百六十二話
(´・ω・`)おまたせ
「ちょっと聞いてるの? さっきからずっと上の空じゃないの」
「あー……悪い、まだちょっと頭が混乱していて」
「気がついたら店の前にいたって話? なに貴方、夢遊病かなにかなの?」
「どちらかというと白昼夢のような気もしてくるんだが」
パンケーキ屋の中、どうやら営業中ではないらしく、ひと気のない客席に座らせられパンケーキを食べさせられていた。
だがそんな最中でも、先程の体験がなんだったのか、ただそればかりを考える。
……夢、ではないな。アイテムパックの中に、先ほど入手した鎧も入っている。
最後におじさんは『縁があったらまた会える』そう言った。
ふむ……なら、きっとあの場所はそういう場所、という事なのだろう。
いやはや、まさか本当に不思議な場所に繋がっていたとはね。
「ふぅ、いや悪いな。で、試食してみた結果だが……やっぱりドングリ一本でやっていくつもりなのか?」
「そうよ。もう私はプライドを曲げたりしない、どんな方法でも、この素材を使ってやっていくつもりよ」
「ふむ、だったらドングリの品種ごとにアク抜き期間をずらして何種類も製粉しな。たぶん一つくらい最高の組み合わせがあるだろうさ」
「随分と簡単に言ってくれるわね……」
「他人事だし、そもそも俺は冒険者だからね?」
店主がやや不貞腐れたように頬杖をつき、恨めしそうにこちらを睨む。
へへへ、美人に睨まれても恐くもなんとも……嘘ですちょっと恐いので歯ぎしりしないでください。
「本当に……どうして冒険者なのよ……悔しすぎるじゃないの」
「……まぁ、冒険者になる前は料理の道で食ってたよ。素人に負けたってわけじゃないんだ、そう悔しそうにするなよ」
「あら、そうなの? なんでまた命の危険を晒すような道を選んだのよ」
「まぁ色々あるんだよ俺にも」
「ふーん。まぁいいわ。そうね、かなり手間だけど、この近辺で採れる品種ごとにいろいろ試してみるわ」
「あえて風味と苦味が残る程度にアク抜きしたり、途中でやめたものを炒ってみたり、はたまた小麦粉との比率を変えてみたり。いやぁ一体何百通りになるんですかね」
「や、やめなさいよ! 今から気が滅入ってくる……」
大げさ……ではないな、本当に気が滅入ってきたのか、額に手を当て頭を振る店主。
まぁ新しい分野に手を出す時は、誰だってトライアンドエラーでぶち当たるしかないからね、頑張ってくれたまえ。
……まぁ品種と製粉、アク抜きについてはある程度目処がたってるんですけどね俺は。コーヒー作ったくらいだし。
「ははは。じゃあ楽しみにしてるぞ店主さん。ちなみにさっき食べたパンケーキは、今まで食べた中では一番うまかった」
「……どうして最後にそういう事言うのよ」
いやはや、甘いものも食べてようやく頭の混乱も落ち着いてきましたよ。
本当、たまには一人で出かけるのもいいもんだ。
俺は最後にパンケーキのお礼にと、ドングリコーヒー用に炒ったドングリチップをカウンターにこっそり置いて店を去るのだった。
さぁ、それをどう使うかは君次第だ。
「さてと、結構いい時間だな」
店を出てそのまま帰路につき、そして到着する頃には日が傾き始めていた。
やっぱりこれくらい距離があるはずなんだよ。一体あの工房はどういう方法であっという間に俺を反対側の通りまで運んだのか。
本日もギルドは人が溢れており、おそらく街の中の依頼を終えたのであろう冒険者が疲れた顔でカウンターに並んでいる。
交通整備ご苦労様ですみなさん。
そんなカウンターの中でも、魔物の部位や採取依頼の物品買取所は一際人の数が多く、今も様々な様相の人間が列を成していた。
この大陸は魔物の数が少なく、当然討伐依頼も少ない。
だが採取依頼で必要とされる貴重な植物は、この大陸の豊かさを象徴するように少し僻地へと向かえば大量に自生している。
が、その僻地に向かうのが中々に手間であり、以前アルヴィースの街でも、代わりに子供を採りに行かせる、なんて事が起こっていた。
今並んでいる人間も、冒険者だけではなくちょっとしたお小遣い稼ぎをかねた住人の姿が目立ち、その中にはあの大きな麦藁帽子をかぶった少女の姿もある。
