百六十三話
(´・ω・`)少しずつ
ケーニッヒの治療から一夜明け、俺は早朝から再び魔物舎へと向かっていた。
もう大丈夫だとは思うのだが、経過を見ないとやはり落ち着かない。
本当に、つい昨日まで平気そうにしていたのに、次の日には帰らぬ人、なんて事だってあるのだから。
……元気な声を聞いた次の日の朝に、もうこの世から去ってしまう。本当に……よくある話だ。
「……今になって色々思い出すもんなんだな」
ケーニッヒは、まだ旅に加わってから日が浅い。正直、酷い人間だと思われるかもしれないが、なにか起きたとしても、そこまで気が動転するとは思えなかった。
だが、いざ死んでしまうかもしれないと思うと、自分でも驚くくらい狼狽え、心配してしまった。
そしてこの感情がきっかけになったのか、俺は少しだけ、日本に残した家族の事を思い出してしまう。
「……俺がいなくても、大丈夫だよな」
まぁそれでも、小さな子供じゃないんだから、俺一人いなくなったってきっと大丈夫だろう。
元々、俺は家族と離れて暮らしていたんだから。
「本当近頃らしくないな。感傷的になってみたり、感情的になってみたり」
この都市に来てから、妙に感情の起伏が激しくなっているような気がする。
本当、一体どうしたというのだろうか。
先日の出来事で、この都市には不思議な存在、不思議な場所がある事を知った。
もしかしたら、俺の今の状況に関わるような何かが、この都市にあるのだろうか?
それとも……思いのほかあの二人――ダリアとシュンがすぐ側まで来ていた事に動揺でもしているのだろうか?
頭を悩ませているうちに魔物舎に到着し、一度その思考を振り払って扉をそっと開く。
まだ眠っている魔物のいびきを聞きながら、その独特の臭いが立ち込める内部へと足を踏み入れる。
本能的に、自分が居ていい場所ではないと、人外の領域だと感じてしまう独特の空気漂うその中をゆっくりと進んでいく。
やがて最深部のケーニッヒの寝床へと差し掛かると、頭の中に早速我が家のドラゴン様の声が伝わってきた・
『……如何なされた、主』
「様子を見に来たんだ。どうだ、身体の調子は」
『心配をおかけして申し訳ありません。以前よりも、遥かに力が漲っております。体調は万全、すぐにでも飛び立てましょう』
「そうか、ならよかった。……ちょっと話し方が変わったか?」
『そうかもしれません。先日打ち倒した龍の力を得た影響かもしれませぬ』
「ふむ……ん? 龍だったのか相手は」
『はい。雲よりも高く、あの光り輝く場所へと辿りつけないかと挑んでみたところ、その龍と遭遇しました』
「太陽には近づかない方がいいぞ。翼が溶けて落ちるなんて事もあるかもしれない」
どこぞの脱獄者さんのように。
まぁ我が家のケーニッヒさんの翼はロウで出来ているわけじゃないんですけどね。
しかしなかなか可愛い事を試しますね君も。
『それほど恐ろしいものなのでございますか……分かりました、今後は必要以上に近づくのはやめておきます』
「ああ。ところで、その龍の特徴とか、覚えている限り教えてくれないか?」
『御意』
……ふぅむ。ケーニッヒは人間の文化に疎いため、俺に分かるように説明するよう頼んでも、中々難航してしまった。
だがそれでも、いくつか判明した事をまとめてみると――
『生まれた地にて見た、灼熱が輝く時と同じ色の肌』
まずは体の色を聞いてみたところ、そう答えられた。
つまり、恐らくその体表は明るい溶岩と同じ、オレンジかそれに近い黄金色というわけだ。
そして翼については聞いてみると――
『故郷にて度々目にした、輝く草によく似た翼』
これは、ケーニッヒがアキダル近辺に生息していたことから、稲穂の事ではないかと推理した。
つまり、黄金かオレンジのような輝く鱗を持ち、フサフサとした黄金色の翼を持つ、巨大な龍だったというわけだ。
ううむ……随分とこう、強そうというか、偉大そうな相手だな。
ケーニッヒが魔王の眷属だとしたら、さしずめその黄金の龍は神や勇者の眷属ってところか。
是非、その立ち会う瞬間を見てみたかった。
『いけ! ケーニッヒ! 火炎放射だ!』的な。
「なるほど、よく分かった。朝早くに悪かったな」
『いえ、来て頂き感謝申し上げます。私はこの後、配下に声をかけた後に再びこの辺りを飛び回ってきましょう』
「あまり目立たないようにな? 出来ればその小さな姿のまま頼む」
『御意に』
