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百六十一話

((´゜ω。`))

 さて、鎧を選ぶにしても、正直ここまで大げさな、とんでもないものを手に入れる事になるとは露にも思っていなかったわけで。

 こうして防具が並べられた一角を見ていても、恐れ多いような、ただの変装の道具にするにはもったいない一品ばかりが取り揃えられている。

 中でも目を引くのが、最初に見かけた白い鎧だ。

 胸を覆うボディアーマーと、両腕を覆うアームガードという三点セット。

 下半身部分が見当たらないが、これはそういうものなのだろうか?


「ああ、あんちゃん。武具は自由に手にとって構わんぞ。ここにあるのは触れられた、落とした、なんて程度でどうこうなるもんじゃないからな」

「あ、分かりました」


 なるほど、凄い自信だ。

 俺は目の前の白い鎧を手に取る。

 すると、見かけよりも遥かに軽く、そしてどこかあたたかみのあるつるりとした手触りに驚く。

 まるで陶磁器のような、透明感のある白。

 かつてはなにか紋様が描かれていたのか、うっすらと青い跡が見える。

 ふむ……もしかしてこれ、色こそ違うが漆塗りかなにかなのか?


「やっぱり最初はそいつに目をつけたか。こいつは他のものとは一味違ってな? 元々神域の装具だったんだ」

「え、じゃあこれそんな大昔のものなんですか? 全然そうは見えませんよ」


 なんでも鑑定してくれるTV番組に持って行っても追い返されてしまうのでは?

 そういうレベルで新品同様ですよこれ。


「かつては装備者の魔力に呼応して防壁を発生させる効果があったようだが、今ではその効力も消えてな。今じゃ軽い割に頑丈な鎧ってだけになっちまった」

「へぇ……かなり特殊な作られ方をしているんですかね」


 その鎧を元の位置に戻し、次へと向かう。

 いやぁ、だって全身隠せないんですもの。色が白いんですもの。

 理想としては全身を覆うプレートアーマー。出来れば細身のマクシミリアン様式みたいな。

 いいよね、騎士鎧。ゲーム時代もそういう方面で装備を整えていたんですけどね? ぐ~にゃがあのコートを作ったから……。

 あれ? 思えば俺が魔王になったのってあいつの所為じゃ? 俺が中二病ぶり返して拗らせたのも本を正せば……。

 そんな責任転嫁をしつつ、次の鎧へと移る。

 あ、ダメだこれビキニアーマーだこれ。

 俺が装備したら一発で逮捕される奴だこれ。


「そいつは大昔、他所の国から伝わったものでな。当時騎士姫と呼ばれた――」

「なんかそれ聞いちゃうとよこしまな感情で買いそうになるので結構です」

「だな。ちなみに同じ理由で欲しがった人間も過去にいたそうだ」


 ブルセラ(死語)ですね、わかります。

 しかしこうして見ると、鎧と一言で言っても膨大な種類があるものだ。

 和風な鎧甲冑から、西洋式甲冑、スケイルアーマーからレーザーアーマーまで取り揃えられている。

 いずれも、なにか特別な素材でも使われているのか、はたまた製作者の魂でも籠められているのか、艶めかしい生命の脈動を感じる。

 そうやって一つ一つ吟味していると、奥の方に俺が探していたプレートアーマーが立たされていた。

 どこぞの狂戦士のような黒鉄の、鈍い輝きを放つそれに興味を惹かれ、やや奥にあったそれを手前へと運びだす。

 だが取り出して初めて分かったのだが、胸元に大きな修復痕が見て取れた。

 まるで、剣か何かで貫かれたかのような穴を塞いだ痕が。

 ……絶対これ中の人死んだろ。それを修復した鎧とか、曰くつき間違いなしじゃないですか。

 が、そういうものに惹かれちゃうのが中二病こじらせた魔王クオリティー。

 手にとってもいいのなら、ちょいと一瞬アイテムボックスに入れても問題ないでしょう?


