百五十七話
(´・ω・`)どうぞ,ごらん下さい.
「申し訳ありません、現在総帥はお客様と面会中でして、少々お時間を頂きたく……」
「そうでしたか。あまり重要な要件ではありませんので、どうかお気になさらないで下さい」
「恐縮です」
オインクさんを夕食に招待するべくやって来たのですが、秘書室にて足止めをされてしまい、どうしたものかと考える。
やはり多忙な身、このような用向きで面会を希望するのは失礼にあたるかもしれませんし、どうしましょう?
普段カイさんと一緒のせいで感覚が麻痺してしまっていますが、彼女は本来なら、私程度の人間がおいそれと面会出来る、言葉を交わす事が出来る相手ではない。
まさしく雲の上の人。ですがそれでも、やはり美味しいものは、そして貴重なものは分け合うべきだと思うんです。
ふふ、これはある意味性分、なのでしょうね。昔、よく頂きものを近隣の皆さんと食べたり、子供たち全員と分けあったりした思い出が蘇る。
本当に、沢山の事がありましたね……ウィングレストに移り住んでから、若い女性の方々を引き取り、皆で館を改装して……。
祭日には営業を休止して、たまの贅沢にと隣の港町に娘達と一緒に出かけたり……そうね、思えば初めてあの大きな魚を見たのも、あの港町だったはず。
ふふ、つまりあのお魚は、私にとっての思い出の味、なのでしょうか?
「すみません、面会が終わるまで、こちらでお待ちしても?」
「ええ、もちろんです」
前言撤回。やはりこれは重要案件です。
是非一緒に食べなければ。
思えば私は彼女に対し、いつも一歩身を引いた位置で接していた気がする。
それはきっと私の醜い心、嫉妬や劣等感、そして敗北感がそうさせていたのだと、今なら理解出来る。
ですが、今の私にはもう、そんな気持ちは殆ど残っていない。
些細な、本当に小さなきっかけ。あの出会いのお陰で、私は自分の迷いと心のわだかまりを飲み込む事が出来たから。
だからこそ一緒に食卓を囲み、そして語り合いたい。
ふふ、あの子には感謝しないといけませんね。
あの日出会った小さな女の子。自称長生きの、少しだけカイさんに似た物言いをする子。
そんな彼女の事を思い出しているときでした、それが聞こえてきたのは。
『何故ですオインク様! こちらの要望を叶えていただけるまで、俺はここを動くつもりはありません!』
『くどいですよ、アルバ。これは決定事項、貴方の対戦相手は本年度のミスセミフィナルである彼女です』
『俺は、あの男と戦いたいのです! 分不相応な力を、地位得て増長した、あの愚か者を!』
秘書室と総長室を別つ扉。
その向こうから響く怒声に思考の海から引き上げられた私は、その言葉の意味を探る。
ミスセミフィナル……リュエの事、ですよね。
対戦相手というのは一体……そういえばエキシビジョンマッチ出場の打診があったと言っていましたが、まさかその相手が今向こうに?
