百六十話
(´・ω...:.;::..
変装。装いを変え他の人間に成りすましたり、自分の姿を偽る事。
そう、俺が大会に出場出来ないのならば、まったくの別人として紛れ込めばいい話なんですよ。
幸い出場には身分証明書は必要なく、極端な話、犯罪者でも紛れ込む事が可能だ。
なんでも、過去に犯罪者が出場し好成績を修めた結果、仕官を条件に罪を許された、なんて話も残っているくらいだ。
もっとも、今の時代でそれをしようとするのなら、最低でもギルドの高ランクの人間を倒さなくてはならないため、実質不可能となっているそうだが。
「出来ればプレートアーマーかね、全身隠せるタイプの」
というわけで俺がやって来たのは、何気にこの都市に来てからまだ一度も足を踏み入れていない、工房や武具店が軒を連ねる大通り。
通称『ハウリングロード』と呼ばれており、その名の通り金属を叩く音が四六時中鳴り響いている事が由来だとか。
ちなみに、結局俺のランキングは再度挑んだ事により、現段階ではそれなりに満足出来る結果となった。
ここから更に何度も挑戦して記録を縮めていきたい気持ちもあるのだが、それをするのはまた今度だな。
ともあれ、俺は珍しく一人で出歩いていた。
レイスとリュエは、無事に今日Bランクをクリアし、明日にはAをクリアしてそのままSランク側に来る予定だそうだ。
二人は今日の分が終わった後も、先日教えた闇魔術の訓練をしようと熱心に取り組んでいた。
この分だと次の手合わせの際、相当な苦戦を強いられそうだ。
なお、今回は変装道具ということなので、二人には内緒で来ております。
たぶんね、我が家のお母さんことレイスが許さないと思うんです。
『ダメですよ、カイさん。めっ!』とかなんとか言われそうだ。
…………言われたい。が、ここはぐっと堪える。
そしてリュエを連れてきた場合も『私も真似がしたい』とおかしなことをしでかして、結果レイスにバレる。きっとそんな未来が待っているだろう。
しかしこうして一人で好きに出歩くのもたまには良いものだ。
どこを見ても武具を取り扱う商店や工房ばかりなのだが、こうしてじっくりと見て歩くと、その店ごとの特色というものも見えてくる。
普段女性がウィンドウショッピングを楽しむ理由も、今ならなんとなく理解出来る。
例えば今見つけたのは、ショウウィンドウにきらびやかな甲冑が展示され、店の看板にも美しい板金細工が施された、一見しただけで高級な、実戦よりも儀礼用、展示用の商品を扱っている店だと分かる。
他にも、機動性を重視し、最低限の金属部品を取り付けた軽戦士向けの店や、重厚な甲冑、巨大な大剣を展示した、パワーファイターや守りを重視する人間の店などなど。
こりゃ見て歩くだけでも一日潰せそうだ。
「人通りの少ない路地裏とか通りの外れの方に隠れた名店がある法則……は、さすがにないか」
ゲームだと定番ともいえる設定だが、仮にも商売だ、売るための努力を放棄している店にいいものがあるとは思えない。
ここは大人しく道行く人間が向かっている人気店に向かうべきかね? それとも、やっぱりロマンを求めて本当に路地裏にでも突入してみるか?
ううむ、迷うな。基本的に買い物は即決即断、候補に入れておいて他の店を見て回って比べる、なんて事はしない人間なんだよ俺は。
……しかしあれだな、ここは前の世界とは勝手が違うんだ、もしかしたら本当に掘り出し物があるかもしれない、か?
なによりも、今俺の目に映っている工房と工房の隙間、路地と呼ぶには細すぎるその薄暗い隙間が、俺を呼んでいるような気がする。
いやぁ、子供の頃よく街を探検していて、普段人が行かない、通れないような場所の先になにか不思議な場所があるのでは? なんて妄想をしたものです。
そして子供心を忘れない大人を自負しているぼんぼんさんは……。
「路地裏にはロマンがあるってじっちゃんが言っていた気がする」
いやじっちゃんと話したことなんてないんですけどね。
駄目でもともと、行くだけ行ってみましょうかね?
狭い道といっても、ゴミが溢れていたり落書きがされていたり、はたまた怪しげな人間がたむろしているなんて事もなく、普通に工房の資材などが転がっているだけの細い道。
どことなくノスタルジックな、どこか懐かしいような空気漂うボイラーや煙突が伸びたその道を、身を小さくして進んでいく。
幼いころ、好奇心のままに住宅地の隙間や様々な建物の裏へ潜り込んだ記憶を思い出しながら、あるかもわからない隠れた名店を探しひた進む。
熱気が篭もる路地をうっすらと汗をかきながら進んでいくこと数分、ようやく幾分路地が広くなり、風の通りが良いのか気温も下がる。
一瞬、ふらりと目眩をおこすも、壁に手をついてそれに耐える。
いやはや……そんなに気温が高かったのかね?