『宿命勝者の鎧』

 旧世界の遺産 製作者 ※※※・※※※※※

 宿命を超え世界を人の手に委ねた古の神の躯。


【アビリティ】

 なし


 なんぞこれ。

 またしても登場した『旧世界の遺産』シリーズ。こう何度も登場されると、そのフレーズが気になるのが人情というもの。

 旧世界とはゲーム時代の事ではないのだろうか? さすがに、こんな鎧をゲーム時代の俺が見逃していたとは思えない。

 だって黒い甲冑だよ? 俺が持ってないわけないでしょうよ。

 俺は鎧を取り出して、おじさんにこの鎧の来歴を聞いてみるべく声をかける。

 どうやら装備品の手入れ中だったらしく、先程見せてもらった赤い剣を磨いていた手を止めてこちらに向き直る。


「む? そういえばまだ残っていたか。そいつは恐らく、歴史だけみればこの倉庫の中じゃ最古の部類だろうな」

「これもなにか特別な来歴があったりするんですかね?」

「んむ、それはセカンダリア大陸で発見された、神域の装具……に貫かれたと言われている鎧でな? なんでも、神話に出てくる有名な剣の一撃で、この鎧の持ち主は死んだといわれている」

「神話なのに実物が残っているとはこれいかに」

「まぁ、眉唾ものだな。しかしまぁ、神話っての実際に起きた事が変化したものだって説もある、あながち本当にその鎧なのかもな」


 説明文から察するに、おそらく本物だとは思うのだが。

 で、肝心の性能はどうなのだろうか?

 実際の性能を確認する前に取り出してしまったよ、つい。

 正直、外見だけならばドストライクなんですよね。

 この修復痕といい、細かな傷といい、いかにも歴戦をくぐり抜けてきた感があるじゃないですか。

 いいね、古ければ古いほど良いってわけではないが、こういう古さはブランドや豪華な装飾にも劣らない価値があると思うんですよ。


「で、あんちゃんはこいつを奥から引っ張りだしてきたのか?」

「ええ、ちょっと気になって」

「ふむ、ならそれをやろう」


 突然のプレゼント宣言に驚き、疑問の声を上げる。

 欲しいけど、すごく欲しいけど、なぜ急にそんな事を言うのだろうか?