昨日あれだけ大勢の人間に本来の姿を見られたんだ、恐らくあの姿で飛び回ったら騒ぎになってしまうだろう。
ともあれ、無事に峠を越え、体調も問題ないと分かったので一安心だ。
俺は最後にケーニッヒの頭をひと撫でして魔物舎を後にするのだった。
部屋に戻ると、丁度レイスとリュエが訓練用の装備に着替え終えたところだった。
まだ朝食前だというのに、今日の二人は気合十分。
恐らく今日のAランクをクリアしたら、いよいよ俺と同じSランクに到達出来るからだろう。
「おはようございます、カイさん。ケーニッヒのところに行っていたんですか?」
「正解。やっぱり気になって」
「私達も訓練施設に行く途中で寄るつもりだったんだ。身体はもう大丈夫そうなのかい?」
「ああ、もう問題ないそうだ。もしかしたらもう外に飛んでいったかもしれないから、会いに行くのは夜の方がいいかもしれない」
ちなみに我が家のおりこうさんなドラゴンは、この都市に来たその日から、毎日深夜前には魔物舎に戻り、一人で自分の寝床に向かうという規則正しい生活を送っていたそうな。
管理人の職員に『カイ様の魔物が来てからというもの、喧嘩や無駄吠えもなくなり助かっています』と感謝の言葉を頂いたくらいだ。
「で、二人は朝食はどこで食べるんだい? いつもあの施設じゃ飽きるだろう」
「そうなんだよね。お昼みたいにあの黒い人が持ってくるパンが食べられたらいいのに」
そして、西洋黒子もとい首絞め愛好家と化したあの娘さんは、今でもしっかりパンを持ってきてくれている。
正体を明かさなくていいのかと聞いたのだが、人前で顔を見せるわけにもいかないので、折を見て面会の場をセッティングするそうな。
個人的に、リュエが大好きだと言っていた謎パテのレシピを早く教えてもらいたいところなのだが。
今もリュエが、恐らくあのパテの挟まったパンを想像しているのか、うっとりとした表情を浮かべている。
ううむ、悔しいな。自分以外の人間の作る料理に心奪われているのを見るのは。
今に見てろよ、俺がそのレシピを発展させてやろうじゃないか。
「そうですね、だったらたまには街の方で頂きましょうか」
「お、レイスはどこかいい店を知っているのかい?」
「ええ。先日オインクさんに聞いたのですが、様々なモーニングセットを取り扱っている、冒険者向けのお店があるそうですよ」
「ほほう、それは気になるな。ほら、リュエもよだれ拭いて行く準備行く準備」
「む、そんないやしん坊になった覚えはないよ」
というわけで、今日は朝から街に繰り出すことになったのだった。
ギルドを出て、歩道に描かれている様々な色の線と手元のメモを見比べるレイス。
線をたどると目的の通りに到着するというこの便利な仕組みだが、本当によく考案してくれたなイグゾウさん。
大きなデパートやレジャーランド、はたまた駅構内では見かけることもあったのだが、あれかねイグゾウさん、貴方も都会に出て散々迷ったクチですかい?
奇遇だな、俺もだ。誰が言ったか『新宿地下ダンジョン』あの駅だけは本当にダンジョンと呼ぶに相応しいし。未だに俺も道を覚えきれていないのですよ。
「飲食通りは黄色とオレンジですね。オレンジは夜に営業している商店が多い通りなのですが、オインクさんに教えていただいたお店はそのオレンジの通りにあるそうです」
「ほう、モーニングメニューを始めた居酒屋みたいな感じかね」
「居酒屋って、酒場みたいなのだっけ? そういえば夜にそういうお店って最近行ってないね」
「そうだな、じゃあ今夜行ってみようか」
「でしたらオレンジの通りに向かったら目星をつけておきましょうか」
こんな風に、一日の予定を決めて、誰かと一緒に行動を共にする楽しさ。
それをしみじみと噛み締めながら、改めて一日の始まりを迎える。
様々な謎や不思議な出来事、そして自分の心の問題。
考えなければいけない事が山程あるが、それでもそれを苦とは感じない。
それはきっと、今両隣にいる二人が、一緒にこんな風に歩いてくれると確信しているからなのだろう。
「リュエ、レイス」
「どうしましたか?」
「なんだい?」
ケーニッヒの件で少し臆病になったのか、それとも改めて仲間の大切さを実感したのか。
つい、二人に声をかけてしまう。
なにか用があったわけではない。ただ名前を呼べば、こんな風に声を返してくれる。そう再認識したかっただけだ。
「……いや、なんでもない。じゃあ行くか」
「ふふ、行きましょうか」
