百七十二話
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俺に1のダメージ。俺に1のダメージ。俺に1のダメージ。俺に(略。
さて、出だしから小ダメージを連続で受けているわけですが、そのダメージソースが一体なんなのかと言うとですね。
「どうして見てくれなかったんですか……一体どんな用事だったんですか……」
人差し指で胸をトントン突いてくるレイスさんです。
いやぁ鎧を脱いで戻ったら、真っ先にこちらに駆け寄ってきて、それからずっとこんな調子なんですよ。
ううむ、少し幼児退行していませんかお姉さん。
「本当悪かったよ。大会の運営に関わる用事だったんだ。迷宮の外部を見回りしてくれって」
「そうだったんですか……二次予選は見に来てくれますよね?」
「勿論。それにほら、あそこを見てくれ」
ここに来るまでに用意していた言い訳、もとい嘘の証言を語って聞かせる。
だが、いつもリュエをからかったりするのとは比べ物にならない程の罪悪感がものすごい勢いでこちらの良心をガリガリと削っていく。
なぜここまで違うのか……。
「あそこ、物見櫓があるだろ? 途中であそこの見張りを交代してもらったから、実はレイスの姿は見ていたんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。驚いたよ、突然壁の上に飛び乗ったと思ったら、そのまま予選通過一番乗りだったじゃないか」
「み、見ていたんですか……少し恥ずかしいですね」
「けどあんなに高く飛べるなんて……背中の羽にそういう力でもあるのかい?」
「はい。カイさんが以前アキダルの火山から飛んできたように、私も滑空は出来なくても、跳躍の後押しをする程度なら可能なんですよ」
そう言いながら、彼女は背中の小さな羽をパタパタと動かしてみせた。
かわいい。なんというか、ギャップが凄まじい。
俺の翼はどうかって? 俺の場合動かそうとするとバッサバッサと邪魔なので基本固定です。
「あれ? そういえばリュエの姿が見当たらないけどどこにいったんだ?」
「それが、先ほどカイさんを探しにいくと言ったきり戻ってこなくて」
「あちゃー、入れ違いになってしまったか」
観客席に着き、リュエが戻るのを待ちながら予選を観戦する。
ここからでは迷宮の全貌を見ることは出来ても、死角になってしまう箇所も多くその戦いすべてを見ることは適わない。
だが、どうやら迷宮内でレイスに背後から襲撃されたあの場所、あの通路の集合地点はどうやら観客の為の場所だったらしく、他の通路よりも若干高い位置にあり、壁も低めに作られていた。
そのおかげで、今もあの場所で戦っている人間の姿を捉えることが出来ていた。
ふむ、戦闘が起きやすい場所をわざと作って、それを観客に見せるか。なかなかどうして考えられている。
この大会、選手の目的はもちろん優勝や、いい成績を収めることによるギルドからの昇格や報奨金などだろう。
ならば、アピール出来る時にアピールをするのは当然と言える。
そして勿論、この予選もギルドの職員が監視しており、その戦いぶりをしっかりと査定もかねて観察している。
つまりあの場所には自然と選手が集まる、という仕組みか。
「カイさん、見てくださいあそこ。一番奥の広場」
「ん? 知ってる人間でも――」
迷宮内に点在する広場の中でも、一番出口から遠いその場所で、今まさに乱戦が始まろうとしていた。
八つの通路全てから選手が現れ、全員が戦闘態勢に入るのが視認出来た。
なお観戦に便利だろうからと[五感強化]を自身に付与しております。
最近、意識を集中させれば五感のうち必要なものだけを強化出来るようになったんですよ。
やはり剣ではなく自分に付与した方が融通が利くのだろうか? それとも回数をこなしたが故なのだろうか。
ともかく、俺の目にはしっかりと、それぞれの選手の表情までもがはっきりと映っていた。
そしてその強張った表情、覚悟を決めた顔、好戦的な笑みを浮かべる選手たちの中に見知った顔を見つけ、その感想を漏らす。
「意外だな。俺はてっきりレイスの次あたりにでも突破してるもんなのかと思ったよ」
「私も恐らく、彼女が一番の難敵になると思っていたのですが……既に好敵手は見つけてしまいましたから」