「そもそも、普通は動かす事も出来んぞ、重すぎて」

「……そういえば結構重かったですね」

「あんちゃん、床見てみろ」


 おじさんに促され下を見ると、あの鎧が置いてあった場所だけ鉄板で補強されていた。

 つまり、床が傷んでしまうほどの重量だと。


「そいつを着て動ける人間なんざ俺は知らん。それにその大きさだ、細身の人間でなきゃ着る事も出来んだろうよ」

「どれどれ……」


 鎧をつけるのは初めてだが、一人で装着するのはなかなか難しく、おじさんに手伝ってもらう。

 まるで測ったかのようにぴったりとフィットするグリーブとガントレット、そしてアーマー部分。

 両肩に重さが加わるが、ちょっと重めのリュックを背負った程度で動きを阻害する程でもない。

 うん、たしかに俺なら問題ないな。


「で、最後にこのヘルムを被れば完成だ」

「フルフェイスなのに視界があまり狭くならないですね、これ」


 最後に手渡されたヘルムは、やや刺々しい、まるで竜の頭をモチーフにしたかのようなデザインをしていた。

 やだ、カッコいい。


「ほう、そうなのか。今までだれも着たがらなかったからな、初めて知ったぞ」

「ムチ打ち待ったなしですよね」

「ん? なんでムチで打たれるんだ?」

「……いや、なんでもないです」


 頚椎捻挫の事です。俗称でしたねムチ打ちって。

 ヘルム被ったらムチ打ちの刑とか、ちょっと意味分からないです。


 俺は鎧を着たまま、軽く飛び跳ねてみたり屈伸運動をしてみる。

 長い間しまわれていたにも拘わらず、変な歪みや軋みもなく、金属の擦れる音をさせながら滑らかに関節部が稼働する。

 ガントレットの指部分も、気が遠くなるくらい大量のパーツを組み合わせた蛇腹になっており、変な表現だがヌルヌルと動いてくれる。

 気に入った、気に入ったぞ、思わずこの格好のまま外に繰り出したいくらいだ。


「おいおい、あまり動かんでくれ。床が抜けてしまう」

「あ、すみません。俺、これ気に入りました。お値段はおいくらでしょう?」

「値段か……正直陽の目を見るのなら、そしてその鎧が戦う姿が見られるのなら結構だと言いたいところだが……あんちゃんは納得せんだろうな」

「対価は払うべき。満足度をそのまま金額にして差し出したい気持ちでいっぱいでございます」

「クハハ、本当におかしなあんちゃんだな。じゃあその気持ちの分だけもらっておこうか」


 一ルクス硬貨を叩きつけて颯爽と立ち去るクズ野郎。

 なんて事はしませんとも。

 この鎧、装備して性能を見たところ、やはりその重量だけあって防御力が並外れている。

 具体的に言うと魔王装備一式を十倍にしても追いつけないような。

 まぁ魔王装備の防御力が紙なだけなんですけどね。

 だが、この外見と重量は素晴らしい。

 重さはそのまま力となるんですよ。

 これで訓練でもしたら、筋力が増えたりもするんじゃないでしょうか?

 まぁ大会に出場する時までお蔵入りなわけですが。


「じゃあこれどうぞ」


 俺はアイテムパックから金貨の詰まった布袋を取り出しおじさんに手渡す。

 すると、想定外の重さに取り落としてしまい、ズシンと床にめり込んだ。

 そういえば金って比重かなり重かったですよね、まさに重さは力。

 金の力、恐るべし。


「ああ……また床を補修せんといかん……こんな大金、本当にいいのか?」

「その補修代もこみこみでお願いします」

「これだけあれば表の工房の補修も全部まかなえるわい……本当にいいのか? 本当に?」

「構わんのです。ちょっといい買い物出来てこのまま街に繰り出したいくらいです」

「はっはっは、さぞや威圧的だろうよ。ふむ、さすがにこの金額はもらいすぎかもしれんが……そうだな、なにかおまけが必要だな、工房に戻るとしようか」


 金額が金額だけに、ありがたくそのご厚意に甘えさせてもらうことに。

 いやぁ、魔結晶売ったお金がたんまりあるのですよ。

 なんだかんだで、旅の道具と食費、そしてこの街では使っていないが、宿泊費くらいしか普段出費がない。

 思えば、まだソルトバーグでの取引(恐喝)でたんまり手に入れたお金もほぼ手付かずなんですよね。

 リュエやレイスにも分割して渡してあるのだが、それでも相当な額が今もギルドの口座に残っている。


「了解、行きましょう」

「さすがに脱いでもらうぞ? あちこちガタがきているんだ、踏み抜かれてはかなわん」


 そして後ろ髪引かれる思いで鎧を外しながら、蔵を後にするのだった。




「さて、もう気がついているだろうが、俺はこれでも鍛冶の腕は一流の部類だと自負している。そこで、お前さんの装備を万全な状態に整えるというのはどうだ?」

「いやぁ、それが普段使っている装備って安物なので、正直自分で手入れするだけで十分なんですよ」

「ふむ、白銀持ちなのにか。では武器はどうだ? あんちゃん、見たところアイテム収納が可能な人間のようだが、汚れは落とせても消耗は回復せんだろう?」

「実は武器も魔術で生み出したものを使ってたり」


 そう言いながら闇魔術の剣を取り出し振るって見せる。

 いや本当すみません仕事奪うような事ばかり言って。


「ふむ……だがあんちゃん、それは本来の得物じゃないだろう?」

「あれ? どうしてまた」

「体つきと今の素振りで大体分かるぞ? これでもプロだからな」

「……御見逸れしました」


 やはり本職、それも武器を作る側の人間には分かってしまうものなのだろうか?

