百六十四話
(´・ω・`)去年の5月15日15時がこの作品の最初の話を投稿した時間です。
「で、なにが聞きたいんだ?」
「そうですわね……神隷期、私はその時代を認識出来ませんでした。ですので、具体的にどんな事があったのか知りたいんですの」
認識出来ていない? それはどういう意味なのだろうか?
ああそうか、神隷期はゲームの舞台となった『ファストリア大陸』だけの出来事だったな。つまり、彼女はこの場所にいたからそれを知らなかったと。
神隷期そのものを覚えている人間はほぼいない。だが、伝説、それこそ神話のように各地に伝わっている。
やはりリュエのような境遇の人間が、人々に過去の出来事を伝えたりしていたのだろうか。
「とは言ってもな……特別なにか大きな出来事があったわけじゃないし」
さて、暇つぶしとして神隷期、すなわちゲーム時代について話す事になったのだが、俺にとってその時代の認識はあくまでゲーム。
その世界の中で具体的にどんな出来事があったのか俺には分からない。
かといって、運営がなにかイベントを開いた事があったわけでもなく、それにストーリークエストなんてものも用意されていなかったので、本当に語るような話が無い。
しいて言うなら最終日。俺が七星を打ち倒した話くらいだろうか。
「神隷期が終わる日の話でもいいか?」
「いきなり核心に迫るようなお話ですわね」
「いや本当それまでなにもなかったんだよ」
俺は最終日の事を、さもその場で見てきたかのように話し方を工夫して彼女に語る。
仲間の協力を得て七体のボスに挑んだ事や、当時の神(運営)による世界終了宣告の事。
そして――気が付くとこの時代にいた事を。
「……世界を終わらせると宣言した神……しかしその世界は今もこうして続いている……おかしな話ですわね」
「もしかしたらその当時の神は、神隷期こそが全てであり、過去や未来にも世界が続くとは思っていなかったのかもな」
あくまで仮説だが、なんらかの形で運営がこの世界の一端をゲームとして入手したとしよう。
それがどんな経緯なのかはさっぱり想像もつかないが。
しかしだからこそ、運営にとってはゲームの中、すなわち神隷期こそが全てであり、そこに一つの世界としての過去と未来が存在していたとは思ってもみなかった……と。
想像、妄想と言っても良い推論だが、そう考えるとしっくりくる。
しかしそうなると……この世界に新しい七星を遣わせたのは運営じゃないってことになってしまう。
運営が元々この世界の神かなにかだったのならまだ分かる。だがそれは違う。
あまり大手ではないが、運営していた会社はしっかりと実在し、雑誌のインタビューでその姿を見たこともある。れっきとした人間だ。
駄目だ、辻褄があわない。なにかが決定的に欠けている気がする。
「悩んでいますわね?」
「ちょっと色々あってな」
「貴方が七星を倒し、終わるはずだった世界が続いていった。それでいいのではなくて?」
「今話した事だけを加味すれば、そうなんだが……」
確かにそう纏められると、歴史に残っている『剣士カイヴォンの伝説』としてはしっくりくるだろう。
だがそこに、ゲームプレイヤーとしての視点を持ち込むと辻褄が合わないことだらけになってしまうから困っているんだ。
俺は『見えざる神=運営』だと思っていた。
リュエが『見えざる神に支配されていた時代』と言っていたことから、運営がゲームのバランスや設定を支配していた時代が神隷期と見ていいだろう。
つまりそうなると『見えざる神=運営』だ。
だが、運営は俺が七星を倒した後も平然とサービス終了のカウントダウンを行っていた。
伝説では『剣士カイヴォンが七星を撃破し世界を取り返した』と残っているにもにも拘わらず。
これは、おかしくないか?
つまり運営にとっては、本当にただのゲーム。そして俺の行動になにかを左右されたなんて事もなかったのではないだろうか?
そうなると、七星を新たにこの世界に配し、そして解放者をこの世界に呼ぶように仕向けている存在は……。
「……他にいるのか?」
この世界をゲームとして、地球の運営へと託した存在。
サービス終了時に、七星を撃破された事で不利益を被った存在。
開放されたこの世界に、新たな七星を配置した存在。
解放者という名の地球人をこの世界に呼ぶように仕向けた、地球との繋がりを作ることが出来る存在。
そんな何者かが、どこかにいるのか?
