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百七十話

(´・ω・`)やったぜ


 オインクが語るルールを簡単にまとめる。

 基本はこの六つを厳守せよとのことだ。


・選手は石造迷宮へと入り、全員が入ってから30分後に予選が開始される。また開始までの三十分間は好きに動く事が出来る。ただしその間一切の戦闘行為を禁止とする。

・自分の分を含め、合計七枚の登録証を持ち最初に通った入り口から脱出した段階で予選通過とする。

・自分の登録証を失った段階で予選通過の権利を剥奪する。一切の戦闘行為を禁止とし、直ちに外へ向かう事。

・一定数保持した状態で一箇所に留まり続ける、またはその状態で戦闘を一定時間行わない場合は名前と現在の居場所を迷宮内に通達される。

・殺傷能力は迷宮内では失われるが、すべて疲労として蓄積される。気を失った段階で失格。また失格した人間への攻撃は即時失格とする。

・選手の中にはギルドの職員も混じっているが、倒して札を奪うことも可能とする。

・試合は予選通過者が規定の人数に達するまで行われる。


『以上がルールです。これを厳守するのなら、いかなる手段を用いても良しとしますが――卑劣な手段を使う人間には、相応の制裁が加えられる事もあります。そのリスクを考えた上で行動してくださいね』


 最後にそう締めくくり、ルール説明が終わる。

 ふむ、やはりゲームマスター的な絶対的な力を持った人間が紛れ込んでいると見たほうがいいのか。

 ともあれ、説明が終わり人が動き始める。

 試合が今日でない選手は観客席、もしくは街へ向かい、そして試合が決まった者は決意の表情で受付へ。

 そして受付に向かう選手の中に見知った顔を見つけ、密かに気分を高揚させる。

 そうか……レイスも今日出場するのか。そして、ヴィオちゃんも。

 残念ながらドーソンやレン君の姿は見つけられなかったが、これは中々に楽しめそうだ。


「ま、戦うのは二次予選以降の方がいいかね」


 どうせなら一対一で集中して戦いたい。

 ならば、さっさと終わらせて通過してしまうのが吉か、それとも――


「レイス! がんばっておくれよ、私は観客席から見ているから!」

「ありがとうございます、全力を尽くしますからね」

「でもカイくんはどこに行ったんだろうね……一緒に応援しようと思ったのに」

「そう、ですね……とても大事な用事なのでしょうか」


 思案していると、近くを通りかかった二人の会話が聞こえてくる。

 楽しそうなリュエとは対照的に、どこか寂しそうな色の滲むレイスの声に胸が痛む。

 大丈夫、一番近くで応援していますとも。

 そう心の中で言葉をかけ、距離をとろうとした次の瞬間、くるりと満面の笑みを浮かべたリュエがこちらに振り向いた。

 怪しまれない程度に背を向け、受付に殺到する一団に紛れ込む。

 すると、小さく彼女のつぶやきが聞こえてきた。


「今カイくんの気配がした気がしたんだけど……」

「近くにいるのでしょうか……?」


 危ない危ない。




 受付を済ませ石造迷宮へと足を踏み入れる。

 試合開始は全員が足を踏み入れてから三◯分後という話だが、予想通り先に入った人間は既に遺跡の深部へと姿を消していた。

 考えてみれば、確かに周りに人が多いと試合開始と同時に乱戦にもつれ込んでしまう。互いに距離を取るのも当然だ。だが――

 この最初の三◯分という時間、考えれば考えるほど、中々に厄介だ。


「狙いを定め、後を付け狙うもよし。徒党を組んで誰か一人を開始早々に潰すもよし……か」


 オインクは『卑劣な手段を使う人間には、相応の制裁が加えられる事もあります』と言っていた。

 それはつまり、『加えられない事もある』ということに他ならない。

 恐らく現行犯でもない限り、ギルド職員から選手に攻撃をしかける事もないのだろう。

 ならば、恐らく人の目を盗みそのような作戦に出る人間も現れるはず。

 ……だが逆に、そいつは俺にとって随分と都合がいい。

 徒党を組むような人間なら、早々に退場してもらっても問題ないだろう。

 狩人を気取り、複数人で獲物を狩るというのなら、俺はそれを狩る、貪欲な魔物になってやろう。

 狩人ってのは目の前の獲物よりも、自分の背後に注意をはらうのが大事なんだよ。


「……やっぱ俺、こういう役の方が向いてるな」


 ヘルムの中でほくそ笑む。

 ちょいと我ながらイタイ気もするんだが……あえて言わせてもらおうか。


「狩りの始まりだ」


 迷宮の中は天井こそ取り払われているものの、壁の高さは優に5メートルを超えており、ひどく威圧的な、どこか息苦しいような閉塞感が漂っていた。

 もっとも、それは七〇〇人もの人間の緊張や闘志、様々な思いが渦巻いている所為なのかもしれないが。


「しっかし相当大掛かりな会場だな……元々ある遺跡を流用……ではないよな」


 一人この迷宮の様子を観察しながら歩みを進め、ぽつりと漏らす。

 もし流用だとしたら、毎年参加している人間が圧倒的に有利になってしまう。

 となると……まさかいつの間にか、レイニーリネアリスの生み出した異次元に飛ばされたとでもいうのだろうか?

 いや、だが今回に限ってはそんな気配は微塵も感じなかった。確かにこの場所に存在する遺跡に足を踏み入れただけだ。

 では、この場所はいったいどういう場所で、なんの目的で作られたというのだろうか……?


「っと。今考えることじゃなかったか」


 さて、じゃあ手始めに、徒党を組んで動いてる人間でも探してみますかね。


 通路を進み、[五感強化]で周囲の様子を探りながら進む。

 本来ならば[ソナー]が一番活躍しそうな場所ではあるのだが、さすがにそれはつまらないだろう。

 なにせあれは魔力の波を反響させ、地形の詳細な地図をメニュー画面に表示するアビリティだ。

 さすがに自分だけ全体マップを持った状態で迷宮なんてねぇ?

