百六十六話
(´・ᾥ・`)おまたせ
訓練を終え一足先に施設を後にした俺は、リュエやレイスが戻ってくるのを待たず、駆け足でギルドへと戻った。
そしてギルド裏手の訓練場の隅、備品等置かれている倉庫へと身を滑り込ませ姿を隠す。
なにをしているのかって? もちろん隠れているんですよ。
誰にも見られずに変装する為に。
実は、今日から闘技大会の予選受付が始まっており、それに登録しようとこんな事をしているわけだ。
俺はアイテムパックから取り出した鎧を、慣れない手つきでなんとか装着していく。
そしてヘルムをかぶり、最後に使用武器登録用として、闇魔法の剣を作り出す。
訓練で散々使ってきたこの魔法だが、大会で使うとさすがに変装していてもバレてしまう可能性がある。
そう、その通り。だからあえて使っていたのだ。
ディティールにも拘らず、まるで削りだした黒曜石をそのまま剣にしたかのような質感のものを使い続けていた。
印象操作だ。俺=黒曜石のような魔法剣で戦う剣士という印象が、恐らく施設にいたすべての人間に植え付けられている事だろう。
もちろん、レイスにも。
さすがにリュエに近くで見られると正体を見破られてしまうだろうが、まぁ彼女ならなんとか言い含める事も出来るだろう。
ううむ、レイスにバレないといいのだが。
「というわけで、ちょっくら気合入れて武器を作りますか」
手始めに、いつもどおり刃渡り一◯◯センチ程の黒い刺身包丁のような剣を作り出す。
そして、今度は艶めかしいその表面を出来るだけ綺麗に慣らしていく。
柄の部分にはしっかりと鍔を再現し、持ち手の部分も可能な限り作りこんでいく。
ディティールを上げ、まるで本物の包丁の表面に黒い塗装を施したかのような状態になる。
後は、この不自然な光沢を落とし、カーボンのような質感に変化させていく。
……楽しいなこれ。これでなんでも作れそうじゃないか?
剣が完成したところで、今度は鞘を作る。
剥き身で持ち運ぶわけにもいかないし、この魔法剣は解除せずにしばらく装備として保管するためだ。
先ほどと同じ要領でシンプルた鞘を作り出し、最後に少しだけ今装備している鎧甲冑のように表面に傷をつけてやる。
うむ、我ながら良い出来じゃないか?
そいつを腰のベルトに取り付けたところで、意気揚々と外へ出るのだった。
「大会の予選受付はここで合っているか?」
「はい、ようこそ七星杯予選受付へ――ひっ」
列に並ぶこと十数分。やはり冒険者の大半が出場する予定だったのか、窓口が大量に設けられていたにもかかわらず、一つ一つに長蛇の列が出来上がっていた。
その一つに並んでいたのだが、やはり漆黒の甲冑姿というのは悪目立ちするらしく、周囲の人間がチラチラとこちらに視線をおくってきていた。
そしてようやく自分の番になったのだが、受付の娘さんまでもが顔を引きつらせている始末だ。
大丈夫大丈夫、ちょっと寡黙キャラ演じるけど悪い人じゃないよ。
「み、身分証明証やギルドカードなどございますでしょうか」
「そんなものはない」
「そ、そうなりますと……こちらの書類に必要事項を書いて頂かないといけないのですが……」
「……分かった」
どれどれ、その必要事項とはなんぞや。
書面に目を通すと、まずは基本的な情報として登録名と出身地、そして以前所属していた組織などがあれば書くように、とある。
他にも現在どこに滞在しているのかや、使っている装備はこの街で買ったものか否か、どの店で購入したかなど、多岐にわたる。
が、ここは盛大に嘘をつくために適当な事を書く。
出身地『記憶にない』
名前『ネームレス』
使用武器『片手半剣』
滞在先『街の外で野宿』
所属『なし』
所属歴『なし』
とまぁこんな具合で適当に空欄を埋めて提出すると、やはり職員が困ったような顔をしてしまう。
が、どうやら問題があるわけではないらしく、無事に登録を済ませる事が出来た。
「野宿とありますが、やはり宿が埋まっているからでしょうか?」
「人が多い場所にあまりいたくないからだ」
「そうですか……予選開始は今から十日後ですが、その日のうちに戦う事になる人間は限られますので、ご了承ください」
「当日に抽選でもするのか」
「そうなりますね。第一予選の内容は毎年バトルロワイヤルとなっておりますので、都市の外、外壁沿いに案内板が設置されますので、それに従って会場へ向かってください」
「分かった」
なるほど、予選はこの都市の外で行うのか。
言われてみればたしかに、この都市そのものの規模は凄まじいのだが、大勢の人間が一度に戦う場所となると限られてしまう。
ギルドの施設でも、恐らく出場者全員を収容することは出来ないだろうし、観客の事だってある。
となると、外部に特設会場を用意するのは当然の運びだろう。
しかしバトルロワイヤルか……確か今『第一予選』と言っていたな。
つまり、まずはバトルロワイヤルで最初のふるいをかけ、徐々に選手を厳選していくのだろう。
場合によっては、レイスのすぐ近くで戦う事になるかもしれないな。
ギルドを後にし、再び訓練場の倉庫へと身を隠し、装備を外していく。
剣は魔法を解除せずに、そのままアイテムパックへと収納する。