 だが、俺がこの世界に来て剣を振った時間なんて、素振りを含めても一年ちょっとだ。

 ……もしかしてこの身体に最初からその痕跡が染み付いていたのだろうか?

 ううむ、謎だな。


「ほら、本来の得物を出してみろ。恐らく槍や戦斧、長剣の類だろう?」

「正解です」


 俺は観念し、奪命剣を取り出す。

 いやぁ、ちょっと人前に出すには禍々しい気もしますがね、自慢の子なんですよ。

 相変わらず刀身には葉脈のような模様が浮かび上がり、うっすらと血がにじむように赤みがかっていますが。

 そして案の定、俺が剣を取り出すと、おじさんは目を見開き、ゴクリと喉を鳴らす。


「こいつは……あんちゃん、これを使ってなんともなかったのか?」

「ええ、問題ありませんよ」

「俺も、この道が長いが、ここまで汚染された剣なんて見たことがねぇぞ……本質はそうでもないが、あまりにも外に邪念の類がこびりついてやがる」

「あー……思い当たる節が」


 思えば、マインズバレーの廃鉱山の最深部であの呪物、もとい生け贄にされた人間を消滅させたのがキッカケだった。

 そしてあれは、周囲の怨念を取り込み、さらに殺して呪いを濃くする力を持っていた。

 もしもその特性までもが俺の剣に引き継がれていたとしたら……この剣で奪った命もまた、怨念として吸い込まれていてもおかしくないと。

 ちょっと教会どこ? お布施して解呪してもらわないと。

 そのうち装備から外れなくなるんじゃないんですかねこれ。


「ふむ、このまま使っても問題ないようならいいんだが、そのうち周囲に災厄を呼びこみかねんぞ? 俺ならこいつをなんとかしてやれるが、どうする?」

「さすがに周囲に災いってのは勘弁して欲しいですね、お願いします」

「よしきた、そんじゃ見とけよ、俺の絶技を」


 彼は俺の言葉を聞くと、すぐさま剣を巨大な金床に設置し、壁にかけられていた巨大なハンマーを取り出した。

 いや待って、まだ炉に火も入れてなければ準備もなにもしてないですよね!?

 だが止める間もなく、その巨大な鎚を熱してもいない剣の根本へと振り下ろす。

 その瞬間、ガキンと鈍い金属音が耳に突き刺さり、キーンとした耳鳴りで周囲の音が聞き取れなくなる。

 唾を呑んだり目を強くつむり、ようやく音を取り戻した頃には、豪快な笑いを上げるおじさんが剣を差し出してくることころだった。


「ほらよ、根本に刻印をしておいたぜ。これで溜まった汚れが流れていくから暫く外に出しておくといい」

「え? 今ので終わりなんですか?」


 今の鎚はスタンプかなにかだったのだろうか?

 たしかに刀身の根本に、小さな文字の形の凹みが出来ていた。

 いや、この剣って龍神の封印ぶった切った剣ですよ、なんで変形させられるんですかおじさん。


「ここまでの抵抗、初めてだぜ。とんでもねぇ業物……最盛状態の神域の装具もこんな感じなのかね?」

「とりあえずおじさんがそんな業物にすら対応出来る化物だって事は分かりました」

「クハハ、違いない! ほれ見てみろ、赤い部分が抜けていってるだろう?」


 見ると、確かに刀身の刃の部分が本来の輝きを取り戻し始めていた。

 最初の姿、奪剣とよく似た、けれども葉脈の模様が刻まれた状態。

 どうやらあの赤が汚れだったようだ。

 あれはあれで禍々しくて嫌いじゃなかったのだが、仕方ないだろう。

 それにしても、もしあのまま剣を使っていたらどうなっていたのだろうか?