「……レイニー・リネアリス。今度は俺からの質問だ。貴女の時代の話を、聞かせてくれ」
もしかしたら、その時代に『その何者か』の存在のヒントが、隠されているかもしれない。
参ったな、正直こんな世界の根底に関わるような話、自分から首を突っ込む気はなかったのだが。
あくまで七星開放でなにか問題が起きるのでは? と、軽く調べる程度の気持ちだった。
もちろん、リュエの検分で明らかに悪影響があるようなら、この手を汚す覚悟もしていたが。
だが、今回のような一度湧いた疑問を、ましてや自分が深く関わったであろう問題を無視するほど図太くはない。
なによりも、この世界は俺にとって大切な場所でもある。
自分の愛したゲームが、ただのゲームではなかったかもしれないのだ。
気にならないはずがない。
あの世界を愛していたにも拘わらず、結局どういう世界観で、どんな物語があり、どんな歴史を紡いできたのか俺はなにも知らない。
人も世界も同じだ。好きになってしまったら、相手の事をとことん知りたくなってしまうのが人情ってものだ。
そして、その愛した世界……その世界の元となった世界を苦しめた元凶がどこかにいるとしたら――
「私の話……申し訳ありませんが、そういったお話をする事は出来ませんの」
「それはなぜ?」
返ってきた答えは拒否。
だが、その表情には申し訳無さと、どこか悔しさが込められているように見えた。
まるで、話したくても話せない、そんな制約に縛られているような。
「そういう決まりですの。私は、もう過去の存在。深く今の世界に関わることは出来ませんの」
「……なにかそういう取り決めでもあったのか?」
「ノーコメントですわ。ただ、私は自分が出来る範囲で、今でもこの世界が前に進めるように尽力しているつもりですわ」
今でも世界のために。
そう意味する言葉に、一つの推論が組みあがっていく。
こんな術式内部の空間で、絶対的な力を持つ人物が、出来る事。
それは――
「……雨垂れの奇跡ってのは、まさか」
本当に、この相手は神なのだろうか。
俺が思い浮かべるのは、全知全能の、世界の全てを知る絶対的な神。
そして、この場所限定でなら、それに近い事をやってのけるこの人物。
ステータスに介入し、空間を自由に構築し、そして、神話の時代の物品を懐かしむ相手。
……そして、まるでこの場所に封印されているかのような振る舞い。
今思えば、彼女は表に出るのが『なかなか難しい』と言っていた。
アレがもし、その制約、決められたルールによるものだとしたら?
「術式の中だけに存在を許され、時折重要な術式を与え、奇跡のように語り継がれる存在。今、貴方がおぼろげに頭に浮かべたその答えに、私は満点を差し上げますわ」
「っつ!? 本当に、神なのか」
こちらの思考を読むなんてレベルではなく、頭に思い浮かべたその考えを一語一句間違えずそのまま言葉にする。
これを神の証明だとは言わないが、少なくともこちらの考えを正確に知る事が出来る程の力を持つ存在。
……ちょっと敬語とか使った方いいんでしょうかね。
「そう名乗るようになったのは、ここに封印されてからなのですけどね? ふふ、錬金術や魔術の術式の中だけに潜む『神様みたいなの』が私ですわ」
「マジかよ……いいのかそれ俺に話して」
「知ったところでなにも変わらないですわよね? 私がここにいるのには変わりませんし、それでなにか大きな変化も生まれませんし」
「……そう、なのか」
自分の正体をあっさりとばらし、それでも飄々と、どこか妖艶な笑みを崩さないその余裕。
だがその余裕にはどこか『どうせ、なにも変わらない』という諦めにも似た意思が見え隠れしているように思えてならない。
まるでそう、自分が縛られた制約はどうあがいてもやぶれず、これからもここに居続けるのだと納得しきってしまっているかのような。
……また、なにかに縛られて一つの場所にとどまり続ける人間か。
気に入らないな。
「……レイニー・リネアリス。貴女は世界に、なにを与えてきたんだ」
だが、今一度問う。
諦めただけならば、外部になにかを与え、今こうして俺を呼び出し、こんな話をするとは思えない。
これは、足掻きだ。半ば諦めているが、その諦めていないもう半分が彼女の悪戯心を介し、なにかに抗っているのだ。俺にはそう思える。