私はその剣呑な様子の扉の向こう、オインクさんが心配になり、扉へと向かう。
秘書の方が制止しようとするのを振り切り、扉をノックする。
「オインクさん、いらっしゃいますか? 私です、レイスです。お迎えに上がりました」
咄嗟に嘘の呼びかけをする。
すると、こちらの狙いを察してくれたのか、彼女も私の嘘に乗ってくれた。
『アルバ、今聞こえたように私はこの後予定があります。これ以上、私の邪魔をするようでしたら貴方に罰を与えなくてはなりません』
『くっ……分かりました、でしたら俺は俺の判断で動きます!』
その荒い足音に、私は急ぎ扉から離れる。
次の瞬間、猛烈な勢いで開かれた扉が壁に激突し、中から声の主である、アルバと呼ばれていた男性が現れた。
特徴的な赤髪に、私は思い出す。
彼はこの都市に来てすぐ、オインクさんを迎えにきた、そして屋台コンテストの期間中に、カイさんを迎えに来た人物。
……なるほど、彼が戦いたがっているのはカイさんでしたか。
おそらく、オインクさんと親しい様子の彼に嫉妬しているのでしょう。
これは中々に危険な香りがしますね……男女の関係が混じった感情の暴走は、時としてとんでもない悲劇を生んでしまうのだから……。
……思い当たる節が、私にもありますし、ね。
「助かりましたよ、レイス。ここに来たということは……何か用事ですね?」
「ええ。晩御飯に招待したく参ったのですが、今晩のご予定は?」
肩を怒らせ去っていった彼を見送る彼女が、やや疲れたようにこちらに向き直る。
そんな彼女の苦労を労うように私は用件を伝える。
「食事の誘い、ですか?」
「はい。外食ではなく、カイさんの料理です」
「なるほど、またなにか面白いものでも作るつもりなのでしょうかね」
「ふふ、カイさんから伝言を預かっているんですよ」
私はカイさんに、オインクを誘うなら伝えるようにと、あるフレーズを言付かっているんです。
どういう意味なのかは分からないのですが、私はややもったいぶってその言葉を発する。
「マグロ。ご期待ください!」
「……ブッ」
……どうして噴出したんですか?
「なるほど、闇属性の特訓ですか」
「ええ。私はあまり魔術が得意ではないのですが、どうやらイメージの仕方が悪かったようで」
「ふふ、分かりますよ。私も魔術は苦手ですから」
道すがら、オインクさんと今日の出来事について話していると、意外な事に彼女もまた魔術が苦手だと言う。
同じ弓使いということもあり、妙にシンパシーを感じる。
「でしたら、今度カイさんやリュエに教わってみてはどうでしょう? もしかしたら克服出来るかもしれませんよ」
「ふふ、私はもう諦めていますから良いんですよ。代わりになる手札ならありますしね」
「なるほど、さすが救国の聖女と呼ばれるだけはありますね」
「からかわないでくださいよ……私は自分の目的のために動いただけ、聖女なんかじゃありません」
「ふふ、ごめんなさい」
こんな風に、気兼ねなく話せる同性の友人なんて、何年振りでしょうか。
リュエはノーカウントです、彼女は友人ではなく……姉? ですから。
オインクさんが、どこか穏やかな表情を浮かべながらこちらを見る。
たぶん、私も似たような顔をしているんでしょうね。
部屋に戻ると、丁度カイさんがテーブルの上に料理を並べているところでした。
リュエも一緒に配膳をしているようで、私もあわててその手伝いへと向かう。
「おかえり、レイス。そして本当にきやがったな卑しい豚ちゃんめ」
「ひどくない!? ふふ、マグロに期待してやってまいりましたよ。お土産です、これどうぞ」
相変わらずの距離感。
そんな二人の姿を、心穏やかに見守ることが出来る。
私もまだ、成長の余地が残されていたんですね?
さて、豚ちゃんがやってきたところで四人分の食器を並べ終え、俺は料理を盛りつけ始める。
一瞬、生魚に抵抗があるか? とも思ったのだが、カルパッチョがあるのだし問題ないなと判断をくだし、王道であるお刺身を用意させて頂きました。
そしてなんと、我らが豚ちゃんがお土産として一升瓶を二本も取り出してくれたのだ。
いやはや、分かってますね、さすがですね、出荷は最後にまわしてあげましょう。
大きめの皿に、部位ごとに盛りつけた盛り合わせ。
それをテーブルの中心に置き、三人の反応を窺う。
白いテーブルクロスの敷かれた食卓にはミスマッチではあるが、かまうものか。
様々な文化が交じり合い、混沌としながらも成長を遂げたこの大都市には相応しいだろう。
「これは……いいですね、皮に残った身をこそぎ落としたんでしょう?」
「お? 中落ちじゃないってよく分かったな?」
「ふふ、脂の乗りが違いますからね」
「このブルジュワめ、嫌いだ」
「そんなー」
さすがに良い物食っているのか、なんと一発で俺のお気に入り、ぜひとも食べてもらいたいマグロの刺身盛り合わせの目玉部位を言い当ててくれました。
悔しいが、同時に張り合いもある。
ククク……じゃあ今度はこの皮を使った和えもの、そして皮の串焼きを堪能してもらおうか……。
その前に俺も一口……あー溶ける、語彙欠乏症になるくらい美味しいわ。
「あ、あの、私は商売上その、高級志向でやってきたのですが、その……ブルジョワではなくて、なるべく節約してですね」
「貴女の事は大好きなのでそんなしどろもどろにならないでください」
「ぁぅ……」
そしてその言葉に反応した元高級クラブのオーナーを勤めていた我が家のお姉さん。
その天然っぷりが一周回って面白くなってきました。
「む、じゃあ私はどうだい? 大好きかい?」
「はいはい、好きです好きです」
「ふふ、それはよかった」
「では流れに乗って……私の事はどうでしょう」
「ビタミンBが豊富で低価格、文句無しに好きだな」
「…………いいですよもう」
さてと、それじゃあ残りの料理はまだ出来ていないが、冷たく鮮度が落ちる前に頂きましょうかね?