 まぁこれは公平さうんぬんという理由からだけではなく、自分自身がこういうレクリエーション的な催しを楽しみたいからっていう理由もあるんですけどね。


 微かな振動や物音を探りながらも、またもやこの迷宮の様子、主に壁などの建材の様子を観察する。

 その風化具合に、やはり昨日今日出来た物ではないと判断をくだしたのだが、謎はますます深まるばかり。

 そもそも、こんな草原の真っ只中に唐突にこんな場所があるのがおかしいって話だ。


 さて、一度考えなくてもいいだろうと頭から追い出したにも関わらず、再びこの場所について推論や仮説を立てているのだが、それには理由があるわけで。

 人と一向に出くわさないんですよねなぜか。つまるところ、暇すぎて思考が暴走気味なんです。

 いやはや、外観だけでも相当な規模だと見て取れたのだが、まさか内部がここまで複雑だったとは。

 実はすでに七回以上分岐を曲がっているのだが、いずれも『右手の法則』に従い選んできたので、同じところをぐるぐる回っているとは考えられない。

 まいったな、出来れば早々にターゲットを決めて手早くこの予選を突破してしまいたかったのに。


「知り合いと出くわすリスクは最小限に抑えたいし――ん?」


 とここで、強化された聴覚が物音を感じ取った。

 一応、先ほどから何枚か壁を挟んだかのような微かな音は聞こえていたのだが、どうやっても音のする側に辿り着けずに諦めていたのだ。

 たぶん、隣接しているように見せてかなり初期のほうで分岐した道の先だったのだろう。

 ともあれ、ようやく壁越しではないダイレクトに伝わってくる足音に、こちらも息を、そして足音を殺して速度を速める。

 実はですね、この鎧重量だけでなくその機能面も優秀なんですよ。

 金属部分の擦れる部分にはすべて革が噛まされているという丁寧なつくりのおかげで、騒音を最小限に抑えられるという働きがあるんですよ。

 まぁそれと引き換えに間接の稼動部に一定の摩擦が加わり、動かすのに必要な力も増しているんですけどね。

 こうしてみると、鎧というよりもむしろ、ロボットか何かの外部フレームのようだ。メンテナンスが大変そうだ。

 なにはともあれ先を急ぎ、そして曲がり角に差し掛かりそこで一度足を止め再び耳を澄ます。


「……当たりを引いたか」


 聞こえてくる足音は一人だけのものではなかった。

 恐らく複数人、それも――


「――は俺が一枚、それでいいな」

「ああ、順番に、だな」

「俺は後ろを警戒してるから、ちゃっちゃと済ませてくれよ」

「へへ、運がいいな、まさかあんな良い女が――」


 いやぁ、清々しいほどのゲスっぷりにお兄さん喜びが隠せません。

 これはあれですね、徒党を組んで襲った上にさらにその相手に何かする気満々じゃないですか。

 よーしちょっとお兄さん本気出しちゃうぞ。


「とりあえず剣抜いておくかね」


 意識を切り替え戦闘準備を始めた丁度そのとき、迷宮内にどこからともなくチャイムの音が響く。

 それはどこか気の抜ける、まるでデパートのアナウンスで流されるようなものだった。


『では、これより一次予選第一グループの戦闘行為を解禁します』


 瞬間、先ほどまで足音が駆け出すのを聞き取る。

 急ぎ曲がり角から顔を出すと、一斉にT字路を同じ方向に曲がる様子が見えた。

 急ぎこちらも後を追い、そのT字路にさしかかろうとしたその瞬間、聞き覚えのある声の、聞き覚えのない声色の語りが聞こえてきた。


「……単純なものですね。ふらりふらりと、花に群がる虫のように」

「なんだ、気がついていたってのか? へへ、じゃあおとなしく――」

「残念なお知らせです。珍しく、本当に珍しいのですが……今の私は少々不機嫌でして」


 そのどこか暗い、怒気を孕んだその声の主を一目見ようと、曲がり角から顔を出す。

 すると通路の遥か先に先ほどの一団と思しき後姿と、いつもの冒険者スタイルではない、かといって余所行きのドレスでもない、カジュアルながらも優雅さを醸し出す薄手のドレスコートに身を包んだレイスの姿があった。

 ……あの、機嫌が悪いのってどうしてなんですかね?


「いつもでしたら、花壇に迷い込んだ虫は外に逃がしてあげるのですが……そうもいきませんしね、これは試合ですし」

「さっきからなにぶつぶつ言ってんだ! おい、さっさと囲んじまえ」


 男達、都合のいいことに総勢六名が、一斉にレイスへと殺到する。

 彼女の後ろは壁、袋小路になっている。

 本来ならば、徒党を組む連中を狩るつもりでいたのだが、これは恐らく、俺の出る幕はない、か?