「よし、じゃあ今日こそは線からはみ出さないで到着してみせるからね」
「じゃあ後ろから押してやろう」
「ダメ! レイス、間に入って間に」
本当に飽きないね、この世界は。
俺はこの世界を、きっとこれからも二人と共に歩んでいくのだろう。
……なんかこのまま視界の隅にでも『完』って入れたくなるくらいセンチメンタルになってるな。
気持ちを切り替え、昔のRPGゲームのように一列に並び、目的の店へと向かうのだった。
食事を済ませ訓練施設へと向かい、さっそく特別訓練区画へ足を運ぶ。
いよいよ予選も近くなり、ここを利用する人間も日増しに増えている中、今日もレイスとリュエは列に並ぶ。
「じゃあ俺は先に向こうに行ってるよ」
「ふふ、私はたぶん今挑んでいる人達の次の次かな? 合格したらすぐにそっちに行くからね」
「私はリュエのさらに後になりそうですね……」
「いや分からないぞ? もしかしたらリュエが迷って、先にレイスがこっちに来るかもしれない」
「むむ……また迷路でもあるのかい?」
「それは挑戦してからのお楽しみだ」
俺はSランク区画へと向かうための専用ゲートを使うので、並ぶ必要もなく二人と別れる。
Aランクコースは、それまでの全てのコースで培った技術を必要とされる難関コース。
ここに到達する人間はそれなりにいるのだが、ここで好成績を収めてSへと至る人間はごくごく少数。
ドーソン曰く『たぶん今年に入ってこっちに移ったのは俺を含めてまだ三人のはず』とのこと。
つまり、俺とドーソン、そしてヴィオちゃんのみだ。
まぁ恐らく、ここにリュエとレイス、そしてもしかしたらレン君も到達するだろう。
ゲートを潜り、一瞬視界を白い光に覆われる。
一々ここを介さないと向かえない事に若干の不便さを感じながら、眩んだ目をゆっくりと慣らす。
すると――
「いらっしゃいませ、カイヴォンさん」
「……レイニー・リネアリスか」
何故か見覚えのない、薄暗い図書館のような場所に立っていた。
やはり術式を介するこの場所は、彼女の掌の上のようなものなのだろうか。
人を自由自在に動かす、得体のしれない力を持つ謎の人物。
だが、この得体のしれない人物は、ただ退屈を紛らせようとするだけで、特別悪意のある人間ではないとすでに学習している。
多少警戒はすれど、なにかされない限り敵意を向ける必要はないだろう。
「人をこんな風に呼び出すのは止めてもらいたいんだが」
「申し訳ありません、これしか方法がないんですの」
「ふむ……表に出て直接声でもかけてくれればいいだろう」
「中々それが難しいのです。何分私は神様ですので」
「まだ言うか。大方、多方面から技術を狙われて身動き出来ないってところだろ?」
「リアリストですわね。まぁそんなところです」
さて、相変わらず素顔をベールで隠しているこの人物。
ただでさえこんな薄暗い場所で見づらくないのだろうか。
ふと、この場所が何なのか気になり辺りを見回す。
高い、本当に気が遠くなるくらい背の高い本棚が立ち並ぶ、暗い図書館。
どうやったらあんな場所の本を読めるのか、その方法すら思い浮かばない程のスケールの大きさだ。
圧倒的な広さ、天井も闇に覆われて見ることが出来ず、その闇に向かい本棚が吸い込まれるように伸びている。
背後を見ても、遥か彼方まで並んでいる本棚。一体どんな内容が書かれているのだろうか?
気になって付近の本をよく見るのだが、背表紙には何やら数字が書かれているだけで、その内容を測ることが出来そうにない。
諦めて、再びこの空間の主である彼女へと向き直る。
「で、ここは何処で、なんの用で俺を呼んだんだ?」
「退屈しのぎ……だけでは納得しませんわよね?」
「時間を潰すのはやぶさかじゃないが、さすがに他の理由を隠されるたままってのは面白く無いな」
「ふふ、やはり面白い物言いですわね。いえね、ちょっと貴方から懐かしい気配がしまして、その正体を探ってみたく」
む、懐かしい気配とな。
どこかで会った事あったかね、こんな怪しげなお姉さん。
「アイテムパック持ちですわよね? その中になにか最近不思議なものをいれませんでしたか?」
「ん? 気配ってこの中からなのか?」
「ええ。少々気になるものが」
ステータス画面をハッキングしてみたり、こっちのアイテムパックの中の気配を読んでみたりと、本当に規格外すぎるだろこの人。
ともあれ、最近手に入れたものというと……一番最近アイテムパックにいれたあれのことだろうか?