「へぇ、じゃあアルバは俺と戦いたいってゴネていたわけか」
「ええ。もしかしたら、訓練所で決闘を申し込んでくるかもしれませんが、くれぐれも受けないようにしてくださいね」
「その時はあれだ、『俺と戦いたければ、エキシビジョンでリュエに勝つんだな』とでも言うさ」
「む? 私を引き合いに出さないでおくれよ、私まで嫌がらせをされてしまうじゃないか」
「……なんだか段々あの方がかわいそうになってきました」
皆で杯を傾けながら互いの近況を報告しあっていると、先ほどそんな一幕があったと知らされる。
先日彼を失神させたのが効いたのだろうか? ははは、また来たら今度は豚肉じゃなくて牛肉でも詰め込んでやろうか。
「で、ぼんぼんの訓練の調子はどうですか? 難しいようでしたら、リシャルとの決闘は非公開にして、存分に暴れられる状況を作ることも出来ますが……」
「いまさらそういうこと言う? もう対リシャル用に戦術訓練みっちり組んでるんだけど」
「では、本当にエキシビジョンとして見世物にしますよ? 正直アルバとリュエの決闘よりも大変な賑わいになりますよ?」
「俺も大歓声の中で戦ってみたいです」
「……素直なのは美徳ですがそんな子供じみた理由で決めないでくださいよ……」
いやだって。
俺だって人の子ですから、男の子ですから。
そういういかにも物語の盛り上がりのようなステージで決闘とかしてみたいじゃないですか。
それに、段々とこの状況に充実感を覚え始めているんだ。
その集大成として、この大陸最強の戦士に挑むのも悪くない。いや、悪くないどころか最高のシチュエーションだ。
ある意味、ゲーム時代の技というよりも、この世界で俺自身が生み出した努力の結晶とも言える闇魔術と、それを使った戦法。
そんな自分だけの技が、実際にこの世界で鍛え磨きぬかれてきた技にどこまで迫ることが出来るのか、気にならないわけがない。
「ではそうですね……日程としては、闘技大会の予選が終わり、本戦が始まるまでの四日間のインターバルの中に、お二人のエキシビジョンマッチを開催するようにしましょう」
「となると……あと大体一ヶ月ってところか」
「私は予選にも出ますから、あと二十日ですね。それまでに、そろそろ弓の特訓もしたいですし、あの訓練区画の最終ランクに是非とも到達しなくては」
あの区画の最終ランクは、回数制限もなければ誰かに見られる心配もなく、さらに実践的な訓練もつめるだろう。
俺は現在Cをクリアし、残すところBとAの二つのみ、そしてレイスとリュエは残り3つ。
順調にいけば残り三日でニ人も最終ランクに到達出来るというわけだ。
「三人ともあの区画を利用していましたか。どうです? なかなかのものでしょう」
「あ! そうだよ、そのことなんだけどさ。あの区画ってどういう仕組みで誰が術式を考案したんだい?」
オインクがあの区画について言及した瞬間、リュエが立ち上がり、今にも詰め寄りそうな勢いでオインクへと疑問をぶつける。
確かに、彼女ですら思いつかなかった術式に、あの異空間へと転送する区画。
誰が製作に携わっていたのか気になってしまうのも無理はないだろう。
だが、それを尋ねられたオインクはというと――
「あれは、私とクロムウェル師、そして錬金術ギルドと呼ばれる研究機関で共同で開発していたのですが――」
「へぇ、そんなギルドがあるんだね! 今度見学に行ってみたいなぁ」
「それは構いませんよ。ですが……あの術式を考案した人間はそこに存在しないのです」