 彼女は今もなお手ぶら、即ち魔弓を手にしていない。

 恐らくこの場所で使うには向いていないと判断してのことだろう。

 だが、一見丸腰のように見える彼女だが、俺の目にははっきりと見えた。

 彼女の両手で躍る、赤黒い炎の姿が。


「最近、少々自分を綺麗に見せようとしすぎていたのでしょうかね、ストレスがたまっているみたいです」


 一人目の男が、両手に持ったダガーの一つをレイスに向けて投擲する。

 そして間髪いれずに自らも彼女へと大きく踏み込む。

 だが、レイスは投げられたダガーを、まるでピースサインでも見せるかのようにしてそまま二本指でキャッチする。

 はは、マジかよあんな事出来るんですか貴女。

 そのまま投げ返すでもなく、驚愕にたたらを踏む男へと自ら近づき、そしてすぐ横を通り過ぎるように、まるで軟体生物がぬるりと障害物をよけるように駆け抜ける。

 その瞬間、すれ違った彼女の背後で男が崩れ落ち、そして気がつけば彼女の『両手に』ダガーが握られていた。


「彼方たちのような、正直すぎる欲求をあの人に少しでも分けてあげられたら――」


 立ち止まることなく、あっけにとられている男に片方のダガーを鋭く投擲する。

 アンダースローからいつ投げたかわからないくらい自然に飛んできたナイフは吸い込まれるように男の顔面へと向かったようだった。

 崩れ落ちるその体を、まるで壊れ易い人形かなにかのように優しく抱きとめるレイス。


「これは攻撃行為ではないので、セーフ、ですよね」


 その男を差し出すように前へ押し出したまま駆け出すと、残った男達がうろたえる。

 そう、ルール上気を失った人間に攻撃を加えるのは禁止されている。

 それを逆手に取った、絶対防御の盾。恐らく卑劣な手の一部に含まれるであろうそれを平然と行い、そしてそのまま右往左往している残りの男達が彼女の間合いに入った瞬間――

 唐突に足を止め、ゆっくりと腰を曲げる。


「貴方たちの登録証、提出の際には色々と報告したほうがいいでしょうね?」


 まるで気遣うように男を地面に寝かせる。

 そして勿論それは自分の隙を相手に見せる事となり、これ幸いにと残り四人の男が一斉に飛び出した。

 いや、もう少し警戒しろって。明らかに普通じゃなかっただろ今の一連の戦い方。


 体勢を整える間もなくレイスへと振り下ろされる長い柄を持つハルバート。それを間一髪で避けた彼女にもう一人の男がナイフを投げ込む。

 選んだ作戦こそ卑怯なものではあったが、先ほどから見るに随分と集団戦、コンビネーションに長けているように見える。

 だがナイフが体に命中しようとした次の瞬間、彼女を中心に赤黒い炎が吹き上がった。

 狭い通路が炎で埋め尽くされ、一瞬でこちらから彼女達の姿が見えなくなってしまう。

 目を凝らし、炎越しに人影が見えてきたその時、小さな呟きが耳に届いてきた。



「最低でも二人、無防備な人間が傍いないと、ですか。今後の課題ですね」


 炎が治まる。

 残されているのは、ただ糸の切れたマリオネットのようにくしゃりと丸まる男達。

 その向こう側で、少しだけ晴々とした顔の彼女が立ち竦んでいた。


 今のは間違いない、俺が教えた闇魔法だ。

 あの魔法は、確か相手の体力や魔力を奪う効果があったはずだ。