 この剣の力は俺自身が誰よりも知っている。

 ゲーム時代とはいえ、初代七星のすべての力を奪い、そしてこちらに来てからも龍神を葬りその力を奪い去った剣。

 捉え方を変えれば、その強大な存在の力を全て飲み込んでしまうほどの、とてつもない力を秘めている一振りだ。

 深く考えれば考えるほど、その恐ろしさが身にしみて伝わってくる。

 ……今日ここに来られたのは、もしかしたらちょっと運が良かった、なんて次元の話じゃないのかもしれない。


「おじさん、本当に有難うございました」

「いいって事よ! こんな業物、人生のうちそう何度もお目にかかれるものじゃねぇからな……こちらこそありがとうよ」


 そう言っておじさんは白い歯を見せて嬉しそうに笑う。

 俺も、変装に使える鎧も手に入ったことだし、こうして転ばぬ先の杖として浄化を済ますことも出来た。

 やっぱりロマンを求めて路地裏に入ってよかった。ビバ中二病。


「クハハ、本当にいい思い出になった……まさかこのクラスの剣を人生で三度も見られるとは」

「む、うちの子に匹敵する剣を見たことがあると?」

「クハハ、こう見えても俺は長生きでな、創世期の人間ってやつなんだ。どうだ、驚いたか」


 創世期の人間……つまり、リュエが戦っていた時代と同じ時を過ごした人間だと。

 おじさんの耳は一般的なヒューマンと同じもの。それでも寿命が尽きることなく生きているとなると……彼もまた、リュエのようにプレイヤーが昔操作していたキャラクターなのだろうか?

 オインク曰く、創世期を生きた人間はそれなりにいるらしい。

 もしかしたら、アーカムもまたそうだったのかもしれない。

 やつもまた、魔族という種族を差し引いても、あまりに巨大な力を、そして若さを保っていたように思える。

 俺と同じ境遇ではない、元プレイヤーキャラクター、またはそのサブキャラクター。

 それが創世期から今もなお生き続ける、寿命無き人間の正体、ということなのだろうか。


「大昔、エンドレシアにも住んでいた時期があってな。あそこは良質の素材が多く、当時はまだモノ作りが好きな魔族や、研究熱心なエルフが大勢いたんだ」

「へぇ、じゃあその時代に見たんですか」

「おう。エルフの連中がな、膨大な時を、永劫の時を刻み続ける、時間を超越した剣って考えで一振りの剣を作ったんだ。まぁ風化せずに折れない、どんな魔力にも耐えられるって点だけを突き詰めただけで性能は大した事なかったんだが」

「へぇ、なんでまたそんな剣を作ったんですかね」

「俺にはよく分からん。だが、それを楔にするだとかなんとか言っていたのを覚えている。まるでガラスのように透き通った剣だったのを覚えているぜ」


 ふぅむ……もしかしてリュエが今使っている武器の原型だろうか?

 あれは説明文を読む限り、リュエと龍神の魔力により変質したようだし。

 なんとも世間は狭いというかなんというか。

 もしリュエの剣を見せたらどんな反応を見せてくれるのだろうか?


「もう一振りは、サーディスで見たな。今でこそここに腰を据えているが、昔は貴重な武器を探してあっちこっち渡り歩いたもんだ」

「実は俺も今各地を旅しているんですよ。いいですよね、旅って」

「ああ、旅はいい。思いがけない出会いがあったりするもんだ」


 目を閉じ、在りし日を思い描くようにおじさんは上を向く。

 旅の醍醐味の一つとして、思い出し、その思い出の中で追体験をする、というものがある。

 それを、今味わっているのだろう。

 俺はまだ、旅を初めて間もない。まだその楽しみ方は早いんですよ、残念ながら。


「ありありと思い出せる。言っちゃなんだが、たぶんあの一振りはあんちゃんの剣よりも凄まじい力を秘めていたな」

「む? 聞き捨てなりませんな」


 さっき手渡した時は、念のため全てのアビリティを外していたんですよ!