「へ、へぇ……どんな相手なんだ?」
「あ、私が最初に登録証を集めたところは見ていなかったんですね? 実は――」
『自身を囮に使う作戦をしていたら、とんでもない大物が掛かってしまった』とのこと。
どうやらもう彼女の中で『ネームレス』さんは好敵手として認められてしまったようでした。
「――ですので、早い段階で排除した方が良いと思ったのですが……相当な業物です。迷宮内に充満している魔力を利用した一撃を受けても軽くよろめくだけでしたから」
「なるほど。そいつはかなりの鎧だ。戦えるといいね、そいつと」
「はい。やはり、外の世界は広いです。平和が訪れたとはいえ、あの時代を経験した多くの戦士、そしてその力を受け継ぐ方々が今もこうしてこの地に残っている。なんだか感傷深いですね」
「なるほど。先達として、後世の人間の実力を見てやらないとな」
「そう……ですね。私はいわば、あの時代、みんなより先に逃げてしまったようなものですし、ね」
「あ、いやそういう意味で言ったんじゃないからな」
「ふふ、分かっています。ただそうですね……この大陸を去る前に、キチンとケジメをつけておかなければいけないことが、いくつかありますから、ね」
どこか遠くを見据えて、ぽつりとそう漏らした彼女の横顔に、何か大きな決意をしたかのような色が窺えた。
それがなんなのか俺には分からない。けれども、もし彼女がなにかを成すというのなら、それを応援したいと思った。
それがたとえどんな事であったとしても。
「それにしても、やっぱり強いな、彼女」
「そうですね……近接格闘で戦おうとしたら、恐らく私では歯が立たないでしょうね」
「そこまでなのか?」
「ええ、間違いなく。彼女がカイさんと戦っている姿を何度か拝見しましたが、いずれも手を抜いているようでしたし」
「え、マジで」
先ほどから、俺とレイスが注目している選手とは誰なのか。
それはもちろん、四つ耳のちびっ子ことヴィオちゃんだ。
視線の遥か先で、彼女は総勢八人の乱戦を見事勝ち抜き、そしてそのままさらに集まってきた選手を続けざまに狩り続けていた。
……これ、登録証を過剰に集めた場合はどうなるんですかね?
「完全な手加減というよりも、本来なにか補助魔法を受けてから戦うのを前提にしているような動きでしたからね。所々で、自分の意思通りに身体が動いていないように見受けられました」
「あー……そういえば一度だけなにか使ってたな」
以前一度だけ、彼女は体から青いオーラのようなものを滲ませて戦っていた。
あの時はまだこちらも今の戦い方にそこまで慣れていなかった為、剣だけで対応する事が出来なかった。
思えば彼女は訓練施設でも歴代ランキング七位をマークし、その後は徐々にそのランクを上げレイスとリュエのすぐ下に控えるくらいだった。
つまり、彼女は白銀持ちであり、リュエのエキシビジョンの対戦相手である『アルバ』をも抜いたという事だ。
……冒険者ギルドに所属しているわけではない為、具体的な彼女の強さを示すものがない。だが、間違いなく彼女もまた、上位に位置する人外一歩手前の扉に手をかけている存在の一人なのだ。
「決まりましたね。たった数分で一八人をノックダウンしてしまいましたよ」
「全部一撃とはたまげたな……あの技、レイスも使えるんだっけ?」
超ショートレンジからのボディブロー。
踏み込みも最低限で、腕を伸ばしきらない超密着から放たれる一撃。
一度だけ俺も受けたことがあるが、その破壊力は俺の体力を削り、蹌踉めかせる程だった。
「さすがにあそこまでの破壊力は出せませんね……本当に、ワクワクしてきました」
俺も同じ気持ちだ。
口には出さないが、二次予選でレイスやヴィオちゃんともし戦う事が出来たらと思うと、今から楽しみで仕方ない。
そしてその先で、再び立ち上がり強者への道を進み始めたレン君と戦えると思うと。
「……本当に、楽しみだ」
「なーにが楽しみなんだい? 散々探したのに楽しそうに二人で観戦して!」
「イテッ! ああ、おかえりリュエ」
密かに気持ちを滾らせていると、唐突に背後から襲撃を受けてしまった。
頭に走る衝撃は中々にヘヴィ、なにか重いものでも乗せられたようだった。
振り返ると、大きな四角いバスケットを両手で持ち、ムスッとした表情を浮かべたリュエの姿が。