だからこそ今一度問う。願いのために、彼女がなにを残してきたのか。
「私の望みはただ一つ。人が人として、自由に世界を謳歌する事。そう、今の貴方のように」
妖艶な笑みを掻き消し、彼女はただ静かに語る。
「暇つぶし……私が貴方に目を付けたのも、暇つぶし。伝説に残る人物が、本当にその伝説たる力を持っているのか確かめてみたくなっただけ」
「……最初から、俺が誰なのか分かっていたのか」
これは、薄々感づいていた。
これほどまでに多くを知る人間が、ただ偶然で俺に接触するなんて思えない。
そしておそらく、彼女も『剣士カイヴォン』の伝説を知っていたのだろう。
だからこそ、暇つぶしという名の免罪符で一抹の希望を隠しながら近づいてきた。
「旅路の果てで、貴方は自分が手に入れたもの、選んできた道、失ったもの、捨ててきたものに直面するでしょう。大きな障害として」
「……それは、俺の未来か?」
「私の願望ですわ。貴方がもし、私の願いを叶えてくれるのならば――世界を再び、人々の手へと奪い返してくれるのなら」
奪い返す。
おあつらえ向きの言葉が出たじゃないか。
「私の願いへと続く自由の道を貴方が進むのなら、その大きな障害は自ずと試練としてやってきますわ。私は、それを乗り越える手助けとなるかもしれない希望の欠片を、暇つぶしもかねて、少しずつちりばめておきました」
その残してきた希望の欠片という言葉に、俺はある言葉を思い出す。
彼女の言う神隷期よりもさらに古い時代。
それを言葉にするとしたら――
「……そうか。つまりそれが――旧世界の遺産ってやつなのか」
すでに幾つか俺が見つけた品々。
それが、彼女の残したものだとしたら。
その考えはどうやら当たりだったようだ。
彼女の顔が、驚きとともに優しい笑みへと変化する。
「あら……既に貴方は手にしていらしたのね」
「ああ。その鎧の他に二つ。一つはこの都市にあったよ」
ああ――そうか思い出した。
俺はあの日、レイスにプレゼントしたあのアイテムの説明文で、すでにこの人物の名の断片を見ていたんだ。
『サジタリウスの指針』
旧世界の遺産 製作者 ※※ニー・※※アリス
名前が虫食い状態になっていたが、確かにそこにあった名前は彼女のもの。
たしかにあの装備は、これから先試練が待ち受けているとしたら、大いに役立ってくれるだろう。
それほどまでにあの装備の能力は凄まじいものだった。
……となると、リュエの持っていた髪飾りは?
「俺が見つけたのは、指にはめる装備と、もう一つあったんだ」
「サジタリウスの指針ですわね? あれは私の自信作ですのよ?」
「確かに凄い能力だった。もう一つなんだが……どうやら装備の名前すら隠れてて、製作者もどうやら貴女じゃないみたいなんだ」
「……それは、どういう品でしたの?」
「ああ。燻銀で、うっすら青みがかってる羽の形の――」
次の瞬間、彼女が詰め寄ってくる。
その形相は、切羽詰まったなんてものではなく、焦燥に駆られ、どこか危うさを感じるもの。
一体どうしたと言うんだ。
「それを、どこで見つけましたの?」
「エンドレシア大陸で、雑貨屋に紛れ込んでいたんだ」
「……それは、私が作ったものではありません。ですが、私はそれを作った人を知っています」
「やっぱり凄い力が秘められていたりするのか」
「残念ながら、お話することは出来ません。察して頂けますわよね?」
……つまり、また何者かとの制約に引っかかるほどのものだと。
いやはや、俺の目利きもたいしたものじゃないですか。まさかあんな小さな店で買った髪飾りがそんな大層なものだったなんて。
「大事にしてくださいまし。それを作った方は、大切な方を守りたいという一心でそれを作り上げたのですから」
「……肝に銘じておくよ」
ふと、すっかり忘れていた宙に浮いた画面。
その大切な相手の為に作られたという髪飾りの現在の所有者の姿を確認する。
そこには、迷宮のゴールにたどり着き、嬉しそうに扉を開き、そこに仕掛けられた落とし穴に見事ひっかかったリュエさんの姿が。
「……ちなみに、あの子がその髪飾りを持ってたりします」
「……可愛らしい子の手に渡ってなによりですわ」
ほら、泣かないで頑張れ、もうすぐゴールだから。
(´・ω・`)丁度一年が経ちました。
一周年でようやくこの物語の本当の敵、目的がおぼろげに現れました。