百六十五話
(´・ω・`)お待たせしました
世界の仕組みというものが存在する。
それは、経験値という概念だったり、メニュー画面だったり、はたまた魔法等を使う為の魔素だったり。
太古の時代から続くその仕組が今も世界に根付き、それに沿って世界は回る。
この一連の循環や仕組みを管理する存在が、恐らく本当の意味での『神』なのだろう。
「……結局、核心に迫る部分は想像するしかないか」
レイニー・リネアリスと、この世界について語ったあの日から既に五日が経過していた。
結局俺は、あの日聞いた話を誰にも話さず、ただ胸の内にしまいこんでいた。
今知ったところでなにも変わらない。元々世界を旅するだけの俺達と、どこになにがあるかも分からない世界の謎。
どう転がってもこの先世界を見て回るのは変わらないのだから、わざわざそこに使命感や責任感を伴うような話を知らせる必要もないと判断した。
まぁ、俺自身もそこまで深く考えておらず『じゃあ旅先で凄そうなの見つけたらもらっちゃうか』程度にしか捉えていないのだが。
ちなみにリュエとレイスの二人だが、無事にSランク区画へと到達し、今日もランキング上位に食い込むために挑戦している。
なお、今のランキングはこんな感じだ。
難易度S 一位 カイ クリア階層30 評価S タイム27:18
難易度S ニ位 オインク・アール・アキミヤ クリア階層30 評価S タイム27:19
難易度S 三位 リシャル・リーズロート クリア階層30 評価S タイム27:44
難易度S 四位 リュエ クリア階層30 評価S タイム29:01
難易度S 四位 レイス・レスト クリア階層30 評価S タイム29:01
難易度S 六位 アーカム・フィナル・ランドシルト クリア階層30 評価A タイム17:11
難易度S 七位 アルバ クリア階層30 評価S タイム37:47
どうですか、わざわざ時間を測りながら一秒差で上回るというこの記録。
やられた方は大層悔しいでしょう!
ちなみに、オインクにこの結果を知らせたところ『今すぐ列をあけなさい! 私が挑みます!』と挑戦しようとしたのだが、さすがに職員に押し止められてしまっていた。
ははは、悔しかろうて。
一方リュエは、自身に課した制約、大規模な魔法等を使わず、エキシビジョンで戦うための戦法だけで挑んでいたため四位に留まっていた。
そして、個人的に一番驚いたのがレイスだ。彼女は誰も見ていないならば、という事で、魔弓を含むすべての戦術を駆使して挑んだそうだが、その結果リュエと同着。
いくら縛りプレイ状態とはいえ、レベル差が九◯近くあるリュエに追いつくという結果に、彼女もまた俺の身内、規格外の扉に手をかけるところまで来ているのだと実感した。
まぁ、恐らく彼女をそこまで本気にさせたのは、リュエのランキングの真下に『アーカム』がいたからなのだろうが。
かつて自分を苦しめ恐れさせた相手を下したと分かった瞬間、珍しく感情を表に出すように大きくガッツポーズをし、その姿は今でも目に焼き付いている。
お姉さんが嬉しそうでなによりです。
だが、こうも上位のランキングが変動し、ましてや一位まで奪ってしまった結果、こちらの注目度がもはや天元を突破。
そのうち一人は今年度のミスセミフィナルで、そしてレイスも目を引く容姿をしているため、もはや一種のアンタッチャブル、逆に近づけない状態になってしまっている。
やっぱりこの二人が揃ってるとこうなってしまうんですね。一方俺はというと、最近ではSランクのコースですらただの作業になってしまっているため、もっぱら一人で技の訓練中だ。
そう、以前一度だけ下位ランクのコースで試した、『デュアルスタッグ』による二箇所同時攻撃だ。
一度発動した技を強引にずらし、ほぼノータイムで二箇所に刺突を繰り出すという技術。
やはりある程度時間を置き、自分の中でイメージをしっかりと固めているので、後はその固定化したイメージに少しでも近づくように反復練習を、というわけだ。
