うんですけど、今ではこんな風に――」

「ふむ、魔術が必須なのか」


 彼女が芋に手をかざすと、淡い光がじんわりと芋に染みこんでいくように覆っていった。

 すると、みるみるうちに芋の表面に霜が浮かび凍りつく。

 そしてそれをさらに急激に解凍すると、最初よりも二回りほど小さくなってしまった。

 表面に皺が浮かび、まるで長風呂した時の指の先のようにしわしわだ。


「こうすることで、不要な養分をすべて出してしまうんです。それでこれをすりおろして混ぜ込むんです」

「なるほど……こんにゃく芋の仲間みたいなものなのかね」


 あのもちもちとした食感は、やはりこの謎の芋だったというわけか。

 そこから更に彼女の指示に従い調味料を加え、粘りが出るまでよく混ぜ合わせる。

 すると、淡いピンクが点在する、白いパテが出来上がった。


「これで基礎は完成です。場所によって揚げたり焼いたり、味付けをかえたりするんです」

「なるほどな。じゃあそうだな……スタンダートに揚げたものと、団子状にしたのを作るか」

「団子状に、ですか?」

「ああ。そいつをラタトゥイユ風に煮込むことにする」

「なるほど、美味しそうですね」


 さて、調理を始めて早二時間。

 レイスやリュエも暗くなる前には訓練を終えるだろうし、タイムリミットは後三時間といったところか。

 さて、じゃあデザートやらなにやらスパートかけて作るとしましょうか。




「あの、今更なのですが、私がリュエ様に会って本当のいいのでしょうか」

「本当に今更だな。散々執着してここまでこじれたってのに」

「申し訳ありません……ですが、あの時はまだ、彼女がセミエールの血統とは知りませんでしたから……」

「……あまりその話題は彼女の前ではするなよ。ただ、今俺にだけ聞かせてくれ。それはどういうもので、どんな風に伝わっているのか」


 一通り調理を済ませ、後は仕上げるだけの段階まで来た所で休憩を挟む。

 ぽつりとレイラが口にした言葉を皮切りに、俺はずっと疑問に思っていた事を彼女に問う。

 セミエールの魔女とは、どういうものなのか。どのように伝わり、どのように人々に思われているのかを。

 クロムウェルさんは大まかな概要だけを語ってくれた。

 彼はリュエを信仰しているリヒトの一族だ。恐らくかなり控えめに語ってくれたのだろう。

 だからこそ、ブライトの名を持ち、彼らの起こした国に住むレイラに、オブラートなんて取っ払った本当の伝説を、語り継がれているセミエールの魔女の話を聞かせてもらいたい。


「気持ちのいい話では、ありません。それでもよろしければ」

「ああ」


 そしてしばしの静寂。鍋から小さくポコポコと気泡が立つ音だけが聞こえる中、ゆっくりとレイラは口を動かし始めたのだった。






 その昔、エルフの里に一人の迷い人が現れました。

 見たことのない美しい白髮に、他の誰よりも高い魔力を持つエルフの女性。

 里の人間は皆そのエルフを歓迎し『是非我らの氏族の一員に』と、こぞって彼女を自分達の仲間に加えようとしました。

 ですが、その中でそれを快く思わなかった氏族がいました。

 それは当時、最も強い力を持っていた『ブライト』の氏族。彼らは彼女の力を恐れ、まずは里の外れに住むように申し付けたのです。

 そして、その恐れていた事態が本当に起きる時がやってきてしまったのです。

 ある時、大きな災いが起きました。森の奥に眠っていた『龍神』と呼ばれる太古の魔物が暴れ始めたのです。

 それでも数百年に及ぶ戦いの末、他種族とエルフ達はその災厄『龍神』を倒す方法を見つけました。

 しかし、龍神の力を狙った白いエルフが、倒させまいと龍神ごとエルフの里である森を雪に封じ込めてしまったのです。

 その恐ろしいまでの寒さに、白いエルフの教えを受けていたエルフ達以外は誰も近づけません。

 そう、なんとその白いエルフは、秘かに自分の手駒となる者達を作り出していたのです。

 森を追われたエルフ達は口々に言いました。

『あれほどよくしてやったのに』『あんなに信じていたのに』

 口々に呪いの言葉を投げるも、彼女達は雪の奥へと消えていきました。

 そして、彼女に心酔した一部のエルフ達もまた、別離の道を選んだのです。

 多くの同胞を失い、森を追われたエルフ達は、再び消えた彼女に恨み辛みを吐き出します。

『貴女をいつも応援していたのに、この裏切り者め』『あんなに感謝していたのによくも同胞を』

『自分達の祈りの言葉はなんだったのか、嘲笑っていたのか』

 エルフ達の声援、願い、祈りを裏切った白きエルフはいつしか『声援と信頼を断ち切った者 セミエールの魔女』と呼ばれるようになりました。

 以来、大陸を去ったエルフの達はその魔女を恐れ、似たような白い髪を持つエルフを『セミエールの遺児』と呼び、いつか災いをもたらすとされ、今も恐れられているのです。






 なるほど。

 彼女の名前には、そんな意味が含まれていたのか。

 だが、俺にはそれがどうも信じられない。

 リヒトの生き残りであるクロムウェルさんは、リュエの事を『セミエール様』『セミエールの女神』と呼び敬っていた。

 それにこの話も、俺の知る事実とはだいぶ異なっている。

 恐らく誰かがリュエに全ての罪を押し付けるように、捻じ曲げてこの話を広めたのだろう。

 だが、この話が生まれた段階で彼女は既にあの森に縛り付けられていたはずだ。

 森を去った連中がわざわざこんな嘘を広めるメリットをいまいち感じられない。

 ……まだ、彼女に関わる一連の事件に、隠された秘密があるのだろうか?


「……話してくれて感謝する。自分から言わせておいてなんだが、その話、二度と俺達の前では口にしないでくれ」

「申し訳……ありませんでした」

「謝るな、改めて再認識しただけだから。お前は悪く無い」


 だがそれでもレイラの表情が晴れることはなかった。

 ……今回は俺が自分で話させたんだ、少しくらい譲歩するべきだろうな。

 今回だけだからな。本当ならそこまで親しくするつもりはないからな。


「そんな顔で会わせるわけにもいかないし、今回だけだぞ」

「え?」


 さすがに首を締める趣味はないので、まるで子猫を持ち上げる母猫のように、彼女の後襟を掴んで軽く持ち上げる。

 こうしてみるとそこそこ背が高いなこいつ。

 ぶらーんと擬音が聞こえてきそうな体勢のまま、視線をこちらに合わせる。


「笑っておけ。そんな顔させる為に話させたんじゃない」


 最大限の譲歩である。

 だが、だがしかし。だがしかし!

 こちらの気遣いなんてなんのその、俺の瞳に映るのは頬を上気させ、口の端からよだれを垂らす雌の顔でした。

 やだこの子本気で恐い。

 手を離し、全力で離れることにしました。

 ……ヤダーこの子……本気でもう手遅れじゃないですかもう。

(´・ω・`)活動報告にも書きましたが、三巻の執筆や本業の方が忙しくなるので少々更新が遅くなります

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