流れた汗を拭い周囲を見渡すと、どうやらこの辺りは店舗を兼ねた工房ではなく、完全に生産するためだけの工房が立ち並ぶ一帯のようだ。
看板もショーウィンドウもない、大小様々な規模の工房が立ち並び、耳を覆ってしまいたくなる程鉄を打つ音が反響している。
ふむ、これは商店を探すのは無理そうだな。
「けど、こういう場所っていいよな……なんだかこう、空気が違う」
何かを生み出す場所特有の、無機質なはずなのに生命の息吹を感じるような、そんな不思議な空気漂う空間。
少しだけ耳が痛いが、それさえ我慢してしまえば、とても居心地のいい場所のように感じる。
レンガや石で造られた建物に囲まれながら鉄の音を聞く。そんな通りを進んでいくと、休憩中なのか、首に手ぬぐいをかけた男性が井戸の水を組み上げていた。
すると向こうもこちらに気がついたようだが、とても驚いた顔をし、今組み上げた釣瓶を井戸に落っことしてしまった。
「な、なんだあんちゃん、どっから来たんだ!」
「休憩中申し訳ありません。少々道に迷ってしまいまして」
「迷ったって……それでここに来れるものかい」
「いやぁ、路地裏にでも行けば掘り出し物でも売っていないかなって」
「残念だがこの辺りはただの工房の集まりだ。見慣れない人間がいて驚いちまったよ」
もしや、本来別な場所から訪れる場所なのだろうか?
ふむ……もしかして許可が無いと入れない区画だったのかね?
「しかし路地からここまでって……あそこか……? 普通の人間なら途中で倒れてもおかしくないぞ?」
「あー、そういえばかなり暑かったですね、あの路地」
「暑いで済むもんかい。お前さん、相当なやり手だろ?」
「まぁそこそこやる方だと思います」
そういえば、寒暖の差で辛いなんて感じたことはあまりなかったな。
思えば、ナオ君達と火山に挑んだ時もそこまで暑さを感じなかった。
……唯一汗をかいたのは、火山の火口あたりだったような気がする。
今思えば、普通死にますよね、そんな場所に行けば。
つまり、俺が通ったあの細い路地は、途中から人が通行出来ないデットゾーンになっていたと。
いやぁかなり無理やり突き進んだしなぁ……途中で明らかに常人じゃ越えられないような柵とかもあったし。
内心ここってもう裏路地じゃなくて配管やら放熱やらのためのスペースなんじゃないかって疑ってたもん。
「ふむ、どんな武器が欲しいんだ? 店に出せないようなものも工房になら置いてある。技量うんぬん以前にあんちゃんは存在そのものが規格外に見える、もしかしたら丁度いい品もあるかもしれんぞ」
「え?」
「一般の店に置いてる品じゃあ満足出来ないからこんな場所まで来たんだろう? こっちも埃をかぶってた品が陽の目を見るかもしれねぇんだ、少しくらい融通利かすぜ」
なんと都合の良い。
だがなるほど、確かにこちらの能力はちょいと頭がおかしい事になっているし、一般の人間じゃあ使えない品も使えるかもしれない。
うーん、ロマンですな。出力を上げすぎて使い物にならないプロトタイプとか、初期ロット特有の壊れたスペックとか、大好物です。
俺は男性提案を受け、彼の工房へと向かうのだった。
井戸のすぐ側の大きな工房内へ入ると、炉の火が落とされてからまだ時間が経っていないのか、むわっとした猛烈な熱気が襲い掛かってくる。
これでもし火が入っていたらどうなるんだ? 暑さはともかく、こんな密室だと息苦しさが尋常じゃないと思うのだが。
内部を見渡すと、広さこそあれど、金床や道具の数からいって他の鍛冶職人がいる様子もなく、どうやらこの男性が一人で使っている場所のようだった。
傷や溶解痕の残る道具の数々に、煤で黒く変色した天井や壁。目に映るもの一つ一つが、この場所の歴史を、仕事ぶりを語っている。
いいものだな、やっぱりこういう場所は。
「さて、そんじゃあ武具庫の方へ行くが……その前にあんちゃんの名前はなんてんだ?」
「カイです。ちなみにこちらがギルドカードです」
「ふむ、やはり冒険者か……白銀持ちなのはなんとなく納得だが、初めて聞く名前だ」
「絶賛売り込み中なので、今なにか武具を安く売ってくれるといい宣伝になると思いますよ?」
露骨な値引き要求。
お金はあるんですけどね、半分冗談みたいなものです。
だが、どうやら彼のツボに入ったのか、少々厳しい表情を崩し声を上げ笑う。
「クハハハ、生憎だが宣伝の必要はないな! それで、あんちゃんはどんな武器が欲しいんだ?」
「ああいえ、俺はもう自前の武器があるので、今回は鎧、出来ればフルプレートのように全身顔まで隠すようなのが欲しいんですよ」
「ふむ、防具か。あんちゃん身長はいくつだ? 大体でいいぞ」
「一九◯程度ですね」
こればっかりははっきり覚えている。
キャラメイクの時にしっかり調整しましたから。