「……これで丁度七◯◯◯回目か。三日でだいぶモノになってきたな」
個人用訓練室で、今日もひたすら黒いマネキン相手に闇魔法の剣の振るい続ける。
立ち止まり、集中しなければ満足に攻撃をずらす事も出来なかった最初に比べ、今では少し大きく振りかぶる程度で発動可能というところまできている。
また、ずらして当てる距離も最初は右胸から左胸というごく短い距離しか移動出来なかったが、今では左足の脛と右鎖骨を同時に狙えるまでになっている。
ノータイムでここまで距離のある部位を同時に攻撃されては、ほぼガード不能だろう。
だが問題はその成功率。俺は訓練室の床に刻まれた、足に吸い込まれることなく床にあたってしまった攻撃の跡を眺めながらため息をつく。
現在の成功率は七◯%かそこら。大きく振りかぶり、そしてさらに相手が動かないマネキンだというのにこの有様だ。
練習開始からまだ三日。少々理想が高すぎるような気もするが、やはり目指すのはゲーム時代同様、どんな相手だろうが、どんな状況だろうが成功させる絶対性。
だから今日もひたすら反復練習を繰り返す。
何度でも、何百回でも、何千回でも、何万回でも腕が上がらなくなるまで。
「……俺は下手くそだからな。人より多く練習しないと追いつけないんだよ」
残念な事に、俺はこの手の才能はおろか、なにかしらの絶対的な才能を持っていると自分で感じた事は一度もない。
だが、俺には他人に負けない特技がある。
人がどんどん成長し、次のステップへと進むのを歯を食いしばり眺めながらも、それでも俺がその連中に負けずに食らいつける理由がある。
『天才』なだけでは辿りつけない境地。そして『努力を惜しまない天才』という化物にすら届きうる一矢。
その第一歩として『自分の実力を正しく評価し、上にいる人間とまったく同じ条件を作り出す』まずはここからだ。
どんなに隔絶した実力差があれど、同じ人間だ。条件をまったく同じにし、自分の身体や思想をも同じ条件に近づけ、その上でひたすら模倣をする。
『環境が違う』『発想が違う』『経験が違う』そんな差を、可能な限りなくす。
環境を整え、考え方を模倣し、ひたすら同じステージを整える。
そして『そこまでの執着心を持つ事が出来る』事こそが、俺の取り柄だ。
負けず嫌いだから、プライドが高いから、だからこそ諦める言い訳となりうる『◯◯が違う』という要素を先に取り除き、後は食らいつくだけの状況を作り出し訓練を続ける。
恐らく、総合力や技の幅、応用力を考えれば同じ訓練をひたすら繰り返しただけの俺では、本当の天才には敵わないだろう。
だが、一度勝利してしまえばそれでいい。
勝負出来る部分が一つでもあれば、あとはそこまで状況を持っていけばいい。
幸いにして、俺は他人を動かすことについてはそこまで不得手ではないと思っている。
そして俺の性格上、その『たった一度の勝利』が明暗を分ける。
「……勝利を盾に、再戦の道を完全に閉ざす」
人には言えない後ろ暗い方法なんて、いくらでも知っている。
風評を流す、心を折る、周囲を味方につける、なんでもやる。
ただ一度の勝利を絶対のものにするために、なんでもやる。
そして、その勝利を糧に、本当の強者への道を進む。
それを繰り返してきた。
「……それに幸いにして、この身体は才能なんて無視するような化物だからな」
今になって気がつく。
化物じみた思想と執念を持つ、化物じみたこの肉体。
俺というソフトウェアを持つ、カイヴォンというハードウェア。
なんだ、最初から俺が負ける要素なんてどこにもないじゃないか。
そしてこの自信が、自分を更に上の段階へと押し上げる。
弱者の立場を熟知し、そして強者へと至った人間は、時として慈悲深い人格者、慢心をしない強者となる――とは限らない。
調子に乗り、勢いに乗り、流れに乗る。どこまでも上り詰め、遂には頂点へ。