 しかし、通路を埋めるほどの範囲の発動となると、彼女の魔力量やコントロール力では難しいはず。

 ……つまり、最初に倒した二人から魔力を奪って発動させたということか。

 すでに戦闘不能に陥った人間の魔力を奪い利用する……これもグレーゾーン、だよな。

 だがその容赦のない、少々泥臭い『闘争』と呼ぶに相応しいその一戦は、俺の中で定めていた彼女の評価をさらに一段階上げる事に繋がった。

 レイス、なかなかにダーティーでえげつない戦い方をするじゃないか。実に俺好みだ。

 機嫌が悪いといっていたが、それも影響しているんですかね?


 彼女の戦いを見守り曲がり角から頭を戻し、踵を返そうとした瞬間だった。

 こちらの頭のすぐ傍を一筋の赤い閃光がかすめる。

 まるで意思を持つかのように鋭角に曲がって来たであろうその閃光は、俺を通り過ぎはるか先に着弾する。


「随分と慎重な方も混じっていたのですね。仲間の皆さんは皆、リタイヤとなりましたよ」


 ばれてーら。

 戦闘中にも関わらず、結構な距離があったはずの俺まで見えていたのか……。

 あの……こっち[五感強化]で視力も強化されてる状態だったんですけど。


「逃げるのでしたら、見逃して差し上げます。幸い、私はこれで合計七つの登録証が集まりましたから。けれども、ルール上相手から奪うのなら、それがたとえ他人が集めたものでも問題ありませんし――」


 瞬間、まだ距離があるにも拘らず猛烈なプレッシャーが背後から襲い掛かる。

 これまで敵対した数々の敵。

 それらに比肩すると言っても過言ではないそのプレッシャーが、じわりじわりと背中に汗を浮かべさせる。

 ……仲間からこんなプレッシャーを受けたこと、そいういえばなかったな。

 なるほど、俺は本当に良い仲間に囲まれているようだ。


「失礼な事を言うな。虫を狩るのが一人だけと思われては困る」


 低い声を意識して、少しだけテラーボイスを発動させ告げる。

 これ、何気に声色も変えてくれるから便利なんですよ。

 引き返し、T字路からこちらの姿を彼女に晒す。

 こちらを視認した瞬間、剣呑な顔つきを一瞬だけ歪め息を呑む。

 彼女も相手の力量をある程度察知出切るのだろうか?


「っ!? ……それは、失礼しました」

「……先ほどの一戦、見事だった」


 自分の正体を隠したまま言葉を交わす。

 普段見ることが出来ない彼女の一面を再発見出来たような、そんな邂逅。

 ……参加して正解だったな。けど少々顔が恐いで。これは後でご機嫌をとらないと。


「ふふ、随分と上から物を言うのですね……運がよかったのは、私の方でしたか」

「どうだかな。次の予選、楽しみにしているぞ」


 我ながら恥ずかしい物言いである。

 いいの! ここにいるのは俺じゃなくて、遍歴の騎士ナントカなの!

 彼女に背を向け、静かに立ち去る。

 そして曲がり角を過ぎた瞬間、猛烈なダッシュでその場から立ち去るのだった。

 恥ずかしさ半分緊急回避半分です。

(´・ω・`)ファミ通文庫さんのHPにて、二巻の特集ページが作られましたので目を通して頂けると幸いです。

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