一瞬、収納してしまうと魔法が解除されてしまうのではと思ったのだが、どうやらしっかりと武器としてカウントされ、アイテム欄には『魔法剣 闇』と記入されていた。
それを見て満足し、再び物置から顔を出し辺りをうかがう。
すると、丁度訓練施設からリュエとレイスが戻ってくるところだった。
「む、カイくんどうしてそんなところにいるんだい? あ! さてはなにかおもしろいものでも見つけたんだね!」
そこそこ距離があったにも拘わらず、リュエさんアイはしっかりと俺をサーチしたようで、嬉しそうに駈け出してくる。
残念、ここにあるのは壊れた木偶人形と先日のミスコンのステージの骨組みくらいです。
「いや、暑いから日陰で休んでいただけだよ。訓練所にいるとどうしても周りの目が気になるから」
「そういえば、最近はカイさんSランク区画にも来ていませんでしたしね」
「そういうこと。そっちは今日の成果はどうだったんだい?」
「私は残念ながら、以前のベストタイムを更新する事は出来ませんでした、どうも、魔物の引きが悪いと言いますか、相性の悪い相手ばかりが出てくるようで」
「私もそんな感じだね。今日なんてドラゴンゾンビまで出てきて驚いてしまったよ」
……レイニー・リネアリスが裏で糸を引いていると見た。
おおかた、ぽんぽん新記録を出されてしまい、面白く無いからと苦手そうな魔物が出現するように手を回しているのだろう。
大人げないぞ自称神様。
「そういえば、今日から予選の受付が始まっているけど、もうレイスは済ませたのかい?」
「はい。今朝のうちに済ませておきましたよ。バトルロワイヤルだそうなので、やはり近接戦メインになってしまいそうです」
「むぅ……楽しそうだなぁ……私はアルバ君だったかな、その子と戦うだけなんだよね」
「ああ。予選が終わったら四日間のインターバルがあるから、その間の出し物として戦う事になるはずだ」
「最近見かけないけど、なんだか気乗りしないよ。でも、せっかくカイくんから闇魔術を教えてもらったからね、その成果を見せてあげるよ」
これで実は俺もこっそり出場すると教えたらどんな顔をするだろうか。
十中八九『ずるい』とダダをこねるだろうな。
ちょっと見てみたい気もするが、我慢だ我慢。
部屋に戻ると、二人に浴室を譲り、俺はこの施設にある大浴場へと向かう事にした。
冗談めかしながら『一緒でも大丈夫ですよ』なんて言われたが、さすがに辞退させてもらいます。
温泉の混浴はまだギリギリセーフなんですけどね、こういう部屋で一緒に入るのはなかなか勇気がいるんですよ。
さて、いつも最上階のスイートを利用している身だが、ここは元々フードコートを始めとした冒険者向けの施設を幾つか展開しており、一般の冒険者向けの宿泊用の部屋もしっかりと完備されている。
もちろん、元々ホテルだった建物を改装した施設なのでそれなりの宿泊料はとられるのだが。
そしてそんな数ある施設の中でも、フードコートに次いで人気なのが大浴場だ。
ここは料金さえ払えば宿泊客でなくとも利用可能であり、連日大賑わいだという。
一応、余計なトラブルを生まないために宿泊客専用の浴場や、割高ではあるがワンランク上の贅沢な浴室なども完備されている。
というわけで、ここを自由に使ってもいいと言われている俺は、その少々割高な大浴場へ向かう事にした。
「凄いな……このフロアまるごと浴槽なのか。水漏れしたら大変な事になりそうだ」
エレベーターで目的の階に行くと、他のフロアとは違いすぐに浴室受付が待ち構えており、そこを通ると大きな脱衣所が広がっていた。
その脱衣所の広さに、この先に広がっているであろう浴室への期待感が否応なく膨らんでいく。
すぐさま服を脱ぎ、タオルを肩にかけいざ向かわんと扉を開く。ちなみにですね、俺は本来タオルは腰に巻かない派なんですよ。
さすがに混浴の時は巻いたのだが、本来ならこう、すべてを隠さずにドドンと生まれたままの姿で向かうべきだと思うのです。
さて、そんな精神的自由を謳歌しながら、目の前の光景をよく見てみよう。
広い。本当この言葉に尽きる。
洗い場ももちろん広いのだが、浴槽の広さがもう尋常じゃない、見たことがない。
映画などで見かける大きな浴槽や、一国の王様が利用するような大浴場のイメージをあざ笑うかのようなその広すぎる浴槽。
小学校にあるような25メートルプールすらまるまる収まってしまいそうなその大きさに喉を鳴らしてしまう。
「飛び込んで泳ぎたい衝動……が、さすがにそれが許されるのはお馬鹿な男子高校生までだ」
それに、さすがにここまで豪華絢爛な意匠の施された場所ではしゃぐのも格好が悪いだろう。
床は細やかな滑り止め用であろう彫刻が施された、鏡面仕上げではない大理石。
その模様も、ただ溝を掘っているのではなく、幾何学模様を意識したようなものだ。
蛇口などの金属部分は、純金ではないだろうが黄金に輝く材質で出来ており、また浴槽へ水を吐き出し続けているのは、お約束のようなマーライオン……ではなく、豚だった。
マーピッグとでも呼べばいいのだろうか……しかし、あれって確かどこかの国のシンボル的な存在だったはずだが、いつの間にかセレブな浴室の代名詞のような扱いになったのだろう?