平然と過去の自分に唾を吐き、今の自分の強さに酔いしれる。
きっと、物語ならばこういう人間は本当の人格者、強者によって打倒される展開が待っているだろう。
だが残念ながら、俺はその人格者と敵対しない。
だからこそ、俺はどこまでも上を目指す事が出来る。
「……今日の訓練は終わりだ」
自分の中の考えがそこに到達したところで、唐突に訓練の終了を宣言する。
なにかが、なにかが今、変わった気がする。
頭の中の考えが、どこかにカチリとはまったような、そんな感覚。
俺は唐突に、だらんと下げていた腕を無造作にマネキンへと振るう。
『デュアルスタッグ』を発動させない、突きですらないただのなぎ払い。
剣が触れるその瞬間をぼんやりと見つめているような、そんな緩慢とした体感時間の中で、ただ身体に命令を下す。
『剣を下にずらせ』と。
次の瞬間、頭と両足を同時に失った胴体部分が、床へとまるでだるま落としのように着地する。
ほら、イメージ通りだ。やっぱりな、要は気持ちの持ちようだったってわけだ。
この世界はゲームじゃないんだ。剣技の真似事だって出来てしまう。
ただなんとなく、今なら出来るんじゃないかと、そう思えた。だから試した。
そしてそれが、出来てしまった。
「……リシャルさんには悪いが、もう、負ける気がしない」
――この境地に至るまで、随分と時間がかかりすぎてしまった。
今回の訓練の話じゃない。最初からそうだ。
技がない、肉体の強さだけ。そう何度も思ってきた。
だが、すでに条件は整っていたんだ。
その技術の仕組みを理解していて、さらにそれを繰り出す事が出来る肉体と技量を持っているのなら、後は俺の思い次第だったんだ。
調子に乗り、どこまでも増長し、そして望む結果を強引に引き寄せる。
ようやくそれが可能だと自覚したからこそ、きっと今この瞬間、俺は『カイヴォン』として完成したのだろう。
「……後はこの感覚を忘れないように明日からも続けるだけだな」
寝て起きたら忘れてました、なんて洒落にならないからな。
しっかり体に覚えさせないと。
地面に出現した紋章に、私は急ぎ足で駆け込む。
すると眩い光につつまれ、気が付くと訓練用区画のゲートへと戻されていた。
今回は出現したモンスターの種類がいずれも大型だった為、魔弓よりも接近戦を主体として戦った。
けれども、そうすると移動にかかる僅かな時間が少しずつ蓄積され、それが最終的には大きなロスとなる。
私はフィールドに漂う魔力を利用し、自身を強化し、尚且つその魔力で魔弓を使うという戦法を取る為、一度の戦闘が終わるたびにすべてが仕切りなおされてしまうこの場所での戦闘には向いていない。
本来、長期戦こそが私の得意とする分野なのだから。
「今回は自己ベストに届きそうにありませんね」
そうぼやき、私は掲示板を振り返りもせず、ただ近くの休憩所へと歩みを進める。
私が訓練を始める前までそこにいたはずのリュエの姿は既になく、恐らく入れ違いで挑んでいる最中なのだろうと思い至る。
現在、リュエは闘い方に制約を課している状態とはいえ、その記録に並ぶところまで来ている。
その事実が自分の成長を物語っているようで、私はひっそりと心の中で喜びを噛みしめる。
二人と旅を始めて、二人と共に戦い、そして二人と一緒に訓練に明け暮れる。
私は長い間立ち止まっていたから。だからこそ、再び前へ進み始めたという実感が、大きな喜びを与えてくれる。
「……ふふ、大人げないでしょうか」
きっと、私は無意識に肩肘を張って生きてきたのだろう。
立場ある人間として、人の親として、娘達を庇護する者として。
その生き方に微塵も後悔はないけれど、それでも今こうして生き方を変えた事で、遠い昔に置いてきたような感情が再び湧いてきたのだと思うと、この選択をして本当によかったと改めて思うのだ。
「嬉しい物は、嬉しい、ですね」
さて、ではもう少ししたらその成長の証を示すため、もう一度挑戦するとしましょうか。
