百七十三話
(´・ω・`)ネカフェから投稿なう!
「あれ? ヴィオちゃんが誰かに追いかけられているよ?」
「む?」
今夜の予定を考えていると、観客席を見ていたリュエからそんな声が上がる。
レイスと共に彼女の姿を探してみると、確かにヴィオちゃんが大急ぎで迷宮を駆け巡る姿が目に映った。
立体交差を利用して下の通路の壁に飛び乗り、そのまま狭い壁の上を縫うように全速力で駆け回る。
その動きは観客席からもよく見え、辺りの観客も皆、その突然の大道芸じみた動きに歓声を上げていた。
「しかし、一体なにから逃げて――」
その瞬間彼女の前方、壁の下の通路から突然勢いよく一人の人間が飛び上がった。
それは見間違えようのない、あの俺に向けて追撃を繰り返したギルド職員だった。
高い場所にいるはずのヴィオちゃんの遥か上へと飛び上がったと思った次の瞬間、高所から怒涛の連撃が降り注ぐ。
壁をも崩し、まるで流星群が局所的に降り注いだかのような攻撃が彼女の足場を次々に奪っていく。
その光景と破壊力に、俺は古い記憶を呼び覚ます。
「あれは……『地平穿"驟雨"』だと……」
あの職員が放ったのは、弓闘士のレベルを40以上まで育て、尚且つ一定の技量ステータスを満たしていないと習得出来ない『地平穿シリーズ』。
それは俺の『天断シリーズ』と対を成す、遠距離攻撃における最強の一角を誇る弓術だ。
……最低でも、キャラクターレベルが150を超えていないと技量ステータスが習得可能な数値に達せないように設定されている技。
この世界はゲーム時代とは違い、個人の修練や気質、経験でその数字を底上げする事が可能だ。
だが、それを差し引いてもあの技を使う事が出来るとは――
「……あの技は、私がまだ使えないものですね」
そう、今ここにいるレイスですら、まだ手が届かないのだ。
となると考えられる人物は一人しかいない。
「あれは、間違いなくオインクだな」
「やはり、そうでしたか……」
心なしか悔しそうな色を滲ませ、ぽつりと漏らすレイス。
恐らく俺の肘を射抜く姿を見たときから、薄々感づいていたのだろう。
自分より高い技量を持つ弓闘士の正体に。
「あれはオインクなのかい? すごいじゃないか、あんなに高く跳べるなんて」
「いえ、どうやら彼女の力ではないようです。下を見てください」
レイスの指摘に視線を下にずらす。
するとそこには、再び地面に降りてきたオインクを、その身に纏った鎧の重量を物ともせず受け止め、片手で空高く放り投げる鎧の大男。
……あの時の相方か、彼は。
「となるとあれはゴルド議員かね……?」
「いえ、違いますね。議員でしたら貴賓席に座っていますよ」
「あ、本当だ。じゃあ誰だろうね? すごい力持ちだ」
あんな怪力を秘めた人間がまだギルドにいるだと……。
やはり侮れない。一体どれだけの戦力を蓄えているのだろうか?
改めてギルドという組織の層の厚さに、つい感嘆の息を漏らすのだった。
結局、ヴィオちゃんは手足こそ射抜かれはしたものの、なんとかその追撃をかわし出口へとたどり着いた。
その両手に大量の登録証を携えて。
それにどんな意図が含まれているのかはわからないが、なんにしてもオインクは再び、仕留めるべき選手を逃してしまったというわけだ。
ふむ、これは今夜からかうネタが増えたな。
「しかし、これでは予選通過者が規定より少なくなってしまうかもしれませんね……」
「そうなるとどうなるんだい?」
「恐らく、二次予選の試合数が減ってしまうのでは、と」
「案外、それが目的だったのかもな」
有象無象を自分の手で振るい落とし、余計な戦闘を少しでも減らしたいのだとしたら。
確かにそれは理に適っているかもしれない。
戦う側からしたら、手強い相手との試合を多くこなすよりも、弱い相手を大量に狩り強者との戦闘回数を減らしたほうが遥かに楽なのだから。
もっとも、強者との戦いで自分を高めようとする人間からすれば、それは面白みに欠ける手段なのだろうが。
……彼女はどちらかというと、戦闘を楽しむタイプだと思っていたのだが、どういう意図があっての事なのだろうか。
「なんにしてもここから先は中々戦況は動かないだろうし、目ぼしい選手ももう残ってない。先に街に帰ろうか?」
「そうですね、少し今日の復習として身体を動かしたいですし、付き合って頂けますか?」
「いいのかい? 休まなくて」