ともあれ、先に洗い場で軽く身体を流し、その巨大な、本当に広すぎる浴槽へと一人のんびりと浸かるのだった。
「他に利用客がいないところを見ると……よほど利用料が高いと見た」
じんわりと湯の温度が染みこむのを全身で感じながら、水面に背泳ぎのような姿で浮かびそう独りごちる。
天井の照明にも力が入っているのか、淡く輝くシャンデリアが、湯気のしずくを湛えながらキラキラと光を乱反射させていた。
肉体的には落ち着くのだが、いかんせん庶民感覚が残っているのか、妙に落ち着かないな。
水面がちゃぷちゃぷと耳の穴に入ろうとする音に、こそばゆいような癒やされるような不思議な感覚に捕らわれながら、目を閉じゆっくりと溜息をつく。
するとその時、耳に水音以外の音が届き、急いで体勢を元に戻す。
ははは、さすがにラッコのような状態を人様には見せられん。
脱衣所の扉が開かれるのを待っていると、ゆっくりと開かれ、ペタペタと足音が響いてきた。
「……すげぇ広いな」
現れたのは、なんだか最近妙に縁のあるレン君だった。
なお、どうやら彼もタオルは肩にかける派だった模様。好印象である。
「やぁ、レン君。先に頂いてるよ」
「んな!? カイヴォ……カイ……どうしてここにいる」
「いやだって、一度はこういう施設って利用してみたいと思わないかい?」
こちらから声をかけると、あからさまに狼狽え、そしてなぜかタオルを腰に巻き出した。
派閥を抜けると申すか。貴公、ぶらり族を抜けると申すか。関係ないけど『ぶらり旅』と『ぶらり族』って似てると思わない?
「……別に俺を待ち伏せていたとかじゃないんだな」
「まったくの偶然である。そもそも用事があったら直接出向くよ」
「確かにそういう性格じゃなさそうだ」
よく分かってらっしゃる。
彼もかけ湯の代わりにシャワーで全身を流してから、浴槽へと向かってくる。
さすが日本人、ジャパニーズセントウマナーをよく理解していなさる……で、なぜそんな遠くへ行くのか。もそっと近う寄れ。
「訓練の調子はどうだい? 大会で優勝する見込みはありそうかい?」
「……なんで話しかけてくるんだよわざわざ」
「裸の付き合いという文化があるらしい。色々思うところはあるだろうが、まずはお兄さんとじっくりオツキアイ願おうか」
「なんで変なイントネーションなんだよ……調子狂うな」
まぁ初対面の時の印象がお互いあまりよくなかったし、その後あんな決闘騒ぎまで起こしたんだ、仕方ない面もあるだろう。
だが、恥ずかしい話であり一歩間違えば黒歴史になりそうな、いわば灰歴史であるこの大陸に渡ってからの俺の軌跡を、彼も辿ってきたのだろう。
個人的には本当アルヴィースの一件とかあの演説とか記憶から抹消したいんですけどね。
ともかく、少しずつ彼の認識が変わりかけている今のうちに、少しくらいこちらから歩み寄ってもいいかもしれない。
……なにせ、彼もタイミングこそ違えど召喚された身――
【Name】 伊月 蓮
【種族】 異世界人
【職業】 剣客 解放者
【レベル】 71
【称号】 ※※※※※の使徒
聖剣の使い手
【スキル】 極剣術 剣閃読み(仮) 雷魔術 メニュー画面表示
不屈 回復力上昇
そう、彼もまた『※※※※※の使徒』の称号を持っているのだから。
(´・ᾥ・`)ウオッホ オッホ ゲッホ