俺はそれを実体化させ、彼女へと差し出す。
「ほらこれ。リブロースサンドのバーベキューソース味だ。今朝入れたばかりで夜食にしようと思ったんだが……」
「そうそうこれこれ、この懐かしい香りが……って違いますわ!」
「ナイスノリツッコミ。じゃあ返してくれ」
「あむ」
「ああ!?」
なんということでしょう。
冗談で渡しただけなのにこの人大口開けてかぶりつきやがりましたよ!
しかも、意味ありげに顔を隠していたベールをあっさり脱いで!
「……久々の食事は美味しいですわね」
「なーんで食べちゃうんですかね」
「私にくれたのでしょう? ふふ、ごちそうさまでした」
合掌しながらぺこりと頭を下げられてしまうと、さすがにもうなにも言い返せない。
ふむ、しかしベールを外したその面差し、どことなくレイスに似ているな。
髪の色はほぼ同じで、瞳の色だけがレイスとは違い、髪と同様の紫色。
なんというか、外見だけでなく、身にまとう雰囲気も似ている。
そういえば、認めたくはないがあの首絞め愛好家も、どことなくリュエに似た風だったし、リシャルさんも少し俺に似ている。
ふむ、ここでレイスに似ている人も出てくるか。
三人揃えてニセぼんぼん一行なんてどうだろう。
「至極どうでもいいことを考えていそうな顔をしていますわね?」
「ん、正解。で、懐かしい気配ってのはこれのことかい?」
話を戻し、俺はアイテムパックから先日の鎧を取り出す。
なんと骨組みも一緒に頂いたので、自立させて飾ることも出来ちゃうんですよ。
もしも将来お屋敷でも手に入れたらこいつを飾ってやろうか。
「……やはりこれでしたのね」
「これ神話の時代の産物らしいが、これが懐かしいと申すか」
「前から言っていましたわよね? 錬金術の神様だと」
「ふむ……どうもイマイチよく分からない」
神話っていうのは、つまり大昔の出来事という解釈でいいのだろうか?
俺の神話のイメージというのは、どこまでいっても創作や、宗教的な逸話のようなものだ。
だから、いまいちこの世界の神話や神様というのが、具体的にどのようなものを指すのかピンとこない。
「ふふ、貴方達の言葉を借りるなら、神隷期よりもさらに昔の時代、ですわね」
「……へぇ」
神隷期の前となると……ゲーム時代よりもさらに昔ってことになる。
そうなってくると、色々と大前提が狂ってくる。
それはすなわち、この世界は元々ゲームではなく、世界として成り立っていたって事になるのだから。
そしてその世界を、俺達はゲームとして遊んでいたということになる。
まぁ、俺ももうこの世界がゲームだとは思っていないし、むしろあのゲームこそがイレギュラーだったのでは? と思っているのだが。
だがそうなると、俺たちがプレイしていたゲーム『グランディアシード』とは一体なんだったのか。
「貴方、神隷期の方でしょう?」
「わかるのか?」
「ええ。この世界の理から少々外れていますもの」
「理と言われてもピンとこないが、たぶん違う部分はあるだろうな」
「ふふ、神隷期の人間と話すのは初めてですからね、とてもいい退屈しのぎになりそうだと思いません?」
「あまり面白い話なんてないぞ? それに少ししたら戻らなくちゃいけない」
「待ち合わせですわよね? ええと……この方ですか」
すると、彼女は虚空へと手をかざし、その瞬間その場所にモニターのような四角い画面が現れた。
そこに映し出されているのは、今まさに訓練を受けているリュエの姿。
……さすがこの場所を支配しているだけはあるな。
「なんでもありだな」
「この方が訓練を終えるまで、お付き合い頂けますか?」
「……断ったらリュエになにかする気か?」
なんでも出来るのなら。
先日、俺の訓練に横槍を入れ内容を変化させた彼女の事だ、それくらい可能だろう。
もっとも、あの程度の敵が現れたところでリュエがどうこうされるとは思えないが。
が、結果はどうあれ手を出したという事実が問題だ。
それは俺の逆鱗に触れる行為だ。
「別にそんなつもりはありませんわ。先日の事でしたら、改めて謝罪致します」
「紛らわしい事はしないでくれよ」
「ふふ、でもこうやって見守りながら時間を潰すのって楽しくありません?」
そう言われ映しだされている彼女を見る。
む、丁度迷宮ゾーンに入ったな。
明らかに同じどころをぐるぐる回ってる。
「……かわいいですわね」
「だろう? ああ……引き返したのにまたぐるぐる回ってる」
「……迷路の難易度が高すぎたのかしら……」
「いや適正だろう。うちの子が苦手なだけだ」
うん、この娘さんのおもしろ行動を見ながら時間を潰すのもいいだろう。
(´・ω...:.;::..きえていく