「カイくんどこに行ってたんだい? レイスが戻ってきたから探しに行ったのに、全然見つからなかったよ」
「悪かった悪かった。たぶん入れ違いになったんじゃないか? ちょっと迷宮の外周の見回りしてたんだよ」
「私もぐるっと見て回ったよ、予選が始まる前に。でもいなかったよ?」
……参ったな。開始までの三○分、彼女は外を見て回っていたのか。
「そうか? もしかしてリュエが俺の前を歩いていたんじゃないか?」
「あ……なんてタイミングが悪いんだいカイくん……」
ちょろい。
素直でかわいいと思うんですけどね。
大丈夫、きっと彼女が騙されるのは俺にだけだ。そうに違いない。
普段はもっとしっかりしている立派な聖騎士様に違いない。
そう言い聞かせながら、すっかり信じこんでしまったのかブツブツと『じゃあ私が振り向いたらカイくんがいたのかな』と呟く彼女を微笑ましい気持ちで眺める。
「とにかく座りな。ほら、今丁度ヴィオちゃんが登録証を大量に集めたところだから」
「へぇ! いっぱい集めるとなにか変わるのかな?」
「どうなんでしょう? 登録証の絶対数が減ると、予選を突破する人間も自ずと減ってしまうはずですが……」
「……大会運営の妨害ととられて、ギルド側から制裁が入らないといいんだけどね」
恐らく彼女の足の速さならば逃げ切ることも容易だろうが、果たしてあの狙撃主から逃れられるだろうか?
さすがに矢の速さには勝てないだろう。
そういえば、俺がギルドの人間と戦っている姿をレイスは見ていたのだろうか?
「レイス、そういえばさっき言っていた鎧の相手、俺が監視を終えるときに少し見かけたよ。ギルドの職員に襲撃されていたみたいだけど」
「そうでしたね。ですがあの時、私は彼ではなく、あの弓使いの方を見ていました……恐らく、あの方の技量は私のそれを遥かに上回っています」
話を振るも、返ってきたのはあの職員についての話。
俺はあの時、逃げるのに夢中でそこまで注視していなかったが、彼女がそこまで言うのなら相当なものなのだろう。
なにせ、俺にダメージを与えたのだから。
俺は確かに、自身の攻撃力を抑える為にあの鎧にも攻撃力を下げる為の、以前の装備と同じアビリティをカースギフトの力で付与していた。
だが、重点的に下げているのはあくまで攻撃力だ。
つまりこの身にダメージを与えるということは、レベル401のずば抜けたステータス、さらにあの鎧の防御力が加わった状態をも突破する程の攻撃力をあの人物が持っているという事だ。
そう考えると……中々に恐ろしい。ましてや、レイスが自分以上だと認める程の技量だ。
もし今この瞬間、狙われていたとしたら……そう考えると、多少臆病でも今すぐこの場所から立ち去りたくなってしまう。
俺はまだ良い。そしてリュエも恐らく耐えられる。だがレイスはどうだ?
彼女は確かに強い。そして言い換えるなら『上手い』。彼女の強さは技量によるところが大きいだろう。
だが、ステータスだけを見ればこの中ではもっとも低いと言える。
そんな彼女がもし、あの凶弾とも呼べる一撃を受けたらと思うと――
馬鹿な、杞憂も甚だしい。
「ところでリュエ。さっき俺を襲ったその凶器の正体はなんじゃらほい」
「うん? あ、これね、お昼ご飯だよ。さっき辺りを探していたら、またあの黒い服を着た子が来てね、渡してくれたんだ」
「なるほど、ここに来てたのか」
そういえば結局、まだレイラとリュエを再び引き合わせるという約束を果たしていなかったな。
この大会期間中に一度オインクに持ちかけてみるか。
「けど、どうしていつも黒い服を着てるんだろうね、あの子。やっぱりみんなに見られると騒がれるからかな?」
「……ん? リュエはあの黒い人が誰なのか分かるのか?」
「うん? もちろん分かるよ? あれだけ頻繁に届けにくるんだもん」
……レイラよ、君の努力はある意味無駄に終わっていたようだ。
「今度お礼を言いにいくか。あれ、作ってるの本人だから」
「え!? あんなに上手なんだあの子」
「あら……カイさんはあのパンを作っている人を知っているんですか? オインクさんではないとは薄々気がついていましたが」
「いやまぁ、レイスも一緒に連れて行くからその時に説明するよ」
そうだな、今日の夜にでも会えないか後でオインクに聞いてみるとするかね。
_( (_´・ω・`)_ スイスイ