だがもし、この世界に来てから唐突に第三次成長期に入っていたら伸びているかもしれませんが。
レベルが一上がるごとに一ミリ伸びますとかなんとか。
……もしそうならニ◯センチは伸びてますね。
「ふむ、平均よりちょっと高い程度だな。だったら幾つかあったはずだ」
そう呟いた彼に続き工房の奥へと向かうと、建物の雰囲気が唐突に変わり始めた。
レンガ造りの壁が、いつのまにか白い石の壁に変わり、その表面には見慣れない文字が彫り込まれている。
これは魔法陣等に使われる文字だろうか? 残念ながらリュエ程の知識を持ち合わせていない俺には、これがなんなのか理解出来ない。
やがて、通路は工房の外へと続いていたようで、そのまま回廊のような、渡り廊下のような白い石の道を進んでいく。
するとその先に、道と同じ白い石で出来た倉庫のようなものが現れた。
建物の目の前までたどり着くと、その正面にある巨大な扉に思わず息を飲んでしまう。
真っ白な扉一面に、ビッシリと彫り込まれた小さな文字。
そのあまりの細かさと膨大な量に、ある種の狂気すら感じられる。
「ちょっと不気味ですね、この文字郡」
「ん? こりゃ驚いた、お前さんには見えているのか」
「え? ちょっとあまり脅かさないでくれます?」
「クハハ、普通はぼろ小屋と傷んだ木造の渡り廊下にしか見えんのさ。やっぱり白銀持ちともなるとこういう人間も紛れてるもんなんだなぁ」
想像以上にこの場所は特殊なようでした。
だが、そんな場所を工房に持つこのおじさんは何者なのだろうか?
そんな疑問を他所に、おじさんは扉の文字の一部に指を這わせ、それを追うように文字が青白く輝く。
そして、ゆっくりと扉が一人でに開いていった。
「俺以外でここに入った人間なんざ、あんちゃんで……五人目だな」
「多いのか少ないのか微妙なラインっすね」
「俺も今そう思った。だがまぁ、いずれもそこそこ名の通った連中だぜ?」
開ききった扉の内部から、どこか清浄な空気が漏れだす。
胸が軽くなるような、だが同時に身が竦むような。
たとえるならそう、神域。神社や教会のような、そんな場所のような。
形骸と化したものではない、何年も何十年も何百年も、人々の祈りを受け、大切にされてきた、そんな場所のような。
そして彼に続き、恐る恐るその内部へと足を踏み入れる。
こういう時、つい一瞬靴を脱ぐべきなのでは? と脳裏を過ぎる日本人的思考。
「ふむ、気圧された様子もないとは、つくづく面白いあんちゃんだ。見てみろ、この倉庫内の品々を」
彼は大仰に手を広げ、この場所を誇るかのようにそう口にした。
周囲には、ショーウィンドウなんてものはなく、ただ数多の装備が鎮座していた。
輝かんばかりの白い鎧や、青く輝く一対のダガー、禍々しさを感じる赤黒い大鎌に、巨大な突撃槍。
様々、千差万別、多種多様、そんな言葉では言い表せないほどの武具の数々が、倉庫内を埋め尽くす。
一つ一つが息吹をあげているような、そんな存在感を放ちながら。
「さすがに、目を見張るだろう? これは過去から今に至るまで生み出されてきた、主無き『神域に至れぬ装具』だ」
「神域に至れぬ?」
「『神域の装具』ってものがこの世界には存在する。こいつらは、そんな神話級の装備に憧れて、職人たちが己の人生の全てをかけて作り出した作品達よ」
「なるほど……人の手で、神の域に到達しようと生み出された装備……そりゃおいそれと世には出せませんよね」
「そもそも使いこなせる人間が限られるからな」
彼はそう言いながら、壁に掛けられていた一本の剣を手に取った。
赤い、まるで溶岩の輝きをそのまま移したかのような刀身を持つ剣。
「だが同時に、使い手が必ずしも神聖な者になるとも限らん。この剣は元々ニ振一対の剣でな、だがそのうち一本はここを離れ、人知れず人々を苦しめていたそうだ」
「だからこそ、こうして封印のような事を?」
「ああそうだ。俺は二代目だが、それでも長い間こいつらを守っている。先代の親方は『ファストリア大陸』からこっちに渡ってきたそうでね、その時に一緒に移された装備まで置いてあるんだ」
ここでまた、久々に聞く大陸の名。
恐らく、ゲーム時代の世界のベースとなった、原初の大陸。
今は国交も途絶えたと、セカンダリア大陸に住んでいるナオ君一行も言っていたが。
しかしそうなると、もしかしたらゲーム時代のレア装備も置いてあるかもしれないな。
「まぁなにはともあれ、じっくり見ていってくれ」
過去の世界、原初の大陸、強大な武具。
神に挑もうと、神に至ろうと全身全霊を持って生み出された武具の数々。
本当、退屈させてくれないね、この都市は。
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