「はい。幸い、私はそこまで激しい動きはしませんでしたから」
一人で六人倒したのは激しい動きに含まれないんですね。
街へと戻り、その足で訓練施設へと向かう。
するとやはり予選が始まった影響か、これまで以上の賑わいを見せる内部の様子に一瞬足を止めてしまう。
すると、初日以来姿を見かけなかった入り口の受付をしていたおじいさんが声をかけてきた。
あの美男美女コンテストの際、レイスに質問され、その結果観客の中にいた奥さんに連行されていった人物だ。
「お、お前さんか。今日は凄い混雑しておってな、恐らく個人用スペースは全て埋まってると思うぞ」
「あら、貴方は確か……ご無沙汰しております。その後、奥様とは和解出来ましたか?」
「ひょほ!? あの時のメイドさんか! いやはやまさか冒険者じゃったとは。婆さんとはしっかり仲直りしたぞ、代償にわしの給料はしばらく全部婆さんのもんじゃ」
そんな二人のやり取りを尻目に、どうしたものかと考える。
確かに今日は満員だろうし、かといって人目につく場所で訓練するのもレイスの今後の事を考えれば避けておきたい。
彼女はギリギリまで手札を見せないようにしていたはずだ……だが、俺への追撃の際一度だけ弓を構えたはずだ。
あそこは観客席から死角になっていたのだろうか? 正直地形の特徴に気をまわしてはいなかったのだが、彼女はそれも計算していた……?
「どうしましょうか、カイさん」
「そうだな……リュエはどうすればいいと思う――」
「あら?」
先程からおとなしかったリュエに意見を求めようと振り返る。
が、そこに彼女はいない。周囲を見回してもその姿は見当たらなく、どうしたものかとレイスを顔を見合わせる。
なにか聞いていないかと視線で尋ねてみるも――
「なにも聞いていませんね……訓練場まではいたと思ったのですが」
「ふむ、じゃあちょっと戻ってみるか」
「少しくらいいいじゃないの! ちょっとくらい相手しなさいよ!」
「ダメ。私もエキシビジョンを控えているから手札は見せないようにしてるんだよ」
「あの、どうしてもダメでしょうか……? その、本当に軽く手合わせする模擬戦程度でいいのですけど」
訓練所に戻るとなにやら言い争う声が聞こえ、そちらへ向かうと珍しい組み合わせの一団の姿があった。
レン君の仲間である三人娘のうちの二人、勝ち気な娘さんことアリナと、ギルドから派遣されたというレイナ。
うむ、ナナちゃんコンビとでも名付けようか。
そしてその二人と対面しているのが、いつのまにか姿を消していたリュエだった。
「うーん……棒で良いなら少しくらい。あ、でもカイくん達が先に行っちゃったから断ってこなくちゃ」
「ちょっとレイナ、それじゃあ意味がないでしょ! いいから剣を抜きなさい、本気で戦わないと訓練にならないじゃない」
察するに、訓練施設に入れない焦りから、格上の人間に訓練をつけてもらおうとしている、か?
物言いや態度こそ褒められたものではないが、その心意気やよし。
で、三人娘のはずが二人しかいない理由はなんなんですかね。
「リュエ、付き合ってあげなよ。どうやら訓練施設は今日は満員らしくて引き返してきたところだ」
「あ、カイくん。じゃあ、少しだけ付き合ってくるね」
「待ちなさいよ! どうして預けるのよ」
リュエは腰の剣を外し、こちらへと手渡してくる。
久々に受け取った彼女の剣『神刀"龍仙"』。
それが放つ恐ろしいほどの存在感に、持つ手が微かに震える。
いつも彼女がそれを振るう姿を見てきてはいたが、こうして手に持つと、その存在の異質さが、そして畏怖すら覚える神聖さに息を飲んでしまう。
あの日、謎の工房の最深部で見せてもらった様々な曰くつきの武具『神域に至れぬ装具』の数々。
あれらと比較しても、一切の引けをとらない、それどころか優っていると言っても過言ではない。
……いつも何気なく戦っているが、考えてみれば彼女は本当の意味の強者。ステータスだけではない、戦術の幅や手数の多さ、そして他の追随を許さない圧倒的な経験を持つ戦士だ。
その彼女に、剣を抜けと懇願するとは……。
「うーん……言い方は悪いけれど、私が剣を抜いたら訓練にならないよ? たぶん掠っただけで死んじゃうけど……」
「アリナ……本当よ。以前、カイヴォン様とレン様の戦い、見ましたよね。リュエ様はカイヴォン様に比肩する程の実力者ですから……」