自分で自分の発言に納得がいっていないかのような、そんななんともいえない表情で彼女はそう告げた。
「あれは、元々クロムウェル氏が我々の持つアイテムパックを元に、物品を一度魔力として極限まで分解、さらに再構築前の状態で保存するという術式を応用して作られたものです。ですが、あのような繊細な迷路や、こちらの思うとおりに内部構造を組み替えられる……そもそも生物を生きたまま分解転送する術式なんて、誰にも組めないはずなんです」
「……そっか。じゃああの建物は『雨垂れの奇跡』って事なんだね」
オインクの告白に、リュエは少々肩を落としつつも、どこか諦めたようにそう締めくくった。
『雨垂れの奇跡』という初めて聞く言葉と共に。
俺の抱いた疑問を察してか、オインクがそれについて解説を始めてくれた。
「時折、魔術や術式、紋章や錬金術の研究を行っているとこういう事があるんです。まるで、雨垂れが偶然にも紋章になってしまったかのような、そんな数億分の一のような偶然が」
「私もね、何度かそういう術式や魔導を見たことがあるんだ。たとえば、私が龍神を封印した氷、あれだってそうなんだよ?」
「そうだったのか……けどもう完成しているのなら、あとから解析する事だって――」
「もちろん、私は自分の魔導ならいくらでも解析可能さ。けれども、さすがに外部の術式でそんな偶然が起きてしまうと手も足も出ないんだ」
「……なんだか不思議なお話ですね。そこにあるのに、どうやって出来たのか誰も分からないなんて」
まるで猿がシェイクスピアを生み出すような話、って事でいいのだろうか。
それとも、ワンオブサウザウンド、つまり大量生産品の中で稀に生まれる、ありえない程のスペックを持った奇跡の産物か。
なんともロマンのある話じゃないか。
だが、この話には続きがあった。
「ですが、あの施設に関しては、明確に何者かが関与した証拠があるのです。施設の中枢に、動力源である魔導具があるのですが、そこに取り扱い説明書と署名が残されていました」
「へぇ、なんて名前なんだ?」
「『レイニー・リネアリス』ですね。名前だけしか情報がありませんが、とんでもない技量を持つ錬金術師なのは確かです」
ふむ……レイニー・リネアリスか。
『雨垂れ』に対してレイニーなんて、随分と遊び心のある名前だが、どんな人物なのやら。
「案外、術式の神様かなにかが悪戯したのかもな」
「オカルトですか? まったく、そんな馬鹿馬鹿しい」
「それを俺達が言っちゃおしまいだろ?」
「う……それはそうですが」
いいか、世の中には眠っている間に靴を作ってくれる妖精なんて話もあるくらいなんだ。
こんな世界なのだから、そんなオカルトがあっても不思議じゃないだろう。
まぁ本気で信じているわけじゃないがね、ただそう考えると夢があって楽しいじゃないか。
……次の日になると自分の包丁がピカピカに磨かれて切れ味も蘇っていたりとか。
ごめんなさい、いつもお世話になっています業者さん。
「で、ではあの区画にはなにか、見えない存在が潜んでいるのでしょうか……」
あ、そういえばこの手の話苦手でしたねレイスさん。
「よし、じゃあ後三日でなんとしてもその最深部にたどり着けるように頑張るとするよ」
「ほら、レイスもそんな幽霊だかなんだか分からないやつなんていないだろうし、一緒に頑張ろう」
「そ、そうですよね。きっと目立つのが嫌いな技術者かなにかに違いありません! 明日からまた頑張りましょう」
こうして、皆さんの期待に見事応えてくれたマグロさんを頂きながら夜が更けていく。