 きっと最強の構成にしていればまた評価は変わったはずだ、うん。

 いいですか、俺は負けず嫌いなんです。

 うちの子一番、他二番なんです。


「サーディス大陸にいる、ある剣士の持つ剣がな、本物の、一切力を失っていない完全な状態の神域の装具だったんだ。いやはや……恐ろしいほどの輝きと風格を持っていた」

「それほどまで、ですか?」


 サーディスの剣士。

 ……まさかシュンじゃないだろうな。

 たしかあいつが使っていた剣は、刀型の片手半剣だったはずだ。

 あの剣もすさまじいレア度と性能を誇っていたが、彼の言う神域の装具とやらはゲーム時代の武器とも違うようだし、おそらくシュンの武器ではないだろう。

 まぁ新調した可能性もありますが。


「名前は聞かなかったが、まるで夜空のような色の刀身だった。本当に、吸い込まれてしまいそうになるくらいな」

「へぇ……サーディスに行ったら、もしかしたら見られるかもしれませんね」


 もし向こうで見つけることができたら、ちょっと欲しいな。

 そこまで言うのなら、恐らく相当な性能を誇っているのだろう。

 ……別に[悪食]先生に活躍してもらうつもりはないですよ? 本当ですよ?


「さてと、引き止めちまったな。これから俺は一仕事するから、あんちゃんは工房から出たほうが良い。いくらあの路地を通ってきたにしても、さすがにしんどいだろう」

「あ、そういえばここって本来どこから来る場所なんですか? 楽に帰ることが出来る道があればそこを通りたいんですけど」

「ん? なんだあんちゃん、本当にここがどこなのか分からないで来たのか? てっきりすっとぼけてるのかと思ったぜ」

「いやぁ、無知ですみません。工房から出たら他の道を探してみたらいいんですか?」

「クハハ、まぁそうだな、工房から出たらそれでいい。んじゃあ、またなあんちゃん! 縁があればまた会えるだろうさ」


 炉に火を入れながら別れを言うおじさんに最後にもう一度一礼し、工房の扉を開く。

 眩しいな、そんなにここ暗かったか?

 その強い光につい目を瞑ってしまい、手をかざしながら外へ出る。

 新鮮な空気を感じ、大きく息を吸う。


「……なんか妙にいい匂いがするな」


 新鮮というか香ばしいというか。

 まるで焼きたての菓子のような甘い香りを感じたところで、ようやく目が光に慣れる。

 ――そして、目の前に広がる光景に脳が混乱する。

 その混乱に拍車をかけるかの如く、さらに何者かの声がかけられる。


「人の店の前で突っ立って……どういうつもりかしら?」

「……あれ?」

「あれ、じゃないわよ。なによ、ギルドのテナントを追い出された私を笑いにきたのかしら?」


 目の前には、ドングリ印の看板を掲げたパンケーキの店。

 は? いやなんでこんなところに突然店が?

 慌てて振り返ると、そこには大通りがあるだけで、今も多くの馬車が行き交っている。

 ここは……レストランや菓子店が連なる通りだ。

 先程までいたハウリングロードとは都市の中央を挟んで反対側のはず……。


「なによ、そんな魂が抜けたような顔して」

「ああいや……案外そうなのかもしれない」

「ふん、おかしな人。まぁ丁度いいわ、ちょっと試食に付き合いなさい」


 ……レイニー・リネアリスの一件といい、想像以上に多くのものが潜んでいるんだな、この都市は。

 もしかしたらもう訪れることが出来ないかもしれない、そんな不思議な工房に思いを馳せながら、俺は不機嫌そうなパンケーキ屋の主人に続くのだった。

(´・ω・`)

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