うむうむ、あの太陽少女も無事に今日の糧を得られたようでなによりだ。
そうして周囲の様子を眺めながら自室へと向かうべく昇降機へ向かっていると、背後から何者かが駆け寄ってくる足音がした。
何事かと振り向くと、そこには肩で息をしているギルド職員の姿が。
「カ、カイ様ですね!? すみません、大至急ギルド裏手の魔物舎へ来て頂けませんか! お預かりしていた魔物が!」
息も絶え絶えといったその形相に、ただ事ではない予感がする。
返事もそこそこに、魔物舎――我が家のドラゴン、ケーニッヒの元へと全速力で向かうのだった。
ギルドの裏手。
初日に魔車を留めた場所のほど近くに、それはあった。
大きな馬小屋のような建物が見えてきたのだが、その手前に大勢の人が詰め寄り、それをギルドの職員がバリケードのように並び押しとどめている。
まるで、大きな事故現場に殺到する野次馬のようなその有様に、なにがあったのかと近くにいた冒険者に声をかけてみる。
すると――
「少し前に空から馬鹿でかいドラゴンが落ちてきたんだよ! そんで一目見ようとしてんだけど、ギルドが封鎖しちまってんだ」
……間違いない、ケーニッヒだ。
野次馬を掻き分け、後ろから追いついてきた職員と共に封鎖している職員に話を通し、魔物舎前の広場へと向かう。
するとそこには、巨大な、以前よりも二回りは大きく成長した我が家の愛竜ケーニッヒが、全身から血を滲ませて横たわっていた。
地面に血が染み込み赤黒く変色し、今も体表から泡だった血液が漏れ出している。
鼻に、いや全身に纏わりつくような鉄分の臭いが充満しているが、構うものか。
まるで湿地帯のようになってしまっている芝生を、俺は服が汚れるのも無視してかけより、ケーニッヒの頭部へと向かう。
「カイくん! た、たいへんなんだ、ケーニッヒが!」
「突然この姿で墜落してきたそうです……私たちではこの子の意思が分からなくて、先ほどからリュエが治癒魔導を……」
瞳を閉じ、苦しそうな水音交じりの呼吸を繰り返す頭部のすぐ傍には、俺同様に呼び出されたレイスとリュエの姿もある。
今にも泣きそうな顔で必死に魔導を発動し続けるリュエと、一生懸命ケーニッヒの身体に何かの術式を発動させているレイス。
その姿を見て、俺もすぐさま奪命剣にアビリティをセットする。
【ウェポンアビリティ】
[生命力極限強化]
[回復効果範囲化]
[コンバートMP]
契約した魔物は、契約相手から魔力を貰いそれを糧とする。
ならば、HPだけでなくMPも与え続けなければならないだろう。
すぐさまその回復効果内にケーニッヒが含まれる。が、それでも劇的に状態が好転するということはなかった。
そのまま、三人でただケーニッヒが一命を取り留めるまで、その場でただ待ち続ける。
「二人とも、来た時にはもうこの状態だったのか?」
「うん……急いできてみたんだけど、もうこの状態で……レイスが回りに散っていく魔力と血液を再生してケーニッヒに戻してくれたんだけど、それでもダメで……」
「リュエが魔導を使い始めて、ようやく流れる血の勢いも収まりましたが……この子は、大丈夫ですよね? この子は、私を助けに来てくれたもう一人の恩人でもあります……大丈夫ですよね……」
「ああ、契約者である俺が来た以上、みすみす死なせはしない」
そうだ。ケーニッヒはアルヴィースの街で、俺の指示に完全な形で応え、そして決戦の日に最高の形で現れてくれた。
すべての竜を傘下に収め、アーカムの奥の手を封じ上空に現れた時のこいつが、どんなに頼もしかった事か。
思えば、レイスはケーニッヒの名付け親でもある。思い入れも一入のはずだ。
[簒奪者の証(闘)]
アビリティをさらに一つ追加し、回復速度を上乗せする。
先ほどから俺自身も魔力を送るように意識し、ひたすら目覚めの瞬間を待ち続ける。
気がつけば、周囲のざわめきが収まっていた。
恐らくギルド側が人払いをしてくれたのだろう。
そのまま、浅い呼吸を繰り返すケーニッヒに付き添う。