立ち上がり、戻ってくるであろうリュエを出迎えるべくゲートへと向かう。
するとその時、帰還用ゲートではなく、下位ランクからこちらに来るためのゲートから一人の冒険者が姿を現した。
黒髪の、やや鋭い目つきの若い男性。むしろ男の子と呼ぶべきだろうか、そんな狭間の年代の人物。
確か以前、休憩中のこちらに声をかけてきた方だったはずだ。
かつてギルドから依頼を受けることが出来なくなるという重い罰則を受け、それでも諦めずに冒険者を続けていた人物。
なるほど、この場所まで辿りつけたのですね。
私は一言彼に声をかけようと歩み寄る。
すると、向こうもこちらに気がついたのか、先に声をかけてきた。
「あんた確か……なんだ、やっぱり上には上がいるんだな」
「お久しぶりです。Sランク到達おめでとうござます」
「はは……ちょっと嫌味に聞こえるぜ。確か、俺と同じ時期にあのコースに挑み始めたんだろ?」
「そうなりますね。ですが、こう見えても私はそこそこの熟練者ですからね? 白銀ではありませんが、一応Aランクです」
少しだけバツが悪そうにしている彼。
恐らく、どこかのランクで手間取り、ここに到達するまで日数がかかってしまったのだろう。
ふふ、けれども十分です。見たところヒューマンのようですし、恐らく外見通りの年齢でしょう。
その若さでBに至り、そして選ばれた人間だけが到達出来るこの場所に今、こうして立っているのですから。
「そうだったのか……見かけによらないことだらけだ」
「ふふ、そうでしょう。本当に、実際にその目で見ないと分からない事が多すぎます。私も毎日新しい発見でいっぱいですよ」
「……そうだな。俺も、もっと見聞を広めるべきだって、ある人に言われてこの大陸に来たんだ」
私の言葉になにか思うところがあったのか、彼は思案するように視線を虚空へと向ける。
そこには僅かばかりの後悔の色が見え、彼の歩んできたであろう険しい道を想像させた。
依頼停止を受けるくらいなのだから、恐らくこれまでたくさんの衝突や挫折もあったのだろう。
それでも、一緒にいてくれる仲間がいたからこそ、彼は今ここに立っている。
……悪い癖ですね、勝手に人の過去や経緯を想像してしまうのは。
「あんたも大会に出るんだよな?」
「ふふ、女性に『あんた』なんて言ってはいけませんよ? 女性にはもう少しだけ優しい言葉をかけるようにしたら、今よりももっと素敵な男性になれると思います」
「あ……そうだな……本当に、その通りだ」
素直にその過ちを認める姿に、私は思い当たる。
きっと、最近他の人間にも似たような事を言われたのだろう。
かなりやんちゃな性格をしているようですし、これまで同じような振る舞いでいたのでしょう。
ですが、今の彼はそんな過去の自分と、徐々に決別しつつあるように思える。
これくらいの年齢の子が、一番大きく成長するんですよね。
本当に、要注意です。もしかしたら、ドーソンさんやヴィオさん以上に警戒すべき相手かもしれません。
「じゃ、じゃあ名前、名前を教えてくれないか」
「ふふ、でしたら掲示板を見るといいと思いますよ。四位に私の名前が載っています」
牽制もかねて、ちょっとだけいじわるをしてしまう。
それに……簡単に自分の口から名を語るわけにはいきませんしね?
女は、難しい生き物なんですからね? 名前一つ聞き出すにしても、面倒な駆け引きを楽しむ人種だっているんです。
私もたぶん、そういうやり取りが好きな面倒な人種なのでしょうね。けれども、今日は貴方の頑張りに免じてサービスです。
「ランキングに名前が……歴代ランキングじゃないかここ!」
熱心にランキングを見つめる彼に小さく別れの言葉をかけ、私は丁度戻ってきたリュエの元へと向かうのだった。
(´・ω・`)明日、というか本日日曜日ですが、某所にて二巻の表紙が公表されます。
(´・ω・`)ぜひ見つけてみてくださいね