「く……どうしてよ、どうしてどいつもこいつもそんなに強いのよ!」
……難儀なもんだ。
突出して強い力を持つ仲間が、一人どんどん先へと進んでいく。
それを自分はただ後ろから眺めるだけだと、彼女は感じてしまっているのだろう。
そしてそれは、俺にも心当たりがある。
リュエとレイスは、幸いにして他の人間に比べると遥かに強く、傍目から見れば釣り合いが取れているパーティーに見えるだろう。
だが、俺の内心はこの苦悩している少女と似たようなものだ。
置いていかれると思ってはいないだろうかと。
どこか別次元の存在だと、割り切られているのではないだろうかと。
なにせ俺は、途方もない枚数の切り札を所持しているのだから。
例えるなら、配られた手札がすべてジョーカーのような、そんな人が知れば眉をひそめるような状況だ。
もしそれを知られたら、どう思われてしまうだろうか。
一つ具体例を上げよう。
俺が得た[カースギフト]で、[生命力極限強化]を反転して相手に付与したらどうなるか。
以前一度だけ、ウサギ相手に発動させた事があった。
あの時、俺は心底この力が恐ろしいと思った。
なにせ反転して付与する事により、その効果がこう変化するからだ。
【最大HPを半減させスリップダメージを与える 最大HP3%/1s】
分かるか、この異常さ。
反転させた場合、付与できるアビリティに制限は存在しない。
強化ならともかく、弱体化させる分には制限が存在しないのだ。
ウサギにすら発動させられるくらいだ、恐らく間違いないだろう。
つまりその気になれば、相手を見ただけで回避不能の死の呪いを与える事が出来るというわけだ。
そしてその蝕む速度は、水盆の底に大穴を穿ったかのごとく。
僅か三三秒という時間で、なにもせずに相手の命を奪うのだ。
これだけではない。使い方を工夫すれば、さらに恐ろしい事だっていくらでも出来てしまう。
そしてなにより、この力を武器なしで振るう事が、この身一つで発動させてしまう事が可能だという事実。
故に、時々自分の力が恐ろしくなる。
そしてそれが露呈した時、仲間である二人がなにを思うか、それを思うと恐ろしくなってしまう。
「アリナと言ったかな。リュエは、棒を使わせてもすごく強い。見たところ君も剣士タイプ、レン君の側で戦う邪魔にならないよう、少しでも自身の技量を上げたいんだろう?」
「っ! そうよ、悪い!?」
「なら、黙ってリュエと戦ってみろ。リュエ、彼女に合わせて戦えるかい?」
「うん、大丈夫だよ。私だって、昔は沢山の冒険者に囲まれていたんだ、教導くらいお手のものだよ。それに、レイナちゃんは光の魔法使いだろう? そっちも私の分野さ」
気まぐれか、それとも彼女の悩みに共感したのか。
はたまた、どうせ施設が使えないなら、他人の訓練を見てなにか得られないかと思ったか。
俺はこの少々不思議な縁のある、仲間でも友人でもない、むしろ険悪(一方的に)ともいえる間柄の少女に、力を得る好機を与えるのだった。
「ふふ、でしたら今日は私も彼女達に付き合いましょうか」
「ああ、頼むよレイス」
彼女達から少し離れ、ベンチに腰掛けその様子を眺める。
持つ故の苦悩と、持たざる者の苦悩。
その根本を辿れば、もしかしたら同じ場所に行きつくのかもしれない。
そんなことをぼんやりと考えながら、訓練を始める四人を眺める。
「……ぇぁ? 珍しい人がいる」
とそのとき、背後の、それも下の方から声が聞こえ、少し驚きながらベンチから立ち上がる。
振り向くとベンチの裏、木陰になっている芝生の上で、三人娘の最後の一人シルルが寝転がっていた。
そしてその頭の下には、以前エンドレシアの王宮の一室で押し付けたクッションの姿が。
ちょっとお客さん、備品を勝手に持って行かれては困りますよ?
「……君は訓練しなくていいのか」
「……私は訓練より、研究した方が強くなるから無意味……」
「なるほど。魔術師だったっけ?」
「失礼な、私は魔法師で研究者」
眠たそうな目のまま、平坦な声でぼんやりと話すシルル。
年齢不詳、そして掴みどころのない性格を面白いと感じ、少しこの彼女の話に耳を傾ける事にした。
たまにはいいだろう。こんな風に他の人間と親交を深めるのも。
そんな日があっても良いさ。
(´・ω・`)二巻読み終えた人は三巻に期待を膨らませているはず