徐々に周囲が暗くなってくる中、ついにリュエが待望の声を上げた。
「カイくん、回復魔導の効きが少し上がってきた! 峠を越えたんだよ!」
「本当か!」
急ぎ[詳細鑑定]を追加し、ケーニッヒの状態を確認する。
そこに映し出されたのは――
【Name】ケーニッヒ
【種族】魔神龍←New
【レベル】233←New
【称号】天空の覇王←New
最強の翼←New
……なんかまたこの子強くなってるんだけど。
種族名からレベル、そして称号まで手に入れちゃってるんだけど。
いや、確かに気になるが今は体力の確認が先だ。
すぐさま現在のHPを表示する。
「……大丈夫だ。ゆっくりだけど回復していってる」
本当にゆっくり、一ずつ増えていくHPに、ようやく安堵の息を漏らす。
その様子に、二人ももう大丈夫なのだと確信を持てたのか、大きく息を吐き出した。
なかでもレイスは、今にも抱きつきそうな様子でケーニッヒへと語りかける。
「よく、頑張りましたね! もう大丈夫ですからね……お父さんがきてくれましたからね……」
「俺が父親にされている件」
そんなやり取りを眺めながらも、改めて肩の力を抜きその場に座り込む。
はは、地面がビショビショなの忘れてたな。
血まみれになってしまった自分の体を眺めながらも、安堵の息を吐きながら空を見上げる。
もうすっかり星が出てるな。随分と長い間こうしていたのか。
するとその時、久しぶりに脳内に声が直接届いてきた。
『命を……助けて頂き……』
「気がついたか」
『なんと感謝を……礼の限りを尽くしても……足りないほどの……』
たどたどしい言葉遣いに、まだ本調子ではない事を知る。
だがそれでも、聞かなくてはならない。
いったいなにがあったのかを。
一体どこのどいつが、こんな目にあわせたのかを。
「なにがあった、ケーニッヒ。お前がここまでの怪我を負うなんて」
『不覚を……高く、ただ高く、天空の果てにて、強き者と』
「空高くになにか魔物がいたのか……」
『尾喰らい、翼折られ。それでも、私は勝利を……主よ』
「ああ、そうだろうとも。よく戦ったな」
なるほど、しっかりと落とし前はつけさせたのか。それでこそ我が家のドラゴン様だ。
しかしまさか、ケーニッヒをここまで追い詰める相手が、まだこの大陸の天空に住んでいたというのか……。
だがそれでも、その相手に勝利したと言う。
満身創痍……いや、俺が間に合わなければ後を追う形になっていたかもしれない。
それほどまでの相手……だが、それを撃破したからか、またケーニッヒは力を増したようだった。
色々聞きたい事もあるが、今は休ませなければいけない。
「ケーニッヒ、俺の魔力を使って小さくなれないか? 出来るだけ安静にしていてほしい」
『……御意』
グッと魔力、MPを吸い取られる感覚を味わいながら、ケーニッヒが光につつまれる様子を見守る。
すると、無事に最初の、まだ大きめの馬くらいの大きさだった頃の姿に戻り、ゆっくりと起き上がる。
手綱を引くように、横に付き添うようにして魔物舎へと一緒に向かう。
すると、魔物舎の中で休憩していた他の魔物たちが一斉に起き上がり、そして一様に頭を垂れ始めた。
まるで、主が屋敷に帰還したかのようなその様子に、ついケーニッヒの顔を凝視してしまった。
『私は主の翼……他者を配下に置くのは……必然』
「……凄いな、お前」
魔物の王という意味では、本当にもう魔王じゃないんですか君。
俺は魔物舎の最奥、一際大きい馬房……魔房? にケーニッヒを連れて行き、目を閉じ休むのを見届けてから外へと戻る。
すると、二人が心配そうにこちらを見ながら待っていた。
「もう、大丈夫なんですか?」
「ああ、もう問題ない。今は奥で眠っているよ」
「カイくん、ケーニッヒはなんて言っていたんだい? 誰にいじめられていたんだい?」
「空の上で強い魔物と戦ったらしい。自分でもう倒したらしいから、少し落ち着きな」
珍しくギラついた目をしていたリュエを宥めながら、二人にケーニッヒの言葉を伝える。
すると、ようやく二人も肩の荷が降りたかのように一息ついたのだった。
(´・ω...:.;::..